ポッターズテラス17番地(架空の住所)があった場所と思われる ハムステッドウェイ |
サー・アーサー・コナン・ドイル作「株式仲買店員(The Stockbroker's Clerk)」において、シャーロック・ホームズとジョン・ワトスンは、株式仲買店員のホール・パイクロフト(Hall Pycroft)と一緒に、バーミンガム(Birmingham)へ向かう一等車の中に居た。パイクロフト氏から彼らへの説明は、彼の近況からいよいよ事件の核心部分に入ろうとしていた。
「さて、ここから事件の奇妙な部分に入るのです。私はハムステッド近辺のポッターズテラス17番地に下宿しています。私の採用が内定した日の夜、私は煙草を吸いながら、寛いでいました。そこへ下宿のおかみさんが一枚の名刺を持って上がって来たのです。その名刺には、「金融関係人材斡旋業 アーサー・ピンナー」と印刷されていました。私はそんな名前を今までに聞いたことがありませんし、一体私にどんな用があるのか想像もつきませんでしたが、とりあえず、彼を部屋に通してもらうよう、下宿のおかみさんに頼みました。私の部屋へ入って来たピンナー氏は、中肉中背で、髪と目が黒く、真っ黒な顎髭を生やした男で、鼻の辺りにユダヤ人の感じがありました。彼は時間を無駄にするのが嫌いな人のように、きびきびとした物腰で、歯切れよく話を始めたのです。」
'And now I come to the queer part of the business. I was digging out Hampstead way, 17 Potter's Terrace. Well, I was sitting doing a smoke that very evening after I had been promised the appointment, when up came my landlady with a card which had 'Arthur Pinner, Financial Agent', printed upon it. I had never heard the name before and could not imagine why he wanted with me, but, of course, I asked her to show him up. In he walked, a middle-sized, dark-haired, dark-eyed, black-bearded man, with a touch of the Sheeny about his nose. He had a brisk kind of way with him and spoke sharply, like a man who knew the value of time.'
アーサー・ピンナーとの面会を経て、パイクロフト氏は、既に採用が内定していた大手株式仲買店モーソン・アンド・ウィリアムズ商会(Mawson & William's)ではなく、フランコーミッドランド金物会社(Franco-Midland Hardware Company, Limited)の社長ハリー・ピンナー(Harry Pinner)にバーミンガムの営業支配人として雇われる運びとなった。ところが、会社とは名ばかりの小さな事務所で、貸オフィスビル内にあり、社員は今のところパイクロフト氏一人だけであった。しかも、彼の仕事はパリの人名録から金物業者の名前と住所を書き写すことだった。更に、パイクロフト氏は、口元の金の詰め物を見て、この職を斡旋した弟アーサー・ピンナー(Arthur Pinner)と社長の兄ハリー・ピンナーは同一人物ではないかと疑い、ホームズにこの件の調査依頼をしに来たのである。
残念ながら、パイクロフト氏が下宿していたポッターズテラス17番地は架空の住所で、現在のハムステッド(Hampstead)近辺には存在していない。「Hampstead way」を「ハムステッドの外れ」と日本語訳しているケースが非常に多いが、厳密には、「ハムステッド方面」、「ハムステッド近辺」、あるいは、「ハムステッドの辺り」と訳すのが正当ではないかと思う。
ハムステッドヒースエクステンション内に生い茂るヒース |
この「Hampstead way」の小文字「w」を大文字「W」に変えて「Hampstead Way」とした場合には、実在の通りとなる。地下鉄ノーザンライン(Northern Line)は、ハムステッド駅(Hampstead Tube Station)を出た後、北上してゴルダースグリーン駅(Golders Green Tube Station)に向かうが、地下鉄の路線に並行するように「ノースエンドウェイ(North End Way)」と呼ばれる道路(A502)がある。この道路の北側に、「ハムステッドヒースエクステンション(Hampstead Heath Extension)」という荒れ地があり、この荒れ地の左側に沿うように走っているのが、「ハムステッドウェイ」である。