2021年9月26日日曜日

サム・シチリアーノ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / グリムスウェル家の呪い」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Grimswell Curse by Sam Siciliano) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2013年に出版された
サム・シチリアーノ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / グリムスウェルの呪い」の表紙

読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆☆(5.0)

ダートムーア(Dartmoor)、そこに建つグリムスウェルホール(Grimswell Hall)、グリムスウェル家に伝わる呪い(The Grimswell Curse)、ローズ・グリムスウェル(Rose Grimswell)に迫る姿なき悪意、そして、ダートムーアに点在する岩場の上に現れる謎の人物と巨大な猟犬等、本作者のサム・シチリアーノ(Sam Siciliano:1947年ー)が、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Artuhr Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「バスカヴィル家の犬(The Hound of the Baskervilles)」(1901年ー1902年) に真っ向から挑戦したとも言えるのが本作で、事件や背景の設定としては申し分ない。


(2)物語の展開について ☆(1.0)

物語が始まり、60ページを過ぎた辺りから、事件の舞台はロンドンからダートムーアへと移る。物語の出だしとして、若干もどかしいところはあったものの、舞台がダートムーアへと移ってからの期待が、正直、かなり高かった。ところが、そこから約300ページに渡り、グリムスウェル家に伝わる呪いに苦しめられるローズと彼女の心の闇をなんとか晴らそうと元気付けるシャーロック・ホームズ、ヘンリー・ヴェルニール医師(Dr. Henry Vernier:ホームズの従兄弟で、彼の相棒を務める)とミッシェル・ドゥデ・ヴェルニール医師(Dr. Michelle Doudet Vernier:ヘンリーの妻)の努力という部分が、あまりにも話の本筋となり過ぎて、事件を推理して解決するという肝心要なところが、脇に追いやられてしまった感が非常に強い。


(3)ホームズ / ヘンリー / ミッシェルの活躍について ☆(1.0)

物語のほぼ4/5にわたって、グリムスウェル家に伝わる呪いに苦しむローズと彼女をなんとか元気付けようとするホームズ、ヘンリーとミッシェルの話が延々と繰り返されるだけで、事件の背後に潜む真犯人を推理しようとする試みがほとんど見られず、手をこまねいているという印象が強過ぎる。


(4)総合評価 ☆(1.0)

前々作のオペラ座の天使(The Angel of the Opera → 2015年1月24日付ブログで紹介済)」(1994年)の場合、オペラ座の怪人エリック(Erik)に焦点をあてて、人間ドラマを前面に出すことで、物語として成功したと言えるが、前作の「陰謀の糸を紡ぐ者(The Web Weaver → 2016年11月13日付ブログで紹介済)」(2012年)に登場するヴァイオレット・ホイールライト(Violet Wheelwright)が、そして、本作のローズ・グリムスウェルが謎の悪意に苦しめられる部分があまりにも延々と続き、ホームズ達が手をこまねいていて、逆に役に全く立っていないという悪い印象しか、読者に与えない。

本作者のサム・シチリアーノとしては、ジョン・H・ワトスンが描くホームズとは異なる本当のホームズ像を強調したいのかもしれないが、ホームズによる推理の冴えが全く見られない。

折角、「バスカヴィル家の犬」に真っ向から挑戦しているにもかかわらず、非常に残念である。



2021年9月25日土曜日

コナン・ドイル作「グロリア・スコット号事件」<小説版>(The Gloria Scott by Conan Doyle ) - その1

ストランドマガジン」の1893年4月号 に掲載された
コナン・ドイル作「グロリア・スコット号事件」の挿絵(その1)
<シドニー・エドワード・パジェット(Sidney Edward Paget:1860年 - 1908年)によるイラスト> -
大学在籍時、ヴィクター・トレヴァー(Victor Trevor)の飼い犬が
シャーロック・ホームズの足首に噛み付いたことが切っ掛けとなり、二人は知り合う。
ヴィクターがホームズを見舞ううちに、二人は親友になる。
ヴィクターは、ホームズが大学に居た2年間にできた唯一の友人であった。
画面左の人物がシャーロック・ホームズで、
画面右の人物がヴィクター・トレヴァー。


