2022年6月2日木曜日

エリザベス2世在位70周年記念切手(Royal Mail Stamps to mark Her Majesty The Queen's Platinum Jubilee) - その1

With HRH The Duke of Edinburgh during a tour of the United States
(Washington / October 1957)


英国のロイヤルメール(Royal Mail)から、英国のウィンザー朝第4代女王であるエリザベス2世(Elizabeth II:1926年ー 在位期間:1952年ー)の在位70周年を記念して、2022年2月に、8種類の記念切手が発行されているので、2回に分けて御紹介したい。

なお、エリザベス2世の全名は、エリザベス・アレクサンドラ・メアリー・オブ・ウィンザー(Elizabeth Alexandra Mary of Windsor)である。

ちなみに、エリザベス2世は、以下の在位記念日を既に経ている。

・1977年:25周年(Silver Jubilee)

・1992年:40周年(Ruby Jubilee)

・2002年:50周年(Golden Jubilee)

・2012年:60周年(Diamond Jubilee)

・2017年:65周年(Sapphire Jubilee)

・2022年:70周年(Platinum Jubilee)


During a tour of the West Indies
(Victoria Park, St. Vincent / February 1966)

During Silver Jubilee celebration
(Camberwell / June 1977)

DuringTrooping the Colour
(London / June 1978) 


2022年5月29日日曜日

イーデン・フィルポッツ作「闇からの声」(A Voice from the Dark by Eden Hilltops) - その2

東京創元社から、創元推理文庫として出版されている
イーデン・フィルポッツ作「闇からの声」(旧カバー版)の表紙
       カバーイラスト: 田中 一光 氏


ある年の11月の晩、引退した名刑事のジョン・リングローズ(John Ringrose:55歳)は、英国海峡を望む英国南部のドーセット州(Dorset)南端にあるポートランド岬の断崖の上に建つ旧領主邸(Old Manor House)ホテルを、ホテルの主人であるジェーコブ・ブレントの招待に応じて、暫くの間、逗留するために、訪れた。


夕食後、サロンにおいて、長逗留の客であるベレアズ夫人(84歳)と1時間ばかり話をしてから、バーにおいて、寝酒の水割りウイスキーを飲むと、ジョン・リングローズは、早めに寝室へと引き上げたが、その夜中(午前3時)、彼の耳に、闇をつん裂くような幼児の悲鳴、恐怖のドン底に慄く、いたいけな叫び声が聞こえてきたのである。

すっかりと眠気が吹っ飛んでしまったジョン・リングローズは、ベッド横の壁のボタンを押して、電灯を点けたが、彼の部屋の中には、誰も居なかった。その後、彼は、戸口へと向かい、ドアを開けてみたが、外の廊下にも、人影は全く見当たらなかった。更に、彼は窓へ駆け寄ったが、カーテンはひいたままの上、窓の掛け金もかかったままだった。彼は吊り箪笥の中も調べたが、そこには彼の衣類が入っているだけで、室内には、隠れ場所はどこにもなかった。


ジョン・リングローズが聞いた幼児の悲鳴 / 叫び声は、一体、なんだったのだろうか?


翌日の夕食後、ジョン・リングローズは、ベレアズ夫人とのおしゃべりを楽しんでいた際、昨夜の話を持ち出してみた。彼が経験した話を聞いたベレアズ夫人は、付添いのスーザン・マンリイを同席させた上で、彼に対して、恐るべき話をし始めたのである。


「リングローズさん、あなたのお聞きになったのは幽霊の声だったのですよ。それはもう間違いのないことなのです」

(中略)

「その子供は亡くなったのですよ。一年以上も前に」

(創元推理文庫 橋本福夫訳)


ベレアズ夫人によると、その少年は、ルドヴィク・ビューズという名前で、保養のために、旧領主邸ホテルへとやって来た時、13歳だったが、年の割には身体も小さく、いかにも弱々しそうだった。また、神経系の病気のようで、非常に神経質な少年でもあった。

