2015年9月19日土曜日

ロンドン 北西区ムーアサイドガーデンズ136番地

画面中央のアベニューロード(Avenue Road)を間にして、
左側がロンドン中心部のシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)に、
右側がロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)に属している

サー・アーサー・コナン・ドイル作「マザリンの宝石(The Mazarin Stone)」では、ある夏の晩7時頃、ジョン・ワトスンがベイカーストリート221B(221B Baker Streetミノリーズ)のシャーロック・ホームズの元を訪れるところから、物語が始まる。



給仕のビリー(Billy)によると、ホームズは現在ある事件にかかりきりだと言う。ホームズは、昨日、職探しの職人に、そして、今日は老婆に変装して出かけた、とのこと。ビリーがワトスンにこっそり教えてくれたところでは、「マザリンの宝石(Mazarin Stone)」という10万ポンドもする王冠のダイヤモンド盗難事件のためのようだ。また、窓辺には、(「空き家の冒険(The Empty House)」でも使われた)ホームズの蝋人形が置かれていた。一体何のために?その時、寝室のドアが開いて、ホームズが姿を見せたのであった。ホームズ曰く、「自分には危険が迫っている。」と言う。



「ホームズ、しかし、その危険とは一体何なんだ?」
「ああ、そうだ。もし本当にそうなった場合に備えて、手数をかけるが、君に殺人犯の名前と住所を覚えておいてもらいたい。本当にそうなった時には、僕の愛と別れの挨拶を添えて、スコットランドヤードに教えてほしい。名前はシルヴィウス ー ネグレット・シルヴィウス伯爵だ。書き留めてくれ。書き留めるんだ。住所は、北西区ムーアサイドガーデンズ136番地。書き留めたかい?」
思ったことがすぐに表に出るワトスンの顔が心配で引きつっていた。彼はホームズが直面する計り知れない危険について知り過ぎていた。また、ホームズが言う危険について、大げさと言うよりも、控えめな表現であることが多いこともよく判っていた。ワトスンは常に行動の人だったので、彼は咄嗟に反応した。
「ホームズ、私も仲間に入れてくれ。ここ一日二日することがないんだ。」
「ワトスン、君はあいかわらず素行が良くないな。他の悪行に嘘が加わったぞ。君が忙しい医者であることは、君の体全体が発している。毎時間、往診患者を抱えている。」
「大して重要なものはないよ。」



'But this danger, Holmes?'
'Ah, yes; in case it should come off, it would perhaps be well that you should burden your memory with the name and address of the murderer. You can give it to Scotland Yard, with my love and a parting blessing. Sylvius is the name - Count Negretto Sylvius. Write it down, man, write it down! 136 Moorside Gardens, NW. Got it?'
Watson's honest face was twitching with anxiety. He knew only too well the immerse risks taken by Holmes, and was well aware that what he said was more likely to be understatement than exaggeration. Watson was always the man of action, and he rose to the occasion.
'Count me in, Holmes. I have nothing to do for a day or two.'
'Your morals don't improve, Watson. You have added fibbing to your other vices. You bear every sign of the busy medical man, with calls on him every hour,'
'Not such important ones.'



ネグレット・シルヴィウス伯爵が住んでいる場所として、ホームズがワトスンに話した「北西区ムーアサイドガーデンズ136番地」は、残念ながら、実在の場所ではなく、架空の住所である。
シルヴィウス伯爵が住んでいるということ、そして、ロンドン北西区内にあるということから考えると、北西8区(NW8)のセントジョンズウッド地区(St. John's Wood)、あるいは、北西4区(NW4)のハムステッド地区(Hampstead)といった高級住宅街に、ムーアサイドガーデンズ136番地はあったのではないかと思われる。

なお、写真は、セントジョンズウッド地区内で撮影したものを添付している。

2015年9月13日日曜日

ロンドン 大英博物館 / ラムセス2世像(British Museum / Statue of Ramesses Ⅱ)


アガサ・クリスティー作「エジプト墳墓の謎(The Adventure of the Egyptian Tomb)」(→「ポワロ登場(Poirot investigates)」(1924年)に収録)では、考古学者サー・ジョン・ウィラード(Sir John Willard)の未亡人であるレディー・ウィラード(Lady Willard)からエルキュール・ポワロは事件の相談を受ける。