米国の作家であるリチャード・ルイス・ボイヤー(Richard Lewis Boyer:1943年ー2021年)が1976年に発表した「スマトラ島の巨大ネズミ(The Giant Rat of Sumatra → 2021年7月14日 / 7月18日 / 7月25日付ブログで紹介済)」は、元々、シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が発表した短編小説「サセックスの吸血鬼(The Sussex Vampire → 2021年8月15日 / 8月29日付ブログで紹介済)」において言及されている「語られざる事件」をベースにしている。


「サセックスの吸血鬼」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、48番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1924年1月号に、また、米国でも、「ハーツ インターナショナル(Heart’s International)」の1924年1月号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録された。


「語られざる事件」である「スマトラ島の大ネズミ」事件こと、「マチルダブリッグス号(Matilda Briggs)」事件は、「サセックスの吸血鬼」の冒頭で語られている。その後、更に、「グロリア・スコット号事件(The Gloria Scott)」についても、言及されている。


‘… But what do we know about vampires? Does it come within our purview either? Anything is better than stagnation, but really we seem to have been switched on to a Grimms’ fairy tale. Make a long arm, Watson, and see what V has to say.’

I leaned back and took down the great index volume to which he referred. Holmes balanced it on his knee and his eyes moved slowly and lovingly over the record of old cases, mixed with the accumulated information of a lifetime.

‘Voyage of the Gloria Scott,’ he read. ‘That was a bad business. I have some recollection that you made a record of it, Watson, though I was unable to congratulate you upon the result. …’ 


「しかし、吸血鬼について、僕達は何が分かっているんだ?吸血鬼は、僕達の調査範囲に含まれるのか?どんな事件であっても、何もないよりもマシだが、実際、グリム童話の世界に迷い込んだみたいだな。ワトスン、少しばかり、手を伸ばして、それをとってくれないか。「V」の項目に、何が書かれているか、見てみよう。」 

私は、後ろに手を伸ばして、彼が言った分厚い索引を取り出した。ホームズは、その索引を膝の上に置き、生涯にわたって収集した情報が混じった古い事件の記録を、ゆっくりと、そして、愛おしそうに、調べていった。

「グロリア・スコット号の航海」と、彼は読み上げた。「これは、嫌な事件だったよ。ワトスン、確か、君はこの事件を公表したな。正直、あまりいい出来だったとは言えないがね。」


ストランドマガジン」の1893年4月号 に掲載された
コナン・ドイル作「グロリア・スコット号事件」の挿絵(その2)
<シドニー・エドワード・パジェット(Sidney Edward Paget:1860年 - 1908年)によるイラスト> -
ホームズが、ヴィクター・トレヴァーに招待されたノーフォーク州(Norfolk)の屋敷から
ロンドンへと帰る前日、ハドスン(Hudson)と名乗る船乗りが屋敷を訪れた。
画面左奥の人物がヴィクター・トレヴァーで、
画面右奥の人物がシャーロック・ホームズ。
また、画面左手前の人物が、地主で、治安判事も務めるトレヴァー氏(Trevor senior)で、
画面右手前の人物が、謎の人物であるハドスン。


「グロリア・スコット号事件」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、17番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン」の1893年4月号に、また、米国でも、「ハーパーズ ウィークリー(Harper’s Weekly)」の1893年4月15日号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第2短編集である「シャーロック・ホームズの回想(The Memoirs of Sherlock Holmes)」(1893年)に収録された。


シャーロック・ホームズが初登場したのは、「緋色の研究(A Study in Scarlet)」(1887年)であるが、同作品が、彼が手掛けた最初の事件ではない。

「グロリア・スコット号事件」こそ、ホームズが大学在籍中に手掛けた最初の事件で、彼が諮問探偵を職業とする切っ掛けを描いた重要な作品である。

物語の第1話が必ずしもシリーズ全体の最初の話ではないというストーリー構成は、欧米の諸作に見受けられるが、「グロリア・スコット号事件」は、その先駆的な作品の一つと言える。


本作品は、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)の下宿で、ホームズがジョン・H・ワトスンに対して、事件を回想しながら聞かせる形で、物語が進行する。実際、物語の冒頭部分以外は、ホームズによる一人称で語られている。 


