2026年9月30日水曜日

初代テニスン男爵アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson, 1st Baron Tennyson)- その2

シティー・オブ・ロンドン(City of London
→ 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)内の
ギルドホールアートギャラリー(Guildhall Art Gallery
→ 2025年5月13日 / 5月18日 / 5月23日 / 5月28日付ブログで紹介済)に
所蔵 / 展示されている
初代テニスン男爵アルフレッド・テニスンの胸像
<筆者撮影>


初代テニスン男爵アルフレッド・テニスンの胸像を制作したのは、
英国の肖像彫刻家であるフランシス・ジョン・ウィリアムスン
(Francis John Williamson:1833年ー1920年)。
<筆者撮影>


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1962年に発表したミス・マープルシリーズ作品の長編第8作目「鏡は横にひび割れて(Mirror Crack’d from Side to Side)」の題名は、初代テニスン男爵アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson, 1st Baron Tennyson:1809年ー1892年)による詩「シャロット姫(The Lady of Shalott)」(1833年)をベースにしている。


英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている
アガサ・クリスティー作ミス・マープルシリーズ
「鏡は横にひび割れて」のペーパーバック版の表紙
<イラスト:ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)>


Out flew the web and floated wide -

The mirror crack’d from side to side;

“The curse is come upon me,” cried

The Lady of Shalott.


横にひび割れた鏡 -
ジグソーパズル「アガサ・クリスティーの世界(The World of Agatha Christie)」の一部
<筆者撮影>


織物はとびちり、ひろがれり

鏡は横にひび割れぬ

「ああ、呪いがわが身に」と、

シャロット姫は叫べり。

(橋本福夫訳)


テイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)で購入した
英国の画家であるジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
(John William Waterhouse:1849年ー1917年)
作
「シャロット姫(The Lady of Shalott → 2024年9月28日付ブログで紹介済)」
(1888年)の絵葉書
Oil paint on canvas
153 cm x 200 cm
Presented by Sir Henry Tate in 1894


1809年8月6日、英国国教会の牧師である父ジョージ・クレイトン・テニスン(George Clayton Tennyson)と母エリザベス(Elizabeth - 旧姓:Fytche)の三男として、リンカンシャー州(Lincolnshire)サマズビー(Somersby)に出生したアルフレッド・テニスンは、かなり裕福な家で育ち、少年時代、英国のロマン派詩人である第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron, 6th Baron Byron:1788年ー1824年 → 2021年5月9日+2024年8月24日 / 8月30日付ブログで紹介済)の詩作に非常に魅了された。


ナショナルポートレイトギャラリーで販売されている
第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロンの肖像画の葉書
(Richard Westall
 / 1813年 / Oil on canvas
914 mm x 711 mm) 


2020年に英国のロイヤルメール(Royal Mail)から発行された
英国の詩人を特集した切手10種類の一人として、
第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(=バイロン卿)が選ばれている。


1827年にケンブリッジ(Cambridge)のトリニティーカレッジ(Trinity College)に入学した彼は、同年、兄であるフレデリック・テニスン(長男 / Frederick Tennyson:1807年ー1898年)やチャールズ・テニスン・ターナー(次男 / Charles Tennyson Turner:1808年ー1879年)と一緒に、最初の詩集「Poems by Two Brothers」を出版。

続いて、彼は、1830年、単独の詩集となる「Poems Chiefly Lyrica」を出版した。


1831年2月、父ジョージ・クレイトン・テニスンが亡くなり、学費を払えなくなったアルフレッド・テニスンは、学位を取得する前に、ケンブリッジから故郷のリンカンシャー州サマズビーへと戻った。

翌年の1832年2月、ケンブリッジ時代の学友で、英国の詩人であるアーサー・ヘンリー・ハーラム(Arthur Henry Hallam:1811年ー1833年)がアルフレッド・テニスンの元を訪れ、彼の家に滞在。そして、アーサー・ヘンリー・ハーラムは、アルフレッド・テニスンの妹エミリア・テニスン(Emilia Tennyson:1811年ー1887年)と婚約する。