彼は、貴族の子息で、当時、父親のブルーク卿は既に亡くなっていたため、爵位、そして、広大や地所や農園に囲まれた大邸宅(ブルーク・ノートン屋敷)を継いでいた。

ルドヴィク・ビューズ少年には、彼の叔父に該るバーゴイン・ビューズ(現在のブルーク卿)の侍僕を勤めていたアーサー・ビットン(50歳位)が一緒に付いて来ていた。アーサー・ビットンは、表面上、礼儀正しい物腰をしていたが、ベレアズ夫人が見た限り、どこか一癖ある人物のように感じられた。


ルドヴィク・ビューズ少年は、ジョン・リングローズが現在宿泊している部屋に逗留していたのだが、日中、風が唸りを上げたり、道路で喚き声がしたりすると、飛び上がる程怯え、顔が真っ青になったり、また、夜中には、彼の部屋から悲鳴が上がるのであった。


アーサー・ビットンが、主人であるバーゴイン・ビューズに会うために、ブルーク・ノートン屋敷へと出かけた際、ベレアズ夫人は、ルドヴィク・ビューズ少年を預かった。アーサー・ビットンの不在中に、ベレアズ夫人は、付添いのスーザン・マンリイに頼んで、彼の部屋を調べさせたところ、吊り箪笥の上の棚に置いてあった帽子箱の中に、赤い絹のきれで包んであったぞっとする不気味なものが入っているのを見つけたのである。それは、悪魔の手で作ったような、恐怖を具現したグロテスクな人形の首だった。どうやら、アーサー・ビットンは、夜中に、この人形の首を使って、ルドヴィク・ビューズ少年を怖がらせていたようだ。


アーサー・ビットンは、その日の午後に、旧領主邸ホテルに戻って来たが、翌日の夜明け直後に、ルドヴィク・ビューズ少年の症状が急に悪化して、危篤状態になり、その次の日の早朝、遂に意識を取り戻さないまま、亡くなってしまったのである。ルドヴィク・ビューズ少年を診察した医者によると、脳膜炎とのことで、他殺の疑いは全然抱いていなかった。


ベレアズ夫人から驚くべき話を聞いたジョン・リングローズは、アーサー・ビットン、そして、バーゴイン・ビューズの行動に不審の念を感じ、独自に捜査を進めるのであった。


「闇からの声」の前半は、英国デヴォン州において、
また、後半は、イタリアのコモ湖近辺において、
物語が展開する。


主にデヴォン州(Devon)を舞台にした田園小説、戯曲や詩作で既に名を成した英国の作家であるイーデン・ヘンリー・フィルポッツ(Eden Henry Phillpotts:1862年ー1960年 → 2022年2月6日 / 2月13日付ブログで紹介済)が1925年に発表した「闇からの声(A Voice from the Dark)」の場合、証拠はないものの、犯人は初めから見当はついているため、純粋な謎解き型の推理小説ではないが、サスペンス型の推理小説の傑作と言われている。

探偵(ジョン・リングローズ)と犯人(アーサー・ビットン+バーゴイン・ビューズ)の性格描写が非常に丁寧に示される上に、物語の筋自体にも無理がなく、最後まで、緊迫した物語を楽しめる。特に、物語の中盤以降、ジョン・リングローズとバーゴイン・ビューズの間では、お互いに相手の力量を判った上で、腹の探り合いとしのぎを削る対決が展開され、それが非常に真に迫っている。

作者のイーデン・フィルポッツの場合、純粋な謎解き型の推理小説もあるが、純粋な謎解きの形態を採らず、人間の悪意や犯罪心理の探求に重きを置いている作品も多く執筆している。


2022年5月28日土曜日

ボニー・マクバード作「シャーロック・ホームズの冒険 / 不穏な蒸留酒」(A Sherlock Holmes Adventure / Unquiet Spirits by Bonnie MacBird) - その2

英国の HarperCollins Publishers 社から
Collins Crime Club シリーズの1冊として
2018年に出版されたボニー・マクバード作
「シャーロック・ホームズの冒険 / 不穏な蒸留酒」(ペーパーバック版)の裏表紙の一部
Cover Design : HarperCollinsPublishers Ltd.
Cover Images (Figures) : Bonnie MacBird
Cover Images (Map) : Antiqua Print Gallery / Alamy Stock Photo
Cover Images (Textures) : Shutterstock.com