2021年9月19日日曜日

サム・シチリアーノ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / グリムスウェルの呪い」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Grimswell Curse by Sam Siciliano) - その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2013年に出版された
サム・シチリアーノ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / グリムスウェルの呪い」の裏表紙


ある年の11月、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)のシャーロック・ホームズの元を訪れたハムスフォード侯爵ジェイムズ・ディグビー(James Digby, the Marquess of Hampsford)の次男であるフレデリック・ディグビー(Frederick Digby)によると、彼の婚約者であるローズ・グリムスウェル(Rose Grimswell)の母親は、彼女の幼少期の頃に亡くなり、彼女には兄弟姉妹は居なかった。また、彼女には、未婚の女性の従姉妹や伯母が数名居るだけで、男性の従兄弟は居ない状況であった。

そのため、彼女の父親で、作家でもあるグリムスウェル子爵ヴィクター・グリムスウェル(Victor Grimswell, the Viscount of Grimswell)の死により、グリムスウェル子爵という爵位は途絶えることになったが、グリムスウェル家が住む屋敷グリムスウェルホール(Grimswell Hall)と広大な土地は、自分の娘であるローズが相続できるよう、ヴィクター・グリムスウェルが法律上の手続を事前に行なっていた、とのこと。更に、ヴィクター・グリムスウェルは、ローズに40万ポンド以上を遺産として残していた。つまり、ローズは、莫大な遺産を受け継ぐ相続人となったのである。


続いて、フレデリック・ディグビーは、ホームズ達に対して、ローズ・グリムスウェルの伯母であるコンスタンス(Constance)から聞いたグリムスウェル家に伝わる呪い(The Grimswell Curse)のことを語る。


今から200年以上前、最初のグリムスウェルホールを建てたレジナルド・グリムスウェル子爵(Viscount Reginald Grimswell)は、芸術や科学に興味を持つ学識者であったが、飲酒と好色に溺れ、グリムスウェルホール近辺の農夫の娘達が一人二人と姿を消し、レジナルドの餌食となって行った。

その後、レジナルド子爵はチャドウィック伯爵(Earl of Chadwick)の娘ローズ(Rose)をその毒牙にかけたため、グリムスウェルホールは、チャドウィック伯爵の軍に包囲される。ダートムーア(Dartmoor)へと逃亡したレジナルド子爵は、追い詰められた岩場 Demon Tor の上から、チャドウィック伯爵に対して、末代までの呪いを掛けた後、岩場から飛び降り、その最期を迎えた。ところが、翌日、彼の死体は発見されなかった。

その夜、自分の部屋に戻ったチャドウィック伯爵は、恐怖の叫びをあげた。彼の部屋へと押し入った配下の者達は、伯爵を殺害した謎の黒い影が、窓から石の壁伝いに荒野へと逃げ去ったのを目撃する。


それ以来、グリムスウェルホールの塔に、怪しい光が灯ったり、ダートムーアを黒い人影が巨大な狼を連れて蠢いているのが見受けられたため、夜間に荒野へ出かける者は、皆無となった。


ある日、雪嵐につかまった羊飼いの番人が自分の家に戻ると、彼の妻は既に死亡しており、赤ん坊の姿がどこにもなかった。

翌日、羊飼いの番人は、教会の僧侶に伴われて、グリムスウェルホールへと向かうと、そこで血を吸いとられた赤ん坊を発見。彼らが塔に火を放ったところ、燃えさかる塔の中から、レジナルド子爵がその姿を表した。羊飼いの番人が射った矢で喉を貫かれたレジナルド子爵は、燃えさかる塔の中に、その姿を消したのである。


これが、グリムスウェル家に伝わる呪いである。

その後、グリムスウェルホールは再建され、現在に至っている。


ホームズと彼の従兄弟であるヘンリー・ヴェルニール医師(Dr. Henry Vernier)は、ヘンリーの妻で、医師のミッシェル・ドゥデ・ヴェルニール(Dr. Michelle Doudet Vernier)に依頼して、ローズ・グリムスウェルを診断してもらうが、ある日、ローズは、突然、ロンドンからグリムスウェルホールへと旅立ってしまう。

フレデリック・ディグビーの依頼に基づいて、ホームズ、ヘンリーとミッシェルの三人は、急いでローズの後を追いかけ、ダートムーアへと向かう。


ローズ・グリムスウェルの心を苦しめるグリムスウェル家の呪いとは、本当なのか?ローズに刻々と迫りつつある謎の悪意、そして、ダートムーアの岩場に現れる謎の黒い人影と巨大な猟犬とは、一体何者なのか?それは、怪物と化したレジナルド・グリムスウェル子爵なのか?


