2019年7月7日日曜日

カーター・ディクスン作「かくして殺人へ」(And So to Murder by Carter Dickson)–その3

東京創元社が発行する創元推理文庫「かくして殺人へ」の表紙−
    カバーイラスト:ヤマモト マサアキ氏
カバーデザイン:折原 若緒氏
  カバーフォーマット:本山 木犀氏

米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が、カーター・ディクスン(Carter Dickson)という別名義で1940年に発表した推理小説「かくして殺人へ(And So to Murder)」は、基本的に、ロンドン郊外にあるアルビオンフィルム社の映画スタジオにおいて、物語が進行する関係上、どちらかと言うと、モニカ・スタントンとウィリアム・カートライトのラブストーリーならぬラブコメディーという要素が非常に強い。そのため、残念ながら、彼の作品特有の怪奇やオカルトを前面に押し出す作風には乏しい。

ジョン・ディクスン・カーは、1938年から短期間、ロンドンフィルム社製作の「Q型飛行艇」の脚本を書いていたが、水が合わない上に、いろいろなトラブルが続いたため、最終的には、映画界に対して嫌悪感を抱いて去ることとなった。

当時の苦い体験を生かして、転んでもただでは起きない彼が執筆したのが、「かくして殺人へ」である。自分の体験に基づいているので、映画スタジオ内で働く各キャラクターがリアルに描かれており、ジョン・ディクスン・カーによるファルス的ユーモア感覚に満ちたアクの強さと映画界という特殊な舞台が絶妙に調和して、物語が進んでいく。
ただし、彼の他の作品とは大きく異なり、物語のヒロインに該るモニカ・スタントンに対する未遂に終わる襲撃(硫酸、銃撃や予告状等)は連続するものの、物語の終盤近くになっても、殺人事件自体は発生しない。

本作品では、(1)「モニカ・スタントンと彼女の命を狙う謎の犯人との間を繋ぐ見えない接点(ミッシングリンク)は何か?」と(2)「モニカ・スタントンは、なんども命を狙われるにもかかわらず、何故、毎回、犯人による襲撃が空振りに終わるのか?」が、ジョン・ディクスン・カーから提示される謎で、物語の終わりには、ヘンリー・メリヴェール卿(Sir Henry Merrivale)により、本格推理小説としての解決がキチンと行われるので、単なるラブコメディーで終わる訳ではない。
ただ、ジョン・ディクスン・カー / カーター・ディクスンが紡ぎ出す密室 / 不可能犯罪や彼の怪奇 / オカルト趣味が大好きなマニアの読者にとっては、若干物足らない感じがするかもしれない。

「かくして殺人へ」は、ジョン・ディクスン・カー / カーター・ディクスンが、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)によるシャーロック・ホームズシリーズの最後の長編である「恐怖の谷(The Valley of Fear)」(1914年ー1915年)に挑戦した作品と言われている。

なお、作中において、モニカ・スタントンが執筆したベストセラー小説「欲望」に登場するヒロインの名前「イヴ・ドーブリー」の名前は、ジョン・ディクスン・カー名義のノン・シリーズ作品「皇帝のかぎ煙草入れ(The Emperor’s Snuff-Box→2019年12月17日 / 12月23日 / 12月26日付ブログで紹介済)」(1942年)のヒロインである「イヴ・ニール」と同名義のノン・シリーズ作品「火刑法廷(The Burning Court)」(1937年)に登場する「マリー・ドーブリー」を掛け合わせた姓名になっている。

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