ホワイトホール通りを北側から見たところ- 画面中央の建物が、旧陸軍省ビル(former Old War Office building) |
サー・アーサー・コナン・ドイル作「マザリンの宝石(The Mazarin Stone)」では、ある夏の晩7時頃、ジョン・ワトスンがベーカーストリート221Bのシャーロック・ホームズの元を訪れるところから、物語が始まる。
給仕のビリー(Billy)によると、ホームズは現在ある事件にかかりきりだと言う。ホームズは、昨日、職探しの職人に、そして、今日は老婆に変装して出かけた、とのこと。ビリーがワトスンにこっそり教えてくれたところでは、「マザリンの宝石(Mazarin Stone)」という10万ポンドもする王冠のダイヤモンド盗難事件のためのようだ。また、窓辺には、(「空き家の冒険(The Empty House)」でも使われた)ホームズの蝋人形が置かれていた。一体何のために?
第8代デヴォンシャー公爵スペンサー・キャヴェンディッシュ (Spencer Cavendish, 8th Duke of Devonshire:1833年—1908年) のブロンズ像がホワイトホール通り沿いに立つ |
その時、寝室のドアが開いて、ホームズが姿を見せる。ホームズ曰く、「『マザリンの宝石』を盗んだのは、ネグレット・シルヴィウス伯爵(Count Negretto Sylvius)で、彼と彼の部下のサム・マートン(Sam Merton)が自分の命を付け狙っている。」と言う。
そこへ、一味の首領であるシルヴィウス伯爵がホームズの部屋にやって来る。ホームズはワトスンをスコットランドヤードへ送り出して、シルヴィウス伯爵と直接話をつけようとする。まず最初に、ホームズはシルヴィウス伯爵の表沙汰になっていない過去の悪行を次々と暴きたてるのであった。
ホワイトホール通りから南側を望む— 左側の建物はバンケティングハウス(現在、改装中) 奥に国会議事堂のタワーが見える |
「一体全体、この話がお前の言う宝石と何の関係があるんだ?」
「伯爵、穏やかに話をしようじゃないか!先走る気持ちを抑えるんだ。僕固有の方法で徐々に核心に迫るのを待つことだな。僕は君に不利な情報を全て持っている。しかし、とりわけ、王冠のダイヤモンド盗難事件の件では、君と君の用心棒にとって明らかに不利な証拠を握っているのさ。」
「まさか、そんなことはありえない!」
「僕には、君をホワイトホール通りまで乗せた御者の証言があるし、君をホワイトホール通りから乗せた御者の証言も得ている。それに加えて、現場近くで君を見かけたという退役軍人の証言もあるんだ。更に、君のために宝石をカットするのを拒んだアイキー・サンダースも居るよ。彼が密告してきたのさ。よって、君はもうお終いだ。」
ホームズの話を聞いた伯爵の額に血管が浮いた。彼の黒い毛だらけの両手は、こみ上げる怒りを抑えようと、固く握り締められたのである。彼は言葉を発しようとしたが、一言も話すことができなかった。
ホース ガーズ パレード(Horse Guards Parade)の建物 |
'What has all this talk to do with the jewel of which you spoke!'
'Gently, Count. Restrain that eager mind! Let me get to the points in my own humdrum fashion. I have all this against you; but, above all, I have a clear case against both you and your fighting bully in the case of the Crown diamond.'
'Indeed!'
'I have the cabman who took you to Whitehall and the cabman who brought you away. I have the Commissionaire who saw you near the case. I have Ikey Sanders, who refused to cut it up for you. Ikey has peached, and the game is up.'
The veins stood out on the Count's forehead. His dark, hairy hands were clenched in convulsion of restrained emotion. He tried to speak, but the words would not shape themselves.
ホース ガーズ パレードの入口を警備する衛兵 |
シルヴィウス伯爵が「マザリンの宝石」を盗難したホワイトホール通り(Whitehall)は、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)内にあり、北側にあるトラファルガースクエア(Trafalgar Square)と南側にあるパーラメントスクエア(Parliament Square)を南北に結ぶ通りである。正確には、パーラメントスクエアから英国首相官邸(10 Downing Street)へと至るダウニングストリート(Downing Street)までの南側の通りは、パーラメントストリート(Parliament Street)と呼ばれ、ダウニングストリートからトラファルガースクエアまでの北側の通りがホワイトホール通りに該る。
バンケティングハウス内(上階)で 晩餐会等が開催される場所の天井から吊り下げられているシャンデリア |
ホワイトホール通りの名前は、この辺りにあったホワイトホール宮殿(Palace of Whitehall - 1698年で火災で焼失)に由来している。
ホワイトホール宮殿の一部のうち、今でも現存しているのが、バンケティングハウス(Banqueting House)で、晩餐会や舞踏会等の目的で使用されているが、通常は、一般の見学者に開放されている。バンケティングハウスは、イタリア遊学中にイタリア・ルネッサンス建築の影響を大きく受けた英国の建築家イニゴー・ジョーンズ(Inigo Jones:1573年ー1662年)が設計し、1622年に建築された。また、晩餐会や舞踏会等が開催される部屋の天井画は、フランドルの画家で外交官でもあったピーテル・パウス・ルーベンス(Peter Paul Rubens:1577年ー1640年)によって描かれている。
ルーベンスによって描かれた天井画 |
なお、バンケティングハウスの前では、清教徒革命(Puritan Revolution:1642年ー1649年)を経て、英国王チャールズ1世(Charles Ⅰ:1600年ー1649年 在位期間:1625年ー1649年)の公開処刑が1649年1月30日に行われた。英国の歴史上、英国王が処刑された事例は、チャールズ1世のみである。バンケティングハウスの入口上の外壁に、チャールズ1世のレリーフが架けられている。
バンケティングハウス入口上の外壁に架けられている チャールズ1世のレリーフ |
現在、ホワイトホール通りの両側には、英国首相官邸を初めとして、防衛省(Ministry of Defence)関係が入居するオフィスビルが建ち並んでいる。また、ロンドン警視庁(London Metropolitan Police Service)の本部であるスコットランドヤード(Scotland Yard)も以前はホワイトホール通りの近くに所在していたが、1890年にヴィクトリアエンバンクメント通り(Victoria Embankment)に移転して、以前のスコットランドヤードと対比して、ニュースコットランドヤード(New Scotland Yard)と呼ばれている。
ホワイトホール通りから北側を見たところ— 奥にナショナルギャラリー(National Gallery)、トラファルガースクエアや ネルソン記念柱(Nelson Statue)等が見える |
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