2020年8月30日日曜日

サイモン・クラーク編「 シャーロック・ホームズの探偵学校」(Sherlock Holmes’s School for Detection edited by Simon Clark)ーその1

2017年に Little, Brown Book Group 社から出版された
「シャーロック・ホームズの探偵学校」の表紙
(Cover design and illustration : despotica)

「 シャーロック・ホームズの探偵学校(Sherlock Holmes’s School for Detection)」は、英国の作家であるサイモン・クラーク(Simon Clark)が執筆と編集を務めた短編集で、2017年に Little, Brown Book Group 社から Robinson レーベルとして出版された。

「プロローグ(サイモン・クラークが執筆)」では、1890年の秋晴れのある朝、スコットランドヤードのレストレード警部(Inspector Lestrade)が、ある使命を帯びて、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)へとやって来たところから。物語は始まる。レストレード警部がシャーロック・ホームズの元を訪ねたのは、ラッセルスクエア1番地(1 Russell Square)に新設された「The Imperial Academy of Detective Inquiry and Forensic Science(以下、アカデミー)」からの依頼事項をホームズに伝えるためであった。

アカデミーとしては、増大する犯罪に対処するために、化学知識や医学知識等も備えた第1級の捜査官の養成が急務うと認識し、男女を問わず、また、英国に限らず、世界中から集まった捜査官候補者達に実際の事件捜査を担当させ、それを通して、世界に誇れるような捜査官を育てていきたいと考えていた。ついては、アカデミーは、未来の捜査官候補者達の教育係(tutor)かつ指導者(mentor)として、シャーロック・ホームズに白羽の矢を立てたのである。レストレード警部曰く、アカデミーとしては、ホームズの生徒となる未来の捜査官候補者達の課題は、ホームズ自身が自由に決めてよい、とのこと。

レストレード警部の不安を他所に、ホームズは、アカデミーからの依頼を快諾した。こうして、所謂、「探偵学校(The School for Detection)」が正式に開校し、ホームズによる生徒への教育および指導が始まるのであった。

2017年に Little, Brown Book Group 社から出版された
「シャーロック・ホームズの探偵学校」の裏側

プロローグの後に、全部で11編の短編が収録されている。
(1)The Adventure of the Avid Pupil <著者: Alison Littlewood>
(2)The Pressed Carnation (or A Scandal in London) <著者: Saviour Pirotta>
(3)The Case of the Wrong-Wise Boots <著者: Simon Clark>
(4)A Gentlemanly Wager <著者: William Meikle>
(5)The Gargoyles f Killfellen <著者: Cate Gardner>
(6)The Bell Rock Light <著者: Guy Hayley>
(7)The Case of the Cannibal Club <著者: Carole Johnstone>
(8)Sherlock Holmes and the Four Kings of Sweden <著者: Steven Savile>
(9)The Adventure of the Orkney Shark <著者: Simon Bestwick>
(10)The Spy and the Towers <著者: Nick Oldham>
(11)The Monster of the Age <著者: Paul Finch>

2020年8月29日土曜日

シャーロック放映10周年記念切手1「ライヘンバッハヒーロー / シャーロック・ホームズ」(Sherlock - The Reichenbach Fall / Sherlock Holmes)

シャーロック記念切手の1番目は、
シーズン2のエピソード3に該る「ライヘンバッハヒーロー」と
主人公であるシャーロック・ホームズ

「シャーロック(Sherlock)」は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)原作のシャーロック・ホームズシリーズを翻案して、舞台をヴィクトリア朝時代のロンドンから21世紀のロンドンに置き換え、自称「コンサルタント探偵」のシャーロック・ホームズが、同居人かつ相棒であるジョン・ヘイミッシュ・ワトスンと一緒に、スマートフォンやインターネット等の最新機器を駆使して、事件を解決する様を描くTVドラマで、英国 BBC が制作の上、2010年7月から BBC1 で放映されている。

「シャーロック」の放映10周年を記念して、2020年8月18日に、英国ロイヤルメール(Royal Mail)から記念切手が発行されたので、今週から6回にわたって、順番に紹介していきたい。

「ライヘンバッハヒーロー(The Reichenbach Fall)」は、「シャーロック」では、シーズン2のエビソード3(通算では、エピソード6)に該り、2012年1月15日に英国 BBC1 で放映されている。なお、日本放送日は、2012年8月5日。

この記念切手では、自らを「世界で唯一のコンサルタント探偵」と呼ぶシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)がメインとなっている。
シーズン3のエピソード3(通算では、エピソード9)に該る「最後の誓い(His Last Bow)」において、彼はワトスンに対して、自分のフルネームが「ウィリアム・シャーロック・スコット・ホームズ(William Sherlock Scott Holmes)」であることを明かしている。
英国の俳優であるベネディクト・カンバーバッチ(Benedict Cumberbatch:1976年ー)が、シャーロック・ホームズを演じている。

記念切手の背景には、物語の終盤、セントバーソロミュー病院(St. Bartholomew’s Hospital→2014年6月14日付ブログで紹介済)の屋上において、シャーロック・ホームズが、「世界で唯一のコンサルタント犯罪者」と自称するジム・モリアーティー(Jim Moriarty)と対峙する場面が描かれている。

