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「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1926年10月号 に掲載された コナン・ドイル作「三破風館」の挿絵 <ハワード・ケッピー・エルコック(Howard Keppie Elcock:1886年ー1952年)によるイラスト> - ワトスンと一緒に、メイバリー夫人の話を聞いていたホームズは急に立ち上がると、 ドアの外で立ち聞きしていたメイドのスーザンを素手で捕まえて、室内へ引き入れる場面 |
サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「三破風館(The Three Gables)」は、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、TV ドラマとして映像化された。具体的には、第6シリーズ(The Memoirs of Sherlock Holmes)の第1エピソード(通算では第36話)として、英国では、1994年3月7日に放送されている。
TV ドラマ版のストーリーは、概ね、コナン・ドイルによる原作と同様であるが、以下のような相違点がある。
(1)
小説版の場合、ジョン・H・ワトスンが、数日振りにベーカーストリート221B(221B Baker Street)のシャーロック・ホームズの元を訪れたところ、朝から珍しく機嫌のよいホームズが、ワトスンに対して、現在自分のところに来ている依頼のことを話そうとした際、大柄で、黒人のボクサーであるスティーヴ・ディクシー(Steve Dixie)が、ホームズの元へいきなり押しかけて来るという場面で、「三破風館」の幕が開ける。
TV ドラマ版の場合、バーニー・ストックデイル(Burney Stickdale)経由、イサドラ・クライン(Isadora Klein)の指示を受けて、スティーヴ・ディクシー達が、ダグラス・メイバリー(Douglas Maberley)をイサドラ・クラインの屋敷から外へ連れ出すと、路上で殴る蹴るの暴行を加える場面から、物語が始まる。その際、ダグラス・メイバリーのモノローグとして、彼が執筆した小説の中の重要なセリフである「正に、この瞬間、愛が死に絶えて、憎悪が生まれたのだった。(It was at that moment that love died and hate was born.)」が語られる。その後、小説版と同じ場面へと繋がっていく。
(2)
物語の冒頭、ベーカーストリート221Bにいきなり現れたボクサーのスティーヴが、ホームズに対して脅しをかけた際、小説版の場合、ワトスンは既にその場に同席していたが、TV ドラマ版の場合、ワトスンがホームズの元を訪ねたところ、スティーヴがホームズを窓から突き落とそうとしている現場に遭遇するという流れに変更されている。
(3)
物語の冒頭、ベーカーストリート221Bにいきなり現れて、脅しをかけてきたスティーヴに対して、ホームズが人種差別的な発言をする描写が、小説版にはある。当然のことながら、TV ドラマ版の場合、スティーヴに対してホームズが発する人種差別的な発言は全てカットされ、ホームズはスティーヴに対して紳士的な対応をしている。
また、小説版の場合、スティーヴは、親分であるバーニー・ストックデイルの言いなりになっている軽薄な人物として描かれているが、TV ドラマ版のスティーヴは、それなりに頭が良い人物として描かれており、どちらかと言うと、仕事と割り切って、ストックデイルに従っているように見受けられる。
(4)
小説版の場合、ハローウィールド(Harrow Weald)の「三破風館(The Three Gables)」に住む年配のメアリー・メイバリー(Mary Maberley)は、夫のモーティマー(Mortimer Maberley)を既に亡くしている上に、1ヶ月程前に、息子のダグラスが、肺炎のため、ローマで世を去っていた。
TV ドラマ版の場合、ダグラスは、メイバリー夫人の息子ではなく、孫という設定に変更されている。ダグラスの両親(メイバリー夫人の息子が父親)は、ダグラスが2歳の時に、スノードニア(Snowdonia)の登山中、事故死しており、それ以降、メイバリー夫人が、親代わりに、ダグラスを育てている。
(5)
小説版の場合、ダグラス・メイバリーは、肺炎のため、大使館員として赴任していたローマで死去していた。
TV ドラマ版の場合、ダグラスは、小説版と同様に、大使館員としてローマに赴任していたが、亡くなった場所は、ローマから戻って来た後、実家の三破風館である。また、スティーヴ達から受けた暴行が、ダグラスの肺炎を引き起こした要因であるという設定が付け加えられている。
(6)
小説版の場合、理由は特に明記されていないものの、ダグラス・メイバリーは、ホームズを含めたロンドン中が知っている有名な人物として述べられている。
TV ドラマ版の場合、それでは不十分と考えたのか、ワトスンに「He plays rugby for my old club Blackheath.」と言わせ、ダグラスがラグビー選手として有名だったという設定にしている。
(7)
小説版の場合、メイバリー夫人に対して、三破風館を高く買い取りたいという申し出をしてきた競売人 / 査定士(Auctioneer / Valuer)であるヘインズ・ジョンスン(Haines-Johnson)について、バーニー・ストックデイルが送った手先という程度の言及しか為されていないが、TV ドラマ版の場合、イサドラ・クラインに仕える Miguel という人物が、ヘインズ・ジョンスンに扮して、メイバリー夫人に接触している。
(8)
小説版の場合、ホームズとワトスンの二人がメイバリー夫人の話を聞いていたが、ホームズは急に立ち上がると、ドアの外で立ち聞きしていたメイドのスーザン(Susan:バーニー・ストックデイルの手先)を素手で捕まえて、室内へ引き入れるが、TV ドラマ版の場合、ホームズは、素手ではなく、杖を使用している。
(9)
