2015年5月2日土曜日

ロンドン リトルライダーストリート156番地(156 Little Ryder Street)

リトルライダーストリートの候補地のコノートプレイス

サー・アーサー・コナン・ドイル作「三人のガリデブ(The Three Garridebs)」は、1902年6月の終わり頃のある朝、ベーカーストリート221Bで始まる。ここ数日間ベッドで過ごしていたシャーロック・ホームズであったが、この日の朝は起き上がって、ジョン・ワトスンに奇妙な話を始めたのであった。


「ワトスン、ちょっとした儲け話があるんだ。」と、ホームズは言った。「ガリデブという名前を聞いたことはあるかい?」
聞いたことはないと、私は答えた。
「もしガリデブという男を見つけることができれば、一儲けできるのさ。」
「何故だい?」
「ああ、それは長い話になる。ー少しばかり風変わりな話でもあるんだ。僕達がこれまで人間の複雑さを探究してきた中でも、これ程奇妙なものに出会ったことがあるとは思えない。その人物は間もなくここに相談にやって来るんだ。だから、彼がここに来るまで、この件についてはお預けとしよう。彼を待つ間、ガリデブの名前を探そうじゃないか。」
私の側のテーブルの上に電話帳があったので、私はそれ程期待もしないで、ページをめくった。しかし、驚いたことに、この奇妙な名前が該当ページに載っていたのだ。私は勝ち誇った声をあげた。「ホームズ、あったぞ!ここにあったぞ!」
ホームズは私の手から電話帳を取り上げた。
「『ガリデブ、N』」と、彼は電話帳の記載を読み上げた。「『西区リトルライダーストリート156番地』か。ワトスン、君をがっかりさせて申し訳ないが、それは、これから相談にやって来る彼自身だ。彼の手紙にこの住所が書かれている。僕達は彼とは別のガリデブを探さねばならない。」

エッジウェアロード側から見たコノートプレイス

'There is a chance for you to make some money, friend Watson,' said he. 'Have you ever heard the name of Garrideb?'
I admitted that I had not.
'Well, if you can lay your hands upon a Garrideb., there's money in it.'
'Why?'
'Ah, that's a long story - rather a whimsical one, too. I don't think in all our explanations of human complexities we have over come upon anything more singular. The fellow will be here presently for cross-examination, so I won't open the matter up till he comes. But meanwhile, that's the name we want.'
'The telephone directory lay on the table beside me, and I turned over the pages in a rather hopeless quest. But to my amazement there was this strange name in its due place. I gave a cry if triumph. 'Here you are, Holmes! Here it is!'
Holmes took the book from my hand.
' "Garrideb, N" ' he said, ' "156 Little Ryder Street, W" Sorry to disappoint you my dear Watson, but this is the man himself. That is the address upon his letter. We want another to match him.'

エッジウェアロード近くにあるオフィスビルの外壁―
通り名が外壁に刻まれている

その日は素晴らしい春の夕暮れだった。エッジウェアロードの脇道の一つで、かつてタイバーン絞首刑台があった不吉な場所から目と鼻の先にあるリトルライダーストリートでさえ、傾いた太陽からの斜めの日差しを受けて、金色に輝き、素敵な場所に見えた。私達が向かうべき家は、大きくて、古風なジョージ王朝初期様式の建物で、1階の奥行きがある2つの張り出し窓を除くと、のっぺりとしたレンガ造りの外観だった。私達の依頼人が住んでいるのは1階で、低い窓は彼が日中居間として使用している大きな部屋の正面の窓に該ることが判った。私達が建物の前を通り過ぎる際、ホームズはこの風変わりな名前が書かれている小さな真鍮の表札を指差した。

エッジウェアロードからハイドパーク方面を望む―
画面上の浮き島の辺りに、タイバーン絞首刑台があった

It was twilight of a lovely spring evening, and even Little Ryder Street, one of the smaller offshoots from the Edgware Road, within a stone-cast of old Tyburn Tree of evil memory, looked golden and wonderful in the slanting rays of the setting sun. The particular house to which we were directed was a large, old-fashioned, Early Georgian edifice with a flat brick face broken only by two deep bay windows on the ground floor. It was on the ground floor that our client lived, and, indeed, the low windows proved to be the front of the huge room in which he spent his waking hours. Holmes pointed as we passed to the small brass plate which bore the curious name.

タイバーン絞首刑台がここにあったことを示す標識

ネイサン・ガリデブ氏(Mr Nathan Garrideb)が住んでいたリトルライダーストリート156番地は、架空の住所である。
リトルライダーストリート156番地が実際にどこに該るのかを推理するベースとなるのが、タイバーン絞首刑台(Tyburn Tree)で、ハイドパーク(Hyde Park)の北東の角にあった。より具体的に言うと、ハイドパークの北東の角にある周回道路の北側マーブルアーチ(Marble Arch)の中間辺りから北西方向へエッジウェアロード(Edgware Road)が延びているが、このエッジウェアロードが始まるところに、タイバーン絞首刑台が設置されていた。タイバーンの名は、ロンドン北部のプリムローズヒル(Primrose Hill)を源とするタイバーン川(River Tyburn)に由来している。
タイバーン絞首刑台は、その脚部が三角形を成していたため、「三本足の悪魔(three-legged mare)」と呼ばれ、1571年に設置された以降、1783年に死刑執行がニューゲート監獄(Newgate Prison)で行われるようになるまで、ここで公開処刑が行われていた。死刑囚は、シティー(City)にあるニューゲート監獄から荷馬車で オックスフォードストリート(Oxford Street)経由、ここまで乗せられてくる。そして、荷馬車が絞首刑台の下まで来ると、死刑囚の首にロープの輪がかけられ、絞首刑執行人が鞭をいれて、荷馬車を走り出させると、死刑囚が絞首刑台にぶら下がるという仕組みである。
この地が公開処刑の地に選ばれたのは、(1)オックスフォードストリート、マーブルアーチ通り、そして、ベイズウォーターロード(Bayswater Road)と真っ直ぐに続くこの道がオックスフォード(Oxford)へ向かう主要な街道になっていたため、一般庶民に法を厳しく徹底させる目的があったことと(2)もう一つは、死刑という不吉な作業をシティーからかなり離れた場所で行う必要があったこと等からである。
もちろん、今、タイバーン絞首刑台は残っていないが、エッジウェアロードをハイドパーク側の歩道から地下鉄マーブルアーチ駅(Marble Arch Tube Station)側の歩道へ渡る際、エッジウェアロードの真ん中に信号待ちのための浮き島があるが、この浮き島の地面にタイバーン絞首刑台があった場所を示す標識が残っている。

コノートプレイスからエッジウェアロード方面を望む―
ドイルの原作通り、素晴らしい春の夕暮れである

リトルライダー通りは、このタイバーン絞首刑台があった場所から目と鼻の先にあったということなので、マーブルアーチ通り側からエッジウェアロードを見ると、左右を含め、最初に枝分かれする脇道が、左手に延びるコノートプレイス通り(Connaught Place)で、タイバーン絞首刑台の裏手に該り、リトルライダー通りの候補地として最適である。ただし、コノートプレイス通りはそれ程長い脇道ではないので、156番地は存在していない。現在、エッジウェアロード側のコノートプレイス通りは歩道があるため、行き止まりになっており、コノートプレイス通りから直接エッジウェアロードへ車で出ることができない。よって、日中でもかなり静かな通りである。通りの左右には、オフィスやプライベートクラブ等が入居している。

コノートプレイスの外壁に架けられているブループラーク

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