「ライヘンバッハヒーロー」は、コナン・ドイル原作のシャーロック・ホームズシリーズのうち、以下の3作品を原案としている。
(1)「最後の事件(The Final Problem)」(1893年)→第2短編集「シャーロック・ホームズの回想(The Memoirs of Sherlock Holmes)」(1893年)に収録。
(2)「プライオリー・スクール(The Priory School)」(1904年)→第3短編集「シャーロック・ホームズの帰還(The Return of Sherlock Holmes)」(1905年)に収録。
(3)「チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン(Charles Augustus Milverton)」(1904年)→「恐喝王ミルヴァートン」、あるいは、「犯人は二人」という題名も使用されている。第3短編集「シャーロック・ホームズの帰還(The Return of Sherlock Holmes)」(1905年)に収録。

2020年8月23日日曜日

ロンドン ロングヤード(Long Yard) / カリオストロストリート(Cagliostro Street)の候補地−その2

ラムズコンデュイットストリートの南側から北方面を見たところ−
画面手前を左右に横切る通りは、グレートオーモンドストリートで、
ロングヤードは、画面奥の右手に延びている通りである。
また、画面の一番奥を左右に横切るのが、ギルフォードストリート。

 米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1935年に発表した長編で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第6作目に該る「三つの棺(The Three Coffins 英題: The Hollow Man→2020年5月3日 / 5月16日 / 5月23日 / 6月13日 / 6月20日付ブログで紹介済)」において、奇術師のピエール・フレイ(Pierre Fley)が拳銃で射殺されたカリオストロストリート(Cagliostro Street)は、残念ながら、現在の住所表記上、存在していないので、どの通りがカリオストロストリートの候補地として最適なのかについて、ジョン・ディクスン・カーの原作から読み解くことにする。

ラムズコンデュイットストリート(南側)にある服飾店舗

ジョン・ディクスン・カーの原作では、カリオストロストリートに関して、以下のように述べられている。

(1)第11章「XI  The Murder by Magic」

<ギディオン・フェル博士からテッド・ランポール(Ted Ramploe)への説明>
’Cagliostro Street is not more than three minutes’ walk from Grimaud’s house. It’s a little cut-de-sac behind Guildford Street, on the other side of Russell Square.’
<奇術師ピエール・フレイの死を伝える新聞記事の説明>
Cagliostro Street is two hundred yards long, and ends in a blank brick wall.

これらによると、カリオストロストリートは、ラッセルスクエア(Russell Square)を挟んで、その西側に建つシャルル・ヴェルネ・グリモー教授(Professor Charles Vernet Grimaud)の邸とは反対側にあり、ギルフォードストリート(Guilford Street)の裏手にある行き止まりの小路で、長さは200ヤード位ということが判る。

(2)第13章「XIII  The Secret Flat」

<地の文章>
Cagliostro Street, as Dr Fell had said, contained a thin dingy over flow of both shops and rooming-houses. It was a backwater of Lamb’s Conduit Street - which itself is a long and narrow thorough fare, a shopping centre of its own, stretching north to the Barrack-windowed quiet of Guildford Street, and south to the main artery of traffic along Theobald’s Road.

これによると、カリオストロストリートは、ラムズコンデュイットストリート(Lamb’s Conduit Streetー北側はギルフォードストリートに、そして、南側はセオバルズロード(Theobald’s Road)に接している)から派生する通りであることが判る。

ラムズコンデュイットストリート(南側)にある本屋

これらの条件に合致する通りについて、現在の地図で調べてみると、ラムズコンデュイットストリートから東側へ延びるロングヤード(Long Yard)がカリオストロストリートの候補地ではないかと思われる。
ロングヤード以外にも、ラムズコンデュイットストリートから派生する通りはあるものの、先が行き止まりになっている通りが存在していないので、現時点においては、ロングヤードがカリオストロストリートの唯一の候補地と言える。

ラムズコンデュイットストリート(南側)にある
本屋の店頭(その1)

ロングヤードは、ロンドンの特別区の一つであるロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内に所在している。
Great Ormond Street Hospital の東側を南北に延びるラムズコンデュイットストリートのうち、ギルフォードストリートとグレートオーモンドストリート(Great Ormond Street→2015年8月22日付ブログで紹介済)に挟まれた北側の部分から東側へと延びる袋小路である。

ラムズコンデュイットストリート(南側)にある
本屋の店頭(その2)

ただし、このロングヤードから、ラッセルスクエアを挟んで、その反対側にあるシャルル・グリモー教授邸がある候補地であるマレットストリート(Malet Street→2020年7月26日 / 8月1日 / 8月8日付ブログで紹介済)まで徒歩で行くとしても、正直ベース、3分では非常に難しい。普通の人だと、ラムズコンデュイットストリート経由、ロングヤードからギルフォードストリートへと出て、ラッセルスクエアへと至るまでに、3分は要するのではないかと思われる。

2020年8月22日土曜日

ミッチ・カリン作「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」<小説版>(Mr Holmes by Mitch Cullin )−その2

2015年に英国の Cannongate Books 社から出版された
ミッチ・カリン作「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」の裏表紙 

読後の私的評価(満点=5.0)

(1)事件や背景の設定について ☆☆(2.0)
時は、第二次世界大戦(1939年ー1945年)が終結して間もない1947年で、前世紀であるヴィクトリア朝時代から活躍してきたシャーロック・ホームズにとって、実質的な「最後の事件」というのが、本作品である。
本作品において、諮問探偵としての最後の事件と人間としての最後の事件の2つが語られるが、正直に言って、両方とも、本来的な意味での「事件」ではなく、絶対的な知力をベースにして生きてきたホームズが、果たしてこのような事件で諮問探偵から引退するようなことになるのか、個人的には、非常に疑問である。

(2)物語の展開について ☆半(1.5)
同時並行的に進行する3つの話は、本来的な意味での「事件」ではない上に、ホームズには既に結果 / 結論が判っていることであり、謎解き的な面白味は、ほとんどない。後に残されているのは、人間としてどう対応するかであるが、正直に言って、これをホームズ物としてテーマにする必要があるのだろうか?

