2020年2月29日土曜日

キム・ニューマン作「モリアーティ秘録」(’Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles’ by Kim Newman)–その5

2011年9月に Titan Books から出版された
「Professor Moriarty : The Hound of the D'Ubervilles
(モリアーティ教授:ダーバヴィル家の犬)」の表紙

英国のファンタジー作家、映画批評家で、かつ、ジャーナリストでもあるキム・ニューマン(Kim Newman:1959年ー)が2011年に Titan Publishing Group Ltd. から発表し、日本のミステリー / SF / ホラー小説家、翻訳家で、かつ、古書研究家でもある北原尚彦氏(1962年ー)が訳者となり、2018年2月に東京創元社から創元推理文庫として刊行された「モリアーティ秘録(Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles)」は、

・第1章:血色の記録(A Volume in Vermilion)
・第2章:ベルグレーヴィアの騒乱(A Shambles in Belgravia)
・第3章:赤い惑星連盟(The Red Planet League)

までは、割合と淡々と進むが、

・第4章:ダーバヴィル家の犬(The Hound of the D’Ubervilles)

に入り、その後半位から、著者キム・ニューマンが紡ぐ物語は、やっと快調になっている感じがする。そして、

・第5章;六つの呪い(The Adventure of the Six Malediction)

に入ると、キム・ニューマンの博覧強記が炸裂し始め、他の作品のキャラクターや事物等がどんどん出てくる。それまでの4章分もそうであったが、キム・ニューマンの知識や関連情報等が膨大なので、訳者の北原尚彦氏としても、翻訳作業は非常に大変だったのではないかと思われる。
第5章が終わると、

・第6章:ギリシャこう竜(The Greek Invertebrate)
・第7章:最後の冒険の事件(The Problem of the Final Adventure)

と、怒涛の展開となる。

東京創元社から出版された創元推理文庫「モリアーティ秘録(上)」の表紙
カバーイラスト: アオジ マイコ 氏
        カバーデザイン: 東京創元社装幀室

「モリアーティ秘録」は、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)の右腕として活躍したセバスチャン・モラン大佐(Colonel Sebastian Moran)の視点から、全編語られていることもあるが、「第7章」に少しだけ登場するシャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンについて、ホームズは「トラブルメーカーの鼻の高い同居人」や「痩身の男」の仇名で呼ばれるだけで、本名は出てこないし、ワトスンに至っては、「阿呆」呼ばわりされていて、少し可哀想な気がする。

東京創元社から出版された創元推理文庫「モリアーティ秘録(下)」の表紙
カバーイラスト: アオジ マイコ 氏
        カバーデザイン: 東京創元社装幀室

元々、各章の多くが独立した短編として発表されていたものに、新作分を加えて、本作品に纏められているようであるが、第1章から第7章まで連続して執筆してもらった方が、全体的にもっと躍動感が出たのではないかと思う。

2020年2月23日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「連続殺人事件」(The Case of the Constant Suicides by John Dickson Carr)–その2

英国のエディンバラにある
Polygon Books 社から2018年に出版された「連続殺人事件」の表紙
(イラスト:  Danny Grogan)

一族の当主であるアンガス・キャンベル(Angus Campbell)が死亡し、親族会議が開かれるという報せを受けて、スコットランドへとやって来たロンドンの University College, Highgate で教授を務める若手歴史学者のアラン・D・キャンベル(Allan D. Campbell)と Harpenden College for Women の史学科に勤務するキャスリーン・アイリーン・キャンベル(Kathryn Irene Campbell)の二人は、彼らを出迎えたアンガスの弟であるコリン・キャンベル(Colin Campbell)に案内された部屋に居る際、意図せず、隣りの部屋での会話を耳にしてしまう。
会話の主は、弁護士のアリステア・ダンカン(Alistair Duncan)とヘラクレス保険会社(Hercules Insurance Company)のウォルター・チャップマン(Walter Chapman)の二人で、シャイラ城(Castle of Shira)の尖塔から自殺としか思えない状況で転落死したアンガス・キャンベルであったが、彼の死には、不審な点がいくつもあったのである。

