「皇帝のかぎ煙草入れ(The Emperor’s Snuff-Box)」は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が発表した推理小説で、1942年に米国のハーパー&ブラザーズ社(Harper & Brothers)から、そして、1943年に英国のヘイミッシュ・ハミルトン社(Hamish Hamilton)から刊行された。本作品は、ジョン・ディクスン・カー名義の長編23作目に該り、(1)アンリ・バンコラン(Henri Bencolin)シリーズ、(2)ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)シリーズ、(3)ヘンリー・メリヴェール卿(Sir Henry Merrivale)シリーズや(4)歴史ミステリーものに属さないノン・シリーズの作品である。本作品では、精神科医のダーモット・キンロス博士が探偵役を務める。
フランスの避暑地ラ・バンドレットのアンジュ街にあるミラマール荘に住むイヴ・ニールは、有名なテニス選手との不倫を理由に、前夫ネッド・アトウッドと離婚して、傷心の日々を送っていた。6月半ばの静かな暑い朝、まだほとんど誰も目を覚ましていない時刻に、イヴ・ニールがゴルフ場でグリーン手前のバンカーにつかまっていた際、ミラマール荘の真向かいに建つボヌール荘に住むトビイ・ローズと知り合いになる。トビイ・ローズは、ロンドンに本店があるフックソン銀行ラ・バンドレット支店において、管理職を務めていた。
トビイ・ローズと親しくなっていくイヴ・ニールであったが、自分の離婚歴がローズ家の人々にあまり快く迎えられないのではないかと懸念していた。ところが、彼女の予想に反して、トビイの父親であるサー・モーリス・ローズ、トビイの母親であるヘレナ・ローズ、トビイの妹であるジャニス・ローズも、そして、トビイとジャニスの伯父に該るベンジャミン・フィリップスも、彼女をすんなりと受け入れたのである。ローズ家の人々の中には、イヴ・ニールの過去について、とやかく言う者は居なかった。少なくとも、彼らは、イヴ・ニールの前夫であるネッド・アトウッドなど存在していなかったように、彼女に対してふるまっていた。
サー・モーリス・ローズは、以前、ロンドンのウェストミンスター地区(Westminster)内にあるクイーン アンズ ゲート(Queen Anne’s Gate)に住んでいたが、最近はラ・バンドレットのアンジュ街で暮らしていた。彼は、貧民街の一掃、刑務所の改革や船員の待遇改善等といった社会問題の解決に尽力した功績により、勲爵位(ナイト)の称号を授与されていた。彼の趣味は、骨董品の蒐集と人間性の探究であった。
サー・モーリス・ローズは、膨大な骨董品のコレクションを2階の通りに面した書斎に飾って、毎晩遅くまでそこで過ごしていた。通りを挟んで、サー・モーリス・ローズの書斎に対面するミラマール荘の部屋は、イヴ・ニールの寝室で、彼女が前夫ネッド・アトウッドと結婚生活を送っていた頃、カーテンを開けっぱなしにした書斎の窓越しに、サー・モーリス・ローズが拡大鏡を手に骨董品を眺める姿を、寝室から何度か見かけたことがあったのである。
離婚歴があるイヴ・ニールを快く迎え入れてくれたサー・モーリス・ローズであったが、一度だけ、彼がイヴ・ニールに対して、彼女の前夫ネッド・アトウッドのことを遠回しに尋ねようとしたものの、途中で口籠った後、そのまま話を打ち切ったことがあった。その際、イヴ・ニールは、サー・モーリス・ローズが示した意味不明の妙な目つきが非常に気になったのである。
7月の終わり頃、トビイ・ローズは、イヴ・ニールにプロポーズした。そして、7月31日に、二人の婚約が発表された。
ニューヨークにあるプラザホテルのバーで、米国に到着したばかりの友人からイヴ・ニールの婚約を知らされたネッド・アトウッドは、その2日後、ニューヨークを出航するノルマンディー号に乗船して、フランスへと向かった。
イヴ・ニールとトビイ・ローズの二人に、悲劇の暗雲が迫りつつあったが、この時、二人はまだ何も気づいていなかったのである。
7月の終わり頃、トビイ・ローズは、イヴ・ニールにプロポーズした。そして、7月31日に、二人の婚約が発表された。
ニューヨークにあるプラザホテルのバーで、米国に到着したばかりの友人からイヴ・ニールの婚約を知らされたネッド・アトウッドは、その2日後、ニューヨークを出航するノルマンディー号に乗船して、フランスへと向かった。
イヴ・ニールとトビイ・ローズの二人に、悲劇の暗雲が迫りつつあったが、この時、二人はまだ何も気づいていなかったのである。
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