英国の Arcturus Publishing Limited から Crime Classics シリーズの一つとして出版されている ロジャー・バックス作「殺人計画書」の表紙− アーサー・クロスが、スパナを手にして、 叔父チャールズ・ホリソンの殺害へと向かうシーンが描かれている |
作者の本名は、ポール・ウィンタートン(Paul Winterton:1908年ー2001年)で、英国レスターシャー州(Leichestersire)のレスター(Leichester)生まれ。
彼は、生涯を通じて、ロジャー・バックス(Roger Bax)以外にも、アンドリュー・ガーヴ(Andrew Garve)やポール・サマーズ(Paul Somers)の名義を使い分け、40を超える作品を世に送り出している。彼の活躍時期は、1938年から1978年にかけてで、アガサ・クリスティーの活躍時期(1920年ー1976年)にほぼ重なっている。
本作品の「殺人計画書(Blueprint for Murder)」は、ロジャー・バックス名義では、4つ目の作品に該る。
物語は、第二次世界大戦(1939年ー1945年)下、ドイツとソ連(ソビエト連邦)の国境から始まる。
英国からそこに従軍していたアーサー・クロス(Arthur Cross)のストーリーが語られる。彼は、あることがキッカケで、自分を助けてくれたポーランド人の農夫父娘を殺害してしまう。
そして、物語は、1945年10月のある日の午後、テムズ河沿いのテディントンロック(Teddington Lock)に移る。
裕福な実業家のチャールズ・ホリソン(Charles Hollison)は、彼の一人息子であるジェフリー(Geoffrey)と彼の甥であるアーサー・クロスが第二次世界大戦従軍から無事に帰還したことを喜んでいた。次の誕生日で66歳になるチャールズは、ジェフリーとアーサーの2人に対して、自分のビジネスを譲る意図を表明し、ジェフリーとアーサーの2人は、チャールズの提案を喜んで受け入れ、彼の会社で働くことを約束する。
ところが、第二次世界大戦下、人の生き死にを多く見てきたアーサーの中では、死に対する恐怖が非常に強く、できる限り長生きして、その間に享受できるものは全て手に入れたいという欲望が、大きく芽生えてきた。そのためには、まだまだ元気で、長生きしそうな叔父のチャールズに対して、アーサーは何ら愛情を感じることができず、彼の殺害を計画していたのである。そして、アーサーは、ある殺害計画を練り上げて、リハーサルを何回も重ね、天候が変わるのを待った。
その年の11月末が近付くにつれ、寒波が到来し、天気予報は霧の発生を告げた。アーサーは、これを待っていたのである。
霧が発生した夜、アーサーは、車(Vauxhall)で叔父の家へと出かけ、付近にあるウェルフォードアベニュー(Welford Avenue)に到着し、ハムリーアベニュー(Hamley Avenue)という偽の標識を、その上から貼り付ける。ハムリーアベニューというのは、叔父の家から相当離れたところにある通りの名前である。
霧の中、ちょうどうまい具合に通りかかった二人組の男性(近くにある労働組合の打ち合わせに来たものの、この近辺には不案内な二人)を、アーサーは車に乗せて、彼らを証人として利用しようとした。ところが、実際には、彼らは強盗で、アーサーは二人組の男性に銃を向けられて、車を奪われてしまう。
よって、アーサーの殺害計画は、一旦、延期となる。アーサーは、叔父の援助を受けて、新しい車(Rover)を購入する。
年が変わり、2月中旬になると、霜が溶け始め、霧が発生しやすい状況になってきた。そして、霧が発生した夜、アーサーは、再度、殺害計画を実行に移すのであった。
今回は、霧のため、道に迷った若い男女をアーサーは車に乗せ、ワザと近辺を車でぐるぐる回り、ウェルフォードアベニューに貼り付けた偽の標識であるハムリーアベニューを、彼らに印象付けることに成功。
そして、道を尋ねるフリをして、叔父の家へと入って行き、出迎えた叔父を、アーサーはスパナで殺害。車の中で待っていた若い男女に対して、アーサーは、「第二次世界大戦下、ドイツ空軍の爆撃で破壊された家を訪ねてしまい、道を尋ねることができなかった。」と、嘘をつくのであった。
今度は、アーサーは正しい道順を辿り、若い男女を目的地へ無事送り届ける。彼らは、アーサーとの別れ際に、「新しい仕事に就くため、明日、南アメリカへ出発する。」と告げるのであった。
こうして、今回、アーサーは殺害計画を無事遂行したのである。
その後、叔父チャールズの殺害現場に、ジェイムズ警部(Inspector James)が到着し、捜査を開始する。チャールズの殺害によって、利益を享受できるのは、息子のジェフリーと甥のアーサーの二人のみ。従って、犯人は、二人のどちらかに間違いないと、ジェイムズ警部は考えた。
という訳で、本作品は、推理小説の倒叙物に該り、アーサーによる殺害計画と実行、ジェイムズ警部による捜査、そして、アーサーとジェイムズ警部との攻防という流れになる。
アーサーが叔父のチャールズを殺害するのは、物語が 1/3 程進んだ辺り。それまでの約50ページに渡って、アーサーによる叔父チャールズの殺害計画、失敗した1回目の実行、そして、成功した2回目の実行が詳細に語られ、なかなか面白い。普通の推理小説だと、1回目だけで成功するが、本作品では、1回目の場合、アーサーは、自分の証人として利用しようとした二人組の男性に、逆にホールドアップに会い、車を奪われてしまうという展開で、なかなか一筋縄には行かず、興味深い。
叔父チャールズの殺害に成功した後、アーサーとジェイムズ警部との間で攻防があり、犯人がアーサーであることは既に判ってはいるものの、これからどういった展開になるのか、また、ジェイムズ警部はどうやってアーサーが犯人であることの証拠をつかむのかと、なかなか良い筋運びだった。
また、物語が 2/3 程まで進んだ段階で、アーサーは、自分の不利になる証言を行う人物に脅迫され、その人物を殺害することになる。
この辺りまでは、まだ良かったが、物語の終盤にかけて、本作品の筋運びが、少しずつほころび始める。
終盤に、アーサーは、チャールズを殺害した罪をかぶせようとしていたジェフリーまで、自分の手にかけて殺害しようとするが、これはやや脈絡に欠ける展開で、終盤までは面白かっただけに、非常に惜しい。
また、結局のところ、アーサーは自滅してしまい、最終的には、ジェイムズ警部は何の活躍もしないまま終わり、とても残念である。
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