吝嗇で知られていたアンガス・キャンベルであったが、アレック・フォーベス(Alec Forbes)なる人物に勧誘され、アイスクリーム事業を初めとする複数の儲け話に乗って、かなりの額を投資したものの、相当な損を出していた。そのため、アンガス・キャンベルは、アレック・フォーベスに騙されたのではないかと思い、二人の仲は険悪になっていた。
そして、問題の日、アレック・フォーベスがシャイラ城にアンガス・キャンベルを訪ねてやって来たものの、アンガス・キャンベルとアレック・フォーベスの二人は諍いを起こし、アンガス・キャンベルはアレック・フォーベスをシャイラ城から追い出した。

その日の夜、アンガス・キャンベルは、いつものように、午後10時になると、シャイラ城の尖塔の最上階にある寝室へと下がり、内側から鍵をかけると、眠りについた。
ところが、翌朝、尖塔の真下の地面に、アンガス・キャンベルが倒れているのが見つかり、尖塔の最上階にある寝室から転落したことにより、背骨を折り、その他にも諸々の負傷が原因で死亡していたのである。

アンガス・キャンベルの内縁の妻であるエルスパット・キャンベル(ElspatCampbell)とメイドによると、アンガス・キャンベルがアレック・フォーベスをシャイラ城から追い出したものの、いつ何時、アレック・フォーベスが戻って来て、アンガス・キャンベルに対して危害を加えるかもしれないと思い、アンガス・キャンベルが尖塔の最上階にある寝室へと下がる前に寝室内を調べたところ、ベッドの下を含めて、寝室内に誰か第三者が隠れていた可能性はなかった、とのことだった。

ところが、寝室内のベッドの下には、犬を入れて持ち運ぶためのケースが置かれていたが、中には何も入っていなかった。エルスパット・キャンベルとメイドは、彼らが事前に寝室内を調べた際、ベッドの下には、何もなかったと言う。
それに加えて、アンガス・キャンベルが毎日記していた日記帳が寝室内から紛失していることが判った。
尖塔の最上階にある寝室は地上から20m近くの高さにあり、尖塔をよじ登ることは不可能にもかかわらず、何者かがアンガス・キャンベルの寝室内に立ち入った可能性が出てきたのである。

更に、アンガス・キャンベルは、ジブラルタル保険会社(Gibralter Insurance Company)とプラネット保険会社(Planet Insurance Company)の二社が提供する生命保険に既に加入していたにもかかわらず、最近、ヘラクレス保険会社の生命保険にも加入していた。死の直前に、アンガス・キャンベルは、何故、いくつもの生命保険に入るような真似をしたのだろうか?
それも、各生命保険には、自殺免責条項があるため、アンガス・キャンベルの転落死が自殺として認定されると、保険金は支払われないことになる。
ただ、アンガス・キャンベルの転落死を取り巻く諸状況を考えると、彼の死が自殺とは考え難い一方で、事件当時、現場である尖塔の最上階にある彼の寝室は、内側から施錠された「完全な密室」状態となっており、他殺も不可能と思われた。

2020年2月22日土曜日

ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells)–その2

H・G・ウェルズは、一時期、ホワイトホールコート(Whitehall Court)に住んでいた。
ホワイトホールコートは、英国の実業家で、かつ、自由党の政治家でもあった
ジェーベス・スペンサー・バルフォア(Jabez Spencer Balfour:1843年ー1916年)の資金援助を受け、1880年代に開発された後、
現在、ロイヤルホースガーズホテル(Royal Horseguards Hotel)、
ナショナルリベラルクラブ(National Liberal Club)やファーマーズクラブ(Farmers Club)といった
ホテルや紳士用クラブ等が入居している。

科学の進歩が人間に与える影響について考察した「予想(Anticipation of the Reactions of Mechanical and Scientific Progress upon Human Life and Thoughts)」(1901年)等の発表が転機となって、英国の作家であるハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells:1866年ー1946年)の作品は、空想科学小説から文明批評色が強い小説や風俗小説へと次第にシフトしていく。
また、アイルランド出身で、文学者、脚本家、劇作家、評論家、政治家、教育家やジャーナリストと非常に多彩な顔を持つジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw:1856年ー1950年)の紹介で、1902年にH・G・ウェルズはフェビアン協会(Fabian Societyー1884年にロンドンで創設された社会主義知識人による運動)に参加して、社会主義へと傾倒していく。


