2020年11月29日日曜日

アガサ・クリスティー作「無実はさいなむ」<グラフィックノベル版>(Ordeal by Innocence by Agatha Christie

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「無実はさいなむ」のグラフィックノベル版の表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

義母レイチェル・アージル殺害の容疑で無期懲役を宣告され、
肺炎のため、獄中死したジャッコ・アージルが描かれている。


11番目に紹介するアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)によるグラフィックノベル版は、「無実はさいなむ(Ordeal by Innocence)」(1958年)である。本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第50作目に該る。

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「無実はさいなむ」のグラフィックノベル版の裏表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

レイチェル・アージル殴殺に使用された火搔き棒が描かれている。


本作品のグラフィックノベル版は、イラストレーターであるシャンドレ(Chandre)が作画を担当して、2006年にフランスの Heupe SARL から「Temoin indesirable」というタイトルで出版された後、2008年に英国の HarperCollinsPublishers から英訳版が発行されている。

サニーポイント邸を
地理学者のアーサー・キャルガリ博士が訪れる。


195X年11月9日の午後7時から午後7時半の間に、サニーポイント邸(Sunny Point)の書斎において、資産家のレイチェル・アージル(Rachel Argyle)が、火搔き棒で後頭部を殴られて、殺害された。

間もなく、彼女の養子の一人であるジャッコ・アージル(Jacko Argyle)が、義母殺害の容疑で、警察に逮捕される。ジャッコは、その晩、義母のレイチェルを訪ねており、金の無心を断われると、彼女を脅しているのを、他の家族に聞かれていたのである。義母殺害の動機は、金の無心を断られた腹いせだと考えられた。

更に、ジャッコが警察に逮捕された際、彼のポケットから、義母のレイチェルが金庫にしまってあった印の付いた紙幣が出てきたのである。義母殺害の容疑としては、十分な程だった。


ところが、ジャッコは、問題の30分間のアリバイを主張した。彼によると、サニーポイント邸からドライマス(Drymouth)へと戻る途中、ヒッチハイクをして、中年の男性が運転する黒い車に乗せてもらった、と言うのだ。しかし、警察による度重なる呼びかけにもかかわらず、ジャッコが言い張る男性や車は、全く見つからなかった。子供の頃から嘘つきだったジャッコは、義母殺害の容疑を免れるために、またしても嘘をついたのだ、と世間一般は理解した。


地理学者のアーサー・キャルガリ博士は、
アージル家の弁護士であるアンドリュー・マーシャル(Andrew Marshall)からの手紙を持参していた。


その結果、ジャッコの裁判は、形ばかりのものとなった。彼は無期懲役を宣告され、そして、刑務所に入って僅か6ヶ月後に、肺炎が元で獄中で世を去った。
ジャッコの獄中死を経て、残されたアージル家の人々は、元通りの生活を取り戻そうとしていた。


事件の2年後、地理学者のアーサー・キャルガリ(Dr. Arthur Calgary)が、サニーポイント邸を訪れる。キャルガリ博士は、アージル家の人々に対して、問題の晩の7時少し前に、ジャッコ・アージルを車に乗せて、ドライマスまで送って行ったことを告げるのであった。

地理学者のアーサー・キャルガリ博士は、アージル家の人々に対して、
2年前に自分が遭った交通事故について話す。


彼によると、ドライマスでジャッコを車から降ろした後、交通事故に遭って、脳震盪を起こし、数日間入院していた。その際、彼は部分的な記憶喪失になってしまい、問題の晩のことを忘れてしまったのである。そして、病院から退院すると、彼はそのまま南極探検に出かけてしまったため、事件のことについては、全く知らなかった。彼は、最近、南極から戻ったばかりで、自分の部屋で古新聞等を整理していた際に、ジャッコの写真を見かけ、部分的な記憶喪失からふいに回復して、問題の晩にかかる記憶が戻ってきた、と話すのであった。


画面左から、カーステン・リンツトロム、アーサー・キャルガリ博士、
へスター・アージル、グエンダ・ヴォーン、そして、リオ・アージル


キャルガリ博士の話が本当だとすると、嘘つきで、レイチェル・アージルを殺害した犯人だと皆が思っていたジャッコは、結局のところ、彼が出張していた通り、無実だった訳である。

ところが、ジャッコの汚名は回復されたにもかかわらず、アージル家の人々は喜んではいないように見えた。寧ろ、キャルガリ博士の話を聞きたくなかったと言わんばかりだった。アージル家の人々の反応に、キャルガリ博士は非常に困惑する。

それは、つまり、ジャッコが無実であるということは、残ったアージル家の人々の誰かが真犯人だということになるからであった。問題の晩、サニーポイント邸の玄関には、鍵がかかっていた。レイチェル・アージルを殺害した犯人は、彼女に邸宅内に入れてもらったか、あるいは、自分の鍵で中に入ったかのどちらかだった。いずれにしても、アージル家の関係者が真犯人ということになる。



キャルガリ博士が言う通り、ジャッコが無実だとすると、問題の晩、レイチェル・アージルを殺害した真犯人は、以下の人物のうちの誰なのか?