レディー・ウィラードによると、亡き夫えあるウィラード卿は、エジプトでファラオ(王)のメン・ハー・ラ(Men-her-ra)の墳墓を発掘調査中、王の墳墓を掘り起こした直後に、心臓麻痺で死亡したと言う。また、発掘隊の一員だったアメリカ人富豪のブライブナー氏(Mr Bleibner)も、敗血症(blood poisoning)が原因で、ウィラード卿の後を追うことになる。更に、その数日後、ブライブナー氏の甥であるルパート・ブライブナー(Rupert Bleibner)が、ニューヨークにおいてピストル自殺を遂げる。ルパートは、伯父のブライブナー氏に金の無心をするために、エジプトの墳墓を訪れたばかりであった。これらの連続する3件の死は、墳墓を暴かれたメン・ハー・ラの呪いによるものではないかという噂が一気に広まる。


レディー・ウィラードの息子であるガイ・ウィラード(Guy Willard)が、父親ウィラード卿の跡を継いで、エジプトへ向かい、発掘現場の指揮を執ることになった。彼女としても、3件の死が相次いだため、単なる偶然で済ますことができず、不幸が次に自分の息子に降りかかるのではないかと心配し、ポワロに助けを求めてきたのである。そこで、ポワロはヘイスティングス大尉を連れて、事件の捜査のため、早速エジプトへと向かうのであった。


英国のTV会社ITV1が放映したポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」の「エジプト墳墓の謎」(1993年)の回において、息子のガイ・ウィラードをメン・ハー・ラの呪いから守ってほしいというレディー・ウィラードの依頼を受けて、ポワロはヘイスティングス大尉と一緒にエジプトへ行く準備を始める。エジプトへと赴く前に、ポワロは大英博物館を訪れる。そして、大英博物館の展示室で、ポワロはラムセス2世の胸像の前に立ち、黙って胸像を見つめるのであった。

ラムセス2世の胸像が出土された
ラムセス2世葬祭殿(ラムセウム)

「ラムセス2世の胸像 ”若きメムノン”(Colossal bust of Ramesses Ⅱ the 'Younger Memnon')」と呼ばれる巨像は、大英博物館内にあるエジプトコレクションの展示室ルーム4の中でも、最も目を引く像である。
ラムセス2世は古代エジプト第19王朝のファラオで、当時ファラオであった父セティ1世(Seti Ⅰ)の次男として出生して、父の跡を継いで即位し、紀元前1279年から紀元前1213年までの約67年間(年代については諸説あり)にわたって、エジプトを統治した。彼の治世中、エジプトはリビア、ヌビアやパレスチナ等へその勢力を拡大し、繁栄を享受した。一方、彼はアブ・シンベル神殿やラムセス2世葬祭殿(ラムセウム)(Mortuary Temple of Ramesses Ⅱ- Ramesseum)の建設、また、カルナック神殿やルクソール神殿等の増築も手がけ、記念碑を含む多くの建造物を残している。

ナポレオン1世のエジプト遠征軍が掘り出そうとした際に
つけられたと思われる穴が胸像の右胸のところに見える

ラムセス2世の胸像は、7トンを超える重さの花崗岩で、紀元前1250年頃のものと考えられている。
胸像は、英国人女性と結婚したイタリア人ジョヴァンニ・バティスタ・ベルツォーニ(Giovanni Battista Belzoni:1778年ー1823年)によって、1816年にテーベ(Thebes)のナイル河西岸にあるラムセス2世葬祭殿(ラムセウム)で出土され、1818年に英国へ運ばれてきた。ベルツォーニによると、この胸像を運び出すのは、技術的にも、そして、政治的にも困難を極めた、とのこと。

また、胸像の右胸のところにある穴は、ナポレオン・ボナパルト / ナポレオン1世(Napoleon Bonaparte / Napoleon Ⅰ:1769年ー1821年)によるエジプト遠征(1798年ー1801年)時、遠征軍によって胸像を掘り出そうとした際(この時は、不成功に終わった)につけられたと言われている。