第一次世界大戦(1914年ー1918年)前に、H・G・ウェルズは、原子力兵器(原子爆弾)と核戦争の到来を予見した「解放された世界(The World Set Free)」(1914年)を発表。
第一次世界大戦後、彼は「国際連盟の思想(The idea of a League of Nations)」(1919年)や「国際連盟への道(The Way to the League of Nations)」(1919年)を共著し、国際連盟の樹立を提唱して、戦争を根絶しようと努めた。更に、「新世界秩序(The New World Order)」(1939年)において、彼は全ての国家に対して、人権の遵守と軍備の非合法化による戦争根絶等を訴えた。

ホワイトホールプレイス(Whitehall Place)と
ホワイトホールコートが交わる角に建つ
Old War Office Building
Old War Office Building の足下に置かれている戦没者慰霊碑

また、彼は、宇宙の誕生から人類の誕生までを記した歴史書「世界史大系(The Outline of History)」(1920年)を発表し、小説家や社会活動家に加えて、歴史家としても名を成している。
一方で、既婚者でありながら、彼は数多くの女性(著名人)遍歴でも知られており、非難を受けたりしている。

テムズ河(River Thames)に沿って走るヴィクトリアエンバンクメント通り(Victoria Embankment)にある
ホワイトホールガーデンズ(Whitehall Gardens)―
画面奥にはホワイトホールコート沿いに建つ建物が見える

教育を目指していた若い頃に肺を患ったことに加え、彼は生涯を通じて糖尿病、腎臓病や神経炎等にも悩まされ。1946年にロンドンの自宅で肝臓癌により逝去した。


2020年2月16日日曜日

キム・ニューマン作「モリアーティ秘録」(’Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles’ by Kim Newman)–その4

東京創元社から出版された創元推理文庫「モリアーティ秘録(下)」の表紙
カバーイラスト: アオジ マイコ 氏
        カバーデザイン: 東京創元社装幀室

英国のファンタジー作家、映画批評家で、かつ、ジャーナリストでもあるキム・ニューマン(Kim Newman:1959年ー)が執筆した「Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles(モリアーティー教授:ダーバヴィル家の犬)」(2011年)の日本語訳版である「モリアーティ秘録」(2018年に東京創元社刊)の下巻には、以下の3編が収録されている。

「第5章:六つの呪い(The Adventure of the Six Malediction)」
第5章の元ネタは、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)原作の「六つのナポレオン像(the Six Napoleons→)「シャーロック・ホームズの帰還(The Return of Sherlock Holmes)」(1905年)に収録)」である。
訳者の北原尚彦氏によると、J・ミルトン・ヘイズによる詩「黄色い神の緑の眼」も元ネタになっている、とのこと。
「六つのナポレオン像」では、ロンドン市内において、ナポレオン・ボナパルトの石膏胸像が連続して壊される事件が発生し、シャーロック・ホームズは、壊された石膏胸像がある会社で全てつくられたことを突き止めると、その中の一つにコロナ王女の寝室から盗まれた「ボルジアの黒真珠」が隠されていることを見抜く。
「六つの呪い」では、元英国外地駐在事務局所属のハンフリー・カルー少佐から宝石「黄色い神の緑の瞳」を預かり、身辺保護の依頼を受けたモリアーティー教授とモラン大佐の犯罪商会は、それ以外に
(1)ボルジア家の黒真珠
(2)ヨハネ騎士団の鷹
(3)ナポリの聖母の宝石
(4)七つの星の宝石
(5)バロルの眼
という宝石も集めることになり、それぞれの宝石をつけ狙う聖ヨハネ騎士団やアイルランドのテロリスト等との争奪戦となる。そして、モリアーティー教授による策略によって、最後は、コンジット街(Conduit Street→2015年7月18日付ブログで紹介済)に、宝石を狙う一同が会して、決闘が勃発するのであった。