(1)リオ・アージル(Leo Argyle):レイチェル・アージルの夫

(2)メアリー・デュラント(Mary Durrant):アージル家の養子

(3)マイケル・アージル(Michael Argyle):アージル家の養子で、愛称はミッキー(Mickey)

(4)へスター・アージル(Hester Argyle):アージル家の養子

(5)クリスティーナ・アージル(Christina Argyle):アージル家の養子で、名称はティナ(Tina)

(6)フィリップ・デュラント(Philip Durrant):メアリーの夫

(7)グエンダ・ヴォーン(Gwenda Vaughan):リオ・アージルの秘書

(8)カーステン・リンツトロム(Kirsten Lindstrom):アージル家の家政婦


画面左から、アージル家の弁護士アンドリュー・マーシャル、リオ・アージル、へスター・アージル、
グエンダ・ヴォーン、カーステン・リンツトロム、クリスティーナ・アージル、
メアリー・デュラント、フィリップ・デュラント、そして、マイケル・アージル


アガサ・クリスティーは、自伝において、本作品を自作の推理小説の中で最も満足している2作のうちの1作として挙げている。ちなみに、もう1作は、「ねじれた家(Crooked House)」(1949年)である。

私にとっても、本作品は、アガサ・クリスティーの推理小説の中で、最も好きな作品の一つである。個人的な理解ではあるが、作者であるアガサ・クリスティーの「悪い種は、永久に悪い種のままで、更正させることはできない。」と言う信念みたいなものが、「ねじれた家」と「無実はさいなむ」の2作品に共通して、色濃く反映されていると思う。


無実がさいなみ、眠れない夜を過ごすアージル家の人々 - 
上段:マイケル・アージル、カーステン・リンツトロム、フィリップ・デュラント、メアリー・デュラント
中段:リオ・アージル、グエンダ・ヴォーン、へスター・アージル
下段:クリスティーナ・アージル


私の好きな作品を他に挙げると、
(1)「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(1932年)

(2)「ABC 殺人事件(The ABC Murders)」(1935年)

(3)「復讐の女神(The Nemesis)」(1971年)

(4)「象は忘れない(Elephants Can Remember)」(1972年)

である。


イラストレーターのシャンドレによる作画は、本作品の暗く、かつ、重い雰囲気によくマッチしており、47ページの分量の中で、非常にうまくまとめられている。


2020年11月28日土曜日

ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョン作「13人の招待客」(Thirteen Guests by Joseph Jefferson Farjeon)

大英図書館(British Library)が発行する
British Library Crime Classics の一つに加えられている
ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョン作「13人の招待客」の表紙


「13人の招待客(Thirteen Guests)」は、英国の推理作家で、戯曲家 / 脚本家でもあったジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョン(Joseph Jefferson Farjeon:1883年ー1955年)が1936年に発表した推理小説である。

ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョンは、1883年6月4日、ロンドンのハムステッド地区(Hampstead→2018年8月26日付ブログで紹介済)内に出生。彼は、母方の祖父に該る米国人の俳優であるジョーゼフ・ジェファーソン(Joseph Jefferson)から、名前をもらっている。彼の父親であるベンジャミン・レオポルド・ファージョン(Benjamin Leopold Farjeon:1838年ー1903年)は、ロンドンのホワイトチャペル地区(Whitechapel)出身の小説家、戯曲家、画家、ジャーナリストで、俳優でもあった。

ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョンは、新聞社 / 出版社に10年程勤務した後、フリーになり、1920年代から1950年代にかけて、60作を超える推理小説を発表している。

彼の作品のうち、特に有名なのは、戯曲「ナンバー17(Number 17)」(1925年)で、1932年に、英国の映画監督 / プロデューサーであるサー・アルフレッド・ジョーゼフ・ヒッチコック(Sir Alfred Joseph Hitchcock:1899年ー1980年)により、「Number Seventeen」として映画化されている。


大英図書館(British Library)が発行する
British Library Crime Classics の一つに加えられている
ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョン作「13人の招待客」の裏表紙


秋のある晴れた金曜日の午後、フレンシャム駅(Flensham Station)に午後3時28分着の列車から、若き未亡人のネイディーン・レヴァリッジ(Nadine Leveridge)がプラットフォームに降り立った。第5代男爵で、保守党の政治家でもあるアヴェリング卿(Lord Aveling)が週末に鹿狩りを行う予定で、彼が所有する邸であるブラグリーコート(Bragley Court)へと招待されていた。

同じ列車に乗っていた若き男性のジョン・フォス(John Foss)は、網棚からスーツケースを取り、降車しようとしていたが、目的の駅に到着したことに彼が気付くのが遅かったため、生憎と、列車は駅から出発すべく、既に動き出していた。ジョン・フォスは、持っていたスーツケースを駅のプラットフォームへと放り投げたが、自分自身の着地がうまくいかず、足をひどく捻って、負傷してしまう。


事の一部始終を見ていたネイディーン・レヴァリッジは、駅まで彼女を出迎えに来ていたアヴェリング卿の運転手アーサー(Arthur)に頼んで、負傷したジョン・フォスを地元のL・G・プウドロウ(Dr. L. G. Pudrow)の診療所へと搬送したものの、プウドロウ医師は、アヴェリング卿の妻レディー・アヴェリング(Lady Aveling)の母親であるモリス夫人(Mrs. Morris)の診察のため、ブラグリーコートへと赴いていることが判り、ネイディーン・レヴァリッジは、再度、アーサーに依頼して、自分の行き先であるブラグリーコートへ、ジョン・フォスを運んでもらう。

