2021年11月28日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「カー短編全集2 妖魔の森の家」(The Third Bullet and Other Stories by John Dickson Carr) - その1

東京創元社から、創元推理文庫の一冊として出版されている
ジョン・ディクスン・カー作
「カー短編全集2 妖魔の森の家」の表紙
(カバー : アトリエ絵夢 志村 敏子氏) -
個人的には、絵画のように美しい表紙だと思っている


「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家である。彼は、シャーロック・ホームズシリーズで有名なサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の伝記を執筆するとともに、コナン・ドイルの息子であるエイドリアン・コナン・ドイル(Adrian Conan Doyle:1910年ー1970年)と一緒に、ホームズシリーズにおける「語られざる事件」をテーマにした短編集「シャーロック・ホームズの功績(The Exploits of Sherlock Holmes)」(1954年)を発表している。


彼が、ジョン・ディクスン・カー名義で発表した作品では、当初、パリの予審判事のアンリ・バンコラン(Henri Bencolin)が探偵役を務めたが、その後、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が探偵役として活躍した。彼は、カーター・ディクスン(Carter Dickson)というペンネームでも推理小説を執筆しており、カーター・ディクスン名義の作品では、ヘンリー・メルヴェール卿(Sir Henry Merrivale)が探偵役として活躍している。


「カー短編全集2 妖魔の森の家(The Third Bullet and Other Stories)」の冒頭を飾るのは、短編「妖魔の森の家(The House in Goblin Wood)」で、ヘンリー・メルヴェール卿が探偵役を務める。

なお、同作品は、英国では、「ザ・ストランド(The Strand)」の1947年11月号に、また、米国では、「エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン(Ellery Queen’s Mystery Magazine : EQMM)」の1947年11月号に掲載された。


ヘンリー・メリヴェール卿は、イーヴ・ドレイトン(Eve Drayton - 20代後半)と彼女の婚約者で、外科医のウィリアム(ビル)・セイジ(Dr. William Sage -30代前半)の二人から、ピクニックへと誘われた。

イーヴは、自分の父親を通じて、ヘンリー・メリヴェール卿を知っており、婚約者のウィリアムと一緒に、保守党上院議員クラブの前で、ヘンリー・メリヴェール卿を待ち構えていたのである。


彼ら3名に、ヴィッキー・アダムズ(Vicky Adams)を加えた4名は、料理や食器を詰めた3個の大型バスケット、椅子やテーブル等を載せると、ウィリアムが運転するセダンのオープンカーで出発した。彼ら一行がドライヴで向かった先は、オックスフォード(Oxford)の東に位置するエイルズベリー(Aylesbury)の「妖魔の森(Goblin Wood)」にあるアダムズ家の別荘だった。


「妖魔の森」にあるアダムズ家の別荘は、曰く付きの場所で、20年目、ヴィッキー失踪事件の舞台となったのである。

当時、12 - 13歳だったヴィッキーは、暗い冬のある夜、厳重に鍵がかかった密室状態の別荘の中から、何の痕跡も残さず、煙のように姿を消してしまった。そして、1週間後、彼女は、同じく施錠された別荘の中に、何事もなく、無事な姿で戻って来た。彼女は、自分のベッドの中で、寝具に包まって、すやすやと眠っていたのである。

なお、20年前、ヴィッキー失踪事件を担当した一人で、ヘンリー・メリヴェール卿の友人でもあるマスターズ主任警部(Chief Inspector Masters)によると、「別荘内には、秘密の仕掛けは全くなかった。」とのこと。

驚く家族や周囲に対して、彼女は、「自分には、非物質の世界へ浸透していく能力がある。」と語り、「神隠しだ。」と、世間の脚光を浴びた。そのことが原因なのか、ヴィッキーは、非常に我儘に育ち、現在、男性に対して、自然と媚態を示して、惑わせる「小妖精」のような女性になっていた。


野外での食事が済むと、彼らは、テーブルクロスを仕舞い、椅子、テーブルや3個の大型バスケットを別荘内へと戻すとともに、空き瓶等は投げ捨てた。

ヴィッキーは、「別荘内を案内する。」と言って、ウィリアムと一緒に、別荘へと入って行った。別荘のドアを閉める彼女の顔には、暗い微笑が浮かんでいた。

別荘の外で二人を待つヘンリー・メリヴェール卿に対して、一緒に待つイーヴは、「ヴィッキーは、ウィリアムを誘惑しようとしているのではないか?」という不安を打ち明けるのであった。なかなか戻って来ない二人のことに不安を感じたイーヴは、芝生を横切って、別荘内に入るが、少しすると、戸口に姿を現した。「二人の邪魔をするのもどうかと思って、そのまま帰って来た。」と、ヘンリー・メリヴェール卿に告げる。


そうこうするうちに、別荘の裏手から、ウィリアムが姿を見せた。彼によると、「ヴィッキーと一緒に、別荘内に居たのは、ほんの5分程。彼女のいつもの気紛れで、森で野イチゴを摘んでくるように頼まれたため、裏口のドアから外へ出て、45分程、苦労して探しまわったが、見つかったのは、たった3粒。」とのこと。


ヘンリー・メリヴェール卿、イーヴとウィリアムの3名は、ヴィッキーを探すために、別荘内へと入るが、ヴィッキーの姿は、どこにも見当たらなかった。別荘内のどの部屋も、内側から施錠されていた。なんと、ヴィッキーは、20年前のことを繰り返すように、密室状態の別荘内から、再度忽然と姿を消したのである。


鳥肌の立つ思いをして、他人には見せられぬ醜態を演じた挙句、重い大型バスケット3個等を車に積み込むと、彼ら3名は、別荘から退却した。


後に、çは、元々あった窓枠の仕掛けを見破って、ヴィッキーが20年前に失踪した事件の真相を看破した。しかし、20年後の現在、その窓枠の仕掛けは既に作動しないようになっており、彼女が20年前と同じ方法で姿を隠すことはできなかった。


それでは、ヴィッキーは、今回、どこへ消えてしまったのだろうか?

ヘンリー・メリヴェール卿は、ヴィッキーが今回姿を消した驚愕の真相を明らかにする。


同作品は、「EQMM」の第2回短編コンテストにおいて、特別功労賞を得ており、同誌に掲載された際、エラリー・クイーン(Ellery Queen)の一人で、同誌の編集長でもあるフレデリック・ダネイ(Frederic Dannay:1905年ー1982年)から「探偵小説の理論と実践に関するほぼ完璧なお手本だ。」と激賞されている。

個人的にも、長編 / 短編を問わず、ジョン・ディクスン・カーの全作品(カーター・ディクスンを含む)の中でも、一番の出来ではないかと思う。文庫版では、約50ページ弱の分量ではあるが、物語の最初から、あらゆる箇所に、全ての手掛かりが非常にさりげなく書かれており、これらの手掛かりを全て総合的に築き上げると、ヴィッキーが今回姿を消した血も凍るような恐るべき真相へと到達できる。物語の最後に、ヘンリー・メリヴェール卿が友人であるマスターズ主任警部に対して語るセリフが、読者に強烈な印象を残すのである。


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