「第6章:ギリシャこう竜(The Greek Invertebrate)」
第6章の元ネタは、コナン・ドイル原作の「ギリシア語通訳(The Greek Interpreter→「シャーロック・ホームズの回想(The Memoirs of Sherlock Holmes)」(1893年)に収録)」である。
訳者の北原尚彦氏によると、アーノルド・リドリー脚本の演劇「幽霊列車」も元ネタになっている、とのこと。
「ギリシア語通訳」では、シャーロック・ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)が初登場する。そして、「ギリシャこう竜」では、ジェイムズ・モリアーティー教授の二人の弟であるジェイムズ・モリアーティー大佐とジェイムズ・モリアーティー駅長が登場する。奇しくも、三人とも、同姓は当然のことながら、同名である。
また、コナン・ドイルの原作上、
(1)モリアーティ教授は、三人兄弟の一人であること
(2)彼以外の二人は、大佐と駅長であること
(3)大佐も、ジェイムズという名であること
が明かされているが、キム・ニューマンは、駅長の名前もジェイムズと設定している。
「ギリシャこう竜」では、コーンウォール州(Cornwall)のファルヴァーレ駅の駅長を務めるジェイムズ・モリアーティーから、「ファルヴァーレが巨大なワーム(古代イングランドでは、ドラゴンの類義語)に襲われた。」との電報が入り、モリアーティー教授とモラン大佐の二人がコーンウォールへと呼び出されるところから、物語が始まる。

「第7章:最後の冒険の事件(The Problem of the Final Adventure)」
第7章の元ネタは、コナン・ドイル原作の「最後の事件(The Final Problem→「シャーロック・ホームズの回想(The Memoirs of Sherlock Holmes)」(1893年)に収録)」である。
コーンウォール州のファルヴァーレからロンドンへと戻った1891年1月初旬、モリアーティー教授とモラン大佐の犯罪商会は、モリアーティー教授の手法を学んで、犯罪を遂行する変装の名人ドクトル・マブゼが直近の脅威となりつつあった。一方で、ベーカーストリート(Baker Street)に住む「痩身の男(→シャーロック・ホームズのこと)」の協力を得た警察による突然の実効性ある攻撃で、モリアーティー教授が考えた各種計画に支障が出ていた。

そして、物語は、運命の地であるスイスにあるライヘンバッハの滝へと導かれていき、コナン・ドイル原作の「最後の事件」の真相が、モラン大佐の視点から語られるのである。

2020年2月15日土曜日

ジョン・ディクスン・カー作「連続殺人事件」(The Case of the Constant Suicides by John Dickson Carr)–その1

東京創元社から出版された創元推理文庫「連続殺人事件」の表紙
カバーイラスト: 山田 雅史氏

一族の当社であるアンガス・キャンベルが住んでいたシャイラ城が、
画面奥に描かれている。

「連続殺人事件」(The Case of the Constant Suicides)は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1941年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)シリーズの長編第13作目に該る。

ロンドンの University College, Highgate で教授を務める若手歴史学者のアラン・D・キャンベル(Allan D. Campbell)は、一族の当主であるアンガス・キャンベル(Angus Campbell)が死亡し、親族会議が開かれるという報せを受けて、スコットランドへ向かうべく、ユーストン駅(Euston Station)でグラスゴー(Glasgow)行きの午後9時15分発の列車に乗り込んだが、発車が遅れていた。
アラン・キャンベルは、従姉妹のキャスリーン・アイリーン・キャンベル(Kathryn Irene Campbell)と当該列車に偶然乗り合わせた。キャスリーン・キャンベルは、Harpenden College for Women の史学科に勤務していた。
アラン・キャンベルとキャスリーン・キャンベルの二人は、一緒にスコットランドへ行くこととなった。

アラン・キャンベルとキャスリーン・キャンベルの二人が乗った列車は、当初、翌朝の6時半にグラスゴー駅に着く予定だったが、大幅に遅れて、彼らが駅に到着したのは、午後1時近かった。グラスゴー駅から現地へと向かう接続用の列車が出るまでに、残り15分程しかなかったため、二人は昼食も満足にとれなかった。
現地の駅へと着いた二人は、そこで父親がスコットランド出身のカナダ人で、ジャーナリストであるチャールズ・E・スワン(Charles E. Swan)と知り合いになり、彼が手配した車に同乗して、ローモンド湖(Loch Lomond)近くにあるアンガス・キャンベルが住んでいたシャイラ城(Castle of Shira)へ一緒に向かうことになった。