ネイディーン・レヴァリッジが事情を説明した結果、アヴェリング卿の快諾の下、ブラグリーコートへと運ばれたジョン・フォスは、プウドロウ医師による手当を受けた後、週末の招待がないにもかかわらず、負傷からの静養を兼ねて、週末、同邸に滞在できる運びとなった。


ブラグリーコートには、

(1)アヴェリング卿

(2)レディー・アヴェリング

(3)アン・アヴェリング(Anne Avelingーアヴェリング卿夫妻の娘で、乗馬好き)

(4)モリス夫人(病気療養中なるも、あまり思わしくない)

が暮らしていた。


当初、ブラグリーコートには、以下の12名がアヴェリング卿によって招待されていた。

(1)ハロルド・タヴァリー(Harold Taverley:サセックス州(Sussex)出身のクリケット選手で、ネイディーン・レヴァリッジの亡くなった夫の友人)

(2)レスター・プラット(Leicester Pratt:画家)

(3)ロウ氏(Mr. Rowe:引退した商人)

(4)ロウ夫人(Mrs. Rowe)

(5)ルース・ロウ(Ruth Rowe:ロウ夫妻の娘)

(6)エディス・フェルモイ=ジョーンズ(Edyth Fermoy-Jones:推理作家)

(7)サー・ジェイムズ・アーンショウ(Sir James Earnshaw:自由党の政治家)

(8)ゼナ・ワイルディング(Zena Wilding:女優)

(9)ライオネル・ボルディン(Lionel Baldin:コラムニスト)

(10)チャター氏(Mr. Chater:サー・ジェイムズ・アーンショウの知り合いで、後援者)

(11)チャター夫人(Mrs. Chater)

(12)ネイディーン・レヴァリッジ

上記の12名の招待客に、ジョン・フォスが突然加わったため、招待客の数が不吉な13名となってしまった。


それに呼応するように、画家のレスター・プラットが描いたアン・アヴェリングの肖像画が何者かにナイフで切り裂かれ、アヴェリング卿の飼い犬であるヘイグ(Haig)が何者かにナイフで刺し殺されるという謎の事件が続く。

そして、翌日、ブラグリーコートの近くで、身元不明の男性の絞殺死体が発見される。どうも、この男性は、昨日、フレシャム駅に到着した女優のゼネ・ワイルディングにプラットフォームで話しかけていた人物らしいことが判った。


ブラグリーコートへ、スコットランドヤード CID (犯罪捜査課)のケンダル警部(Inspector Kendall)が派遣される。早速、ケンダル警部は、絞殺死体で発見された身元不明の男性とブラグリーコートに滞在している招待客との関連性を調べ始めるが、今度は、週末の鹿狩りの際、招待客の一人が殺害されるという事件まで発生するのであった。


物語の前半、割合と、ジョン・フォスとネイディーン・レヴァリッジを中心にして、話が進み、それにブラグリーコートの住人や招待客が入れ替わり関与していくので、彼ら二人が探偵役を務めるのかと思った。ところが、いろいろと事件が起き、身元不明の男性の絞殺死体が発見されて、ケンダル警部が現場に派遣されてくると、彼ら二人はあまり表舞台には登場せず、物語の後半、影が薄くなってしまった。そうかと言って、物語の後半、ケンダル警部が劇的に活躍する訳でもない。それに加えて、登場人物の数が非常に多いので、物語全般が散漫になってしまい、初期設定の割りには、物語の後半、話が躍動せず、あまりパッとしない印象が強い。


2020年11月22日日曜日

アガサ・クリスティー作「オリエント急行の殺人」<グラフィックノベル版>(Murder on the Orient Express by Agatha Christie ) - その2

物語の終盤、ポワロが容疑者全員を集めて、犯人を指摘する。


オリエント急行がイスタンブールを出発して、被害者のラチェットこと、カセッティが何者かに滅多刺しにされて殺害されるまでの前段は、青色、紫色や黄色等を主体としたややパステル調のカラーリングで物語が進むが、意外に、これらの色彩がストーリーに合っていると、個人的に思う。


ラチェットの死体が発見された中段から後段にかけて、ポワロによる10人を超える容疑者の尋問が続く。本作品おの場合、降雪のため、動けないオリエント急行の車輌内が舞台となる上に、尋問がずーっと続くため、アガサ・クリスティーの原作、映画や TV ドラマ等を含めて、大きな展開がないので、どうしても物語が停滞しがちである。

グラフィックノベル版の場合、車輌の内だけではなく、外から見たシーンも所々挿入して、視点を変えた場面を繰り返すことで、停滞しがちな物語を割合とうまく進めている。

ただ、容疑者の数が非常に多い関係上、また、ページ数(46ページ)の制約上、各人の尋問が1ページ、もしくは、2ページで作画されているのが、やや残念である。場合によっては、半ページ程度の尋問で済ませられている容疑者も居る。