(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆半(1.5)
繰り返しになるが、同時並行的に進行する3つの話は、本来であれば、ホームズが取り扱うような事件ではなく、知力で解決できるものでもない。今まで絶対的な知力で事件を解決してきたホームズに対して、「既に結果 / 結論は判っているが、それに人間として対処してほしい。」という命題を投げかけている訳で、「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」(Mr Holmesの著者であるミッチ・カリン(Mitch Cullin)が、ホームズを主役にして、何を達成したかったのか、全く不明である。
なお、ホームズの相棒であるジョン・H・ワトスンは、本作品には登場しない。

(4)総合評価 ☆☆(2.0)
今まで絶対的な知力で事件を解決してきたホームズを諮問探偵から引退させる事件、そして、人生の終盤で人間としての苦悩に追い込む事件ー後者の事件については、まだ多少理解できなくもないが、前者の事件の内容が、果たしてホームズを引退へと追いやるに足るだけのインパクトを彼に与えられるのか、甚だ疑問であり、納得性に欠ける。
今まで人間的な関わりを遠ざけてきたホームズに対して、無理やり人間性を直視させようという感じが非常に強く、読んでいて、全く話に乗れなかった。
個人的には、ホームズには、最後まで絶対的な「孤高」の存在で居てほしかった。


なお、ミッチ・カリン作「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」は、2014年に映画化され、2015年に英国や米国等で公開された。
英国の俳優であるイアン・マッケラン(Ian McKellen:1939年−)がシャーロック・ホームズを、また、真田広之(1960年−)がタミキ・ウメザキを演じている。

2020年8月16日日曜日

ロンドン ロングヤード(Long Yard) / カリオストロストリート(Cagliostro Street)の候補地−その1

ロングヤードの近くにある
グレートオーモンドストリート(東側)の両側に建つ住宅街(その1)

米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1935年に発表した長編で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第6作目に該る「三つの棺(The Three Coffins 英題: The Hollow Man→2020年5月3日 / 5月16日 / 5月23日 / 6月13日 / 6月20日付ブログで紹介済)」では、2月9日(土)の午後10時10分頃、シャルル・ヴェルネ・グリモー教授(Professor Charles Vernet Grimaud)邸の最上階(3階)にある書斎内において、教授が拳銃で胸を撃たれて、瀕死の状態で倒れているのが発見される。書斎は密室状態で、教授と一緒に書斎内に居た仮面を付けた謎の男の姿は、完全に消え失せていた。また、グリモー邸の周囲には、午後9時半頃に降り止んだ雪が積もっていたが、雪の上には、謎の男が逃げた足跡は、全くなかったのである。


ジョン・ディクスン・カーの原作では、グリモー邸以外に、ラッセルスクエア(Russell Square)を挟んで、同スクエアの西側に建つグリモー邸とは反対側にあるカリオストロストリート(Cagliostro Street)の路上において、もう一つの事件が発生する。
2月6日(水)の晩、大英博物館(British Museum→2014年5月26日付ブログで紹介済)の近くのミュージアムストリート(Museum Street)沿いにあるパブ「ウォーリック タヴァーン(Warwick Tavern)」において、シャルル・グリモー教授達の話に突然割り込んできて、教授を脅した奇術師のピエール・フレイ(Pierre Fley)が、カリオストロストリートの真ん中辺りで、拳銃で射殺されたのである。ピエール・フレイは、カリオストロストリート2B(2B Cagliostro Street)に住んでいた。

グレートオーモンドストリート(東側)の両側に建つ住宅街(その2)

カリオストロストリートは、先が行き止まりの200ヤード程の通りで、バーミンガム(Birmingham)からやって来たジェス・ショート(Jesse Short)とR・G・ブラックウィン(R. G. Blackwin)の二人が、通りの奥に住む友人のところを訪ねようとしていた。また、ヘンリー・ウィザース巡査(PC Henry Withers)が巡回中で、ちょうどカリオストロストリートの入口に達した時だった。
「二発目は、お前にだ。(The Second Bullet is for you.)」という声とともに、銃声が鳴り響いた。カリオストロストリートの奥へと向かっていたジェス・ショートとR・G・ブラックウィンが通りの入口の方へ振り返り、ヘンリー・ウィザース巡査が通りの入口の方から駆け寄って来た。カリオストロストリートの真ん中、宝石商のショーウィンドの灯りに照らされた路上に、ピエール・フレイが倒れていたのである。ヘンリー・ウィザース巡査がピエール・フレイの身体を調べたところ、ピエール・フレイは、背中を至近距離から拳銃で撃たれて、死亡していた。通りは暗かったものの、現場の路上には、ジェス・ショート / R・G・ブラックウィンの二人とヘンリー・ウィザース巡査以外には、誰も居なかった。また、現場は、身を隠せる建物から数メートルも離れており、銃声が鳴り響いてから、彼らが現場に駆け付ける間に、身を隠せる時間的な余裕はなかった。目撃者である彼らによると、午後10時25分とのことだった。

グレートオーモンドストリート(東側)の両側に
建つ住宅街(その3)