1889年12月、イスラ・マクラーレン(Isla McLaren)と名乗る28歳位の女性が、ベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)のシャーロック・ホームズの元を訪れた。


イスラ・マクラーレンによると、


(1)彼女が居住するスコットランドのブレーデルン城(Braedern Castle - 彼女の義理の父であるサー・ロバート・マクラーレン(Sir Robert McLaren)が所有)には、サー・ロバート・マクラーレンの亡くなった妻であるレディーマクラーレン(Lady McLaren)の幽霊が出没する。


(2)先週の金曜日、メイドのフィオナ・ペイズリー(Fiona Paisley)が、城から一旦行方不明となったものの、その2日後に、腰まで届く長い赤髪がバッサリと切られて戻って来た。そして、その後、彼女は、城の管理人であるウーラン・モレイ(Ualan Moray)の長男であるイアン(Iain)を連れて、再度、行方が知れなくなった。


とのこと。


イスラ・マクラーレンは、これらの事情の詳細を調べてほしいと、ホームズに依頼する。ところが、不思議なことに、彼女の訪問当初から、何が気に入らないのか、不機嫌な態度を貫いていたホームズは、彼女の依頼をアッサリと拒絶してしまう。彼としては、翌朝の兄マイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)との約束の方が、遥かに気にかかっているようだった。


一方で、ホームズは、ここのところ、オーヴィル・セント・ジョン(Orville St. John)という男に、つけ狙われていた。直近の6日間で、3回も、ホームズを殺そうとしたのである。

ホームズによると、オーヴィル・セント・ジョンは、ノーサンバーランド州(Northumberland - イングランドの北東端に所在し、スコットランドとの国境に位置)の大地主という非常に裕福な家系の出身で、ホームズがスコットランドのキャムフォード(Camford - 実際には、架空の場所で、おそらく、本作品の作者であるボニー・マクバード(Bonnie MacBird)が、ケンブリッジ(Cambridge)とオックスフォード(Oxford)を組み合わせて、創り出したものと思われる)にある高校に寄宿していた際、同級生だった、とのこと。オーヴィル・セント・ジョンは、数学と科学において、トップの成績を修めていたが、ホームズの入学によって、トップの座を奪われてしまい、それ以来、ホームズのことを恨みに思っているのだと、ワトスンに対して、話す。

また、オーヴィル・セント・ジョンは、学生会の部長(President of the Union)でもあり、弁論に関しては、誰にも負けない位で、皆からは「The Silver Tongue」と呼ばれていた。ところが、現在、彼には、舌が全くなかったのである。

過去の経緯について尋ねるジョン・H・ワトスンであったが、そのことに関して、ホームズは、黙したまま、何も語ろうとしなかった。

ホームズとオーヴィル・セント・ジョンの過去に、一体、何があったのだろうか?


その翌日の午前9時半、シャーロック・ホームズは、ワトスンを伴って、約束通り、パル・マル通り(Pall Mall → 2016年4月30日付ブログで紹介済)にあるディオゲネスクラブ(Diogenes Club)へと赴き、兄マイクロフトに会った。

マイクロフトがシャーロックに話した内容は、以下の通り、驚くべき内容だった。

フランスのブドウ園に寄生虫がばら撒かれたため、フランスにおけるワインの生産が75%落ち込んでおり、関係者の間では、密かに、「ネアブラムシ醜聞(Phylloxera Scandal)」と呼ばれている、とのこと。また、フランスのブドウ園に、寄生虫をばら撒いた容疑者として、フランス農業省の政務次官(Le Sous Secretaire d’Etat a L’Agriculture)であるフィリッペ・レノー(Philippe Reynaud)は、スコットランドのウイスキー蒸留元3箇所を挙げられており、その中には、イスラ・マクラーレンの義理の父であるサー・ロバート・マクラーレンが経営するウイスキー蒸留所も含まれていたのである。