物語の終盤、ポワロが容疑者全員を集めて、犯人を指摘する場面があるが、ここで数々の作画上のミスが多発しており、大きな不満が残る。正直ベース、全面的な修正をお願いしたい。


(1)画面右手前から、ピエール車掌、アンドレニ伯爵夫人(Countess Andrenyi)、ハバード夫人(Mrs Hubbard)、そして、アンドレニ伯爵(Count Andrenyi)と並んで座っているが、その後、ピエール車掌とアンドレニ伯爵夫人が居なくなり、何故か、その場所にテーブルが急に出現している。更に、何も置いてなかったテーブルの上に、証拠品らしきものも出現する。更に、ハバード夫人の横に、アンドレニ伯爵夫人は戻るものの、ピエール車掌が座っていた場所は、テーブルに置き換わったままである。最後には、アンドレニ伯爵夫人が、再度姿を消してしまう。

当初は、画面右手前から、ピエール車掌、アンドレニ伯爵夫人、ハバード夫人、
そして、アンドレニ伯爵と並んで座っている。


シーンの途中で、
ピエール車掌とアンドレニ伯爵夫人の二人が姿を消して、
そこにテーブルが出現する。


ピエール車掌とアンドレニ伯爵夫人の二人が姿を消した後に
出現したテーブルの上に、証拠品等が急に現れる。


その後、ハバード夫人の横に、アンドレニ伯爵夫人は戻ってくるが、
ピエール車掌が座っていた場所には、テーブルが残ったままである。


ハバード夫人の横に戻ってきたアンドレニ伯爵夫人は、最後には、再度、姿を消してしまう。


(2)画面右手奥には、ドラゴミロフ公爵夫人(Princess Dragomiroff)が座り、彼女の右後ろには、アントニオ・フォスカレリ(Antonio Foscarelli)が、彼女の左後ろには、ヒルデガード・シュミット(Hildegarde Schmidt)が立っている。ドラゴミロフ公爵夫人が座るテーブルの一つ前のテーブルの上には、数々の証拠品が並べられ、ポワロがそれらについて説明している。シーンが進むと、証拠品が置かれたテーブルには、椅子がないにもかかわらず、フォスカレリが急に着席している。シーンの最後には、彼は再度ドラゴミロフ公爵夫人の右後ろに立っている。更に、テーブルの上に置かれた証拠品が、場面によっては、全て消えたり、数が急に増えたりしている。


当初は、画面右手奥には、ドラゴミロフ公爵夫人が座り、
彼女の右後ろには、アントニオ・フォスカレリが、
彼女の左後ろには、ヒルデガード・シュミットが立っている。


シーンの途中で、ドラゴミロフ公爵夫人が座っているテーブルの一つ前のテーブルに、
椅子がないにもかかわらず、
アントニオ・フォスカレリが移動して、座っている。
その上、そのテーブルの上にあった証拠品がなくなっている。


その後、そのテーブルの上に、証拠品が戻ってくるが、
数が大幅に増えている。


最後には、アントニオ・フォスカレリは、再度、
ドラゴミロフ公爵夫人の右後ろに戻って、立っている。


(3)画面左手奥には、左手からエドワード・ヘンリー・マスターマン執事(Edward Henry Masterman)、そして、ブック氏(Mr Bouc)が立っているが、途中で、マスターマン執事が急に姿を消してしまい、その後、再度現したりする。


当初は、画面左手奥には、
左手からエドワード・ヘンリー・マスターマン執事、
そして、ブック氏が立っている。


シーンの途中で、エドワード・ヘンリー・マスターマン執事が、姿を消してしまう。


最後には、エドワード・ヘンリー・マスターマン執事は、元に戻ってくる。


(4)画面左手中央には、奥から、テーブル、グレタ・オルソン(Greta Ohisson)、テーブル、そして、メアリー・デベナム(Mary Debenham)と並んでいる。途中で、一番奥のテーブルが消え失せたり、彼女達が座る椅子の背が消失している。また、メアリー・デベナムの椅子の後ろには、アーバスノット大佐(Colonel Arbuthnot)が立ち、彼女の肩の上に手を置いているが、途中、アーバスノット大佐がコンスタンティン医師(Dr Constantine)に変わり、更に、テーブルとテーブルの間に挟まれていて、物理的に移動不可能なグレタ・オルソンの椅子の後ろへと、アーバスノット大佐に戻った上で移動して、彼女の肩の上に手を置いている。そして、最終的には、アーバスノット大佐は、彼女達2人の後ろから姿を消してしまい、画面上、どこにも居なくなっている。更に、グレタ・オルソンとメアリー・デベナムの間にあるテーブルも、途中で姿を消した後、最後には、元に戻っている。


当初は、画面左手中央には、
奥から、テーブル、グレタ・オルソン、テーブル、
そして、メアリー・デベナムと並んでいる。


当初は、メアリー・デベナムが座っている椅子の後ろに、
アーバスノット大佐が立っている。


途中で、メアリー・デベナムが座っている椅子の後ろに
立っている人物が、
アーバスノット大佐から
コンスタンティン医師へと変わる。
また、グレタ・オルソンの奥にあったテーブルと、
メアリー・デベナムの手前にあったテーブルの両方が、姿を消している。


