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「トレント最後の事件(Trent's Last Case)」(1913年)等で有名な 英国の推理作家であるエドムンド・クレリヒュー・ベントリー (Edmund Clerihew Bentley:1875年ー1956年)の次男で、 イラストレーターであるニコラス・クレリヒュー・ベントリー (Nicolas Clerihew Bentley:1907年ー1978年)が、 登場人物の挿絵を担当している。 |
大英図書館(British Library)から、Crime Classics シリーズの1冊として、2020年に出版された「衣裳戸棚の女(The Woman in The Wardrobe)」(1951年)の作者名は「ピーター・シェーファー(Peter Shaffer)」となっているが、厳密に言うと、作者名は、「ピーター・アントニー(Peter Antony)」、または、「アンソニー&ピーター・シェーファー(Anthony & Peter Shaffer)」で、アンソニー・ジョシュア・シーファー(Anthony Joshua Shaffer:1926年ー2001年)とピーター・レヴィン・シェーファー(Peter Levin Shaffer:1926年-2016年)の双子の劇作家兄弟による合作のペンネームである。
長身巨漢のヴェリティー氏(Mr Verity - 66歳)は、古美術蒐集家で、かつ、スコットランドヤードからも一目置かれる素人名探偵でもあった。彼は、サセックス州(Sussex)のアムネスティー(Amnestie - 架空の場所で、海沿いのリゾート地として有名)という小さな町の郊外にある丘の上に建つ「ペルセポリス(Persepolis)」と呼ばれる別荘に住んでいた。
7月のある朝(午前8時前)、ヴェリティー氏が、海でひと泳ぎしようと考え、丘を下って行くと、「The Charter」というホテルの横を通りかかったところで、おかしな光景に遭遇して、歩みを止めることとなった。ホテルの2階(first-floor)にある一室の窓から、男性(パクストン氏(Mr Paxton))が姿を現わして、隣室の窓へと忍び込んで行ったのだ。
怪しげな行動を目撃したヴェリティー氏が、道路を横切り、ホテルの中に入ると、ホテルの支配人(Miss Framer)に対して、御注進に及んでいると、当の不審人物が階段を駆け下りて来て、「マクスウェル氏(Mr Maxwell)が殺されている。」と言うと、その場にへたり込んだ。
ヴェリティー氏は、ホテルの電話を使い、地元警察(Inspector Jackson)に連絡をとった。
パクストン氏の話を聞いて、ショックを受けているホテルの支配人をその場に残すと、ヴェリティー氏は、パクストン氏を連れて、問題の部屋(マクスウェル氏の部屋)がある2階へと向かう。
パクストン氏のポケットに、拳銃が入っているのを見つけたヴェリティー氏は、その拳銃を自分に渡すよう、パクストン氏に告げた。パクストン氏から受け取った拳銃を、ヴェリティー氏が調べてみると、拳銃は全弾充填されており、直近で使用された形跡はなかった。
問題の部屋に駆け付けてみると、部屋のドアには、鍵がかかっていた。パクストン氏は、「自分は、ドアに鍵をかけた覚えはない。」と断言した。
その時、ホテルの外で、格闘の声があがる。問題の部屋の窓から逃げ出そうとした男性(カニンガム氏(Mr Cunningham))が、ヴェリティー氏の連絡を受けて、現場に駆け付けて来た警察に捕らえられたのである。
問題の部屋のドアを開けられないヴェリティー氏は、止むを得ず、1階へとって返すと、ホテルの支配人に対して、マスターのことを尋ねるが、ホテルの支配人の回答はハッキリとせず、「昨夜は、確かに、鍵掛けにあったが、今は、どこにも見当たらない。」と、困り顔だった。
仕方がないため、警察の立会いの下、ヴェリティー氏が、パクストン氏の拳銃を使って、ドアの鍵を壊して、問題の部屋の中へと入った。
ドアを開けてみると、ドアと衣裳戸棚の間の床の上に、射殺されたマクスウェル氏の死体が倒れていたのである。部屋のドアも窓も、内側からしっかりと鍵がかけられている完全な「密室」状態だった。
更に驚くことには、衣裳戸棚の中から、手足を縛られ、気絶していたホテルのメイド(アリス・バートン(Alice Burton))が見つかった。
マクスウェル氏の部屋を出入りした2人の男性であるパクストン氏とカニンガム氏。パクストン氏は、「窓から部屋に侵入して、ドアから出た。」と言い、カニンガム氏は、「ドアから部屋に侵入して、窓から出た。」と言う。そして、「密室」状態の部屋の中で、射殺されたマクスウェル氏と一緒に居たホテルのメイド(アリス・バートン)。更に、警察による捜査に対して、何故か、要領を得ないホテルの支配人。
被害者のマクスウェル氏は、強請りを専門としていたことが判明し、事件の関係者達は、皆、マクスウェル氏に強請られていたようである。つまり、事件の関係者全員が、彼を殺害したい動機を持っていた。
素人名探偵であるヴェリティー氏は、この謎をどのように紐解くのか?
双子の劇作家兄弟が共同執筆しているだけあって、台詞が軽妙な上、話のテンポもよく、とても演劇的で、まるで、舞台の上で殺人事件が進行しているような印象を受ける。また、ヴェリティー氏による推理が二転三転し、最後には、まさかの真相へと辿り着く。
本作品は、「戦後最高の密室ミステリー」と激賞する人も居るようであるが、個人的には、それ程の作品だとは思えなかった。
確かに、密室のトリックは衝撃的と言うか、奇抜であるが、そうであればあるほど、トリックの必然性やそれを見破るための伏線等がしっかりしていることが、作品上、求められる。であるが、本作品の場合、トリックの必然性は十分ではないし、それを見破るための伏線も、キチンと張られていない。ヴェリティー氏が、パクストン氏の拳銃を使って、ドアの鍵を壊して、問題の部屋の中へと入るという何気無い場面展開が、密室のトリックとして、非常にうまく活用されているが、その分、非常に勿体無いと言える。