マイクロフトとしては、フランスのブドウ園に、寄生虫がばら撒き、フランスにおけるワインの生産を落ち込ませることにより、スコットランドのウイスキー蒸留元が、ウイスキーの販売網を拡大させようと暗躍している、と推測していた。このことが公になれば、英国政府としては、フランスとの関係が一気に緊張に陥るため、一大事であった。


2022年5月27日金曜日

コナン・ドイル作「空き家の冒険」<小説版>(The Empty House by Conan Doyle ) - その1

英国で出版された「ストランドマガジン」
1903年10月号に掲載された挿絵(その1) -
1894年4月のある晩、
ハイドパークへの散策に出かけたジョン・H・ワトスンは、
メイヌース伯爵の次男である青年貴族ロナルド・アデアが
殺害された事件現場(パークレーン427番地)に立ち寄った際、
人混みの中で、本蒐集家と思われる背中が曲がった老人に
うっかりぶつかってしまい、
老人が持っていた本を数冊地面に落としてしまった。

挿絵:シドニー・エドワード・パジェット

(Sidney Edward Paget 1860年 - 1908年)


英国の作家であるデイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズ(David Stuart Davies:1946年ー)が2022年に発表した「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 墓場からの復讐(The further adventures of Sherlock Holmes / Revenge from the Grave → 2022年5月4日 / 5月14日 / 5月24日付ブログで紹介済)」では、元々、シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が発表した短編「空家の冒険(The Empty House)」直後の話が展開する。


「空き家の冒険」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、25番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1903年10月号に、また、米国では、「コリアーズ ウィークリー(Collier’s Weekly)」の1903年9月26日号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第3短編集である「シャーロック・ホームズの帰還(The Return of Sherlock Holmes)」(1905年)に収録された。


「最後の事件(The Final Problem → 2022年5月1日 / 5月8日 / 5月11日付ブログで紹介済)」において、1891年5月4日、シャーロック・ホームズが、「犯罪界のナポレオン(Napoleon of crime)」と呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)と一緒に、スイスにあるライヘンバッハの滝壺(Reichenbach Falls)にその姿を消してから、既に約3年が経過していた。ホームズの親友で、相棒でもあったジョン・H・ワトスンは、ホームズが居ない孤独な生活を送っていた。

コナン・ドイル作「空き家の冒険」は、そこから始まる。


1894年の4月、メイヌース伯爵(Earkl of Maynooth)の次男である青年貴族ロナルド・アデア(Ronald Adair)が、パークレーン427番地(427 Park Lane → 2015年6月27日付ブログで紹介済)の自宅において、殺害された事件のニュースで、ロンドンは大騒ぎだった。


ロナルド・アデアは、カード賭博が大好きで、頻繁にクラブでカード賭博に興じていた。

1894年3月30日の夜、彼は、クラブから帰宅した後、拳銃で頭を撃ち抜かれて死んでいるのを、家族(母親)に発見されたのである。彼は、カード賭博での勝敗計算をしていた最中に、頭を撃たれたものと思われた。

事件当夜、彼の母親と妹は、外出中で、帰宅した後、母親が彼の部屋へ行ったところ、彼の部屋の扉は内側から鍵がかけられた上、いくらノックしても、返事がないため、使用人達の助けを借りて、扉を打ち破って、彼の部屋に入ったところ、彼の射殺死体を発見した訳である。

彼がクラブから帰宅したのは、午後10時で、彼の母親と妹が外出から帰宅したのが、午後11時20分だったため、犯行は、午後10時と午後11時20分の間でに行われたものと推察された。

驚くことに、内側から扉に鍵がかけられていた彼の部屋の内には、拳銃の類いは発見されなかった。また、彼の部屋は、パークレーン(Park Lane)に面した second floor(日本で言うところの3階)にあり、部屋の窓は開いていたものの、外部から何者かが侵入した痕跡は、全く見つからなかった。更に、部屋の外からの狙撃だとすると、犯人は相当な達人であることになるが、犯行時刻と思われる午後10時と午後11時20分の間、使用人達は、銃声を誰も聞いていなかったのである。


