2025年8月28日木曜日

コナン・ドイル作「技師の親指」<小説版>(The Engineer’s Thumb by Conan Doyle )- その4

英国で出版された「ストランドマガジン」
1892年3月号に掲載された挿絵(その6)-
ヴィクター・ハザリーは、修理を依頼された水圧機の床の溝に、
活性白土ではなく、金属の沈殿物を見つける。
ライサンダー・スターク大佐が彼に話した内容
(活性白土の掘り出し)は、全くの偽りだったのである。
秘密を知られたライサンダー・スターク大佐は、
ヴィクター・ハザリーを水圧機の中に残したまま、
機械を作動させた。
水圧機の中に閉じ込められたヴィクター・ハザリーは、
絶体絶命の危機に陥った。
画面の人物は、水圧機の中に閉じ込められたヴィクター・ハザリー。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(Sidney Edward Paget:1860年 - 1908年)

1889年の夏の午前7時前、「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月2日付ブログで紹介済)」事件で知り合ったメアリー・モースタン(Mary Morstan)と結婚し、パディントン駅(Paddington Station → 2014年8月3日付ブログで紹介済)の近くに開業していたジョン・H・ワトスンの医院において、負傷した手の治療を受けた水力工学技師(hydraulic engineer)のヴィクター・ハザリー(Victor Hatherley)は、ワトスンに伴われて、シャーロック・ホームズが住むベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)を訪れる。

ホームズとワトスンと一緒に朝食を食べて落ち着いたヴィクター・ハザリーは、彼ら2人に対して、彼が体験した奇妙な出来事について、話し始めた。


グリニッジ(Greenwich)にある有名なヴェナー&マジソン社(Venner & Matheson)において、7年間の見習い期間を務めたヴィクター・ハザリーは、亡くなった父親から相続した相応の金額で起業することを決め、ヴィクトリアストリート(Victoria Street)の一室で開業したものの、2年間のうち、収入につながった仕事は、相談が3件と小さな仕事が1件だけで、総収入は僅かに27ポンド10シリングと言う鳴かず飛ばずの状態だった。

ヴィクター・ハザリーは、毎日、朝の9時から夕方の4時まで、事務所で仕事を待ち続けたが、新たな仕事が到来する兆しは全くなかったが、昨日、彼が帰宅しようとしていたところ、事務員が来客を告げた。


画面の建物に、今回の事件の依頼人であるヴィクター・ハザリーの事務所
(ヴィクトリアストリート16A番地)があったと思われる。
<筆者撮影>


40歳に近い非常に痩せた男性で、ドイツ訛りの口調で話すライサンダー・スターク大佐(Colonel Lysander Stark)は、詳しい話を始める前に、ヴィクター・ハザリーに対して、秘密を厳守するよう、約束させた。

ライサンダー・スターク大佐が開示した仕事の内容とは、バークシャー州アイフォード(Eyford in Berkshire)に所在する彼の敷地内にある故障した水圧機(hydraulic press)の修理で、報酬は一晩の仕事で50ギニー(fifty guineas for a night’s work)と言う高額だった。


午後4時50分を指すパディントン駅コンコース上の時計
<筆者撮影>


不自然なところが多い仕事の内容に疑問を抱いたヴィクター・ハザリーではあったが、50ギニーと言う高額の報酬に惹かれた彼は、夕食を済ませ、パディントン駅(Paddington Station → 2014年8月3日付ブログで紹介済)からアイフォード駅へと向かった。

午後11時過ぎにアイフォード駅に着いたヴィクター・ハザリーを、約束通り、ライサンダー・スターク大佐が馬車で迎えに来ていた。当初、ライサンダー・スターク大佐は、「駅から7マイル」と言っていたが、実際、馬車は少なくとも1時間以上走り、ヴィクター・ハザリーには、12マイル近くの距離に感じた。生憎と、馬車の窓は磨りガラス(frosted glass)のため、ヴィクター・ハザリーは、今何処を走っているのか、全く判らなかった。


