7番目に紹介するアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)によるグラフィックノベル版は、「五匹の子豚(Five Little Pigs)」(1943年)である。
本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第32作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズに属する長編のうち、第21作目に該っている。
HarperCollinsPublishers から出ている アガサ・クリスティー作「五匹の子豚」のグラフィックノベル版の裏表紙 (Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)- 16年前に発生した過去の事件を示すための木の年輪を表しているのだろうか? |
本作品のグラフィックノベル版は、元々、フランス人の作家である Miceal O’Griafa (1965年ー)が構成を、そして、フランス人のイラストレーターである David Charrier (1976年ー)が作画を担当して、2009年にフランスの Heupe SARL から「Cinq Petits Cochons」というタイトルで出版された後、2010年に英国の HarperCollinsPublishers から英訳版が発行されている。
物語の冒頭、カーラ・ルマルション嬢が、ある事件の調査を依頼するために、 エルキュール・ポワロの元を訪ねた場面 |
カーラ・ルマルション嬢の母親であるカロリン・クレイルは、 16年前、ビールに毒を盛って、 絵のモデルであるエルサ・グリヤーを愛人にしている夫のアミアス・クレイルを殺害した罪で、 有罪判決を受けて、終身刑を宣告され、1年後に獄中で死亡していた。 |
カーラ・ルマルション嬢の依頼を受けて、ポワロが、彼女と一緒に、 彼女の父親であるアミアス・クレイルが16年前に毒殺された現場を訪れる場面 |
彼女は、ジョン・ラッテリー(John Rattery)と婚約して、結婚を目前に控えていたが、婚約者であるジョンは、時々、自分をどこか疑うような目つきで見てることに気付く。彼女は、夫殺しの女の娘ではないか、と。
彼女としては、16年前の事件が、これからの自分の結婚生活に不吉な影を落とさないためにも、母親の無実をなんとか証明したいと望んでいたのである。
カーラ・ルマルション嬢の父親で、画家のアミアス・クレイルが、 彼の親友であるフィリップ・ブレイクに対して、 彼の絵のモデルであるエルサ・グリヤーを紹介する場面 |
カーラ・ルマルション嬢の話に興味を覚えたポワロは、早速、事件の調査に取りかかる。しかしながら、証拠は、彼女の母親にとって圧倒的に不利な上に、夫を毒殺する動機もあった。ポワロは、事件の重要関係者である5人に会い、事件当時における各自の記憶を辿ることで、事件の糸口を見い出そうとするのだった。
タイトルの「五匹の子豚」は、マザーグースの童謡に因んでいる - ポワロが訪ねる事件の重要関係者である5人に対して、上記の5つの歌詞が割り当てられている。 |
(1)フィリップ・ブレイク(Philip Blake)ーアミアス・クレイルの親友で、カロリン・クレイルに振られた過去がある。現在は、株式仲買人をしている。
(2)メレディス・ブレイク(Meredith Blake)ーフィリップの兄で、カロリン・クレイルに秘かに恋愛感情を抱いていた。現在は、隠居して、薬草の研究をしている。
(3)エルサ・ディティシャム(Elsa Dittisham)ー旧姓は、エルサ・グリヤー(Elsa Greer)。事件当時、アミアスの絵のモデルで、彼の愛人でもあった。現在は、ディティシャム卿夫人(Lady Dittisham)となっている。
(4)セシリア・ウィリアムズ(Cecilia Williams)ー事件当時、カロリン・クレイルの異母妹であるアンジェラ・ウォレン(Angela Warren)の家庭教師だった。
(5)アンジェラ・ウォレンーカロリン・クレイルの異母妹。事件当時、クレイル家に同居しており、女癖の悪いアミアスを毛嫌いしていた。赤ん坊の頃、カロリンがカッとなったため、片目を失明。現在は、考古学者をしている。
ポワロが、16年前に発生した毒殺事件の真相を解明する場面 - 画面左側から、エルキュール・ポワロ、アンジェラ・ウォレン、 カーラ・ルマルション(本名:カロリン・クレイル)、セシリア・ウィリアムズ、 メレディス・ブレイク、フィリップ・ブレイク、そして、エルサ・ディティシャム(旧姓:エルサ・グリヤー) |
タイトルの「五匹の子豚」は、マザーグースの童謡(5匹の子豚が登場する数え歌 → 2023年6月2日付ブログで紹介済)に因んでおり、ポワロが訪ねる事件の重要関係者である5人に対して、5つの歌詞が割り当てられている。
この子豚は、市場へ行った。(This little pig went to market.)
この子豚は、家に居た。(This little pig stayed home.)
この子豚は、ローストビーフを食べた。(This little pig had roast beef.)
この子豚は、何も持っていなかった。(This little pig had none.)
この子豚は、「ウィー、ウィー、ウィー」と鳴く。(And this little pig cried, Wee-wee-wee.)
帰り道が分からない。(I can’t find way my home.)
(1)フィリップ・ブレイク: 市場へ行った(Went to Market)
(2)メレディス・ブレイク: 家に居た(Stayed at Home)
(3)エルサ・グリヤー: ローストビーフを食べた(Had Roast Beef)
(4)セシリア・ウィリアムズ: 何も持っていなかった(Had None)
(5)アンジェラ・ウォレン: ウィー、ウィー、ウィーと鳴く(Cried 'Wee Wee Wee')
「市場へ行った」とは、事件後、フィリップ・ブレイクが株式仲買人になったことを、「家に居た」とは、事件後、メレディス・ブレイクが隠居して、薬草の研究をしていることを、「ローストビーフを食べた」とは、アミアス・クレイルの絵のモデルで、彼の愛人でもあったエルサ・グリヤーが、事件後、貴族と結婚して、ディティシャム卿夫人となっていることを、「何も持っていなかった」とは、事件後、セシリア・ウィリアムズが一人寂しく生活していることを、そして、「ウィー、ウィー、ウィーと鳴く」とは、女癖の悪いアミアスを毛嫌いしていたアンジェラ・ウォレンが、事件発生当時、彼に対して、いろいろと悪戯を仕掛けて、彼を閉口させていたことを指すのではないかと思われる。
妻のカロリン・クレイルが注いだビールを飲んで、 アミアス・クレイルが、「Everything tastes foul today.」という重要な言葉を発する場面 - 何故か、前の場面では、「Everything tastes odd today.」と、フランス語から英語に翻訳されている。 |
全体の約 3/4 は、カーラから依頼を受け、ポワロが事件の重要関係者である5人に会う場面に使われ、残りの約 1/4/ は、ポワロによる真相解明の場面として、丁寧に進められている。
また、現代の場面は、勿論、カラーであるが、過去に遡った場面は、セピア色で描かれ、現代と過去が明確に判るようになっている。
ただ、アミアスが妻のカロリンから注がれたビールを飲んで、重要な言葉である「Everything tastes foul today.」と発しているが、ポワロによる真相解明時には、その通りの言葉となっているものの、事件の重要関係者の一人である回想においては、「Everything tastes odd today.」となっている。これは、フランス語版から英語版に翻訳する際のミスではないかと思われる。
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