司法解剖の結果、ピエール・フレイの背中の致命傷は、自分で拳銃を撃つには無理な場所にあり、「自殺」とは考えられず、「他殺」と判断せざるを得なかった。ところが、ピエール・フレイの殺害現場であるカリオストロストリートの路上で、ジェス・ショート / R・G・ブラックウィンの二人とヘンリー・ウィザース巡査の誰も、ピエール・フレイを拳銃で撃った加害者を見ていない上に、現場周辺の雪の上には、被害者であるピエール・フレイ以外の足跡は全くなかったのである。また、ピエール・フレイの傍らに落ちていた拳銃は、グリモー邸において、シャルル・グリモー教授を射殺した凶器であると鑑定された。

グレートオーモンドストリート(東側)の両側に
建つ住宅街(その4)

ジェス・ショート / R・G・ブラックウィンの二人とヘンリー・ウィザース巡査に挟まれたカリオストロストリートの路上において、犯人は、被害者であるピエール・フレイの背中を至近距離から拳銃で撃った後、どのようにして姿を隠したのだろうか?グリモー邸の書斎において発生した密室状況の事件に加えて、カリオストロストリートの路上における事件も、不可能状況と言えた。

グレートオーモンドストリート(東側)の両側に建つ住宅街(その5)

奇術師のピエール・フレイが拳銃で射殺されたカリオストロストリートは、一体どこにあるのか?
現在の住所表記上、残念ながら、カリオストロストリートは存在していない。
それでは、現在の住所表記上、どの通りがカリオストロストリートの候補地として最適なのかについて、ジョン・ディクスン・カーの原作から読み解きたいと思う。

2020年8月15日土曜日

ミッチ・カリン作「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」<小説版>(Mr Holmes by Mitch Cullin )−その1

2015年に Cannongate Books 社から出版された
ミッチ・カリン作「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」の表紙 -
2005年に米国で、また、2014年に英国で出版された際、
「A Slight Trick of the Mind」という原題であったが、
2015年の映画公開に伴って、題名が変更された。

米国の作家であるミッチ・カリン(Mitch Cullin:1968年-)が2005年に発表した「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件(Mr Holmes)」は、3つの話が並行的に進行する。

<1つ目の話>
1947年、シャーロック・ホームズが諮問探偵業から引退し、ロンドンを離れてから、既に40年以上が経過していた。引き続き、彼は、引退先であるサセックス州(Sussex)丘陵の農場で暮らしており、手記を書いたり、蜜蜂の世話をしたりして、毎日を過ごしていた。未亡人のムンロ夫人(Mrs. Munro)が家政婦としてホームズの世話をし、彼女の息子であるロジャー・ムンロ(Roger Munro)が助手として蜜蜂の世話を手伝っていた。
ホームズは、日本の広島への旅から英国へと丁度戻ったところであった。広島での出来事を振り返り、ホームズは、若い頃のような絶対的な知力が自分にはもうないと思い、知力の衰えと格闘していたのである。
そんな中、彼が思い出すのは、彼が諮問探偵業から引退する引き金となったある事件であった。

<2つ目の話>
1902年の春、ジョン・H・ワトスンは3度目の結婚をするため、クリーン アン ストリート(Queen Anne Street→2014年11月15日付ブログで紹介済 / 多くの医者が開業しているハーリーストリート( Harley Street → 2015年4月11日付ブログで紹介済)の近く)に部屋を借りていて、ベーカーストリート221Bには、ホームズ一人であった。そこへ、トマス・R・ケラー(Thomas R. Keller)と名乗る青年が、ホームズの元を相談に訪れる。
ケルモット氏は、ホームズに対して、「2年前に結婚してから、妻のアン(Ann)が2回連続して流産し、医者からは「今後、子供を授かることは難しい。」と言われた。」と語った。ケルモット氏は、妻の気持ちを落ち着かせる精神的なケアの意味もあって、アンにドイツ人のマダム シルマー(Madame Shirmer)のところへアーモニカ(Armonicaー金属やガラス片を長い順に並べて、スティックで打つ楽器)を習いに行かせた。それ以降、妻の様子がおかしくなったと言うのだ。妻の案は、マダム シルマーのところから戻って来ると、屋根裏部屋で楽器の練習をしているのだが、彼女以外、部屋には誰も居ないにもかかわらず、誰かと会話をしていると、ケルモット氏は語った。彼は、マダム シルマーが妻のアンを精神的に操っているのではないかと心配していた。
ケルモット氏の依頼を受けたホームズは、早速、アン・ケルモットの後をつける。彼女は、夫名義で小切手を振り出して、それを現金化したり、また、薬局で毒薬を購入したりと、非常に怪しい行動を繰り返している。
果たして、彼女は、夫のケルモット氏を殺害しようと計画しているのだろうか?

<3つ目の話>
ホームズは、知り合いのタミキ・ウメザキ(Tamiki Umezaki)を訪ねて、神戸に居た。
ホームズがウメザキ氏を訪ねたのは、知力の衰えを防ぐために、ウメザキ氏から煮ごこりを手に入れる必要があったからである。一方で、ウメザキ氏の方にも、ホームズに尋ねたい重要なことがあった。
ホームズは、ウメザキ氏によって、広島を案内される。その際、ホームズは、ウメザキ氏から次のような話を聞かされる。ウメザキ氏の父親は日本政府で働いていたが、政府内での権力闘争に敗北して、失脚。その後、ウメザキ氏の父親は、単身ロンドンへと向かう。そして、ウメザキ氏が父親から受け取った手紙には、「ロンドンにおいて、著名な探偵であるシャーロック・ホームズ氏に相談した結果、暫くの間、英国に留まることに決めた。」ということが書かれてあった。ウメザキ氏は、ホームズに対して、「自分の父親の居場所を知らないか?」と尋ねるが、ホームズは「君の父親に会った記憶はない。」と答えるだけであった。

