ジェンキンスホテルの全景 |
アガサ・クリスティー作「イタリア貴族殺害事件(The Adventure of the Italian Noble Man)」(「ポワロ登場(Poirot Investigates)」(1924年)に収録)は、エルキュール・ポワロとアーサー・ヘイスティングス大尉が、自分達のフラットで隣人のホーカー医師(Dr Hawker)と話をしているところから始まる。そこにホーカー医師の家政婦が飛び込んで来る。彼女によると、患者であるフォスカティーニ伯爵(Count Foscatini)から助けを求める変な電話があったと言う。そこで、ポワロ、ヘイスティングス大尉とホーカー医師の3人は、リージェンツコート(Regent's Court)にあるフォスカティーニ伯爵のフラットへと駆け付ける。
フォスカティーニ伯爵のフラットのドアが施錠されていたため、彼らはフラットの管理人に事情を説明して、フラットのドアを開けてもらう。そして、彼らがフラット内に入ると、フォスカティーニ伯爵が大理石の像で頭を撲られて殺されているのを発見する。テーブルの上には、3人分の食事の席が整えられていたが、既に食事は終わった後のようである。
警察が到着する最中、フォスカティーニ伯爵の従者グレーヴス(Graves)が戻って来る。グレーヴスによると、前日、アスカニオ伯爵(Count Ascanio)ともう1人の男性が夕食に招待された際、フォスカティーニ伯爵と彼らの間に何か脅迫めいた会話が交わされたのを耳にしたと言う。今夜も、フォスカティーニ伯爵は同じ2人を夕食に招待し、食事が終わると、グレーヴスは急に休みを与えられたと彼は証言した。警察は、フォスカティーニ伯爵の殺害犯として、アスカニオ伯爵を逮捕する。
カートライトガーデンズとバートンプレイス通りの角に ジェンキンスホテルは建っている |
ポワロが建物のキッチンスタッフに確認すると、メインコースのサラは3人分ともきれいになくなっていたが、サイドメニューは少ししか手がつけられておらず、更にデザートに至っては全く手がつけられていなかったことが判る。そこにポワロは違和感を抱く。ポートワインに加えて、食後のコーヒーが出されているが、撲殺されたフォスカティーニ伯爵の歯は全く汚れておらず、真っ白だった。その上、ホーカー医師に電話で助けを求めた際に撲殺されたにもかかわらず、フォスカティーニ伯爵は普通に受話器を元に戻しているのである。果たして、警察が疑う通り、脅迫行為が嵩じて、フォスカティーニ伯爵はアスカニオ伯爵に撲殺されたのか?そして、ポワロの灰色の脳細胞が真実を導き出すのであった。
ジェンキンスホテルの入口はバートンプレイス通りに面している― 奥に見えるのは、バートンストリート(Burton Street) |
英国の TV 会社 ITV1 が製作し、英国内での人気があるポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」の「イタリア貴族殺害事件」(1993年)の回では、物語の中盤、フォスカティーニ伯爵の殺害犯として警察に追われているアスカニオ伯爵は、あるホテルに身を隠す。しかし、アスカニオ伯爵の行方を追うスコットランドヤードのジャップ主任警部(Chief Inspector Japp)は、アスカニオ伯爵の潜伏先についてポワロから連絡を受け、潜伏先のホテルで彼を逮捕するに至る。また、ジャップ主任警部に同行したポワロとヘイスティングス大尉は、アスカニオ伯爵が身を隠していたホテルの部屋で、彼の所持品等を調べるのであった。そのホテルは、原作では「グローヴナーホテル(Grosvenor Hotel)」となっているが、TV版では「ジェンキンスホテル(Jenkins Hotel)」である。
スコットランドヤードはアスカニオ伯爵を逮捕した後、 ジェンキンスホテル入口から連行した |
なお、ジェンキンスホテルは実在するホテルで、ロンドンの中心部セントパンクラス地区(St. Pancras)内に所在している。
セントパンクラス地区内には、セントパンクラス駅(St. Pancras Station)とキングスクロス駅(King's Cross Station)という二つの大きな鉄道駅があり、両駅の南側には、東西に走るユーストンロード(Euston Road)という幹線道路があり、いつも車の往来が激しい。セントパンクラス駅の西側に建つ大英図書館(British Library)を出て、前を走るユーストンロードを横断して、向かい側にあるメーブルドンプレイス(Mabledon Place)を少し南下すると、カートライトガーデンズ(Cartwright Gardens)と呼ばれる広場に出る。この広場を囲む建物のうち、45番地がジェンキンスホテルである。
同じホテルグループに属しているジュッドホテル― 住所はカートライトガーデンズ46番地 |
ジェンキンスホテルは小ホテルで、客室は13部屋しかない、とのこと。
バートンプレイス通り(Burton Place)を挟んで、隣りの46番地に建つ「ジュッドホテル(Judd Hotel)」は、同じホテルグループに属している。
ポワロシリーズ「イタリア貴族殺害事件」が撮影されたのは、20年以上前であるが、ジェンキンスホテルは当時とほぼ同じ姿のままで、宿泊客を迎えている。ジェンキンスホテルのホームページを検索すると、ポワロシリーズ「イタリア貴族殺害事件」の舞台として、このホテルが撮影に使用された旨の説明がされている。
TV版放映当時、ジェンキンスホテル入口の両側にある柱にホテル名が表示されていたが、現在はペンキで白く塗り直されていて、ホテル名の表示は建物の外壁上部にある。
カートライトガーデンズの広場内にある ジョン・カートライトのブロンズ像 |
カートライトガーデンズは1809年から1811年にかけて開発され、当初は、ここを開発した建設業者/不動産開発業者であるジェイムズ・バートン(James Burton:1761年ー1837年)と三日月型をした場所に因んで、「バートンクレッセント(Burton Crescent)」と呼ばれていたが、国会の改革者で、ここの住民でもあったジョン・カートライト(John Cartwright:1740年ー1824年)を名前を採って、「カートライトガーデンズ」という呼び名に変更された。カートライトガーデンズの広場内には、ジョン・カートライトのブロンズ像が1831年に設置されている。
広場を囲うように、ジョージ王朝時代の建物が建ち並んでいる。なお、ジョージ王朝時代は、ハノーヴァー朝のジョージ1世(George Ⅰ)からジョージ4世(George Ⅳ)までが英国を統治した年代(1714年ー1830年)を指す。
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