同年7月、アルフレッド・テニスンとアーサー・ヘンリー・ハーラムの2人は、欧州大陸(ライン河流域)を旅行。

更に、その翌年の1833年8月、アーサー・ヘンリー・ハーラムは、父親と一緒に、欧州大陸へ出かけたが、同年9月15日、ウィーン(Vienna)で急死してしまう。

ケンブリッジ時代の学友で、妹エミリアの婚約者でもあったアーサー・ヘンリー・ハーラムの急死に強い衝撃を受けたアルフレッド・テニスンは、彼を弔う長詩「イン・メモリアム(In Memoriam A.H.H.)」を書き始め、その後の自己の成長を織り込んで、1849年に完成させた。


アルフレッド・テニスンは、1833年に詩「シャロット姫」を発表するも、酷評の憂き目に遭い、以降、約10年間沈黙してしまう。

アルフレッド・テニスンと家族は、1837年頃、故郷のリンカンシャー州サマズビーからエセックス州(Essex)エッピングフォレスト(Epping Forest)へ移住。


ロンドンのチェルシー地区(Chelsea)チェイニーウォーク(Cheyne Walk)沿いの
広場内に設置されているトマス・カーライル像
<筆者撮影>


彼は、1839年頃、スコットランド出身で、ヴィクトリア朝時代の大英帝国を代表する歴史家で、評論家でもあるトマス・カーライル(Thomas Carlyle:1795年ー1881年 → 2016年10月15日付ブログで紹介済)と知り合い、以後、生涯にわたり、親交を深める。

そして、アルフレッド・テニスンは、1840年、ロンドンへと引っ越した。 


2026年9月29日火曜日

ロンドン キューガーデンズ / ヘンリー・ムーア展(Kew Gardens / Henry Moore)- その6

Kew Gardens - Palm House
<筆者撮影>

Kew Gardens - The Campanile
<筆者撮影>


ロンドンの特別区の一つで、ロンドン南西部郊外のリッチモンド・アポン・テムズ区(London Borough of Richmond upon Thames)のリッチモンド(Richmond → 2018年3月17日 / 3月24日付ブログで紹介済)内に所在するキューガーデンズ(Kew Gardens)において、20世紀の英国を代表する芸術家 / 彫刻家であるヘンリー・スペンサー・ムーア(Henry Spencer Moore:1898年ー1986年)の展覧会「Henry Moore : Monumental Nature」が、2027年1月31日まで開催されている。


ヘンリー・スペンサー・ムーアによる彫刻作品30点が、キューガーデンズ内の野外(正確に言うと、2点だけは屋内)に展示されている。


今回は6回目(最後)で、26番目から30番目までの彫刻を紹介したい。


(26)「Upright Motive No. 5」




制作年:1955年ー1956年

LH 383 / Cast g

Bronze 

Henry Moore Foundation : Gift of the artist in 1977


(27)「Upright Motive No. 9」




制作年:1979年

LH 586a / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1986


(28)「Locking Piece」




制作年:1962年-1963年

LH 515 / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1987


(29)「Large Standing Figure : Knife Edge」




制作年:1961年

LH 482a / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1986


(30)「Reclining Figure : Arch Leg」




制作年:1969年ー1970年

LH 610 / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1987


2026年9月28日月曜日

アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」<小説版(愛蔵版)>(The Murder at the Vicarage by Agatha Christie )- その1

2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Poppy Loughtman / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ロンドン郊外のセントメアリーミード村にある教会が、
表紙に描かれている。
なお、レナード・クレメント牧師が、
司祭を務めている。

事件の舞台となる牧師館の GF 平面図 -
2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の
愛蔵版(ハードカバー版)から抜粋。
なお、教会と牧師館は隣接しておらず、
離れた場所に建っている。

英国の HarperCollinsPublishers 社から、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が生まれたトーキー(Torquay → 2023年9月1日 / 9月4日付ブログで紹介済)が所在するデヴォン州(Devon)が舞台となったエルキュール・ポワロシリーズの長編作品のうち、「死者のあやまち(Dead Man’s Folly)」(1956年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年8月18日 / 8月22日付ブログで紹介済)と「五匹の子豚(Five Little Pigs)」(1942年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年11月9日 / 11月13日付ブログで紹介済)が2023年に、更に、「白昼の悪魔(Evil Under the Sun)」(1941年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2024年6月8日 / 6月12日付ブログで紹介済)が刊行されてい「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(1932年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2024年7月13日 / 7月21日 / 7月25日付ブログで紹介済)が2024年に出版されている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「死者のあやまち」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by HarperCollinsPublishers Ltd. /
Cover illustration by Becky Bettesworth) -
アガサ・クリスティーの夏期の住まいである
デヴォン州のグリーンウェイ(Greenway)が、ナス屋敷として描かれている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「五匹の子豚」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by HarperCollinsPublishers Ltd. /
Cover illustration by Becky Bettesworth) -
英国の有名な画家であるアミアス・クレイル(Amyas Crale)が
毒殺される事件現場になった砲台庭園が描かれている。