そして、また、1つ目の話へと戻る。

<1つ目の話>
そんなある日、ムンロ夫人は、養蜂場の近くで、死体を発見する。それは、彼女の息子であるロジャーだった。彼には、何かに何度も刺された痕があった。
果たして、それは…

2020年8月9日日曜日

ケル・リチャーズ作「地下室の死体」(The Corpse in the Cellar by Kel Richards)

2015年に Marylebone House から出版された
ケル・リチャーズ作「地下室の殺人」(2013年)の表紙−
徒歩旅行中、財布を誤って暖炉の中に落とし、黒焦げにしてしまい、
手持ちの全財産を失くした主人公のジャック達3人が向かった
マーケットプランプトン(架空の場所)が描かれていると思われる。

1933年の夏、以下の3人が徒歩での旅行をしていた。

(1)クライブ・ステープルス・ルイス(Clive Staples Lewis:1898年ー1963年)
オックスフォード大学(モードリン学寮)の特別研究員で、英文学を担当。幼少時に愛犬ジャクシー(Jacksie)を交通事故で喪った直後から、自らをジャクシーと名乗り始め、現在はジャック(Jack)と皆に呼ばれている。

(2)ウォレン・ハミルトン・ルイス(Warren Hamilton Lewis:1895年ー1973年)
C・S・ルイス(ジャック)の3歳上の兄。元英国陸軍少佐。探偵小説好き。愛称はウォーニー(Warnie)。

(3)トム・モリス(Tom Morris)
ジャックとウォーニーの若い友人で、ジャックの元教え子。

旅の途中で立ち寄ったパブで休息した際、ウォーニーはジャックの財布を暖炉の中に誤って落とし、財布を黒焦げにしてしまう。持っていた全財産を失って、意味消沈するウォーニーとトムに対して、ジャックは「ここから歩いて2時間位のところに、マーケットプランプトン(Market Plumpton)という町があり、そこに自分の取引銀行キャピタル&カウンティーズ銀行(Capital and Conties Bank)の支店があるので、そこで口座から現金を引き出すから大丈夫。昨年も他の友人と一緒に徒歩旅行した際、その視点に立ち寄ったことがある。」と言って、他の二人を安心させる。

彼らの話を聞いていたパブの主人が、次のような話を彼らに語る。
「現在、その銀行が入っている建物は、以前、住宅で、80年程前にサー・ラファエル・ブラック(Sir Rafael Black)という主人が住んでいた。彼は羊毛を扱う商人であったが、酒に酔っては、妻に暴力をふるう乱暴者であった。夫の家庭内暴力に恐れをなしたレディー・パメラ(Lady Pamela)は、若い従僕のボリス(Boris)と密通するようになった。それに気付いた主人は、地下室でボリスを殺害し、床に穴を掘って、彼の死体を埋めた。その後、主人の言い付けで執事が地下室へ降りたところ、そこにはボリスの幽霊が居て、自分の死体が埋められている場所を指差した。それが契機となり、主人の悪事が明るみに出て、殺人罪で処刑された。その地下室は、現在、銀行の金庫室となっていて、今もボリスの幽霊が現れるという噂です。」と。

マーケットプランプトンに到着した3人は、早速、ジャックの取引銀行の支店へと向かった。
ジャックの対応をした支店の行員フランクリン・グリム(Franklin Grimm)は、彼に対して身分証明書の提示を求めるが、残念ながら、身分証明書は財布と一緒に黒焦げになっていて、後の祭りだった。ジャックはフランクリンに対して、「昨年、自分はこの支店を訪問しており、その際、支店長のエドムント・レーヴェンスウッド氏(Mr. Edmund Ravenswood)に会っているので、彼であれば、自分のことを確認できる筈だ。」と告げる。そこで、フランクリンはジャックを地下の金庫室内で作業していたレーヴェンスウッド氏のところへ案内する。ウォーニーとトムも、彼らの後に続いて、地下の金庫室へと降りて行く。

金庫室内での作業が終わり、外に出て来た支店長のレーヴェンスウッド氏は、フランクリンがジャック達を立入禁止区域内へと連れて来たことは、銀行内の規則に反すると咎める。丁度その時、銀行から貸付を受けていた農場主のニコラス・プラウッドフット(Nicholas Proudfoot)が勝手に地下室に降りて来た。プラウドフット青年は、非常に激怒していて、銀行からの借入の件で、何か揉めているようである。プラウドフット青年は、レーヴェンスウッド氏を金庫室内に閉じ込めると、扉のダイヤルを回して、地下室から出て行ってしまった。扉のダイヤルの暗証番号を知っているのは、支店内では支店長のレーヴェンスウッド氏一人であり、彼を金庫室内から助け出すには、銀行の本店から暗証番号を知っている行員を派遣してもらうことが必要だった。

地下室から地上階へと戻ったフランクリンは、銀行の本店に対して、暗証番号を知っている行員を支店に至急派遣するよう要請を行うと、レーヴェンスウッド氏の身を案じたフランクリンは、再び地下室へと戻る。暫くして、フランクリンの叫び声を聞いたジャック達が地下室へ降りてみると、フランクリンが首の後ろを刺され、地下室の床の上に横たわって死んでいたのである。フランクリンを刺した凶器は彼の周囲にはなく、また、彼の死体以外は、誰も居なかった。支店長のレーヴェンスウッド氏は、金庫室内に閉じ込められたままだ。地下室へと通じる地上会には、ジャック達が居たので、犯人はそこから逃げることはできなかった。正に、「密室状態」だった。

犯人は、一体どうやって、地下室へと侵入し、フランクリンを殺害したのか?それとも、ボリスの幽霊による仕業なのだろうか?

