2017年8月20日日曜日

ロンドン エルムコート(Elm Court)

エルムコート内にある中庭

アガサ・クリスティー作「複数の時計(The Clocks)」(1963年)は、エルキュール・ポワロシリーズの長編で、今回、ポワロは殺人事件の現場へは赴かず、また、殺人事件の容疑者や証人への尋問も直接は行わないで、ロンドンにある自分のフラットに居ながらにして(=完全な安楽椅子探偵として)、事件の謎を解決するのである。

左側に建つ建物の外壁に、「エルムコート」の表示が為されている

キャサリン・マーティンデール(Miss Katherine Martindale)が所長を勤めるキャヴェンディッシュ秘書紹介所(Cavendish Secretarial Bureau)から派遣された速記タイピストのシーラ・ウェッブ(Sheila Webb)は、ウィルブラームクレッセント通り19番地(19 Wilbraham Crescent)へと急いでいた。シーラ・ウェッブが電話で指示された部屋(居間)へ入ると、彼女はそこで身なりの立派な男性の死体を発見する。男性の死体の周囲には、6つの時計が置かれており、そのうちの4つが何故か午後4時13分を指していた。鳩時計が午後3時を告げた時、ウィルブラームクレッセント19番地の住人で、目の不自由な女教師ミリセント・ペブマーシュ(Miss Millicent Pebmarsh)が帰宅する。自宅内の異変を感じたミリセント・ペブマーシュが男性の死体へと近づこうとした際、シーラ・ウェッブは悲鳴を上げながら、表へと飛び出した。そして、彼女は、ちょうどそこに通りかかった青年コリン・ラム(Colin Lamb)の腕の中に飛び込むことになった。
実は、コリン・ラム青年は、警察の公安部員(Special Branch agent)で、何者かに殺された同僚のポケット内にあったメモ用紙に書かれていた「M」という文字、「61」という数字、そして、「三日月」の絵から、ウィルブラームクレッセント19番地が何か関係して入るものと考え、付近を調査していたのである。「M」を逆さまにすると、「W」になり、「ウィルブラーム」の頭文字になる。「三日月」は「クレッセント」であり、「61」を逆さまにすると、「19」となる。3つを繋げると、「ウィルブラームクレッセント通り19番地」を意味する。

エルムコートの西側から東方面を見たところ

クローディン警察署のディック・ハードキャッスル警部(Inspector Dick Hardcastle)が本事件を担当することになった。
シーラ・ウェッブは、ミリセント・ペブマーシュの家へ今までに一度も行ったことがないと言う。また、ミリセント・ペブマーシュは、キャヴェンディッシュ秘書紹介所に対して、シーラ・ウェッブを名指しで仕事を依頼する電話をかけた覚えはないと答える。更に、シーラ・ウェッブとミリセント・ペブマーシュの二人は、ウィルブラームクレッセント通り19番地の居間で死体となって発見された男性について、全く覚えがないと証言するのであった。
ミリセント・ペブマーシュの居間においてキッチンナイフで刺されて見つかった身元不明の死体は「R.・H・カリイ(R. H. Curry)」とされたが、スコットランドヤードの捜査の結果、全くの偽名であることが判明し、身元不明へと逆戻りする。彼が目の不自由な老婦人の居間で刺殺される理由について、スコットランドヤードも、そして、コリン・ラムも、皆目見当がつかなかった。途方に暮れたコリン・ラムは、ポワロに助けを求める。年若き友人からの頼みを受けて、ポワロの灰色の脳細胞が事件の真相を解き明かす。

エルムコート内の中庭中央に設けられている休憩場所

英国のTV会社 ITV1 で放映されたポワロシリーズ「Agatha Christie’s Poirot」の「複数の時計」(2011年)では、アガサ・クリスティーの原作が第二次世界大戦(1939年ー1945年)後の米ソ冷戦状態を物語の時代背景としたことに対して、他のシリーズ作品と同様に、第一次世界大戦(1914年ー1918年)と第二次世界大戦の間に物語の時代設定を置いている関係上、第二次世界大戦前夜を時代背景として、英国の仮想敵国を原作のソビエト連邦からアドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツへと変更している。また、物語の舞台も、サセックス州(Sussex)のクロウディーン(Crowdean)からケント州(Kent)のドーヴァー(Dover)へと変更されている。更に、コリン・ラムの名前は、コリン・レイス大尉(Liteunant Colin Race)となり、警察の公安部員ではなく、MI6 の秘密情報部員(intelligence officer)という設定に変えられている。