小説版の場合、親分のバーニー・ストックデイルが逮捕されているような記述はないが、TV ドラマ版の場合、彼は、現在、刑務所で服役中という設定になっている。
(10)
小説版の場合、メイバリー夫人の話を聞いたホームズは、更に情報を得るべく、「世間の醜聞全般についての生き字引」と呼ばれるラングデイル・パイク(Langdale Pike → 2021年7月17日付ブログで紹介済)を、彼がメンバーとなっているセントジェイムズストリート(St. James’s Street → 2021年7月24日付ブログで紹介済)にあるクラブに訪ねている。TV ドラマ版の場合、ラングデイル・パイクは、ホームズの大学時代の友人という設定が付け加えられている。
また、小説版の場合、ラングデイル・パイクがメンバーになっているクラブは、セントジェイムズストリート沿いにあると述べられているが、TV ドラマ版の場合、彼のクラブの表側、もしくは、裏側が公園に面しており、セントジェイムズストリートの西側にあるグリーンパーク(Green Park)だとすると、クラブ自体の建物があまりにも巨大になってしまうので、小説版の設定とは異なると言える。
小説版の場合、ラングデイル・パイクに会いに出かけたのは、ホームズ一人のみだったこともあり、彼について、記述者であるワトスンによる簡単な言及程度しかない。
一方、TV ドラマ版の場合、ラングデイル・パイクの出番は、結構多く、情報収集のため、ホームズが彼をクラブに訪ねる場面、ホームズと一緒に、イサドラ・クラインが主催するパーティー(仮面舞踏会)に出席する場面、更に、物語の最後、クラブの窓越しに、建物内に居るラングデイル・パイクと外の公園に居るホームズの二人が、事件を回想する場面等に登場している。
(11)
小説版の場合、ラングデイル・パイクと会ったホームズが次の行動を起こす前に、三破風館に強盗達が侵入して、メイバリー夫人が襲われる。ホームズから「弁護士のスートロ氏(Mr. Sutro)に屋敷に泊まってもらった方が良い。」と言われたにもかかわらず、メイバリー夫人はそうしないで、強盗達が三破風館に侵入した際、屋敷内に居たのは、メイバリー夫人とスーザンではないもう一人のメイドだけだった。
TV ドラマ版の場合、ワトスンが寝ずの番を志願するが、三破風館に侵入したスティーヴ達を追った際、スティーヴとの格闘(ボクシング)となり、スティーヴにこてんぱんにされて、怪我を負ってしまう。
(12)
小説版の場合、三破風館に強盗達が侵入した際、屋敷内に居たのは、メイバリー夫人とスーザンではないもう一人のメイドで、彼女の名前は、メイバリー夫人と同じメアリー(Mary)だった。
TV ドラマ版の場合、それでは紛らわしいと考えたのか、もう一人のメイドの名前をドーラ(Dora)に変更している。
(13)
小説版の場合、三破風館に侵入した強盗達は、ダグラスがローマから送ってきた荷物を持ち去ってしまった。その際、強盗達がメイバリー夫人と揉み合った拍子に、小説の最後の1ページと思われるものを、彼らは落としており、これを読んだホームズは、事件の内容を全て理解したという流れになっている。
ところが、TV ドラマ版の場合、ダグラスは、赴任先のローマから戻り、三破風館で小説の執筆中に、暴行を受けた怪我が要因となった肺炎で亡くなっている。そのため、メイバリー夫人は、孫であるダグラスが残した小説の内容を既に読んでおり、ホームズに対して、事件を依頼する前から、何故、三破風館が狙われているのかを判っていたことになっている。
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ストランドマガジン」の1926年10月号 に掲載された コナン・ドイル作「三破風館」の挿絵 <ハワード・ケッピー・エルコック(Howard Keppie Elcock:1886年ー1952年)によるイラスト> - ワトスンと一緒に、グローヴナースクエアにあるイサドラ・クラインの屋敷を訪れたホームズであったが、 事件のことについて、白を切り通す彼女に対して、「それならば、警察へ行く!」と言って、 その場を立ち去ろうとする場面
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(14)
小説版の場合、事件の決着をつけるべく、ホームズは、グローヴナースクエア(Grosvenor Square → 2015年2月22日付ブログで紹介済)に住むイサドラ・クラインの屋敷を訪れるが、その際、ワトスンも同行して、イサドラ・クラインに会っている。
ところが、TV ドラマ版の場合、ワトスンは、イサドラ・クラインの屋敷の前までは同行するものの、屋敷内へ入って、イサドラ・クラインと対決するのは、ホームズ一人のみという流れに変更されている。ホームズがイサドラ・クラインの屋敷内に入る際、外で待つワトスンのモノローグとして、「Just remeber, Holmes, the female can be more deadly than the male.」というセリフが流れるが、これは、「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia)」に登場するアイリーン・アドラー(Irene Adler)を念頭に置いていると思われる。
(15)
小説版の場合、イサドラ・クラインと対決したホームズは、メイバリー夫人が世界一周旅行をできる費用に十分な5千ポンドの小切手を、イサドラ・クラインが発行することで、事件を口外しないまま、穏便に決着させている。
TV ドラマ版の場合も、物語の決着の仕方としては、小説版と同様ではあるが、更に、ホームズは、イサドラ・クラインに対して、身の振り方について、厳しく律しており、その結果、彼女は、英国を去り、母国のスペインへ帰国したことが、物語の最後に語られる。実際、ホームズは、イサドラ・クラインと対決した際、彼女に対して、「You are the bastard child of a gypsy in Andalusia.」というかなり侮辱的な発言もしている。ある意味、これも、人種差別的な発言に近いのではないか、と思ってしまう。