シャイラ城に着いたアラン・キャンベルとキャスリーン・キャンベルの二人は、死亡したアンガス・キャンベルの弟であるコリン・キャンベル(Colin Campbell)に出迎えられる。
また、コリン・キャンベルに問われたチャールズ・スワンは、「(シャイラ城に同居するアンガス・キャンベルの内縁の妻である)エルスパット・キャンベル(Elspat Campbell)に呼ばれて、ここに来た。」と答えるのであった。
彼らの他に、シャイラ城には、弁護士のアリステア・ダンカン(Alistair Duncan)とヘラクレス保険会社(Hercules Insurance Company)のウォルター・チャップマン(Walter Chapman)も到着していた。

コリン・キャンベルがチャールズ・スワンをエルスパット・キャンベルに引き合わせる間、待っているように言われた部屋で、アラン・キャンベルとキャスリーン・キャンベルの二人が歴史談議を戦わせていると、隣りの部屋からアリステア・ダンカンとウォルター・チャップマンの会話が聞こえてきた。アラン・キャンベルとキャスリーン・キャンベルの二人は、意図せず、彼らの会話を聞いてしまうことになった。

一族の当主であるアンガス・キャンベルは、シャイラ城に聳え立つ尖塔内にある寝室でいつものように一人で就寝していたのだが、ある夜、その尖塔から自殺としか思えない状況で転落の上、死亡したのである。しかしながら、彼の死には、不審な点がいくつもあることが判明したのだった。

2020年2月10日月曜日

ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells)–その1

ハーバート・ジョージ・ウェルズが発表した SF 小説の作品群
(「タイムマシーン」、「モロー博士の島」、「月世界旅行」や「透明人間」等)

英国のファンタジー作家、映画批評家で、かつ、ジャーナリストでもあるキム・ニューマン(Kim Newman:1959年ー)が執筆した「Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles(モリアーティー教授:ダーバヴィル家の犬)」(2011年)の日本語訳版である「モリアーティ秘録」(2018年に東京創元社刊)の上巻に収録されている「第3章:赤い惑星連盟(The Red Planet League)」の元ネタとなった「宇宙戦争(The War of the Worlds)」を執筆したのは、英国の作家ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells:1866年ー1946年)である。彼の場合、日本において、フルネームではなく、H・G・ウェルズと表記されることが多い。

ハーバート・ジョージ・ウェルズが学んだ科学師範学校
(現在のインペリアル・カレッジ・ロンドン)

ハーバート・ジョージ・ウェルズは、1866年にケント州(Kent)のブロムリー(Bromley→現在のブロムリー・ロンドン自治区(London Borough of Bromley))内の商人の家に生まれた。
彼は奨学金を得て、サウスケンジントン(South Kensington)の科学師範学校(National School of Science→現在のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London))に入学し、生物学を学んだ。また、彼は学生誌「サイエンス スクール ジャーナル(Science School Journal)」に寄稿したりして、将来「SF(空想科学小説)の父」と呼ばれるようになる基礎を同学校に置いて築いたのである。


インペリアル・カレッジ・ロンドンの最新校舎

科学師範学校を卒業した後、彼は当初教員を目指すものの、教育界が非常に保守的な体質であること、また、当時肺を患っていたこと等が原因で、教員への道が閉ざされたため、ジャーナリストとなり、文筆活動へと進むことになった。そして、彼は1890年代から1900年代にかけて、

(1)「タイムマシーン(The Time Machine)」(1896年)
(2)「モロー博士の島(The Island of Dr. Moreau)」(1896年)
(3)「透明人間(The Invisible Man)」(1897年)
(4)「宇宙戦争」(1898年)
(5)「月世界旅行(The First Man in the Moon)」(1901年)

等、科学師範学校時代に得た科学知識に裏打ちされた SF 小説を次々と発表して、成功を納めた。これらの作品群は、現在においても、非常に有名なものばかりで、今も映像化されたりして、後世に大きな影響を与えている。