2024年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「白昼の悪魔」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -

名探偵エルキュール・ポワロは、デヴォン州の密輸業者島(Smugglers’ Island)にある

Jolly Roger Hotel に滞在して、静かな休暇を楽しんでいた。

同ホテルには、美貌の元女優で、実業家ケネス・マーシャル(Captain Kenneth Marshall)の後妻となった

アリーナ・ステュアート・マーシャル(Arlena Stuart Marshall)が、

この島で何者かによって殺害されることになる。


2024年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
「コーニッシュ リヴィエラ(Cornish Riviera)」と呼ばれる
コンウォール州(Cornwall)のセントルー村(St. Loo - 架空の場所)に近い
マジェスティックホテル(Majestic Hotel)において、
エルキュール・ポワロとアーサー・ヘイスティングス大尉は、優雅な休暇を楽しんでいた。
一方、新聞では、世界一周飛行に挑戦中の飛行家である
マイケル・シートン大尉(Captain Michael Seton)が、
太平洋上で行方不明になっていることを伝えていた。
テラスから庭へと通じる階段でポワロが足を踏み外したところ、
丁度運良くそこに通りかかったニック・バックリー(Nick Buckley -
本名:マグダラ・バックリー(Magdala Buckley))に助けられる。
彼女は、ホテルからほんの目と鼻の先にある岬の突端に立つ
やや古びた屋敷エンドハウス(End House)の若き女主人であった。


また、映画化に先立って、「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party)」(1969年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年10月6日 / 10月11日付ブログで紹介済)も、2023年に出ている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by Sarah Foster / HarperCollinsPublishers Ltd.
Cover images by Shutterstock.com)


更に、2025年には、動物をテーマにした「もの言えぬ証人(Dumb Witness)」(1937年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2025年6月29日 / 7月3日付ブログで紹介済)と「鳩のなかの猫(Cat Among the Pigeons)」(1959年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2025年8月3日 / 8月4日付ブログで紹介済)が出版された。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「もの言えぬ証人」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
小緑荘(Littlegreen House)の女主人である
エミリー・アランデル(Emily Arundell)の
飼い犬であるボブ(Bob)と犬の遊び道具のボールが描かれている。
また、
エミリー・アランデルが転落して、
寝込む原因となった階段が、画面右手に描かれている。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「鳩のなかの猫」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
小説のタイトルの上に留まっている鳩達と
床の上に静かに座り、鳩達を狙っている猫が描かれている。


また、2025年の暮れから2026年の初めにかけて、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery)」(1931年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2026年3月19日 / 3月22日 / 3月30日付ブログで紹介済)と「終りなき夜に生れつく(Endless Night)」(1967年)の愛蔵版(ハードバック版→ 2026年4月13日 / 4月30日付ブログで紹介済)も出版されている。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Toby James / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と
娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)が借りている
シタフォード荘(Sittaford House)において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ(Trevelyan Dead)」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby)が、
吹雪の中、大佐が住む
シタフォード村(Sittaford)から6マイル離れた
エクスハンプトン村(Exhampton)の
ヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を訪れる場面が描かれている。

2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れてつく」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャース
(Michael Rogers - 通称:マイク(Mike))と

米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン

(Fenella Guteman - 通称:エリー(Ellie))の2人は、

マイクがドライバーとして働いていた頃に知り合った芸術家気質の著名な建築家で、

余命いくばくもないルドルフ・サントニックス(Rudolf Santonix)に依頼して、

キングストンビショップ村(Kingston Bishop)にある

海を臨むことができる美しい眺望の景勝地「ジプシーが丘(Gipsy’s Acre)」に

自分達の夢の邸宅を建ててもらった場面が描かれている。


今回は、今年(2026年)に出た「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage → 2022年10月30日 / 10月31日付ブログで紹介済)」(1930年)の愛蔵版(ハードバック版)について、紹介したい。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第10作目に該り、ミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)シリーズに属する長編のうち、第1作目に該っている。