2015年9月12日土曜日

ロンドン カーゾンストリート(Curzon Street)

カーゾンストリートの中間辺りから西側を望む—
右側の通りはクイーンストリート(Queen Street)

発表時期で言うと、一番最後のシャーロック・ホームズ物語となるサー・アーサー・コナン・ドイル作「ショスコム オールドプレイス(Shoscombe Old Place)」の冒頭、シャーロック・ホームズは、ジョン・ワトスンにサー・ロバート・ノーバートン(Sir Rober Norberton)のことを尋ねる。


彼(ホームズ)は、イライラしながら、自分の時計に目をやった。「新しい依頼者が来ることになっているんだが、遅れているようだな。ところで、ワトスン、君は競馬のことには明るいかい?」
「当たり前さ。何故なら、傷痍年金の半分位を競馬につぎ込んでいるからね。」
「それでは、君に僕の『競馬案内』になってもらおう。サー・ロバート・ノーバートンとは、何者なんだい?この名前を聞いて、何か思い当たることはあるかい?」
「ああ、知っているよ。彼はショスコムオールドプレイスに住んでいる。僕は、夏の間、そこで一度過ごしたこおtがあるから、その土地のことはよく知っているんだ。ノーバートンは、一度あやうく君の担当領域に足を踏み入れかけたのさ。」
「どんな風にだい?」
「彼はニューマーケットヒースでサム・ブルーワーを馬の鞭でしたたかに打ち据えたんだ。サム・ブルーワーは、有名なカーゾンストリートの金貸しだ。彼はもう少しでサム・ブルーワーを殺すところだったよ。」
「成る程、面白そうな男だな!」

カーゾンストリート沿いに置かれた植栽
カーゾンストリート沿いに建つサウジアラビア大使館の裏側

He looked impatiently at his watch. 'I had a new client calling, but he is overdue. By the way, Watson, you know something of racing?'
'I ought to. I pay for it with about half my wound pension.'
'Then I'll make you my Handy Guide to the Turf. What about Sir Robert Norberton? Does the name recall anything?'
'Well, I should say so. He lives at Shoscombe Old Place, and I know it well, for my summer quarters were down there once. Norberton near came within your province once.'
'How was that ?'
'It was when he horsewhipped Sam Brewer, the well-known Curzon Street moneylender, on Newmarket Heath. He nearly killed the man.'
'Ah, he sounds interesting!'

ハーフムーンストリート(Half Moon Street)が
カーゾンストリートに交差したところから西側を望む
ハーフムーンストリートから見た
カーゾンストリート沿いに建つ
Third Church of Christ Scientist

サー・ロバート・ノーバートンに馬の鞭で打ち据えられた金貸しサム・ブルーワー(Sam Brewer)の店があったカーゾンストリート(Curzon Street)は、ロンドン中心部のシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の高級地区メイフェア(Mayfair)内に位置している。カーゾンストリートは、ピカデリーサーカス(Piccadilly Circus)から地下鉄グリーンパーク駅(Green Park Tube Station)の前を通りハイドパークコーナー(Hyde Park Corner)へ向かって西に延びるピカデリー通り(Piccadilly)の北側に並行して走っており、東側はバークリースクエア(Berkeley Squareー「高名な依頼人(The Illustrious Client)」で紹介済)から始まり、西側はパークレーン(Park Laneー「空き家の冒険(The Empty House)」で紹介済)で終わる通りである。

ハーフムーンストリートが
カーゾンストリートに交差したところから東側を望む
ボルトンストリート(Bolton Street)が
カーゾンストリートに交差したところから東側を望む

カーゾンストリートは、当初、メイフェアロウ(Mayfair Row)と呼ばれ、貴族階級が多く住んでいた。第3代ハウ子爵(3rd Viscount Howe)で、のちの第2代ハウ伯爵ジョージ・オーガスタス・フレデリック・ルイス・カーゾン・ハウ(George Augustus Frederick Louis Curzon-Howe, 2nd Earl Howe:1821年ー1876年)の名前を採って、のちにカーゾンストリートと名付けられたと言われている。