更に、コンスタンティン医師からアーバスノット大佐に戻った人物が、
メアリー・デベナムが座っている椅子の後ろから、
何故か、グレタ・オルソンの椅子の後ろへと移動している。


最後には、アーバスノット大佐が、完全に姿を消してしまう。


(5)画面左手前には、ヘクター・マックイーン(Hector MacQueen)が座っている。彼は、黄色 / オレンジ色のスーツを着ているが、途中でポワロに話しかけるシーンでは、緑色のスーツに変わっている。最後には、黄色 / オレンジ色のスーツに戻っているが、黒い蝶ネクタイがなくなっている。


画面左手前に座っているヘクター・マックイーンは、
当初、黄色 / オレンジ色のスーツを着ている。


ところが、シーンの途中で、ヘクター・マックイーンが着ているスーツの色が、
黄色 / オレンジ色から緑色へと変わる。


最後には、黄色 / オレンジ色のスーツに戻っているが、黒い蝶ネクタイがなくなっている。


(6)サイラス・ハードマン(Cyrus Hardman)は、ポワロが容疑者全員を集めて、犯人を指摘する場面において、ほとんど姿を見せない。多分、彼は、画面左手前に座っているヘクター・マックイーンの手前の窓際に立っているものと思われる。一度だけ、その人物の頭だけが、シーンに出てくる。サイラス・ハードマンは、白髪であるにもかかわらず、この人物の髪の毛は黒いのである。これは、コンスタンティン医師なのだろうか?ただし、コンスタンティン医師は、画面右手の一番前に、立っているように見える。 


ヘクター・マックイーンの左手前に立っている人物が、
当該場面において、ほとんど姿を見せないサイラス・ハードマンと思われる。


ところが、サイラス・ハードマンは、白髪であって、黒髪ではない。


2020年11月21日土曜日

P・D・ジェイムズ作「女の顔を覆え」(Cover Her Face by P. D. James)

Faber and Faber Limited から出版されている
P・D・ジェイムズ作「女の顔を覆え」の表紙
Cover design by Faber and Faber Limited /
Cover illustration by Ms. Angela Harding


フィリス・ドロシー・ジェイムズ(Phyllis Dorothy James:1920年ー2014年)は、英国の女流推理作家で、一般に、「P・D・ジェイムズ(P. D. James)」と呼ばれている。

彼女は、1920年にオックスフォード(Oxford)に出生した後、ケンブリッジ女子高校(Cambridge High School for Girls)を卒業し、1949年から1968年まで国民保健サービス(National Health Service : NHS)に勤務。その後、内務省(Home Office)において、Police Department や Criminal Policy Department 等で働き、それらの経験が、彼女の小説に生かされている。

彼女は、それまでの功績が評価され、1991年に一代貴族として、「ホーランドパークのジェイムズ女男爵(Baroness James of Holland Park)」に叙された。


「女の顔を覆え(Cover Her Face)」は、1962年に発表されたP・D・ジェイムズの処女作で、アダム・ダリグリッシュ(Adam Dalgliesh)シリーズの第1作である。

アダム・ダリグリッシュは、初登場時、スコットランドヤードの主任警部(Chief Inspector)であるが、シリーズが進むと、警視(Superintendent)へと昇進する。


Faber and Faber Limited から出版されている
P・D・ジェイムズ作「女の顔を覆え」の裏表紙
(Cover design by Ms. Angela Harding)

古き良き田舎の屋敷マーティンゲール邸(Martingale manor house)には、サイモン・マクシー(Simon Maxie)を家長とするマクシー家が住んでいた。サイモンには、妻のエレノア(Eleanor)、長男のスティーヴン(Stephen)と長女のデボラ(Deborah)が居たが、病気のため、寝たきりの状態が長く、エレノアやメイドのマーサ(Martha Bultitaft)の看護を受けていた。


マクシー家が住むマーティンゲール邸に、未婚の母で、幼子を抱えた若くて美しいサリー・ジェップ(Sally Jupp  本名:Sarah Lillian Jupp)が、新米のメイドとして派遣されてくる。

7月のある午後、マーティンゲール邸において、マクシー家が園遊会を開催。園遊会が終わったその夜、残った人達を前にして、サリーが、「(マクシー家の跡取り息子で、ロンドンの病院で外科医(surgeon)として働いている)スティーヴンからプロポーズを受けた。」と突然発表して、多くの者の反感を買ってしまう。婚約にまでは至っていなかったものの、スティーヴンと交際していたキャサリン(Catherine Bowers)も、サリーによる突然の発表に、衝撃を受けるのであった。


その翌朝、いつまで経っても起きてこないサリーのことを不審に思ったマクシー家の人達がサリーの部屋をノックするが、彼女の赤ん坊の声は聞こえるものの、サリーからの返事が全くなく、ドアには鍵がかかっていた。スティーヴンと、そして、デボラとの結婚を考えている出版社の経営者であるフェリックス(Felix Georges Mortimer Hearne)の二人が、梯子を使って、建物の外から、窓経由、サリーの部屋へと入ると、サリーは、ベッドの上で何者かに絞殺されていた。彼女のベッドの傍らには、ココアの残りが入ったカップがあり、彼女が前夜飲んだココアには、睡眠薬が入っていたことが、後になって判明する。


前夜、サリーが突然行った発表が、事件の引き金となったのか?