2020年2月2日日曜日

カーター・ディクスン作「第三の銃弾」(The Third Bullet by Carter Dickson)–その5

「第三の銃弾」の事件現場となった場所の近くにあるハムステッドヒース(その1)

「第三の銃弾」は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が、別名義のカーター・ディクスン(Carter Dickson)で執筆した「第三の銃弾(The Third Bullet)」は、ミステリー小説の分野でも実績のあったホッダー・アンド・スタウトン社から、1937年に「イラスト入りスリラー」と銘打ったシリーズ12冊のうちの1冊として出版された。

第三の銃弾」の事件現場となった場所の近くにある
ハムステッドヒース(その2)

当時のハードカバー初刊本の場合、概ね7シリング6ペンス(日本円で凡そ1万円)に定価が設定されるのが一般的だったものの、ホッダー・アンド・スタウトン社から出版された「イラスト入りスリラー」の12冊は、9ペンス(日本円で凡そ1千円)という、その僅か 1/10 という低価格に設定された。
その低価格を実現するために、総ページ数は120ページ前後と抑えられたのである。

第三の銃弾」の事件現場となった場所の近くにある
ハムステッドヒース(その3)

出版界の常識を覆すような斬新な手法が採られたにもかかわらず、残念ながら、12冊の売れ行きはあまり良くなかったようで、どの本も一度も版を重なることなく、「イラスト入りスリラー」は、1937年に出版された12冊だけで打ち切られてしまい、暫くの間、「第三の銃弾」が陽の目を見ることはなかった。

第三の銃弾」の事件現場となった場所の近くにある
ハムステッドヒース(その4)

月日が流れ、エラリー・クイーン(Ellery Queen)シリーズやドルリー・レーン(Drury Lane)シリーズ等で有名な米国の推理作家であるエラリー・クイーン(Ellery Queen)を成すコンビの一人であるフレデリック・ダネイ(Frederic Danny:1905年ー1982年)が、「第三の銃弾」を発掘して、彼が編集するミステリー雑誌「エラリー・クインーズ・ミステリマガジン(Ellery Queen’s Mystery Magazine)」の1948年1月号に同作品を再録したのである。

第三の銃弾」の事件現場となった場所の近くにある
ハムステッドヒース(その5)

ただし、再録の際に、雑誌のページ数という制約上の理由と、同作品の著者であるジョン・ディクスン・カー自身が全体を縮めてもよいとフレデリック・ダネイに一任したことから、1937年に出版された内容対比、2割程がカットされてしまった。
そのため、人物描写が薄っぺらになってしまった上に、事件の手掛かりもいくつか抜け落ちてしまうという弊害が発生している。

早川書房が出版するハヤカワ文庫版「第三の銃弾〔完全版〕」は、フレデリック・ダネイが「エラリー・クインーズ・ミステリーマガジン」に再録したものではなく、1937年にホッダー・アンド・スタウトン社から出版された当初の内容をベースにしているのである。

早川書房が出版するハヤカワ文庫版「第三の銃弾〔完全版〕」の表紙
カバーイラスト: 山田維史氏

「第三の銃弾」は、元々、中編で出版された経緯もあって、ジョン・ディクスン・カー / カーター・ディクスンお得意の怪奇 / オカルト趣向は完全に封印され、内容は、モートレイク元判事が、アイヴァー・ジョンソン38口径リヴァルヴァーでも、ブローニング32口径オートマティックでもないエルクマンの空気銃から発射された「第三の銃弾」により、如何にして殺害されたのかという不可能トリックとその解決に集中しているため、カーマニアだけではなく、一般の読者も非常に楽しめる佳作となっている。

2020年2月1日土曜日

キム・ニューマン作「モリアーティ秘録」(’Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles’ by Kim Newman)–その3

東京創元社から出版された創元推理文庫「モリアーティ秘録(上)」の表紙
カバーイラスト: アオジ マイコ 氏
        カバーデザイン: 東京創元社装幀室

英国のファンタジー作家、映画批評家で、かつ、ジャーナリストでもあるキム・ニューマン(Kim Newman:1959年ー)が執筆した「Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles(モリアーティー教授:ダーバヴィル家の犬)」(2011年)の日本語訳版である「モリアーティ秘録」(2018年に東京創元社刊)の上巻には、以下の4編が収録されている。