(1)背景の設定について
後に「ナルニア国物語(The Chronicles of Narnia)」(1950年ー1956年)の作者として知られるC・S・ルイス(愛称:ジャック)が主人公となっている。また、彼の兄(愛称:ウォーニー)が英国陸軍を退役した年(1932年12月)の翌年の夏に、時代が設定されている。物語中、英国の探偵小説黄金期を支えたアガサ・クリスティー(Agatha Christie:1890年ー1976年)、ドロシー・L・セイヤーズ(Dorothy Leigh Sayers:1893年ー1957年)、フリーマン・ウィルス・クロフツ(Freeman Wills Crofts:1879年ー1957年)やマージェリー・ルイーズ・アリンガム(Margery Louise Allingham:1904年ー1966年)等が引用されたり、彼らが生み出した探偵達が言及されている。

(2)物語の展開について
「密室状態」となった銀行の地下室で殺人事件が発生するという非常に魅力的な謎が提示されるが、何故か、ホームズ役のジャックやワトスン役のウォーニーとトムが真正面からこの謎には取り組まず、後に起きる第2の殺人を含めた事件関係者に話を聞いたりするだけに終始して、物語の終盤になり、急に事件が解決するという流れで、展開としては、あまり面白くない。密室の謎の解明プロセスをもっと正攻法で進めて欲しかった。
探偵小説好きのウォーニーにジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)の第1作で、密室状況での殺人を扱う「夜歩く(It Walks by Night)」(1930年)を持たせる等、設定に凝った割りには、呆気ない。
正直、慣れた読者には、犯人も殺害方法も即座に判ってしまうので、密室の謎の解明に重きを置くと、話が直ぐに終わってしまうかもしれない。

(3)ホームズ役 / ワトスン役の活躍について
ホームズ役のジャックは、本来、学者であり、物語中、元教え子のトムとの間で、キリスト教信仰に関する談議を行う場面が何度も出てきて、それにかなりのページが割かれているが、それが物語の主題に関係している訳ではない。C・S・ルイスのことを知るには良いかもしれないが、物語としては、オマケというか、ページかせぎと思えてしまうのが、逆に興醒めである。また、ワトスン役のウォーニーとトムは、物語を通して、あまり深く考えておらず、殺人事件が発生してものんびりしており、話を面白くする潤滑油になっていない。

(4)総合評価
密室状態における殺人事件という探偵小説好きが欲する謎に幽霊事件を紐付けて、折角うまく提示したにもかかわらず、その設定をうまく生かし切れず、違うところでウロウロするという展開で、残念ながら、読後の感想としては、あまり良くない。
また、物語全体を通して、のんびりとしたムードが漂っており、これが密室殺人という主題とうまく合致していない。

2020年8月8日土曜日

ロンドン マレットストリート(Malet Street)−その3

マレットストリートから見上げたセナトハウス(その1)

米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1935年に発表した長編で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第6作目に該る「三つの棺(The Three Coffins 英題: The Hollow Man→2020年5月3日 / 5月16日 / 5月23日 / 6月13日 / 6月20日付ブログで紹介済)」において、シャルル・ヴェルネ・グリモー教授(Professor Charles Vernet Grimaud)邸が所在するのがより現実的と思われるマレットストリート(Malet Street)は、ロンドン特別区の一つであるロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内にある。マレットストリートの南側は、大英博物館(British Museum→2014年5月26日付ブログで紹介済)の裏側を東西に延びるモンタギュープレイス(Montague Place→2015年2月21日付ブログで紹介済)から始まり、北側は、同じく東西に延びるトリントンプレイス(Torrington Place)に交差している。
また、マレットストリートの西側には、幹線道路であるガウアーストリート(Gower Street)とトッテナムコートロード(Tottenham Court Road→2015年8月15日付ブログで紹介済)が並行して、南北に延びている


マレットストリートは、この一帯の土地を所有していた英国の政治家で、農業経営者でもあった第9代ベッドフォード公爵フランシス・ラッセル(Francis Russell, 9th Duke of Bedford:1819年ー1891年)の娘である Lady Ermyntrude Sackville Russell と結婚した英国の外交官を務めた第4代準男爵サー・エドワード・ボルドウィン・マレット(Sir Edward Baldwin Malet, 4th Baronet:1837年ー1908年)に因んで、名付けられた。

マレットストリートから見上げたセナトハウス(その2)

マレットストリートの左右には、主にロンドン大学(University of London)関係の建物が建ち並んでいる。
主な建物をマレットストリートの南側から列挙する。

2014年7月2日から同年9月15日にかけて、
「Books About Town」というイベントに基づき、
マレットストリート沿いに設置された
本の形をしたベンチ(その1)
2014年7月2日から同年9月15日にかけて、
「Books About Town」というイベントに基づき、
マレットストリート沿いに設置された
本の形をしたベンチ(その2)

(1)セナトハウス(Senato House→2017年1月15日付ブログで紹介済:マレットストリートの東側)
ケンジントン地区(Kensington)からブルームズベリー地区へと移転しているロンドン大学の設計責任者に任命された英国の建築家であるチャールズ・ヘンリー・ホールデン(Charles Henry Holden:1875年ー1960年)が、1931年にアール・デコ様式の設計案を提示。1932年に建設工事が始まり、1937年に竣工。
セナトハウスは19階建てのロンドン大学本部で、同ビルの正面玄関は西側のマレットストリートに、そして、裏玄関はラッセルスクエア(Russell Square)に面している。同ビル内には、副学長のオフィスやセナトハウス図書館等が入っている。
セナトハウスは、1969年に「グレード II (Grade II)」の指定を受ける。2006年の大改修を経て、同ビルはロンドン大学の施設としてだけではなく、会議場やイベント会場等としても使われるようになり、ロンドンファッションウィーク(London Fashion Week)の会場として使用された。

