アガサ・クリスティー作「百万ドル債券盗難事件(The Million Dollar Bond Robbery)」(1924年ー「ポワロ登場(Poirot Investigates)」に収録)は、フィリップ・リッジウェイ(Philip Ridgeway)の婚約者エズミー・ダルリーシュ(Esmee Dalgleish)がエルキュール・ポワロの元を事件の相談に訪れるところから始まる。
地下鉄バンク駅の出口手前にある踊り場— 右側へ上がると、スレッドニードルストリートやイングランド銀行へ、 左側へ上がると、プリンシズストリートやロスベリー通りへ行ける |
彼女によると、フィリップは、ロンドン&スコティッシュ銀行(London and Scottish Bank)に勤務しており、同行の副支店長ヴァヴァソア氏(Mr Vavasour)の甥である。フィリップは、伯父で副支店長のヴァヴァソア氏と支店長のショー氏(Mr Shaw)の指示を受けて、米国における同行の信用枠を増額するため、1百万ドルの自由公債をニューヨークへ運搬する役目を請け負った。1百万ドルの自由公債は、フィリップの面前でカウントされ、封印された上で、特別な鍵でしか解錠できない革製の旅行鞄に入れられた。
ところが、フィリップが乗船した汽船オリンピア(Olympia)がニューヨークに着く数時間前に、鞄の中から自由公債が全て紛失していることが判明。ニューヨーク税関が船を封鎖して、船内を捜索するも、紛失した自由公債は発見できなかった。更に、紛失した自由公債は、汽船オリンピアがニューヨークに着く前に売却されていたことが、後で判ったのである。果たして、1百万ドルの自由公債はどのようにして盗難されたのか?
フィリップの婚約者エズミーの依頼を受けて、ポワロが捜査に乗り出す。
英国TV会社ITV1が放送していたポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」の「百万ドル債券盗難事件」(1991年)は、強い雨が降るある朝、ショー氏とヴァヴァソア氏の2人が地下鉄バンク駅(Bank Tube Station)からスレッドニードルストリート(Threadneedle Street)側に面した出口から外に出て来る場面から始まる。
強い雨の中、傘をさして、プリンシズストリート(Princes Street)をロンドン&スコティッシュ銀行へと向かう2人、そして、彼らの後をつける謎の赤い車。プリンシズストリートとロスベリー通り(Lothbury)の角にある花屋スタンドに立ち寄るヴァヴァソア氏。ヴァヴァソア氏をその場に残して、ショー氏は独りロスベリー通りを横断しようとしたその瞬間、謎の赤い車が突然加速して、ショー氏へと向かって来る。それに気付いて、ショー氏の助けに入ろうとするヴァヴァソア氏と花屋の主人。間一髪のところで、ショー氏は謎の赤い車に轢き殺されるところだった。
元々、1百万ドルの自由公債をニューヨークへ運搬する役目には、ショー氏が選ばれていたのだが、何者かがそれを妨害しようと、ショー氏をつけ狙っているようである。果たして、誰がショー氏の命を奪おうとしているのか?謎の赤い車と同じ車を保有しているフィリップ・リッジウェイが疑われるが、彼は数週間前に自分の車を既に売却したと主張するのであった。
ショー氏とヴァヴァソア氏が出て来た地下鉄バンク駅の出口やヴァヴァソア氏が花を買おうとして立ち寄った花屋のスタンドがあった場所は、実際には、イングランド銀行(Bank of England)の建物の一部である。
地下鉄バンク駅の出口は、今現在も、TVドラマとは全く変わらないまま存在している。本当は、もう一つ、プリンシズストリート側に面した出口があり、位置関係的には、こちらの方が近いが、こちらの出口の前の歩道はかなり狭いこと、また、出口の前には横断歩道用の信号機があること等から、ドラマの撮影上難しいということで、スレッドニードルストリート側に面した出口の方が、撮影場所として選ばれたものと思われる。
また、ヴァヴァソア氏が立ち寄った花屋のスタンドは、プリンシズストリートからロスベリー通りへのショートカットに該る場所で営業していたが、厳密には、イングランド銀行の敷地内であり、許可なく、ここでの営業はできないはずである。もちろん、ドラマの撮影時には、イングランド銀行から事前の許可を得たものと思うものの、ドラマの場面を観ていて、ちょっと気になった。ただし、ドラマの中では、ショー氏とヴァヴァソア氏がロンドン&スコティッシュ銀行へと向かう途中に横を通った建物がイングランド銀行であるという描写は、特になかった。
アガサ・クリスティーの原作(ポワロは、フィリップの婚約者エズミーから、1百万ドルの自由公債盗難後に、事件捜査の依頼を受けている)とは異なり、TVシリーズでは、ポワロは、ロンドン&スコティッシュ銀行から、1百万ドルの自由公債運搬前に、事件捜査の依頼をうけており、彼は、ヘイスティングス大尉を連れて、同行を訪問している。ロンドン&スコティッシュ銀行も、ドラマの場面に出てくるが、おそらく、ロンバードストリート(Lombard Street)で撮影されたものと思われる。ただし、ロンバードストリートは、実際には、地下鉄バンク駅からショー氏とヴァヴァソア氏が向かったプリンシズストリートやロスベリー通りとは全く正反対の場所にあり、位置関係的には、整合性がとれていない。
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