<第1章:血色の記録(A Volume in Vermilion)>
当然のことながら、第1章は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)によるシャーロック・ホームズシリーズの第1長編「緋色の研究(A Study in Scarlet→2016年7月30日付ブログで紹介済)」が元ネタになる。
訳者の北原尚彦氏(1962年ー)によると、ゼーン・グレイ作「ユタの流れ者」も元ネタになっている、とのこと。
「緋色の研究」の場合、アフガニスタンから帰国したジョン・H・ワトスンは、ピカデリーサーカス(Piccadilly Circus)にあるクライテリオンバー(Criterion Bar→2014年6月8日付ブログで紹介済)において、セントバーソロミュー病院(St. Bartholomew’s Hospital→2014年6月14日付ブログで紹介済)で助手を務めていたスタンフォード青年(Stamford)から同居人を探している人物(シャーロック・ホームズ)について聞かされるが、「血色の記録」の場合、セバスチャン・モラン大佐(Colonel Sebastian Moran)は、旧知の悪党であるアーチボルド・スタンフォード(手形詐欺師)からジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)について聞かされる。
また、「緋色の研究」の場合、スタンフォード青年を介し、セントバーソロミュー病院において、ホームズを紹介されたワトスンは、開口一番、ホームズから「You have been in Afghanistan, I perceive.」と言われたが、「血色の記録」の場合、モラン大佐は、モリアーティー教授からいきなり「お前、アフガニスタンに行ってきたな。」と言われるのである。

<第2章:ベルグレーヴィアの騒乱(A Shambles in Belgravia)>
第2章の元ネタは、コナン・ドイル原作の「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia→「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録)」である。
訳者の北原尚彦氏によると、アンソニー・ホープ作「ゼンダ城の虜」も元ネタになっている、とのこと。
「ベルグレーヴィアの騒乱」には、当然のことながら、あの米国の歌姫アイリーン・アドラー(Irene Adler)が登場する。
「ボヘミアの醜聞」の場合、この事件以降、ホームズは、アイリーン・アドラーのことを、「あの女性(ひと)= the woman」と呼ぶようになったが、「ベルグレーヴィアの騒乱」の場合、物語の冒頭から、モリアーティー教授は、アイリーン・アドラーのことを、「あのあばずれ」と呼んでいる。

<第3章:赤い惑星連盟(The Red Planet League)>
第3章の元ネタは、コナン・ドイル原作の「赤毛組合(The Red-Headed League→「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録)」である。
訳者の北原尚彦氏によると、H・G・ウェルズ作「宇宙戦争」も元ネタになっている、とのこと。
「赤毛組合」において、ホームズ達が逮捕するロンドンでも指折りの悪党であるヴィンセント・スポールディングこと、ジョン・クレイの名前が、「赤い惑星連盟」でも登場する。
モリアーティー教授の元教え子で、ケンブリッジ大学のルーカス数学教授職に任命されたサー・ネヴィル・ユアリー・ステントは、教え子時代にクラスの面前で笑い者にされた恨みから、モリアーティー教授が唱えた「小惑星の力学」を否定するが、モリアーティー教授は、ある秘策を用いて、元教え子を懲らしめるのであった。

<第4章:ダーバヴィル家の犬(The Hound of the D’Urbervilles)>
第4章の元ネタは、言わずと知れたコナン・ドイル原作のシャーロック・ホームズシリーズの第3長編「バスカヴィル家の犬(The Hound of the Baskerville)」である。
訳者の北原尚彦氏によると、トマス・ハーディ作「テス(ダーバヴィル家のテス)」も元ネタになっている、とのこと。
ウェセックス州トラントリッジホールに住むジャスパー・ストーク=ダーバヴィルから、彼の地所内に出没する巨大な赤い猟犬「レッド・ジャック」を退治してほしいという依頼を受けたモリアーティー教授は、モラン大佐を現地へと派遣するのであった。