2019年7月27日土曜日

カーター・ディクスン作「貴婦人として死す」(She Died a Lady by Carter Dickson)–その3

早川書房が発行するハヤカワ文庫「貴婦人として死す」の表紙
(カバー装画: 山田 雅史氏)

英国ノースデヴォン(North Devon)の海岸沿いにあるリンクーム村(Lyncombe)において医師をしているルーク・クロックスリー(Dr. Luke Croxley)は、第二次世界大戦(1939年ー1945年)の戦局が絶望的な状況(ナチス・ドイツ軍によるフランス全土占領)へと向かって緊張を高めていた1940年6月29日(土曜日)の晩、いつもの週末の日課通り、リンクーム村から4マイル離れたところにある旧友で元大学教授のアレック・ウェインライト(Alec Wainwright)の家「清閑荘(モン・ルポ - Mon Repos)」でカード遊びをするために、車で出かけた。

アレックが午後9時からのBBCラジオニュースに集中している際、アレックの妻リタ(Rita Wainwright)は、キッチンへ氷を取りに行くと、バリー・サリヴァン(Barry Sullivan:米国から来た元俳優で、ラウザー父子商会で自動車のセールスマンをしているハンサムな青年ーリタ・ウェインライトの不倫相手)が、手伝いをするために、彼女の後を追った。

午後9時20分にニュースが終わり、アレックがラジオを消して後も、リタとバリーの二人が戻って来ないため、不安を感じたルーク・クロックスリー医師がキッチンへ行ってみると、そこには誰も居らず、裏口のドアが開け放たれていたことに加えて、キッチンのテーブルの上には、リタの書き置きが残されていた。
裏口のドアの外は、「清閑荘」の裏庭で、白い小石で縁取られた赤土の小径が、「恋人たちの身投げ岬(ラヴァーズ・リープ - Lovers' Leap)」と呼ばれる断崖の縁まで続いていて、リタとバリーのものと思われる二筋の足跡が裏口のドアから断崖の縁へと向かってハッキリと残されているものの、そこから引き返して来た足跡は、全くなかったのである。

そのため、ルーク・クロックスリー医師には、リタとバリーの二人が「恋人たちの身投げ岬」から海へと身を投げたとしか思えなかった。ルーク・クロックスリー医師が断崖の縁まで這って進み、首だけを伸ばして下を見ると、今ちょうど潮が満ちているものの、断崖から潮が満ちた海面まで70フィートもある上に、海面には岩礁が頭を覗かせていた。ここから海へ身を投げれば、間違いなく、二人とも命はないと考えられた。

それから2日後、リタ・ウェインライトとバリー・サリヴァンの遺体が発見された。「恋人たちの身投げ岬」から2、3マイル離れた小石の多い浜に、二人の遺体が打ち上げられ、そこで遊んでいた小さな男の子達が見つけて、警察に知らせたのである。そして、彼らの遺体を検死した結果、二人の本当の死因が明らかになった。
警察としては、当初、二人は海面から出ている岩礁にぶつかったか、さもなければ、溺死だと考えていたが、検死の結果、二人とも、小口径の銃で、至近距離から、より正確を期すと、銃をほぼ体に押し付けた状態で、心臓を撃ち抜かれていることが判明した。
更に、凶器となった32口径のブローニング自動拳銃が、「清閑荘」から半マイルも離れた道端で発見されたのである。バーンスタブルで事務弁護士をしているスティーヴ・グレインジが、6月30日(日曜日)の午前1時半頃、マインヘッドの知人を訪ねた後、リンクーム村にある自宅へ帰る途中、車のヘッドライトが道端にある光るもの、つまり、凶器の拳銃を照らし出した。そして、翌朝、彼はその拳銃を警察に届けたのであった。

二つの事実から、第三者である何者かが、リタ・ウェインライトとバリー・サリヴァンの二人を殺害した後、凶器の拳銃を道端に捨てたものと思われるが、「清閑荘」の裏口から「恋人たちの身投げ岬」の縁まで続いていたのは、被害者である二人の足跡だけで、第三者の足跡はなかった。また、二人の足跡には、後ろ向きに歩いたり、同じ人間が違うサイズの靴を履いて、「清閑荘」の裏口から「恋人たちの身投げ岬」の縁までを往復するといった不自然な痕跡は見つからず、第三者による犯行は不可能な状況であった。

この事件を解明できず、途方に暮れたリントン署のクラフト警視は、リンクーム村の画家ポール・フェラーズの家に滞在していたヘンリー・メリヴェール卿(Sir Henry Merrivale)に助力を求める。クラフト警視から要請を受けたヘンリー・メリヴェール卿は、「断崖絶壁における足跡のない殺人」という不可能犯罪の謎に挑むのであった。

日本の著述家 / 奇術研究家で、推理作家協会会員でもある松田道弘氏(1936年ー)は、「新カー問答ーディクスン・カーのマニエリスム的世界」の中で、当作品「貴婦人として死す(She Died a Lady)」(1936年)について、第1位グループの6作品のうち、3番目に挙げて、高く評価している。
なお、他の5作品は、以下の通り。
・1番目:「火刑法廷(The Burning Court)」(1937年)
・2番目:「緑のカプセルの謎(The Problem of the Green Capsule)」(1939年)
・4番目:「爬虫類館の殺人(He Wouldn’t Kill Patience)」(1944年)
・5番目:「ビロードの悪魔(The Devil in Velvet)」(1951年)
・6番目:「喉切り隊長(Captain Cut-Throat)」(1955年)

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