マーティンゲール邸に、スコットランドヤードのアダム・ダリグリッシュ主任警部とマーティン部長刑事(Sergeant Martin)が派遣される。

現場に到着次第、捜査を開始したダリグリッシュ主任警部は、絞殺されたサリーの生い立ちや彼女が今まで秘密にしてきたこと等を突き止めると、事件の裏側に潜む醜悪な人間関係が見えてくるのであった。


本作品は、P・D・ジェイムズの処女作ということもあり、ページ数 / 分量は300ページ弱と、弁当箱のように分厚い後の作品と比べると、割合とコンパクトである。


アダム・ダリグリッシュ主任警部が登場するのは、約60ページが過ぎた辺りからで、そこからダリグリッシュ主任警部による捜査がメインで進むかと言うと、必ずしもそうではなく、サリーの生い立ちや彼女が今まで秘密にしてきたこと等が判ってくるにつれて、マーティンゲール邸に住むマクシー家の人々およびその関係者達の人間関係が少しずつ明確になる場面等が並行して描かれていて、ダリグリッシュ主任警部が主人公として活躍すると言う体裁にはなっていない。どちらかと言うと、サリーが何者かに絞殺された事件を契機として明らかになるマクシー家の人々とその関係者達のドラマを描くことが、作者であるP・D・ジェイムズの主たる意図で、ダリグリッシュ主任警部は、そのドラマを進めていくための駒だったのではないかと思われる。


本作品の冒頭、メイドのサリーが、彼女が働くマクシー家の長男であるスティーヴンから、プロポーズを受けた前提から、物語が既に始まっているが、その後の展開の中で、スティーヴンの言動から受ける印象から言うと、何故、また、どういった経緯で、彼がサリーにプロポーズすることに至ったのか、その辺りのことが全く見えず、物語の設定上、やや唐突な感じが否めない。たとえ、推理小説であっても、人物設定をもう少しキチンとした上で、物語を初めてもらわないと、読んでいる間中、ずーっと違和感が続いて、仕方がない。


物語のラスト、事件解決後に、ダリグリッシュ主任警部が、マーティンゲール邸を訪れて、デボラに再会する場面が出てくる。ダリグリッシュ主任警部とデボラの間に、今後の展開を匂わせる雰囲気を残したまま、物語は終わりを迎えるが、物語の中で、両者の間に、今後の展開を予想させるような場面や会話等はなく、これに関しても、唐突な感じを否めない。


2020年11月15日日曜日

アガサ・クリスティー作「オリエント急行の殺人」<グラフィックノベル版>(Murder on the Orient Express by Agatha Christie ) - その1

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「オリエント急行の殺人」のグラフィックノベル版の表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

オリエント急行列車と線路が描かれている。

10番目に紹介するアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)によるグラフィックノベル版は、「オリエント急行の殺人(Murder on the Orient Express)」(1933年)である。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第14作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズに属する長編のうち、第8作目に該っている。

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「オリエント急行の殺人」のグラフィックノベル版の裏表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

サミュエル・エドワード・ラチェットこと、
ランフランコ・カセッティをメッタ刺しにしたナイフを持った犯人の手が描かれている。


本作品のグラフィックノベル版は、元々、フランス人の作家であるフランソワ・リヴィエール(Francois Riviere:1949年ー)が構成を、そして、フランス人のイラストレーターであるソリドール(Solidor)が作画を担当して、2003年にフランスの Heupe SARL から「Le Crime de l’Orient-Express」というタイトルで出版された後、2007年に英国の HarperCollinsPublishers から英訳版が発行されている。

エルキュール・ポワロは、イスタンブールからロンドンへ急いで戻ろうとしたが、
比較的空いている冬場にもかかわらず、生憎と、オリエント急行は、季節外れの満席だった。


中東のシリア(Syria)での仕事を終えて、イスタンブール(Istanbul)のホテル(The Tokatlian Hotel)に到着したエルキュール・ポワロは、そこで「直ぐにロンドンへ戻られたし。」という電報を受け取る。早速、ポワロはホテルにイスタンブール発カレー(Calais)行きのオリエント急行(Orient Express)の手配を依頼するが、通常、冬場(12月)は比較的空いている筈にもかかわらず、季節外れの満席だった。

とりあえず、駅へ向かったポワロであったが、ベルギー時代からの友人で、ホテルで再会した国際寝台車会社(Compagnie Internationale des Wagons Lits)の重役ブック氏(Mr. Bouc)が、ポワロのために、二等寝台席を確保してくれる。なお、ブック氏は、仕事の関係で、スイスのローザンヌ(Lausanne)へと向かう予定だった。

なんとかヨーロッパへの帰途についたポワロは、米国人のヘクター・ウィラード・マックイーン(Hector Willard MacQueen)と同室になる。

オリエント急行の乗客の中には、
ある悪夢に悩まされている人物が含まれていた。


季節外れにもかかわらず、オリエント急行には、様々な国と職業の人達が乗り合わせていた。

その中の一人で、イスタンブールのホテルで既に見かけていた米国人の実業家であるサミュエル・エドワード・ラチェット(Samuel Edward Ratchett)が、ポワロに対して、話しかけてくる。彼は、最近脅迫状を数回受け取っていたため、身の危険を感じており、ポワロに自分の護衛を依頼してきたのであった。彼の狡猾な態度を不快に思ったポワロは、彼の依頼を即座に断る。

