初期のポワロシリーズでは、短編物、つまり、TV番組として1時間のものが多く、アーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings)やミスレモン(Miss. Lemon)が登場する回が中心だったこともあって、建物の外観が頻繁に使用されていた。ところが、長編物、つまり、TV番組としては2時間のものが多くなり、物語の舞台がエジプトや中東等になって、ヘイスティングス大尉やミスレモンが登場しなくなると、建物の外観がTV画面上に出てくることはほとんどなくなってきた。更に、シリーズ後半(もちろん、クリスティーの執筆順に、ポワロシリーズが撮影・放映されている訳ではない)になってくると、建物の外観は出てこないで、ポワロの住居、つまり、室内だけが出てくることが多くなる。TV画面上は、事前に処理しているのだと思うが、当フラットの両側に他の建物が接している上に、周囲に近代的な建物が建設されたりして、前にある広場を含め、ポワロが活躍した時代にそぐわなくなってきたことが要因なのかもしれない。
ちなみに、ホワイトヘイヴンマンションズと言って、個人的に一番に思い出すのは、「ABC殺人事件(The ABC Murders)」(1935年)である。ロンドンの東にあるアンドーヴァー(ストーンヘンジの近く)で、小さな雑貨店を営むアリス・アッシャーという老婆が殺害され、ABC殺人事件の幕が切って落とされる。実は、ポワロは数日前に<ABC>と名乗る人物から殺人予告の手紙を受け取っていたが、一笑に付していたのである。これを皮切りに、ポワロの元に<ABC>からの殺人予告の手紙が舞い込み、続いて、ベクスヒルの海岸で若いウェイトレスのベティー・バーナードが自分自身のベルトで絞殺される。更に、チャーストンで裕福な中国美術品の蒐集家であるカーマイケル・クラーク卿が撲殺される。殺害場所と被害者の頭文字をABC順で辿る<ABC>と名乗る連続殺人犯は、自分の犯行であることを示すため、被害者の側にABC鉄道案内を残していく。次に、<ABC>が殺人の予告をした場所は、ドンカスターであった。
この物語の中で、ホワイトヘイヴンマンションズは、どのように関係してくるのか?アンドーヴァーとベクスヒルでの殺人を予告する「ABC」からの手紙は、予告日付の数日前に、ポワロが住むホワイトヘイヴンマンションズ宛に配達されたのだが、チャーストンでの殺人予告については、予告日付の当日になって、ポワロの元に届けられるのである。それは何故か?それまでの2つの殺害予告では、ポワロの住所として、正しく「ホワイトヘイヴンマンションズ」が記載されていたが、チャーストンでの殺害予告の場合、ホワイトヘイヴンマンションズの名前が「ホワイトホースマンションズ(Whitehorse Mansions)」と誤記されていたため、手紙の配達が遅延したのである。そのため、ポワロとスコットランドヤードは事前の対応をできず、事件を未然に防ぐことができなかった。
何故今回に限って、<ABC>はホワイトヘイヴンマンションズの名前を誤記したのか?実は、殺人予告の配達遅延を引き起こしたホワイトヘイヴンマンションズ名の誤記は、<ABC>側の単純なミスではなく、ある深遠な意図の下に行われたものであることが、最後にポワロによって解き明かされる。
という訳で、個人的には、「ABC殺人事件」と言うと「ホワイトヘイヴンマンションズ」、「ホワイトヘイヴンマンションズ」と言うと「ABC殺人事件」と言う位、印象が強いのである。
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