2014年7月2日から同年9月15日にかけて、
「Books About Town」というイベントに基づき、
マレットストリート沿いに設置された
本の形をしたベンチ(その3)
2014年7月2日から同年9月15日にかけて、
「Books About Town」というイベントに基づき、
マレットストリート沿いに設置された
本の形をしたベンチ(その4)

(2)ロンドン衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene and Tropical Medicine:マレットストリートの西側)

(3)王立演劇学校(Royal Academy of Dramatic Art:マレットストリートの西側)

(4)ロンドン大学学生生協(University of London Union:マレットストリートの東側)

2020年8月2日日曜日

フランシス・ダーブリッジ作「地獄から来た蝙蝠(コウモリ)」(Bat Out of Hell by Francis Durbridge)

英国の Arcturus Publishing Limited から
 Crime Classics シリーズの一つとして出版されている
フランシス・ダーブリッジ作「地獄から来た蝙蝠(コウモリ)」の表紙–
ジェフリー・ステュワートを殺害した犯人である
マーク・パクストンとダイアナ・ステュワートの二人が描かれているが、
アメコミ(アメリカン・コミック)調の絵柄の上、
背後の蝙蝠がオカルトというか、ホラーの様な感じなので、
もう少し推理小説に適した絵柄にして欲しかった。

作者のフランシス・ダーブリッジ(Francis Durbridge:1912年ー1998年)は、英国のフル(Hull)出身の推理作家で、推理作家兼名探偵であるポール・テンプル(Paul Temple)を主人公にしたシリーズでデビュー。ポール・テンプルシリーズ14作やティム・フレイザー(Tim Frazer)シリーズ3作の他に、ノンリーズ20作を執筆。上記以外にも、ラジオドラマ、TVドラマ、戯曲や映画の脚本等、多彩な活躍をしている。
なお、本作品「地獄から来た蝙蝠(Bat Out of Hell)」は、推理小説としては、1972年に発表されているが、TVドラマとして、BBC で1996年に放映されている。その際、主人公の一人であるマーク・パクストン(Mark Paxton)を、俳優のジョン・ソー(John Thaw)が演じている。彼は、オックスフォード(Oxford)を舞台にしたモース警部(Inspector Morse)シリーズにおいて、主役のモース警部を演じており、英国内では非常に有名である。

物語は、8月のある日、ロンドンから通勤圏内にあるアランバリー(Alumbury)で始まる。
当地で不動産会社を経営する裕福なジェフリー・ステュワート(Geoffrey Stewart)は、妻のダイアナ(Diana)と一緒に、フランスのカンヌへ旅行に出かける準備をしていた。ジェフリーの右腕で、ダイアナと不倫関係にあったマーク・パクストンは、ダイアナと協力し、偽の不動産取引でジェフリーを誘い出して、彼を殺害(=射殺)する。
そして、ダイアナが警察に「夫のジェフリーが、不動産取引のため、旅行直前に外出したまま、行方不明になった。」と届けた結果、、クレイ警部(Inspector Clay)が捜査にやって来る。ここから、マーク / ダイアナ対クレイ警部の攻防が始まるのである。
ここで、マーク / ダイアナにとって、思ってもみなかったことが発生する。

クレイ警部と別れた後、マークは、自分の車の後部座席に毛布で包んで隠してあったジェフリーの死体を別の場所に遺棄しようとした。ところが、マークが自分の車に戻ったところ、ジェフリーの死体がなくなっていたのである。
一方、ダイアナの自宅には、ジェフリーを名乗る人物からの電話があった。

その後、ベンチリーウッド(Benchley Wood)の砂利置き場で死体が発見され、顔の損傷が酷いため、確認に困難を極めたものの、死体の着衣と指輪からジェフリーの死体と認定される。

にもかかわらず、今度は、ダイアナの友人であるテルマ・ボーウェン(Thelma Bowen)の家に、ジェフリーを名乗る人物からの電話があり、「自分は怪我を負って、トラブルに見舞われている。午後3時にバーチェスター(Barchester)郊外のパインロッジモーテル(Pine Lodge Motel)に来るよう、ダイアナに伝えてほしい。」との依頼だった。
ジェフリーと名乗る人物からの指示通り、ダイアナは車で現地に赴くと、そこには、クレイ警部以下、警察の面々が既に到着していた。クレイ警部の説明によると、匿名の電話が警察宛にあり、建物の裏を調べると、そこでジェフリーの射殺死体を発見した、とのこと。

ここで、マークとダイアナには、次々といろいろな疑問が生じる。
(1)誰が、マークの車の後部座席からジェフリーの死体を持ち去ったのか?
(2)ジェフリーを名乗り、ダイアナとテルマに電話してきたのは、誰なのか?
(3)パインロッジモーテルの裏手で発見されたのが、ジェフリーの死体だとすると、最初に、ベンチリーウッドの砂利置き場で発見された死体は、誰なのか?そして、彼を殺害したのは、誰なのか?

