2025年8月27日水曜日

コナン・ドイル作「技師の親指」<小説版>(The Engineer’s Thumb by Conan Doyle )- その3

英国で出版された「ストランドマガジン」
1892年3月号に掲載された挿絵(その4)-
ライサンダー・スターク大佐は、秘密厳守の仕事を依頼した後、
冷たく湿った手でヴィクター・ハザリーの手を握ると、
事務所から急いで出て行った。
画面左側の人物が、ヴィクター・ハザリーで、
画面右側の人物が、
ライサンダー・スターク大佐
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(Sidney Edward Paget:1860年 - 1908年)

1889年の夏の午前7時前、「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月2日付ブログで紹介済)」事件で知り合ったメアリー・モースタン(Mary Morstan)と結婚し、パディントン駅(Paddington Station → 2014年8月3日付ブログで紹介済)の近くに開業していたジョン・H・ワトスンの医院において、負傷した手の治療を受けた水力工学技師(hydraulic engineer)のヴィクター・ハザリー(Victor Hatherley)は、ワトスンに伴われて、シャーロック・ホームズが住むベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)を訪れる。

ホームズとワトスンと一緒に朝食を食べて落ち着いたヴィクター・ハザリーは、彼ら2人に対して、彼が体験した奇妙な出来事について、話し始めた。


ヴィクター・ハザリーは、他に身寄りがない独身で、ロンドンの下宿で一人暮らしをしていた。

彼の職業は水力工学技師で、グリニッジ(Greenwich)にある有名なヴェナー&マジソン社(Venner & Matheson)において、7年間、見習いを務めた。

見習い期間を終えた2年前、亡くなった父親から相続した相応の金額を使って、起業することを決め、ヴィクトリアストリート(Victoria Street)の一室で開業。

開業はしたものの、2年間のうち、収入につながった仕事は、相談が3件と小さな仕事が1件だけで、総収入は、僅かに27ポンド10シリングだった。


画面の建物に、今回の事件の依頼人であるヴィクター・ハザリーの事務所
(ヴィクトリアストリート16A番地)があったと思われる。
<筆者撮影>


ヴィクター・ハザリーは、毎日、朝の9時から夕方の4時まで、事務所で仕事を待ち続けたが、新たな仕事が到来する兆しは全くなかった。

ところが、昨日、彼が帰宅しようとしていたところ、事務員が来客を告げた。その事務員が持って来た名刺には、「ライサンダー・スターク大佐(Colonel Lysander Stark)」と書かれていたのである。


事務員の後ろから姿を見せたライサンダー・スターク大佐は、40歳に近い非常に痩せた男性で、ドイツ訛りの口調で話し始めた。

ライサンダー・スターク大佐は、詳しい話を始める前に、ヴィクター・ハザリーに対して、秘密を厳守するよう、強く念を押す。

ヴィクター・ハザリーが秘密厳守を約束すると、ライサンダー・スターク大佐は、仕事の依頼内容を開示した。


*報酬:一晩の仕事で50ギニー(fifty guineas for a night’s work)

*場所:バークシャー州のアイフォード(Eyford in Berkshire)

*仕事:故障した水圧機(hydraulic press)の修理


ライサンダー・スターク大佐によると、自宅の敷地の一部に活性白土(fuller’s earth)の層が存在していることを発見したが、その層は、別の人達が所有する両隣りの土地に広がっている、とのこと。生憎と、両隣りの土地を購入するだけの資金がないため、彼としては、まず最初に自分の敷地内にある活性白土を掘り出して、それを売ったお金で両隣りの土地を買おうと考えているので、秘密にしていると言う。

ヴィクター・ハザリーが、ライサンダー・スターク大佐に対して、「活性白土を掘り出すのに、何故、水圧機をつかうのか?活性白土の場合、穴を掘って、砂利のように採掘するのではないか?(The only point which I could not quite understand was what use you could make of a hydraulic press in excavating fuller’s-earth, which, as I understand, is dug out like gravel from a pit.)」と尋ねると、ライサンダー・スターク大佐は、「掘り出した活性白土を煉瓦のように圧縮して、運び出すんですよ。(We compress the earth into bricks, so as to remove them without revealing what they are.)」と答えた。


パディントン駅のプラットフォームとそれらを覆うガラス屋根
<筆者撮影>


パディントン駅で発車を待つヒースローエクスプレス(Heathrow Express)
<筆者撮影>


不自然なところが多い仕事の内容に疑問を抱いたヴィクター・ハザリーではあったが、50ギニーと言う高額の報酬に惹かれたため、夕食を済ませると、パディントン駅(Paddington Station → 2014年8月3日付ブログで紹介済)へと向かう。

ライサンダー・スターク大佐に指定された通り、午後11時過ぎに、ヴィクター・ハザリーがアイフォード駅に到着すると、約束通り、ライサンダー・スターク大佐が馬車で彼を迎えに来ていた。

ライサンダー・スターク大佐と一緒に、ヴィクター・ハザリーが乗り込んだ馬車は、アイフォード駅から7マイルと言われた距離を走り、とある屋敷に着く。しかし、馬車が走行した時間から推察すると、ヴィクター・ハザリーにとって、12マイルはあったのではないかと感じられた。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1892年3月号に掲載された挿絵(その5)-
ライサンダー・スターク大佐に案内された部屋で、
ヴィクター・ハザリーが一人で待っていると、
美しい女性が突然部屋に入って来て、
此処から直ぐに変えるよう、片言の英語で警告した
画面左側の人物が、ヴィクター・ハザリーで、
画面右側の人物が、謎の女性

挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(1860年 - 1908年)

ライサンダー・スターク大佐に案内された部屋で、ヴィクター・ハザリーが一人で待っていると、突然、美しい女性が部屋に入って来ると、彼に片言の英語の囁き声で警告した。


「帰りなさい。此処に居てはいけません。此処に居ると、あなたにとって良くありません。(I would go. I should not stay here. There is no good for you to do.)」と。


           

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