警察の捜査では、事件の動機や犯人の見当は、一切つかないままであった。ワトスン自身も、ホームズの推理方法を模倣して、事件の真相を考えてみたが、謎は全く解けなかった。


ある晩、ケンジントン地区(Kensington)の自宅からハイドパーク(Hyde Park → 2015年3月14日付ブログで紹介済)へ散策に出かけたワトスンは、そのついでに事件現場に立ち寄った。

人混みの中で、ワトスンは、本蒐集家と思われる背中の曲がった老人にうっかりぶつかってしまい、老人が持っていた本を数冊地面に落としてしまった。落としてしまった本を拾い上げて、ぶつかったことを謝ろうとしたワトスンであったが、老人は、不服そうな声を上げ、背を向けると、野次馬の中に姿を消してしまう。


1903年10月号に掲載された挿絵(その2) -
本蒐集家の老人に言われて、書棚を振り返り、
本の隙間を確認して、再度老人に視線を戻したワトスンは、
スイスのライヘンバッハの滝で亡くなった筈のホームズの姿を
そこに見て、びっくり仰天してしまったのである。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(1860年 - 1908年)


残念ながら、何の成果もなく、ケンジントンの自宅へと戻ったワトスンの元を、先程パークレーンでぶつかった本蒐集家の老人が訪ねて来た。

訪ねて来た老人は、先程の非礼を詫びるとともに、「自分は、近所の本屋である。」と自己紹介した。そして、老人は、ワトスンの背後にある書棚に空きがあるからと言って、手持ちの本数冊の購入を進めてきた。老人にそう言われて、ワトスンが、書棚を振り返り、本の隙間を確認して、再度老人に視線を戻したところ、そこには、約3年前、モリアーティー教授と一緒に、スイスのライヘンバッハの滝で亡くなった筈のホームズが、笑顔で立っていたのである。

ホームズを見たワトスンは、すっかりと仰天してしまい、椅子から立ち上がると、ホームズを数秒間見つめた後、「生涯において、最初で最後の」気絶をしてしまった。(then it appears that I must have fainted for the first and the last time in my life.)


2022年5月26日木曜日

デイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 死者の書」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Scroll of the Dead by David Stuart Davies) - その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2009年に出版された
デイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 死者の書」の表紙


「死者の書(The Scroll of the Dead)」は、英国の作家であるデイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズ(David Stuart Davies:1946年ー)が、Titan Publishing Group Ltd. から、「シャーロック・ホームズの更なる冒険(The further adventures of Sherlock Holmes)」シリーズの一つとして、2009年に発表した作品である。

作者のデイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズは、英語の教師を経て、フルタイムの編集者、作家かつ劇作家に転身している。


デイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズは、ホームズシリーズとして、2004年に「欺かれた探偵(The Veiled Detective → 2021年4月21日 / 4月28日 / 5月5日付ブログで紹介済)」を、2014年に「悪魔との契約(The Devil’s Promise → 2022年3月5日 / 3月12日 / 3月19日付ブログで紹介済)」を、更に、2022年に「墓場からの復讐」(Revenge from the Grave → 2022年5月4日 / 5月14日 / 5月24日付ブログで紹介済) を発表している。


「死者の書」の場合、「最後の事件(The Final Problem → 2022年5月1日 / 5月8日 / 5月11日付ブログで紹介済)」、3年間に及ぶ海外放浪、そして、「空き家の冒険(The Empty House)」を経て、シャーロック・ホームズがロンドンに帰還した1894年の春から1年が経過した1895年5月初旬から、話が始まる。


午後一杯、クラブで友人とビリヤードをして負け続けたジョン・H・ワトスンが、晩にベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)に戻ると、ホームズに「今晩、ケンジントン地区(Kensington)で死者と交信する降霊会があるが、一緒に来ないか?」と誘われる。