カーゾンストリートとハートフォードストリート(Hertford Street)が交差した角に建つ
カーゾンメイフェア映画館(Curzon Mayfair Cinema)

現在は、立地上、ホテル、クラブや高級フラット等の他、映画館、レストランや製本屋等が建ち並んでいるが、他の通りにあるようなチェーン店舗はほとんどなく、高級地区内にあるため、非常に落ち着いた通りである。

カーゾンストリート沿いの建物に入居している製本屋「シェファーズ(Shepherds)」
製本屋の窓には、通りの反対側に建つ
建物が映り込んでいる

なお、金貸しサム・ブルーワーの店があった場所については、コナン・ドイルの原作上、明確になっていない。

また、アガサ・クリスティー作「青列車の謎(The Mystery of the Blue Train)」において、青列車内で殺害される米国富豪の娘ルース・ケタリング(Ruth Kettering)と容疑者として疑われる別居中の夫デレック・ケタリング(Derek Kettering)も、カーゾンストリートに住んでいるという設定になっている。

2015年9月6日日曜日

ロンドン ブロンプトン墓地(Brompton Cemetery)

ポワロシリーズ「ヒッコリーロードの殺人」の回で、
著名な政治家サー・アーサー・スタンリーの葬儀の場面が撮影された礼拝堂

アガサ・クリスティー作「ヒッコリーロードの殺人(Hickory, Dickory, Dock)」(1955年)は、有能な秘書フェリシティー・レモン(Miss Felicity Lemon)がタイプした手紙に、エルキュール・ポワロが誤字を3つも見つけるところから始まる。ポワロがミス・レモンに尋ねると、彼女のタイプミスの原因が、彼女の姉で、今はヒッコリーロード26番地(26 Hickory Road)にある学生寮で寮母をしている未亡人のハバード夫人(Mrs. Hubbard)から彼女が相談を受けていたたためであることが判明する。


ミス・レモンによると、姉のハバード夫人が寮母を務めている学生寮では、非常に奇妙なことが連続して発生していたのである。夜会靴、ブレスレット、聴診器、電球、古いフランネルのズボン、チョコレートが入った箱、硼酸の粉末、浴用塩、料理の本やダイヤモンドの指輪(後に、食事中のスープ皿の中から見つかった)等、全く関連性がないものが次々と紛失していた。更に、それに加えて、ズタズタに切り裂かれた絹のスカーフ、切り刻まれたリュックサック、そして、緑のインクで台無しになった学校のノート等が見つかり、盗難行為だけではなく、野蛮かつ不可解な行為も横行していたのだ。

オールドブロンプトンロードに面したブロンプトン墓地の入口

墓地入口に建つ門の壁に掛けられている墓地内案内図

ここのところ、興味を引く事件がなくて退屈気味だったポワロは、これ以上、ミス・レモンのタイプミスが続くことを避けるべく、彼女への手助けを申し出る。ポワロは、まずハバード夫人に自分の事務所に来てもらい、更に詳しい事情を尋ねるとともに、学生寮に現在住んでいる学生達の情報についても、彼女からヒアリングする。ポワロの灰色の脳細胞が、一見平和そうに見える学生寮の内で何か良からぬ企みが秘かに進行していると彼に告げる。そこで、ポワロはハバード夫人と再度話をして、学生寮に住む面々に犯罪捜査にかかる講演を行うという名目で、ヒッコリーロード26番地を訪ねることに決めた。
何ら脈絡がないと思えた盗難事件であったが、学生寮内での恐ろしい連続殺人事件へと発展するのであった。

入口から礼拝堂へ向かって真っ直ぐな中央道が延びている


英国のTV会社 ITV1 が放映したポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」の「ヒッコリーロードの殺人」(1995年)の回では、物語の最後に、著名な政治家であるサー・アーサー・スタンリー(Sir Arthur Stanley)の葬儀が行われる。葬儀には、ポワロ、ミス・レモン、ハバード夫人やジャップ主任警部等、そして、スタンリー卿の子供で、かつ、一連の事件の犯人も出席する。この葬儀の場面として、プロンプトン墓地(Brompton Cemetery)が撮影に使用されている。


