サー・アーサー・コナン・ドイル作「瀕死の探偵(The Dying Detective)」では、ベーカーストリート221Bの家主であるハドスン夫人がジョン・ワトスンの家を訪ねて来て、「シャーロック・ホームズが病にかかり、危篤状態だ。」と知らせるところから話が始まる。ワトスンが結婚して、ベーカーストリート221Bでのホームズとの共同生活を解消してから、既に2年が経過していた。
ハドスン夫人から話を聞いたワトスンは、直ぐにベーカーストリート221Bへと出向く。部屋のベッドに横たわるホームズはすっかり痩せ衰えており、手は痙攣する上に熱もあるようだった。ワトスンがベッドに近寄って診察しようとすると、自分には近寄らないよう、ホームズに激しく制止される。ホームズによると、イーストエンドの中国人船乗りから恐ろしい伝染病(スマトラ島のクーリー病)を移されて、接触感染すると言うのだ。そこで、ワトスンが熱帯病に詳しい医師を連れて来ようとホームズに進言するも、ホームズは後で自分が指名する人物を呼んでくるように言い張って、首を縦に振らなかったのである。そして、夕方の6時になった頃だった。
これは狂乱と言っても差し支えなかった。ホームズは身震いして、また咳と嗚咽の中間のような音をたてた。
「ワトスン、そろそろガス灯に火をつけてくれ。しかし、一瞬と言えども、半分以上は明るくしないように非常に慎重にやるんだ。ワトスン、注意深くやるように頼む。有り難う、それで充分だ。いや、ブラインドを下ろす必要はないよ。次に申し訳ないが、このテーブルの上に僕の手が届くように手紙や書類を置いてほしい。有り難う。それから、暖炉の上のゴミも少しだ。ワトスン、素晴らしい。そこに砂糖つかみがある。それを使って、あの小さな象牙の箱を持ち上げ、書類の間に置いてくれ。それでいい。それでは、ロウワーバークストリート13番地のカルバートン・スミス氏のところへ行って、彼を連れて来てほしい。」
実を言うと、医者を連れて来ようという私の気持ちは少しばかり弱まっていたのである。と言うのも、哀れなホームズは明らかに精神錯乱状態にあり、彼を残していくのは危険に思えたからなのだ。しかしながら、医者に診察してもらうことをそれまで頑固に拒んでいたのと同じように、彼は今度は指名した人物に熱心に相談したがっていた。
This was raring insanity. He shuddered, and again made a sound between a cough and a sob.
'You will now light the gas, Watson, but you will be very careful that not for one instant shall it be more than half on. I implore you to be careful, Watson. Thank you, that is excellent. No, you need not draw the blind. Now you will have the kindness to place some letters and papers upon this table with my reach. Thank you. Now some of that litter from the mantelpiece. Excellent, Watson! There is a sugar-tongs there. Kindly raise that small ivory box with its assistance. Place it here among the papers. Good! You can now go and fetch Mr Culverton Smith, of 13 Lower Burke Street.'
To tell the truth, my desire to fetch a doctor had somewhat weakened, for poor Holmes was so obviously delirious that it seemed dangerous to leave him. However, he was as eager now to consult the person named as he had been obstinate in refusing.
ホームズの執拗な依頼に根負けして、ワトスンはロウワーバークストリート13番地へと向かった。
ロウワーバークストリートは、ノッティングヒルとケンジントンの間のはっきりしない境界域にある。素晴らしい家並みの一つだった。御者が馬車を停めた家には、旧式の鉄製手すり、重厚な折戸やピカピカ輝く真鍮細工に洒落た、そして、しかめつらしい仕来りの雰囲気が漂っていた。全ては、ピンク色がかった電気の光を背にして、戸口に現れたまじめくさった執事と合致した。
Lower Burke Street proved to be a line of fine lying in the vague borderland between Notting Hill and Kensington. The particular one at which my cabman pulled up had an air of smug and demure respectability in its old-fashioned iron railings, its massive folding-door, and its shin ing brasswork. All was keeping with a solemn butler who appeared framed in the pink radiance of a tinted electrical light behind him.
コナン・ドイルによると、ロウワーバークストリート(Lower Burke Street)は、ノッティングヒルとケンジントンの間にあるようである。そうなると、ケンジントン地区(Kensington)内で、北側は地下鉄ノッティングヒルゲート駅(Notting Hill Gate Tube Station)/その前を通るノッティングヒルゲート通り(Notting Hill Gate)、東側はケンジントンガーデンズ(Kensington Gardens)、南側は地下鉄ハイストリートケンジントン駅(High Street Kensington Tube Station)/その前を通るケンジントンハイストリート(Kensington High Street)、そして、西側はホーランドパーク(Holland Park)に囲まれた一帯ということになるものの、残念ながら、現在の住所表記上、この一帯内にロウワーバークストリートは存在しておらず、ロウワーバークストリート13番地は架空の住所だったことになる。
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