ホームズによると、ロバート・ハイザ卿(Sir Robert Hythe)が、最近、ボートの事故で子息のナイジェル(Nigel)を亡くしており、霊媒師を名乗るユーリア・ホークショー(Uriah Hawkshaw)が、ロバート・ハイザ卿に対して、「死後の世界に居る御子息と交信することができる。」と接触してきた、とのこと。

ユーリア・ホークショーをイカサマ師と見抜いたマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)は、友人で、かつ、英国政府の重要機密に通じているロバート・ハイザ卿のことを心配して、弟のシャーロック・ホームズに対して、事態の収拾を頼んできたのであった。


マイクロフト・ホームズの依頼に応じて、シャーロック・ホームズとワトスンの二人は、ケンジントン地区にあるユーリア・ホークショー宅「Frontier Lodge」に、馬車で乗り付ける。

シャーロック・ホームズは、アンブローズ・トレローニー(Ambrose Trelawney)という偽名を用い、ワトスンを自分の従者ハミッシュ(Hamish)として、ユーリア・ホークショー(50歳代)に紹介する。ロバート・ハイザ卿は、既に到着しているようだった。


降霊会には、以下の人物が参加した。

(1)ユーリア・ホークショー

(2)ホークショー夫人(Mrs. Hawkshaw)

(3)ロバート・ハイザ卿

(4)シャーロック・ホームズ(アンブローズ・トレローニー)

(5)ジョン・H・ワトスン(ハミッシュ)

(6)セバスチャン・メルモス(Sebastian Melmoth - 20歳代)


ユーリア・ホークショーは、ロバート・ハイザ卿の亡くなった子息であるナイジェルを呼び出すが、シャーロック・ホームズは、ユーリア・ホークショーのイカサマを見破って、騙されそうになったロバート・ハイザ卿を救い出した。


それから1週間後の深夜、セバスチャン・メルモスが、ベイカーストリート221B のシャーロック・ホームズの元を訪れる。

彼は、ホームズに対して、「自分は、死後の世界(The life beyond living) / 不死(immortality)を研究している。自分は、死が最終だとは思っていない。(I don’t believe death is the end.)」という謎の言葉を残すと、ベイカーストリート221B を後にするのであった。


2022年5月25日水曜日

マイケル・ギルバート作「殺されたスモールボーン氏」(Smallbone Decreased by Michael Gilbert)

大英図書館から2019年に出版された
マイケル・ギルバート作「殺されたスモールボーン氏」の表紙
(Front cover : NRM / Pictorial Collection / Science Picture Library)


英国の推理作家であるマイケル・フランシス・ギルバート(Michael Francis Gilbert:1912年ー2006年)は、リンカンシャー州(Lincolnshire)出身で、ロンドン大学(London University)において、法学を専攻した。彼は、一時的に、教師として働いた後、1947年にリンカーンズ・イン・フィールズ(Lincoln’s Inn Fileds → 2016年7月3日付ブログで紹介済)にある法律事務所(Trower, Still and Keeling)に勤め始め、1953年には当該法律事務所の共同経営者(partner)となり、1983年に引退するまで、弁護士として働いた。

彼は、弁護士として働く一方、推理作家として、長編30作や短編185作を発表するとともに、ラジオ、TV や舞台等用の作品も手掛けている。また、彼は、英国の推理作家協会(Crime Writers’ Association)の創設メンバーの一人でもある。


大英図書館から2019年に出版された
マイケル・ギルバート作「殺されたスモールボーン氏」の裏表紙
(Front cover : NRM / Pictorial Collection / Science Picture Library)


 「殺されたスモールボーン氏(Smallbone Decreased)」は、マイケル・ギルバートが1950年に発表した4作目の長編で、それまでの長編3作と同様に、スコットランドヤードのヘーゼルリッグ主任警部(Chief Inspector Hazelrigg)が探偵役を務める。


リンカーンズ・イン・フィールズに所在する有名な弁護士事務所「ホーニマン、バーリー&クレイン」の創設メンバーの一人で、共同経営者でもあるアベル・ホーニマン(Mr. Abel Horniman)が亡くなり、彼の息子であるボブ・ホーニマン(Mr. Bob Horniman)が跡を継ぐことになった。