中央道をしばらく進むと、先に礼拝堂がやっと見えてくる

ブロンプトン墓地は、ケンジントン&チェルシー王立区(Royal Borough of Kensington and Chelsea)のウェストブロンプトン地区(West Brompton)内にあり、地下鉄サウスケンジントン駅(South Kensington Tube Station)方面から南西に向かって延びるオールドブロンプトンロード(Old Brompton Road)とフラムロード(Fulham Road)に挟まれた広大な墓地である。上記の2つの通りの間に北西から南東に長方形に広がる16ヘクタールに及ぶ面積を誇り、メインゲートは北側のオールドブロンプトンロードに、もう一つのゲートが南側のフラムロードに面している。オールドブロンプトンロード側のメインゲートからフラムロード寄りに位置している円形の礼拝堂まで真っ直ぐな中央道が延びている。ポワロシリーズの「ヒッコリーロードの殺人」の回では、この礼拝堂の前で、物語の最後の場面が撮影されている。



ブロンプトン墓地は、ケンジントン卿(Lord Kensington)から購入した土地をベースに、ベンジャミン・バウド(Benjamin Baud:1807年ー1875年)によって設計され、1840年にオープンした。ブロンプトン墓地は、当初、「ウェスト・オブ・ロンドン&ウェストミンスター墓地(West of London and Westminster Cemetery)」と呼ばれていた。
ブロンプトン墓地は、ロンドン市内を囲むように設置された7大墓地(Magnificent Seven)の一つで、ロンドン市内にある各教会の狭い墓地だけでは死者の埋葬に対処できなくなったこと、それに加え、市民の健康面への影響等も考慮されて、当時、広大な墓地が次々と設置されたのである。1850年の法改正により、英国政府に墓地用の土地を収用する権限が付与されている。
ブロンプトン墓地は、現在、グレードⅡ(Grade Ⅱ)の指定を受け、保護されている。

サー・アーサー・スタンリーの葬儀場面の撮影は、
礼拝堂前で行われている


実際、ブロンプトン墓地は広大な場所で、内に入ると、ロンドン市内とは思えない程、静謐な空間が広がっている。ブロンプトン墓地の西側には、鉄道の線路を間にして、英国の人気サッカーチーム「チェルシーフットボールクラブ(Chelsea FC)」のホームグラウンドである「スタンフォードブリッジ(Stamford Bridge)」があり、墓地から望むことができる。サッカーの試合が開催される日には、かなりの歓声がここまで届き、死者の安らかな眠りの妨げになっているのかもしれない。

ブロンプトン墓地の向こう側に、
チェルシーフットボールクラブのホームグラウンドである
スタンフォードブリッジが見える

なお、ポワロシリーズの「ヒッコリーロードの殺人」の回で、サー・アーサー・スタンリーを演じたには、デイヴィッド・バーク(David Burke:1934年ー)で、英国グラナダTV制作「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」の第1シリーズと第2シリーズの計13作品において、彼はジョン・ワトスンをとして出演している。シャーロック・ホームズを演じたのは、もちろん、ジェレミー・ブレット(Jeremy Bret:1933年ー1995年)である。



2015年9月5日土曜日

ロンドン セントパンクラス地区(St. Pancras)

カートライトガーデンズ(Cartwright Gardens)を囲む建物群

発表時期で言うと、一番最後のシャーロック・ホームズ物語となるサー・アーサー・コナン・ドイル作「ショスコム オールドプレイス(Shoscombe Old Place)」は、次のようにして始まる。

