ウィグモアストリートの中間辺りから キャヴェンディッシュスクエア方面(東側)を望む |
サー・アーサー・イグナチウス・コナン・ドイル作「四つの署名(The Sign of the Four)」(1890年)の冒頭は、1888年の或る日、ここのところ興味を惹かれるような事件が起きないため、暇を持て余したシャーロック・ホームズが退屈しのぎに麻薬の注射に手を伸ばして、その悪しき習慣を諌めるジョン・H・ワトスンとの間で言い合いになる場面から始まる。
彼(ホームズ)は肘掛け椅子にどっしりと凭れ掛かって、パイプから濃く青い輪を吹き出しながら答えた。「例えば、君が今朝ウィグモアストリートの郵便局へ行ったことが判るのは、観察によるものだが、君がその郵便局から電報を打ったことが判るのは、推理によるものだ。」
「その通りだ!」と、私は言った。「両方とも合っている!しかし、実を言うと、君がどうやってそれを判ったのか、皆目見当がつかないよ。今朝郵便局へ出かけたのは、急に思い立ったことだったし、誰にも言わなかった。」
「単純なことさ。」と、私が驚いているのを見て、彼はくすくす笑いながら言った。馬鹿馬鹿しい程、単純なことだから、説明するのも不要な位だ。しかし、それでも、観察と推理の境界線を定義付けることに役立つかもしれない。僕は観察することによって、君の靴の甲に小さな赤い土が付着していることを知った。ウィグモアストリートにある郵便局のちょうど向かい側で、敷石を剥がして、土が掘り返されているから、その土を踏まないで、郵便局の中に入るのは無理なようになっている。僕が知る限り、この赤みを帯びた土は、この辺りではあの場所以外には見当たらない。ここまでが観察だ。後は、推理によるものだ。」
「それじゃ、どうやって、君は電報のことを推理したんだい?」
「午前中ずーっと、僕は君の向かい側に座っていたから、君が手紙を書いていなかったことを知っている。それに、君が机の中に切手と分厚い葉書の束をしまってあることも知っている。と言うことは、電報を打つ以外に、君が郵便局へ行く用として何があるんだい?他の全ての要因を取り除けば、唯一残ったものが真実でなければならない。」
右手に見えるのは、ウィグモアホールの入り口 |
ウィグモアホールの向かい側の建物 |
He answered, leaning back luxuriously in his armchair and sending up thick blue wreaths from his pipe. ‘For example, observation shows me that you have been to the Wigmore Street Post Office this morning, but deduction lets me know that when there you dispatched a telegram.’
‘Right!’ Said I. ‘Right on both points! But I confess that I don’t see how you arrived at it. It was a sudden impulse upon my part, and I have mentioned it to no one.’
‘It is simplicity itself,’ he remarked, chuckling at my surprise - ‘so absurdly simple that an explanation is superfluous; and yet it may serve to define the limits of observation and deduction. Observation tells me that you have a little reddish mould adhering to your instep. Just opposite the Wigmore Street office they have taken up the pavement and thrown up some earth, which lies in such a way that it is difficult to avoid treading in it in entering. The earth is of this reddish tint which is found as far as I know nowhere else in the neighbourhood. So much is observation. The rest is deduction.’
‘How, then, did you deduce the telegram?’
‘Why, of course I know that you had not written a letter, since I sat opposite to you all morning. I see also in your open desk there that you have a sheet of stamps and a thick bundle of postcards. What would you go into the post-office for, then, but to send a wire? Eliminate all other factors, and the one which remains must be the truth.’
ハーリーストリートに近い関係上、 ウィグモアストリート沿いには、 薬局等の医療関係の店舗が数多く並んでいる |
ワトスンが電報を打ちに出かけた郵便局があるウィグモアストリート(Wigmore Street)は、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のマリルボーン地区(Marylebone)内にある。
ウィグモアストリートの中間辺りから キャヴェンディッシュスクエア方面(東側)を見たところ |
ウィグモアストリートの中間辺りから ポートマンスクエア方面(西側)を見たところ |
ウィグモアストリートは、キャヴェンディッシュスクエア(Cavendish Squareー2015年4月5日付ブログで紹介済)からポートマンスクエア(Portman Square)へ向かって西に延びる通りで、地下鉄オックスフォードサーカス駅(Oxford Circus Tube Station)から地下鉄ボンドストリート駅(Bond Street Tube Station)前を通り、地下鉄マーブルアーチ駅(Marble Arch Tube Station)へ向かって西に延びるオックスフォードストリート(Oxford Streetー2016年5月28日付ブログで紹介済)の一本北側を並行して走っている。
ウィグモアストリート沿いのショーウィンドウ(その1) |
ウィグモアストリート沿いのショーウィンドウ(その2) |
19世紀後半より、ウィグモアストリート沿位には、検眼士、眼鏡技師や眼科器具の製造業者等が多く集中していた。これは、ウィグモアストリートが交差するハーリーストリート(Harley Streetー2015年4月11日付ブログで紹介済)やウィンポールストリート(Wimpole Street)に医療関係者が数多く開業していたことによるものと思われる。
ウィグモアホールの入口(その1) |
ウィグモアホールの入口(その2) |
ウィグモアストリートの北側で、ウィンポールストリートとウェルベックストリート(Welbeck Streetー2015年5月16日付ブログで紹介済)に東西を挟まれたところに、「ウィグモアホール(Wigmore Hall)」と呼ばれるコンサートホールが建っている。
老舗の薬局ジョン・ベル&クロイデン |
ジョン・ベル&クロイデンは、 英国王室の御用達に指定されている |
また、ウィグモアストリートがウィンポールストリートと交差する北西の角には老舗の薬局ジョン・ベル&クロイデン(John Bell & Croyden)が1912年から営業を続けている。
ポートマンスクエア近くのウィグモアストリート |
ちなみに、ウィグモアストリート95番地には、ビートルズ(Beatles)が所属していたアップルコーポレーション(Apple Corporation)がサヴィルロウ(Savile Row)へ移転するまでの間、元々のオフィスが所在していた。
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