アベル・ホーニマンからボブ・ホーニマンへの引継作業の過程で、オフィス内にある巨大な書類保管金庫(large deed box)が開けられた。すると、開封された書類保管金庫の中から、男性の死体が転がり出た。なんと、その死体は、亡くなったアベル・ホーニマンと一緒に、「Ichabod Trust」という信託基金を運営していたマルカス・スモールボーン氏(Mr Marcus Smallbone)だったのである。


当初、信託基金を不当に運用して、それを不法に懐に入れていたアベル・ホーニマンが、それを見つけたマルカス・スモールボーン氏を殺害の上、自分のオフィス内の書類保管金庫に隠していたものと思われたが、その後、秘書の一人であるシシー・チタリング(Miss Cissie Chittering - 共同経営者の一人であるバーリー氏の秘書)が、休日の弁護士事務所内において、絞殺されるに及び、疑惑の目は、弁護士事務所の経営者やスタッフに向けられることになった。


本作品「殺されたスモールボーン氏」の舞台となる
弁護士事務所「ホーニマン、バーリー&クレイン」のオフィスレイアウト図

主要な容疑者は、以下の通り。

(1)ボブ・ホーニマン(アベル・ホーニマンの息子である弁護士で、新しい共同経営者)

(2)バーリー氏(Mr. Birley - 共同経営者の一人)

(3)トリストラム・クレイン(Mr. Tristram Craine - 共同経営者の一人)

(4)エリック・デュクフォード(Mr. Eric Duxford - 弁護士)

(5)ジョン・コーブ(Mr. John Cove - 見習い弁護士)

(6)エリザベス・コーネル(Miss Elizabeth Cornel - アベル・ホーニマンの秘書で、彼の死後、ボブ・ホーニマンの秘書)

(7)アン・ミッドメイ(Miss Anne Midmay - トリストラム・クレインの秘書)

(8)フローリー・ベルバス(Miss Florrie Bellbas - エリック・デュクフォードとジョン・コーブの秘書)

(9)ポーター夫人(Mrs. Porter - 秘書)

(10)チャーリー・コッカーリル(Sergeant Charlie Cockerill - 事務員 / 記録係)


弁護士事務所「ホーニマン、バーリー&クレイン」に新たに入った弁護士で、素人探偵であるヘンリー・ボーン(Henry Bohun)の手助けを受けて、スコットランドヤードのヘーゼルリッグ主任警部が、マルカス・スモールボーン氏と秘書のシシー・チタリングの2人を殺害した真犯人を捕まえるべく、捜査を進めていく。


本作品「殺されたスモールボーン氏」は、1950年に発表された以降、特に顧みられていなかったが、2019年に大英図書館(British Library → 2014年5月31日付ブログで紹介済)から再出版されている。 


2022年5月24日火曜日

デイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 墓場からの復讐」(The further adventures of Sherlock Holmes / Revenge from the Grave by David Stuart Davies) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2022年に出版された
デイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 墓場からの復讐」の表紙


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆(4.0)


1891年5月4日、シャーロック・ホームズと彼の宿敵で、「犯罪界のナポレオン(Napoleon of crime)」と呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)の2人は、スイスのマイリンゲン(Meiringen)にあるライヘンバッハの滝(Reichenbach Falls)にその姿を消して、彼らは死亡したものと思われていたが、3年後の1894年4月、ホームズは、無事にロンドンへと帰還し、「空き家の冒険(The Empty House)」事件において、ジョン・H・ワトスンやスコットランドヤードのレストレイド警部(Inspector Lestrade)と協力の上、モリアーティー教授の片腕であるセバスチャン・モラン大佐(Colonel Sebastian Moran)の捕縛に成功した。

ところが、その翌日の夜、何者かの手助けにより、折角、捕縛したモラン大佐が、スコットランドヤードの牢屋から逃亡してしまう。それに続いて、モリアーティー教授の後継者と名乗る人物が、モリアーティー教授が残した組織を再興するとともに、亡くなったモリアーティー教授のため、シャーロック・ホームズへの復讐に着手する。やがて、その魔の手は、兄であるマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)にまで及ぶ。