2021年9月18日土曜日

コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼」<日本 TV ドラマ版>(The Sussex Vampire by Conan Doyle

ストランドマガジン」の1924年1月号 に掲載された
コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼」の挿絵(その4)
<ハワード・ケッピー・エルコック(Howard Keppie Elcock:1886年 - 1952年)によるイラスト> -
シャーロック・ホームズがロバート・ファーガスンに依頼して、
後妻のファーガスン夫人が血を吸っていたとされる赤ん坊を連れてきてもらう場面が描かれている。
画面右手前の人物がホームズ、
画面中央左手の人物がロバート・ファーガスンで、
画面中央右手の人物がジャック・ファーガスン。
そして、画面左手奥の人物が乳母のメースン夫人。


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「サセックスの吸血鬼(The Sussex Vampire)」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、48番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1924年1月号に、また、米国でも、「ハーツ インターナショナル(Heart’s International)」の1924年1月号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録された。


本作品は、Hulu と HBO アジアが国際共同制作した「ミス・シャーロック(Miss Sherlock)」においても、TV ドラマとして映像化された。

「ミス・シャーロック」は、「名探偵シャーロック・ホームズと彼の相棒であるジョン・H・ワトスンの二人が、現代の東京に居て、その上、二人とも日本人女性だったら」という新解釈の下に制作されたミステリードラマで、ホームズとワトスンの二人ともを女性が演じる世界初の映像作品となった。

「ミス・シャーロック」は、Hulu により、2018年4月27日から同年6月15日にかけて、毎週金曜日に全8話が配信されて、「サセックスの吸血鬼」は、エピソード4に該る「武蔵野ヶ丘のヴァンパイア」として、2018年5月18日に配信された。



主な配役は、以下の通り。


(1)シャーロック → 竹内 結子

   英国生まれの日本人で、帰国子女。

   「捜査コンサルタント」として、警察の捜査に協力している犯罪心理学の専門家。

   コナン・ドイル原作の「シャーロック・ホームズ」に相当。

 

(2)橘 和都(たちばな わと) → 貫地谷 しほり

   シリア派遣から帰国したボランティア医師団の一人で、元外科医。

   コナン・ドイル原作の「ジョン・H・ワトスン」に相当。


(3)若杉 涼太 → 髙橋 努

   シャーロックに対して、再婚した「さくら」のことを相談した人物で、橘 和都の知り合い。

   コナン・ドイル原作の「ロバート・ファーガスン(Robert Ferguson:紅茶仲買商)」に相当。

 

(4)若杉 さくら → 安達 祐実

   若杉 涼太の後妻で、「若葉」の母親。園芸店に勤務。ある日、若葉の腕に噛み付いて、血を吸っている現場を見られてしまい、蝙蝠(コウモリ)が取り憑いていると疑われている。

   コナン・ドイル原作の「ファーガスン夫人(Mrs. Ferguson:ロバート・ファーガスンの後妻)」に相当。


(5)若杉 大輝(だいき) → 伊藤 駿太

   若杉 涼太の長男で、先妻の子供。ヒーロー「オルファム」の熱烈なファン。

   コナン・ドイル原作の「ジャック・ファーガスン(Jack Ferguson:ロバート・ファーガスンの長男で、先妻の子供)」に相当。


(6)若杉 若葉(わかば) → 飯塚 秋羽 / 後藤 涼音

   若杉 涼太と若杉 さくらの子供(長女)。

     コナン・ドイル原作の「赤ん坊(baby:ロバート・ファーガスンと彼の後妻の間に生まれた子供)」に相当。


(7)若杉 静枝 → 朝加 真由美

   若杉 涼太の母親で、さくらにとっては、義理の母親。

   コナン・ドイル原作の「ドロレス(Dolores:カルロッタ・ファーガスン付きのメイド)」、あるいは、「 → メースン夫人(Mrs. Mason:ロバート・ファーガスンと彼の後妻の間に生まれた子供の乳母)」に相当するものと思われる。