エルムコートは、
四方を法廷弁護士の事務所が多数入居する建物に囲まれている

TV版では、物語の後半、ミリセント・ペブマーシュが住むウィルブラームクレッセント19番地(ドーヴァー)の居間において死体で見つかった身元不明の男性の妻と称するマリーナ・ライヴァル(Merlina Rival)が警察へ名乗り出た。死体で見つかった男性は、当初、保険会社 Metroploitan and Provincial Insurance Company に勤務するR・H・カリイ氏とされたが、後に偽名であることが判明。マリーナ・ライヴァルによると、彼の本名はハリー・キャッスルトン(Harry Castleton)で、結婚していたが、約5年前に行方が判らなくなったと言う。彼女が言う通り、男性の左耳の後ろに傷跡があったが、彼女の説明とは異なり、15年以上前の傷ではなく、数年前の傷であるとの検死結果が出た。彼女の証言内容に疑問を感じたハード・キャッスル警部やジェンキンス巡査(Constable Jenkins)は、道端に停めた警察車輌の中から彼女の動向を探るが、二人で話をしている間に彼女の姿を見失ってしまう。慌てたハードキャッスル警部達は警察車輌から跳び出ると、彼女の行方を追うのであった。彼らがある階段を駆け上がった後、彼女の刺殺死体を発見することになるが、彼らが階段を駆け上がる場面は、エルムコート(Elm Court)とパンプコート1番地(1 Pump Court→来週紹介予定)の柱廊部分を繋ぐ場所で撮影されている。
なお、アガサ・クリスティーの原作では、ハードキャッスル警部の部下はクレイ巡査部長(Sergeant Cray)であるが、TV版では、ジェンキンス巡査に変更されている。


エルムコートは、ロンドンの経済活動の中心地であるシティー・オブ・ロンドン(City of London)の西端に位置している「テンプル(Temple→2014年8月25日付ブログで紹介済)」と呼ばれるエリア内に所在している。テンプル地区は、テムズ河(River Thames)沿いを東西に延びるヴィクトリアエンバンクメント通り(Victoria Embankment)とストランド地区(Strand)からシティー・オブ・ロンドンへ向かって東に延びるフリートストリート(Fleet Street→2014年9月21日付ブログで紹介済)に南北を挟まれたエリアで、ここには「ミドルテンプル(Middle Temple)」 / 「インナーテンプル(Inner Temple)」と呼ばれる2つの法曹院(Inns of Court)や法廷弁護士(barrister)の事務所等が集中している。ロンドンには、全部で4つの法曹院があり、他の2つは直ぐ北側のホルボーン地区(Holborn→2016年9月24日付ブログで紹介済)内にあるリンカーン法曹院(Lincoln’s Inn→2017年3月19日付ブログで紹介済)とグレイ法曹院(Gray’s Inn)である。

ハードキャッスル警部とジェンキンス巡査の二人が
この階段を駆け上がるシーンが撮影に使用されている

テンプル地区の一番西側で、ヴィクトリアエンバンクメント通りとフリートストリートを南北に結ぶ通りが、ミドルテンプルレーン(Middle Temple Lane→2017年8月13日付ブログで紹介済)で、この通りから北側より2番目の横道に入ると、そこがエルムコートである。エルムコートは、四方を法廷弁護士の事務所が多数入居する建物に囲まれた中庭スペースである。

ハードキャッスル警部とジェンキンス巡査の二人が
上の写真の階段を駆け上がると、
パンプコート1番地の柱廊に繋がっている

このエルムコートの左奥(東側)が階段となっていて、パンプコート1番地の柱廊部分に繋がっていて、ここをハードキャッスル警部とジェンキンス巡査の二人が駆け上がっている。残念ながら、画面上に映るのは、この階段部分だけで、中庭を含めて、エルムコート自体は撮影には使用されていない。

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