作者であるデイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズ(David Stuart Davies:1946年ー)が2022年に発表した本作品では、「最後の事件」/「空き家の冒険」に続くシャーロック・ホームズ対モリアーティー教授の後継者と名乗る人物との戦いが展開する。


(2)物語の展開について ☆☆☆半(3.5)


モリアーティー教授の後継者と名乗る人物は、モリアーティー教授の復讐のため、シャーロック・ホームズの命を奪うべく、次々といろいろな罠を仕掛けてくる。シャーロック・ホームズは、教会の爆破に巻き込まれるものの、辛くも、助かるが、モリアーティー教授の後継者と名乗る人物を捕まえるべく、ワトスン / マイクロフト・ホームズ / スコットランドヤードのレストレイド警部と連携の上、自らを「死亡」扱いにする。ここまでは、物語の前半部分である。

シャーロック・ホームズへの復讐に成功したと思ったモリアーティー教授の後継者と名乗る人物は、次のステップとして、モリアーティー教授が残した組織を再興すべく、銀行の金庫から、英国王室 / 英国政府がフランス政府から一時的に預かったあるものを盗む計画に着手するのであるが、シャーロック・ホームズは、ある人物に変装の上、この計画の遂行を阻止するとともに、モリアーティー教授の後継者と名乗る人物を捉えようとする。この話が、物語の後半部分で展開する。

物語の前半部分は、展開がスピーディーで、なかなか面白いが、後半部分に入ると、物語の性格上、じっくりと話を進めざるを得ないことは判るものの、急に話が停滞してしまったように感じてしまうのが、やや難点である。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆☆(3.0)


モリアーティー教授の後継者と名乗る人物は、モリアーティー教授の復讐のため、シャーロック・ホームズの命を奪うべく、次々といろいろな罠を仕掛けてくるが、その罠には、ある程度まで自分の正体に迫れるような手掛かりを残していく。ホームズは、それらの手掛かりを辿るものの、必ず、途中で断ち切れしまう。そういった意味では、物語の前半部分においては、モリアーティー教授の後継者と名乗る人物の方が、ホームズよりも、頭脳戦では、優位である。ホームズ側は、どうしても、受け身になる関係上、仕方がないのであるが、個人的には、ホームズに、もう少し頑張ってほしかった。

物語の後半部分で、逆に、ホームズは、モリアーティー教授の後継者と名乗る人物を罠にはめようとするが、モリアーティー教授の後継者と名乗る人物は、ホームズによる罠とある程度判った上で、計画を進めているところがあり、ここでも、残念ながら、ホームズは、優位に立てていない。

ワトスンの場合、本作品では、完全に物語の記録者に徹していて(厳密に言うと、物語の全てが、ワトスンによる記録ではなく、特に、物語の後半部分は、3人称による記述が多く展開する)、大きな活躍はできていない。


(4)総合評価 ☆☆☆半(3.5)


作者であるデイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズによる作品は、基本的に、どれも非常に読みやすく、話の展開も面白い。

本作品に関して言うと、どうしても、受け身になるという点を差し引いたとしても、物語全体を通じて、ホームズは、モリアーティー教授の後継者と名乗る人物に対して、頭脳戦で優位に立てていないのは、少々不満が残る。


物語の冒頭において、パリにおいて、強盗、脅迫や殺人等を実行する、小規模ながらも非常に有能な犯罪集団を組織するデファージュ夫人(Madame Defarge)なる人物が出てくるが、彼女が物語にどのように関わってくるのか、また、モリアーティー教授の後継者と名乗る人物とは、一体、何者かなのかという点について、作者であるデイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズには、隠す意図はあまりなかったのかもしれないが、慣れた読者であれば、物語の前半部分のかなり早い段階で、その正体が直ぐに判ってしまう。個人的には、その正体について、もう少し、あるいは、最後の方まで引っ張った方が良かったのではないかと思う。