ある屋敷に到着した後、ライサンダー・スターク大佐に案内された部屋で、ヴィクター・ハザリーが一人で待っていると、突然、美しい女性が部屋へ入って来ると、彼に片言の英語の囁き声で警告した。

「帰りなさい。此処に居てはいけません。此処に居ると、あなたにとって良くありません。(I would go. I should not stay here. There is no good for you to do.)」と。

必死の形相による警告だったが、少しばかり強情な(headstrong)性格のヴィクター・ハザリーは、その女性の言葉を無視してしまった。


その女性が姿を消した後、戻って来たライサンダー・スターク大佐と彼の秘書兼マネージャーであるファーガスン氏(Mr Ferguson)に連れられて、水圧機のところへ行ったヴィクター・ハザリーが機械を動かしてみると、部品の一部から圧力が漏れていることが直ぐに判った。ヴィクター・ハザリーは、ライサンダー・スターク大佐とファーガスン氏の2人に対して、水圧機の故障原因を詳しく説明。


彼らへの説明を終えたヴィクター・ハザリーが水圧機の中に戻り、床にある鉄の溝を調べてみると、そこには、活性白土(fuller’s earth)ではなく、金属の沈殿物が付着していた。

ライサンダー・スターク大佐は、「活性白土をほっている。」と言っていたが、それは全くの偽りだったのだ。この水圧機は、一体、何の目的に使われているのか?


秘密を知られたライサンダー・スターク大佐は、ヴィクター・ハザリーが水圧機の中に残したまま、機械を作動させた。天井が下がって来たため、ヴィクター・ハザリーは慌てふためいたが、機械側面の板張りに隙間を見つけ、板を剥がして、水圧機から脱出することに成功。

ヴィクター・ハザリーは、謎の女性による案内で、寝室へ逃げ込んだ。前回、彼は彼女の警告を無視したが、今回は彼女の助言を軽視することはできなかった。片手にランタンを、そして、もう一方に大型の肉切り包丁(a weapon like a butcher’s cleaver)を持ったライサンダー・スターク大佐が、ヴィクター・ハザリーの後を追い掛けて来た。

謎の女性に言われた通り、ヴィクター・ハザリーは、窓から飛び降りようとしたが、両手で窓枠にぶら下がった際、ライサンダー・スターク大佐が振り下ろした肉切り包丁で、親指を切り落とされてしまったのである。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1892年3月号に掲載された挿絵(その7)-
謎の女性に言われた通り、ヴィクター・ハザリーは、
窓から飛び降りようとした。
彼が両手で窓枠にぶら下がった際、
ライサンダー・スターク大佐が肉切り包丁を振り下ろしたため、
親指を切り落とされてしまった。
画面上の人物が、ライサンダー・スターク大佐で、
画面下の人物が、ヴィクター・ハザリー。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(1860年 - 1908年)


ヴィクター・ハザリーは、地面に落下して気を失いかけたが、気力を振り絞って、庭の薔薇の茂みの陰に隠れ、そこで気絶。

暫くして目を覚ますと、彼は、問題の屋敷の庭ではなく、幹線道路近くの生け垣の角に寝かされていた。月が沈み、夜が明けかけていた。そこから少し下りると、そこには、昨夜、彼が下車したアイフォード駅があった。

駅員に尋ねると、「1時間以内に、レディング(Reading)行きの汽車がある」とのことだったので、ヴィクター・ハザリーは、その汽車に乗り、午前6時過ぎにパディントン駅に到着。そして、彼は、傷の手当てのため、駅員に連れられて、ワトスンの医院を訪れたのである。


パディントン地区(Paddington → 2015年1月4日付ブログで紹介済)内の
ノーフォークスクエア(Norfolk Square)-
ジョン・H・ワトスンが開業した医院があった場所の候補地の一つ。
<筆者撮影>

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