日本 TV ドラマ版の人物設定やストーリーは、概ね、コナン・ドイルによる原作をベースにしているが、コナン・ドイルの原作とは異なり、原作上の犯人に該る人物は、若杉 さくらに非常な怨みを抱いているある人物によって、うまい具合に操られているというもう一捻りが加えられている。


2021年9月12日日曜日

サム・シチリアーノ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / グリムスウェルの呪い」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Grimswell Curse by Sam Siciliano) - その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2013年に出版された
サム・シチリアーノ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / グリムスウェルの呪い」の表紙


本作品「グリムスウェルの呪い(The Grimswell Curse)」は、米国ユタ州ソルトレークシティー出身の作家であるサム・シチリアーノ(Sam Siciliano:1947年ー)によって、2013年に発表された。

本作品は、1994年に発表された「オペラ座の天使(The Angel of the Opera → 2015年1月24日付ブログで紹介済)」と2012年に発表された「陰謀の糸を紡ぐ者(The Web Weaver → 2016年11月13日付ブログで紹介済)」の続編に該り、シャーロック・ホームズの相棒を務めるのは、彼の従兄弟で、友人でもあるヘンリー・ヴェルニール医師(Dr. Henry Vernier)で、本来の事件記録者であるジョン・H・ワトスンは、前2作と同様に、本作品には登場しない。また、ヘンリーの妻で、医師のミッシェル・ドゥデ・ヴェルニール(Dr. Michelle Doudet Vernier)は、前作に続き、2回目の登場となる。


ある年の11月、ハムスフォード侯爵ジェイムズ・ディグビー(James Digby, the Marquess of Hampsford)の次男であるフレデリック・ディグビー(Frederick Digby)が、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)のホームズの元を訪れる。

物語の途中、「バスカヴィル家の犬(The Hound of the Baskervilles → 事件発生年月:1888年9月ー同年10月)」に言及している箇所があるため、本件は、1888年10月以降の事件と言える。また、前作から1年が経過しているという記述があるので、事件発生年月は、1895年11月ではないかと思われる。


フレデリック・ディグビーによると、彼の婚約者であるローズ・グリムスウェル(Rose Grimswell)と彼は翌年(1896年?)の6月に結婚式を挙げる予定だったが、ローズが婚約の解消を突然申し出た、とのこと。ローズ本人は、婚約解消の理由として、自分の父親が自分達の結婚を許可しないだろうと説明するだけであった。

ところが、ローズの父親で、作家でもあるダートムーア(Dartmoor)のグリムスウェル子爵ヴィクター・グリムスウェル(Victor Grimswell, the Viscount of Grimswell)は、4ヶ月以上前に、ダートムーアに点在する岩場の一つ(Demon Tor)から謎の転落死を遂げていた。グリムスウェル家かかりつけの医師は、グリムスウェル子爵は元々心臓が悪かったこと(狭心症)もあり、彼の転落死を事故死と見做しているが、フレデリック・ディグビー曰く、ローズは、自分の父親が何者かによって故意に岩場から突き落とされたのではないかと考えているようである。


2021年9月11日土曜日

コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼」<英国 TV ドラマ版>(The Sussex Vampire by Conan Doyle

ストランドマガジン」の1924年1月号 に掲載された
コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼」の挿絵(その3)
<ハワード・ケッピー・エルコック(Howard Keppie Elcock:1886年 - 1952年)によるイラスト> -
シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの二人が
ファーガスン家に到着した後、
ワトスンが後妻のファーガスン夫人の寝室を訪れた場面が描かれている。
画面左手前の人物がワトスンで、画面右手前の人物がファーガスン夫人。
そして、画面左手奥の人物が、
ファーガスン夫人付きのメイドであるドロレス。


