2025年8月29日金曜日

コナン・ドイル作「技師の親指」<小説版>(The Engineer’s Thumb by Conan Doyle )- その5

英国で出版された「ストランドマガジン」
1892年3月号に掲載された挿絵(その8) -
シャーロック・ホームズ、ジョン・H・ワトスン、
水力工学技師のヴィクター・ハザリー、
スコットランドヤードのブラッドストリート警部(Inspector Bradstreet)と
私服警官(a plain-clothes man)の5人が
レディング(Reading)経由、アイフォード駅に到着すると、
駅の近くに建つ屋敷から巨大な煙の柱が見えた。
筆者の推測が一部入っているが、
画面左側から、ヴィクター・ハザリー、ホームズ、
ブラッドストリート頸部、ワトスン、
そして、私服警官の順番だと思われる。

(Sidney Edward Paget:1860年 - 1908年)

「技師の親指(The Engineer’s Thumb)」は、作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、9番目に発表した作品で、英国の「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1892年3月号に掲載された。

同作品は、1892年に発行されたホームズシリーズの第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」に収録されている。


「技師の親指」の場合、シャーロック・ホームズがあまり活躍しないと言う意味で、代表的な短編である。

本作において、ライサンダー・スターク大佐(Colonel Lysander Stark)に連れられ、水力工学技師(hydraulic engineer)のヴィクター・ハザリー(Victor Hatherley)がバークシャー州(Berkshire)のアイフォード駅(Eyford Station)から屋敷まで行った馬車での移動の謎を解き明かして、ホームズが事件現場の所在地を推理したのが、彼の主な活躍で、犯人達の逮捕等には全く関わっていない。


「技師の親指」について言うと、以下のような奇妙な点や矛盾点がある。


(1)

1889年の夏の午前7時前、今回の事件の依頼人である水力工学技師のヴィクター・ハザリーが手を負傷して、「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月2日付ブログで紹介済)」事件で知り合ったメアリー・モースタン(Mary Morstan)と結婚し、パディントン駅(Paddington Station → 2014年8月3日付ブログで紹介済)の近くに開業していたジョン・H・ワトスンの医院へ運び込まれるところから、物語が幕を開ける。

メイドに起こされたワトスンが診察室に入ると、テーブルの側に一人の紳士が座っていた。彼は灰色がかった紫のツイード服を着ており、私の本の上に柔らかい布製の帽子が置かれていた。彼は片手にハンカチを巻いていたが、ハンカチ全体に血が滲んでいた。(I entered my consulting-room and found a gentleman seated by the table. He was quietly dressed in a suit of heather tweed with a soft cloth cap which he had laid down upon my books. Round one of his hands he had a handkerchief wrapped, which was mottled all over with blood stains.) 

つまり、ヴィクター・ハザリーは、帽子を持っていたことになる。

しかし、彼は、故障した水圧機(hydraulic press)を修理する時には、帽子を冠っておらず、また、屋敷から逃げ出す際にも、帽子を取って来る時間はなかった筈である。

だとすると、ヴィクター・ハザリーが、切断された親指の治療のために、ワトスンの医院を訪れた時に持っていた帽子は、何処から出現したのだろうか?


英国で出版された「ストランドマガジン」
1892年3月号に掲載された挿絵(その1) -
1889年の夏の午前7時前、
パディントン駅の近くに開業していたジョン・H・ワトスンの医院へ運び込まれた
水力工学技師のヴィクター・ハザリーは、
メイドに起こされたワトスンに対して、負傷した手を見せるところから、
「技師の親指」事件の物語が幕を開ける。
画面左側の人物が、ヴィクター・ハザリーで、
画面右側の人物が、ジョン・H・ワトスン。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(1860年 - 1908年)


(2)

シドニー・エドワード・パジェットによる挿絵によると、ヴィクター・ハザリーは、左手を負傷しているように描かれているが、コナン・ドイルの原作上、彼が負傷した手が左手なのか、それとも、右手なのかについては、明確に言及されていない。


(3)

ヴィクター・ハザリーが屋敷から逃げ出そうとして、両手で窓枠にぶら下がった際、ライサンダー・スターク大佐が振り下ろした肉切り包丁で、親指を切り落とされている。(I had let myself go, and was hanging by my hands to the sill when his blow fell.)

窓枠から両手でぶら下がっている状態の指の位置から考えると、左手の親指も、また、右手の親指も、空中にあるか、もしくは、窓枠にあったとしても、他の4本の指よりも下の位置にあった筈である。

従って、ライサンダー・スターク大佐が肉切り包丁でヴィクター・ハザリーの左手の親指だけをうまい具合に切り落とすことは、かなり難しいものと思われる。仮にヴィクター・ハザリーの左手の親指を切り落とした場合、左手の他の部分にも、怪我があってもおかしくない。

シドニー・エドワード・パジェットによる挿絵によると、ヴィクター・ハザリーは、左手だけで窓枠からぶら下がっているので、コナン・ドイルの原作の内容とは一致していないと言える。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1892年3月号に掲載された挿絵(その7)-
謎の女性に言われた通り、ヴィクター・ハザリーは、
窓から飛び降りようとした。
彼が両手で窓枠にぶら下がった際、
ライサンダー・スターク大佐が肉切り包丁を振り下ろしたため、
親指を切り落とされてしまった。
画面上の人物が、ライサンダー・スターク大佐で、
画面下の人物が、ヴィクター・ハザリー。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(1860年 - 1908年)


(4)

ヴィクター・ハザリーがライサンダー・スターク大佐に連れてかれた屋敷の火事の原因(ホームズによると、水圧機内で潰されたランプ)や火事の燃え方(未明から日没近くまで燃え続けた)が現実的ではない。


(5)

消防士達は、3階の窓枠の上に、ヴィクター・ハザリーの切り落とされた親指を見つけている。(The firemen had been much perturbed at the strange arrangements which they had found within, and still more so by discovering a newly severed human thumb upon a windowsill of the second floor.)

ヴィクター・ハザリーがライサンダー・スターク大佐に連れてかれた屋敷の焼け跡が完全な廃墟になったにもかかわらず、彼の親指が判別のつく形で見つかっていること自体、疑問である。


ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett:1933年ー1995年)を主人公のシャーロック・ホームズ役に据えて、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が TV ドラマ「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)を制作しているものの、残念ながら、「技師の親指」に関しては、映像化されていない。


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