2019年7月20日土曜日

カーター・ディクスン作「貴婦人として死す」(She Died a Lady by Carter Dickson)–その2

ノースデヴォンではなく、
サウスデヴォン(South Devon)のトーキー(Torquay)にあるトアベイ(Torbay)海岸
–トーキーは、アガサ・クリスティーの故郷

1940年6月29日、第二次世界大戦(1939年ー1945年)の戦局は、絶望的な状況へと向かっていた。
6月14日、アドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツ軍が、戦禍を受けていないほぼ無傷のパリへと入城し、6月22日、フランス軍は、ドイツ軍への降伏文書に調印して、ドイツによるフランス全土に対する占領が始まったのである。

英国ノースデヴォン(North Devon)の海岸沿いにあるリンクーム村(Lyncombe)において、医師をしているルーク・クロックスリー(Dr. Luke Croxley)は、時折雷鳴が轟く生憎の空模様であったが、いつもの週末の日課通り、その晩(午後8時過ぎ)、リンクーム村から4マイル離れたところにある元数学教授の旧友アレック・ウェインライト(Alec Wainwright)の家「清閑荘(モン・ルポ - Mon Repos)」でカード遊びをするために、車で出かけた。

ルーク・クロックスリー医師としては、午後9時過ぎまで灯火管制にはならないと踏んでいたが、「清閑荘」に到着してみると、明かりが全く点いておらず、そのため、不安を掻き立てられた。
「清閑荘」は山小屋風の一軒家で、砂を敷いた私道が二本あり、一方が家の正面玄関へ、そして、もう一方が左手の車庫へと通じていた。家の右手んは、蔦が這うあずまや(サマーハウス)があった。
車庫の二台分のスペースには、アレックの妻リタ(Rita Wainwright)が使っているジャガーが駐めてあった。ルーク・クロックスリー医師が自分の車を駐めようと車庫へと向かうと、家の横手から現れた人影がよろよろと車に近づいてきた。これからカード遊びをする予定のアレックだった。アレックによると、何者かによって電話線を切られている、とのことだった。

一緒にカード遊びをする予定のリタとバリー・サリヴァン(Barry Sullivanー米国から来た元俳優で、ラウザー父子商会で自動車のセールスマンをしているハンサムな青年ーリタ・ウェインライトの不倫相手)が見当たらないため、アレックが飲み物を用意する間、ルーク・クロックスリー医師は、車庫内に自分の車を駐めると、二人を探すため、とりあえず、「清閑荘」の裏手へと回ってみた。そして、彼は、あずまやで逢い引きの真っ最中だった二人を偶然見つけてしまうが、気付かないふりをして、二人を連れ、母屋へと戻る。

三人が玄関のドアを開けて中へ入ると、広々とした居間には、明かりが点いていた。アレックが既にウィスキーの瓶とソーダサイフォンを用意しており、ウィスキーソーダを手にして、ラジオの側に座っていた。
午後8時半から、ケネス・マクヴェインがラジオ放送用に脚色した番組で、リタが楽しみにしていたシェイクスピア原作の「ロミオとジュリエット」が始まった。そして、同番組が終わった後、アレックは、午後9時からのニュースに集中していた。リタがキッチンへ氷を取りに行くと、バリーも、手伝うために、彼女の後を追った。

2019年に Polygon Books 社から出版された
「She Died A Lady (貴婦人として死す)」

午後9時20分にニュースが終わり、アレックがラジオを消しても、リタとバリーの二人はキッチンから戻って来ない。キッチンの方向から、床を這うように、風が吹いてきている。不思議に思ったルーク・クロックスリー医師がキッチンへ行ってみると、そこには誰も居らず、裏口のドアが開け放たれていた。そして、キッチンのテーブルの上には、台所用メモから破り取った一枚に、リタの書き置きが残されており、空のグラスで押さえてあった。

裏口のドアから外に出ると、そこは裏庭で、白い小石で縁取られた幅4フィート程の赤土の小径が、「恋人たちの身投げ岬(ラヴァーズ・リープ - Lovers' Leap)」と呼ばれる断崖の縁まで続いていた。ルーク・クロックスリー医師は、冷蔵庫の上から、薄紙の笠を被せた懐中電灯を手にしていたが、黒い雲が空を覆っていたものの、外は微かに明るかった。そのため、リタとバリーのものと思われる二筋の足跡が、雨でぬかるんだ赤土の小径の上に、ハッキリと残されており、ルーク・クロックスリー医師が跡を辿ったところ、二筋の足跡は断崖の縁で途切れていて、引き返した形跡は全くなかった。 

午後8時半からラジオで放送されたシェイクスピア原作の「ロミオとジュリエット」になぞらえて、リタ・ウェインライトとバリー・サリヴァンの二人は、「恋人たちの身投げ岬」の縁から身投げをしたのだろうか?


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