エルキュール・ポワロは、
米国人の実業家であるサミュエル・エドワード・ラチェットから、身辺警護の依頼を受けるが、
彼の狡猾な態度を不快に思ったポワロは、
「あなたの顔が気に入らない。(I do not like your face !)」と言って、彼の依頼を即座に断った。


翌日の夜、ベオグラード(Belgrade - 現在のセルビア共和国の首都)において、アテネ(Athens)発パリ(Paris)行きの車輌が接続され、ブック氏はその車輛へと移り、自分の一等寝台席(1号室)をポワロに譲ったため、ポワロはカレーまでゆっくりと一人で過ごせる筈だった。ところが、ポワロの希望とは裏腹に、列車は、ヴィンコヴツィ(Vinkovciー現在のクロアチア(Croatia)共和国領内)近くで積雪による吹き溜まりに突っ込んで、立ち往生しつつあった。


事件当夜、エルキュール・ポワロは、
隣室のラチェットの部屋での出来事や廊下での騒ぎ等により、
何度も安眠を邪魔された。


その夜、隣室(2号室)のラチェットの部屋での出来事や廊下での騒ぎ等により、ポワロは、何度も安眠を邪魔された。そして、翌朝、車掌が、ポワロの隣室において、ラチェットが死んでいるのを発見する。彼は、刃物で全身を12箇所もメッタ刺しの上、殺害されていたのである。

ブック氏は、会社の代表者として、ポワロに対し、事件の解明を要請し、それを受諾したポワロは、別の車輛に乗っていたギリシア人の医師コンスタンティン博士(Dr. Constantine)と一緒に、ラチェットの検死を行う。ラチェットが殺害された現場には、燃やされた手紙が残っていて、ポワロは、その手紙からデイジー・アームストロング(Daisy Armstrong)という言葉を解読した。サミュエル・エドワード・ラチェットという名前は偽名であり、彼は、5年前に、米国において、幼いデイジー・アームストロングを誘拐して殺害した犯人カセッティ(Cassetti)で、身代金を持って海外へ逃亡していたのである。


メッタ刺しされて殺害されたサミュエル・エドワード・ラチェットの部屋に残されていた紙片から、
エルキュール・ポワロは、彼の本名がランフランコ・カセッティで、
5年目に米国で発生したデイジー・アームストロング誘拐殺人事件の犯人であることを突き止める


ラチェットの正体を知ったポワロは、ブック氏/コンスタンティン博士と一緒に、列車の乗客の事情聴取を開始する。積雪のため、立ち往生した列車の周囲には足跡がなく、外部の人間が犯人とは思えなかった。列車には、


*1号室(一等寝台席):エルキュール・ポワロ

*2号室(一等寝台席):サミュエル・エドワード・ラチェット

*3号室(一等寝台席):キャロライン・マーサ・ハバード夫人(Mrs. Caroline Martha Hubbard)- 陽気でおしゃべりな中年女性(米国人)

*4号室(二等寝台席):エドワード・ヘンリー・マスターマン(Edward Henry Masterman)- ラチェットの執事(英国人)

*5号室(二等寝台席):アントニオ・フォスカレリ(Antonio Foscarelli)- 自動車のセールスマン(米国に帰化したイタリア人)

*6号室(二等寝台席):ヘクター・ウィラード・マックイーン - ラチェットの秘書(米国人)

*7号室(二等寝台席):空室(当初、ポワロが使用していた)

*8号室(二等寝台席):ヒルデガード・シュミット(Hildegarde Schmidt)- ドラゴミロフ公爵夫人に仕える女中(ドイツ人)

*9号室(二等寝台席):空室

*10号室(二等寝台席):グレタ・オルソン(Greta Ohisson)- 信仰心の強い中年女性(スウェーデン人)

*11号室(二等寝台席):メアリー・ハーマイオニー・デベナム(Mary Hermione Debenham)- 家庭教師(英国人)

*12号室(一等寝台席):エレナ・マリア・アンドレニ伯爵夫人(Countess Elena Maria Andrenyi / 旧姓:エレナ・マリア・ゴールデンベルク(Elena Maria Goldenberg))- ルドルフ・アンドレニ伯爵の妻(ハンガリー人)

*13号室(一等寝台席):ルドルフ・アンドレニ伯爵(Count Rudolf Andrenyi)- 外交官(ハンガリー人)

*14号室(一等寝台席):ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人(Princess Natalia Dragomiroff)- 亡命貴族の老婦人(フランスに帰化したロシア人)

*15号室(一等寝台席):アーバスノット大佐(Colonel Arbuthnot)- 軍人(英国人)

*16号室(一等寝台席):サイラス・ベスマン・ハードマン(Cyrus Bethman Hardman)- セールスマンと言っているが、実はラチェットの身辺を護衛する私立探偵(米国人)


ポワロと被害者のラチェット以外に、12名の乗客とオリエント急行の車掌で、フランス人のピエール・ポール・ミシェル(Pierre Paul Michel)が乗っていた。