メーブルドンプレイス(Mabledon Place)に建つ建物

シャーロック・ホームズは、長い間、低倍率顕微鏡の上に身を屈めていた。そして、彼は背筋を伸ばして、勝ち誇ったように私の方に向きなおった。
「ワトスン、これはニカワだ。」と、彼は言った。「間違いなく、これはニカワだ。この視野の中に散らばった物をちょっと見てくれ。」
私は顕微鏡の接眼レンズを覗き、私の目にピントを合わせた。
「これらの毛は、ツィードのコートから抜けた繊維だ。その不揃いな灰色の塊派は塵だ。左の方には、皮膜組織の薄片がある。中央にある茶色の染みは、間違いなく、ニカワだ。」
「まあ」と、私は笑いながら言った。「君の言う通りだということにしよう。ところで、これが一体何に関係しているんだい?」
「これは非常に見事な証明になるのさ。」と、彼は答えた。
「例のセントパンクラスの事件で、殺された警官の側で帽子が発見されたことを君も覚えているだろう。被告人は、その帽子が自分のものではないと言い張っている。しかし、彼は額縁製造を営んでいて、日頃ニカワを扱っているんだ。」
「それは、君が扱っている事件なのかい?」
「いや、スコットランドヤードのメリヴェルが、僕にこの事件を調べてくれと頼んできたのさ。僕が袖口の縫い目の中から見つけた亜鉛と銅の鑢屑から偽金作り犯を突き止めて以来、スコットランドヤードでも、顕微鏡の重要性に気付き始めたんだ。」

大英図書館の入口
大英図書館の全景

Sherlock Holmes had been bending for a long time over low-power microscope. Now he straightened himself up and looked round at me in triumph.
'It is glue, Watson,' said he. 'Unquestionably it is glue. Have a look at these scattered objects in the field!'
I stopped to the eyepiece and focused for my vision.
'Those hairs are threads from a tweed coat. The irregular grey masses are dust. There are epithelial scales on the left. Those brown blobs in the centre are undoubtedly glue.'
'Well,' I said, laughing, 'I am prepared to take your word for it. Does anything depend upon it?'
'It is a very fine demonstration,' he answered. 'in the St Pancras case you may remember that a cap was found beside the dead policeman. The accused man denies that it is his. But he is a picture-frame maker who habitually handles glue.'
'Is it one of your cases?'
'No, my friend, Merivale of the Yard, asked me to look into the case. Since I ran down that coiner by the zinc and copper filings in the seam of his cuff they have begun to realize the importance of the microscope.'

セントパンクラス オールド教会の入口
セントパンクラス オールド教会の全景

セントパンクラス地区(St. Pancras)は、元々、中世の教区として始まり。北はハイゲート地区(Higate)、東は現在のキングスクロス駅(King's Cross Station)の横で南北に延びるヨークウェイ(York Way)、南は現在のオックスフォードストリート(Oxford Street)、そして、西はリージェンツパーク(Regent's Park)までをカバーするかなり広大な一帯であった。
セントパンクラスの地名は、ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝によって処刑され、殉教者となったフリージアの若い貴族の名から採られている。約200年位前まで、この地には鉱泉が湧き、医者がセントパンクラスへ行って湯治するように進めたため、多くの人々を集めていた、とのこと。この鉱泉井戸の後には、現在、英国国鉄ミッドランド管理局の線路が通っている。
セントパンクラス教区は、1900年にセントパンクラス首都区(Metropolitan Borough of St. Pancras)ができるまで続いた。その後、セントパンクラス首都区は他の区と統合され、1965年にロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)が誕生する。その結果、「セントパンクラス」という名前は、駅や一部の建物を除くと、通り名等には残っていない。

セントパンクラス ルネッサンスホテル ロンドンの正面入口
セントパンクラス ルネッサンスホテル ロンドンの全景

セントパンクラス地区は、現在、北側のカムデンタウン(Camden Town)/ プリムローズヒル(Primrose Hill)/ ハムステッド(Hampstead)、東側のイズリントン(Islington)/ フィンズベリー(Finsbury)/ クラーケンウェル(Clerkenwell)、南側のブルームズベリー(Bloomsbury)/ ホルボーン(Holborn)、そして、西側のリージェンツパーク / マリルボーン(Marylebone)に囲まれた場所に位置している。
なお、セントパンクラス地区内には、ホームズ作品に登場した以下の場所が所在している。
(1)大英図書館(British Library)→「マスグレイヴ家の儀式書(The Musgrave Ritual)」で紹介済。
(2)セントパンクラス オールド教会(St. Pancras Old Church)→「花婿失踪事件(A Case of Identity)」で紹介済。
(3)セントパンクラス ルネッサンスホテル ロンドン(St. Pancras Renaissance Hotel London)→同じく、「花婿失踪事件」で紹介済。