2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の
愛蔵版(ハードカバー版)の見開き部分


なお、エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot)は、アガサ・クリスティーが執筆した長編第1作目の「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles → 2023年12月3日 / 12月6日付ブログで紹介済)」(1920年)に、また、トマス・ベレズフォード(Thomas Beresford - 愛称:トミー(Tommy))とプルーデンス・カウリー(Prudence Cowley - 愛称:タペンス(Tuppence)のコンビは、アガサ・クリスティーが執筆した長編第2作目の「秘密機関(The Secret Adversary → 2025年7月20日 / 10月1日付ブログで紹介済)」(1922年)に既に登場済で、数年が経過しているので、ミス・マープルの初登場は、やや遅めと言える。


ジグソーパズル「ミス・マープルの世界」の完成形
<筆者撮影>


レナード・クレメント牧師は、
ジズソーパズル中央のやや右側の位置に居て、
ミス・マープルの右隣りにあるテラス用の椅子に座り、
右手に帽子を持っている。
<筆者撮影>


本作品の語り手を務めるのは、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)という小さな村にある教会の司祭(vicar)であるレナード・クレメント牧師(Reverend Leonard Clement → 2024年8月18日付ブログで紹介済)である。


         

2026年9月27日日曜日

ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー作「トラファルガーの海戦」(The Battle of Trafalgar, as Seen from the Mizen Starboard Shrouds of the Victory by J. M. W. Turner)- その1

テイト・ブリテン美術館に所蔵 / 展示されている
ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー作「トラファルガーの海戦」(1806年ー1808年)
Oil paint on canvas / 縦 : 172.7 cm x 横 : 238.8 cm
<筆者撮影>


一般的には、「J・M・W・ターナー(J. M. W. Turner)」として知られている英国のロマン主義の画家であるジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner:1775年ー1851年 → 2018年7月1日 / 7月8日 / 7月15日付ブログで紹介済)が、「トラファルガーの海戦(Battle of Trafalgar → 2022年4月18日 / 4月22日付ブログで紹介済)」において、旗艦「ビクトリー(HMS Victory → 2022年1月16日付ブログで紹介済)」の船上で、英国海軍提督の初代ネルソン子爵ホレーショ・ネルソン(Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson:1758年ー1805年)が戦死する場面を描いた歴史画「トラファルガーの海戦(The Battle of Trafalgar, as Seen from the Mizen Starboard Shrouds of the Victory)」(1806年ー1808年)が、テイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)に所蔵 / 展示されているので、今回、紹介したい。


テイト・ブリテン美術館の建物正面を階段下から見上げたところ 
<筆者撮影>


テイト・ブリテン美術館に所蔵 / 展示されている
ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー作
「自画像(Self-Portrait)」(1799年頃)
<筆者撮影>


トラファルガーの海戦は、1805年10月21日にスペインのトラファルガー岬(Cape Trafalgar)の沖で行われたナポレオン戦争(Napoleonic Wars:1803年ー1815年)における最大の海戦で、英国艦隊は、フランス / スペインの連合艦隊(当時、スペインは、フランスによる支配下にあった)を打ち破った。この海戦における勝利によって、英国は、フランス第一帝政の皇帝であるナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte:1769年ー1821年 在位期間:1804年-1814年+1815年)が計画した英国本土上陸の野望を粉砕したのである。なお、英国海軍艦である「ビクトリー」は、トラファルガーの海戦において、ホレーショ・ネルソンが座乗して、旗艦となっている。


、1805年の「トラファルガーの海戦」において、
英国海軍提督の初代ネルソン子爵ホレーショ・ネルソンが座乗して、
旗艦を務めた「HMS ビクトリー」-
英国海軍の500周年を記念して、
2019年に英国のロイヤルメールが発行した8種類の記念切手のうちの1枚。


1805年当時、欧州大陸は、1804年に皇帝に即位したナポレオン・ボナパルトが率いるフランス帝国による支配下におかれていたが、海上は、英国による支配権の下にあった。英国は、海上封鎖を行うことで、フランスの海軍行動を抑止して、英国本土への侵攻を防いでいたのである。当時、地中海艦隊司令長官(Commander-in-Chief of the Mediterranean Fleet)であったホレーショ・ネルソンが率いる英国地中海艦隊は、トゥーロン(Touloon:フランス南東部に位置し、地中海に面する都市)の沖で、海上封鎖を行っていた。