普通の倒叙推理小説では、殺人等の事件が発生した後は、犯人側と警察側の攻防がメインとなるが、本作品では、それにとどまらず、犯人側と警察側の裏で蠢く別の犯人(グループ)によって、特に、マークとダイアナが翻弄されるのが、もう一つの特徴で、他とは違っていると言える。
そういった意味では、本来の犯人グループであるマークとダイアナが、別の犯人(グループ)によって、次第に追い込まれていく過程が興味深い。ただし、本作品における登場人物は、それ程多くないというか、かなり限定されているので、別の犯人(グループ)を特定することは、難しくないと思う。

マークとダイアナは、ジェフリーの殺害計画を、アリバイを含めて、用意周到に準備した訳ではないため、クレイ警部との攻防が期待した程のスリリングな展開になっていないのが、やや残念である。用意周到な殺害計画であれば、クレイ警部との攻防がもっと面白くなった可能性はあるが、その場合、別の犯人(グループ)は不要だったかと思われる。実際のところ、マークとダイアナの殺害計画は用意周到ではなかったので、作者としては、物語の展開をスリリングにするには、別の犯人(グループ)を登場させざるを得なかったのではないか?そうしないと、マーク / ダイアナとクレイ警部の攻防があまりパッとしない展開のまま、最後まで行ってしまう可能性が高かったように思われる。そう考えると、倒叙推理小説として、珍しい展開ではあったが、全体としては、平凡な出来だったという印象である。

2020年8月1日土曜日

ロンドン マレットストリート(Malet Street)−その2

ラッセルスクエアからモンタギュープレイスへと入ったところ−
ギディオン・フェル博士とテッド・ランポールを乗せた
スコットランドヤード犯罪捜査課のハドリー警視が運転する車は、
このルートを通ったものと思われる

 米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1935年に発表した長編で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第6作目に該る「三つの棺(The Three Coffins 英題: The Hollow Man→2020年5月3日 / 5月16日 / 5月23日 / 6月13日 / 6月20日付ブログで紹介済)」において、ギディオン・フェル博士達を乗せたスコットヤード犯罪捜査課(CID)のハドリー警視(Superintendent Hardley)の車がラッセルスクエア(Russell Square)へと入った後、原作によれば、「On the west side ran few foot tracks and even fewer wheel-marks. If you know the telephone box at the north end, just after you pass Keppel Street, you will have seen the house opposite even if you have not noticed it. Rampole saw a plain, broad, three-storied front, the ground floor of stone blocks painted dun, and red brick above. Six steps led up to a big front door with a brass-edged letter-slot and brass knob.」と記述されている。

ということは、ハドリー警視が運転する車は、ラッセルスクエアから西へと延びるモンタギュープレイス(Montague Place→2015年2月21日付ブログで紹介済)を進んだことになる。ケッペルストリート(Keppel Street)は、モンタギュープレイスに並行して、モンタギュープレイスの北側に延びている通りなので、車はモンタギュープレイスから右折して、北上したことになる。

マレットストリートから見たモンタギュープレイス−
奥に見える建物は、大英博物館(British Museum)

モンタギュープレイスの北側にあり、モンタギュープレイスに並行して延びるケッペルストリートの東側は、マレットストリート(Malet Street)に、そして、西側は、ガウアーストリート(Gower Street)に接しているので、シャルル・ヴェルネ・グリモー教授(Professor Charles Vernet Grimaud)の邸は、地理的には、マレットストリート沿いか、あるいは、ガウアーストリート沿いに所在していることになる。

グリモー邸がマレットストリート沿いにあるとすると、ケッペルストリートとマレットストリートが交差する北西の角に公衆電話バックスが建っていることになるので、「opposite」の意味をどう捉えるか次第であるが、グリモー邸は、ケッペルストリートとマレットストリートが交差する南西の角か、もしくは、両通りが交差する北西の角とは、マレットストリートを挟んで、反対側のマレットストリートの東側に建っていることになる。

一方、グリモー邸がガウアーストリート沿いにあるとすると、ケッペルストリートとガウアーストリートが交差する北東の角に公衆電話ボックスが建っていることになるので、上記と同様に、グリモー邸は、ケッペルストリートとガウアーストリートが交差する南東の角か、もしくは、両通りが交差する北東の角とは、ガウアーストリートを挟んで、反対側のガウアーストリートの西側に建っていることになる。

モンタギュープレイスから見た住宅街と住宅街の住人のみが使用できるコミュナルガーデン−
画面左手の住宅街の向こう側に、ガウアーストリートがあり、画面右手にあるのが、マレットストリート。
また、画面の奥に、モンタギュープレイスに並行して、ケッペルストリートが延びている。

それでは、一体、グリモー邸は、マレットストリート沿いとガウアーストリート沿いのどちらにあるのかと言うと、こう考えられる。ジョン・ディクスン・カーの原作では、グリモー邸内以外に、ラッセルスクエアを挟んで、グリモー邸とは反対側にあるカリオストロストリート(Cagliostro Streetー現在、該当する通りは存在していない)の路上に置いて、もう一つの事件が発生する。グリモー邸とカリオストロストリートの間は、徒歩で2ー3分の距離と言及されている。

正直、グリモー邸がマレットストリート沿いにあるとしても、ラッセルスクエアからやや西側に所在しているため、ラッセルスクエアの反対側へと行くのに、徒歩で2ー3分ということは、非常に困難であるが、グリモー邸が徒歩でガウアーストリート沿いにあるとすると、マレットストリート対比、ラッセルスクエアから更に西側へと遠ざかっており、ラッセルスクエアの反対側へと行くのに、徒歩で2ー3分ということは、とても無理である。

従って、グリモー邸は、マレットストリート沿いにあると考える方が、まだ現実的と言える。