果たして、ラチェットを惨殺した犯人は、誰なのか?ところが、何故か、乗客達のアリバイは、互いに補完されていて、容疑者と思われる者は、誰も居なかった。

捜査に難航するポワロであったが、最後には驚くべき真相を明らかにするのであった。


本作品において、犯行動機の重要なファクターとなるデイジー・アームストロング誘拐殺人事件については、初の大西洋単独無着陸飛行(1927年5月20日ー同年5月21日)を成功したことで有名な米国人飛行家チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ(Charles Augustus Lindbergh:1902年ー1974年)の長男チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ・ジュニア(当時1歳8ヶ月)が、1932年3月1日にニュージャージー州(New Jersey)の自宅から誘拐され、約2ヶ月後に邸宅付近で死亡しているのが発見されるという実際の事件があり、アガサ・クリスティーは、この事件から着想を得たものとされている。


2020年11月14日土曜日

リチャード・ハル作「伯母殺人事件」(The Murder of My Aunt by Richard Hull)

大英図書館(British Library)が発行する
British Library Crime Classics の一つに加えられている
リチャード・フル作「伯母殺人事件」の表紙

「伯母殺人事件(The Murder of My Aunt)」は、英国の推理作家であるリチャード・フル(Richard Hull:1896年ー1973年)が1934年に発表した倒叙推理小説である。

リチャード・フルの本名は、リチャード・ヘンリー・サンプソン(Richard Henry Sampson)で、1846年9月6日、ロンドンのケンジントン地区(Kensington)に出生。彼は、第一次世界大戦(1914年ー1918年)のため、ウォーリック州(Warwickshire)のラグビー校から大学への進学を取り止めて、徴兵。戦争からの復員後、彼は会計士となり、会計事務所に勤務した後、自ら事務所を開設。

彼は、会計事務所を経営するかたわら、1934年に処女作の「伯母殺人事件」を発表して、大評判を得た。その後も、会計士として働きつつ、推理作家として、1953年までに15作の長編と1作の短編集を発表。その後、「英国探偵作家クラブ(Detection Club)」という協会で、会長であるアガサ・クリスティーの仕事をサポート。

第二次世界大戦(1939年ー1945年)中は、会計士として、英国海軍省(Admirality)に勤務。会計士としての実績を評価されて、彼は、イングランド&ウェールズ公認会計士協会(The Institute of Chartered Accountants in England and Wales : CAEW)の終身会員(Fellow)に選ばれている。

彼は、生涯独身で通して、1973年4月19日、ロンドンで死去した。


英図書館(British Library)が発行する
British Library Crime Classics の一つに加えられている
リチャード・フル作「伯母殺人事件」の裏表紙

英国ウェールズ(Wales)の小さな町ルウール(Llwll)から2マイル程離れたブラインモーア(Brynmawr)という家に、エドワード・パウエル(Edward Powell)は、伯母のミルドレッド・パウエル(Mildred Powell)と一緒に住んでいた。ただし、彼は、田舎暮らしには満足しておらず、都会での生活に夢を抱いていた。

エドワードの両親は、彼がまだ幼い頃に、既に他界しており、彼の祖母は、彼の伯母に対して、ブラインモーアを含む全財産を遺贈していたのである。


伯母のミルドレッドは、甥のエドワードを、生活面だけではなく、金銭面でも、厳しく管理していた。日頃から、エドワードは、口やかましい伯母のことを非常に苦々しく思ってはいたが、財布の紐は伯母が完全に握っているため、彼は、ブラインモーアから出て、伯母から独立して生活していくことができなかった。


そして、ある日起こった諍いが元となって、エドワードは、自分の自由とパウエル家の全財産を手に入れるために、自分を束縛する伯母を殺害しようと、秘かに企むのであった。

エドワードは、いろいろと計画した結果、

(1)ブレーキに細工した上での自動車事故

(2)不審火による焼死

(3)誤飲による毒死

と、一度ならず、二度、三度と、彼は殺害計画を実行して、伯母のミルドレッドの命は風前の灯となるが、何故か、幸運なことに、彼女は九死に一生を得る。

計画通りに、伯母のミルドレッドをなかなか殺せないため、焦るエドワードであったが、終盤、物語は意外な展開を示すのである。


リチャード・ハル作「伯母殺人事件」は、フランシス・アイルズ(Francis Iles:1893年ー1971年→なお、彼は、本名のアントニー・バークリー・コックス(Anthony Berkeley Cox)名義でも、推理小説を執筆している)作「殺意(Malice Aforethought : A Story of a Commonplace Crime)」(1931年)やフリーマン・ウィルス・クロフツ(Freeman Wills Crofts:1879年ー1957年)作「クロイドン発12時30分(The 12:30 from Croydon→2020年5月31日付ブログで紹介済)」(1934年)と並び、倒叙推理小説の三大傑作の一つに数えられている。


ただし、本作品の内容が、通常の倒叙推理小説に見られるように、犯人が犯罪を成し得た後、探偵役が登場して、その犯人を一歩一歩追い詰めていき、自供に追い込むという展開にはなっていないこと、また、物語の最後に衝撃的な結末が明かされることもあり、本作品を純粋な意味での倒叙推理小説と定義することに対して、疑問を呈する人も居る。