「トラファルガーの海戦」の200周年を記念して、
英国のロイヤルメール(Royal Mail)が2018年10月5日に発行した記念切手(その1)-
英国の芸術家であるウィリアム・ヒース(William Heath:1794年ー1840年)による
「Panorama of the Battle of Trafalgar」がベースとなっている。


そのため、ナポレオン1世(ナポレオン・ボナパルト)は、フランス陸軍による英国本土上陸作戦を援護させるべく、フランス海軍に対して、英国海軍による海上封鎖の突破を命令した。

ところが、トゥーロン艦隊司令長官であるラトゥーシュ・トレヴィル(Louis-Rene-Madeleine de Latouche-Treville:1745年ー1804年)の病死、荒天やスペインのフィニステレ岬(Cape Finisterre)の沖で行われたフィニステレ岬の海戦(Battle of Cape Finisterre - 1805年7月22日に、英国艦隊とフランス / スペイン連合艦隊の間で行われた海戦)における敗戦等により、ナポレオン1世は、英国本土上陸作戦を中止せざるを得ない状況に追い込まれた。


「トラファルガーの海戦」の200周年を記念して、
英国のロイヤルメールが2018年10月5日に発行した記念切手(その2)
-
英国の芸術家であるウィリアム・ヒースによる
「Panorama of the Battle of Trafalgar」がベースとなっている。


英国本土上陸作戦の中止を決断したナポレオン1世は、次の計画として、オーストリアへの侵攻を準備していた。そして、ナポレオン1世は、フィニステレ岬の海戦から撤退して、スペインのカディス(Cadiz:スペイン南西部に位置し、大西洋に面する港湾都市)に入り、整備を行っていたフランス / スペイン連合艦隊を率いる提督のピエール=シャルル=ジャン=バティスト=シルヴェストル・ド・ヴィルヌーヴ伯爵(Pierre-Charles-Jean-Baptiste-Silvestre de Villeneuve:1763年ー1806年 - ラトゥーシュ・トレヴィルの病死後、トゥーロン艦隊司令長官となった)に対して、命令を下した。


ナポレオン1世からの命令を受けたド・ヴィルヌーヴ提督は、1805年10月19日から20日にかけて、フランス / スペイン連合艦隊をカディスから出撃させた。一方、ホレーショ・ネルソンが率いる英国地中海艦隊は、出撃したフランス / スペイン連合艦隊をカディス沖で監視していた。


「トラファルガーの海戦」の200周年を記念して、
英国のロイヤルメールが2018年10月5日に発行した記念切手(その3)
-
英国の芸術家であるウィリアム・ヒースによる
「Panorama of the Battle of Trafalgar」がベースとなっている。


そして、カディス沖に布陣していた英国地中海艦隊とカディスを出撃したフランス / スペイン連合艦隊は、翌日の1805年10月21日に、スペインのトラファルガー岬の沖において、相見えることになる。 


2026年9月26日土曜日

ロンドン キューガーデンズ / ヘンリー・ムーア展(Kew Gardens / Henry Moore)- その5

Kew Gardens - Kew Palace
<筆者撮影>

Kew Gardens - Kew Explorer route (Princess Walk) near Kew Palace
<筆者撮影>

ロンドンの特別区の一つで、ロンドン南西部郊外のリッチモンド・アポン・テムズ区(London Borough of Richmond upon Thames)のリッチモンド(Richmond → 2018年3月17日 / 3月24日付ブログで紹介済)内に所在するキューガーデンズ(Kew Gardens)において、20世紀の英国を代表する芸術家 / 彫刻家であるヘンリー・スペンサー・ムーア(Henry Spencer Moore:1898年ー1986年)の展覧会「Henry Moore : Monumental Nature」が、2027年1月31日まで開催されている。


ヘンリー・スペンサー・ムーアによる彫刻作品30点が、キューガーデンズ内の野外(正確に言うと、2点だけは屋内)に展示されている。



今回は5回目で、21番目から25番目までの彫刻を紹介したい。


(21)「Family Group」




制作年:1948年ー1949年

LH 269 / Cast 00

Bronze 

Henry Moore Foundation : Acquired in 1992


(22)「Large Totem Head」




制作年:1968年

LH 577 / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1987


(23)「Figure in a Shelter」




制作年:1983年

LH 652a / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1986


(24)「Large Spindle Piece」




制作年:1968年

LH 593 / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1986


(25)「Upright Motive No. 7」




制作年:1955年ー1956年

LH 368 / Cast 5

Bronze

Henry Moore Foundation : Gift of the artist in 1977