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「サセックスの吸血鬼(The Sussex Vampire)」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、48番目に発表された作品で英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1924年1月号に、また、米国でも、「ハーツ インターナショナル(Heart’s International)」の1924年1月号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録された。


本作品は、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、TV ドラマとして映像化された。具体的には、第5シリーズ(The Casebook of Sherlock Holmes)と第6シリーズ(The Memoirs of Sherlcok Holmes)の間の長編3部作の第2エピソード(通算では第34話)として、1992年に撮影の上、英国では、1993年1月27日に放送されている。



主な配役は、以下の通り。


(1)シャーロック・ホームズ → ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett:1933年ー1995年)

(2)ジョン・ワトスン → エドワード・ハードウィック(Edward Hardwicke:1932年ー2011年)


(3)ジョン・ストックトン(John Stockton:作家) → Roy Marsden

(4)ロバート・ファーガスン(Robert Ferguson:紅茶仲買商) → Keith Barron

(5)カルロッタ・ファーガスン(Carlotta Ferguson:ロバート・ファーガスンの後妻) → Yolanda Vasquez

(6)オーガスタス・メリデュー(Augustus Merridew:牧師) → Maurice Denham

(7)ジャック・ファーガスン(Jack Ferguson:ロバート・ファーガスンの長男で、先妻の子供) → Richard Dempsey

(8)ドロレス(Dolores:カルロッタ・ファーガスン付きのメイド) → Juliet Aubrey

(9)メースン夫人(Mrs. Mason:ファーガスン家の家政婦) → Elizabeth Spriggs

(10)マイケル(Michae:メースン夫人の息子で、ファーガスン家の廐務員) → Jason Hetherington



グラナダテレビは、短編である本作品の内容を2時間近い長編「最後の吸血鬼(The Last Vampyre)」として映像化し、新キャラクターとして、謎多き作家のジョン・ストックトンを登場させ、かなりの改変を加えている。


作家ジョン・ストックトンがペルーからサセックス州(Sussex)ランバリー村(Lamberley)を訪れた以降、村人達は非常に不安な日々を送っていた。


まず最初に、ジョン・ストックトンが、彼の馬車の修理について、鍛冶屋(blacksmith)のカーター(Mr. Cater)との間で諍いを起こした。その後、ジョン・ストックトンが馬車でその場から立ち去る際、彼が振り向きざまにカーターを睨み付けると、カーターは突然血を吐いて即死してしまった。

次に、ジョン・ストックトンが、同じくペルーから帰国したファーガスン家の晩餐に招かれた際、彼がロバート・ファーガスンの次男の赤ん坊に触れると、その後、赤ん坊は亡くなってしまったのである。


検死の結果、鍛冶屋のカーターの死は、肥満と過度の飲酒による脳内出血(haemorrhage)が、ロバート・ファーガスンの次男の赤ん坊の死は、肺炎(pneumonia)が原因とされた。

ところが、村人達はこの検死結果に納得できず、ジョン・ストックトンは吸血鬼であるという噂が、村中に広まりつつあった。


吸血鬼の噂で動揺している村人達のことを案じたオーガスタス・メリデュー牧師は、モリスン、モリスン&ドッド法律事務所(Morrison, Morrison & Dodo)経由、シャーロック・ホームズに対して、事件の調査を依頼した。

吸血鬼の存在を信じないホームズとジョン・H・ワトスンであったが、メリデュー牧師の話を聞いた結果、依頼を引き受けることになった。


メリデュー牧師によると、ジョン・ストックトンは、ランバリー村の大地主であるセントクレア卿(Lord St. Clair)の子孫とのこと。

セントクレア卿は非常に残酷な性格で、彼に逆らう者に対して、惨たらしい死を与え、村人達から恐れられていた。しかし、彼の若いメイドが身籠ったまま、教会に捨て置かれたことが発端となり、村人達の怒りが頂点に達して、セントクレア卿は、怒り狂った村人達によって、屋敷ともども焼き討ちに会うことになった。100年程前のことである。

ジョン・ストックトンによると、彼の先祖の墓を探すために、ランバリー村に来たということだった。セントクレア今日のメイドが身籠った子供は生き延びて、今でもその子孫達がランバリー村に暮らしているという。メリデュー牧師は、ジョン・ストックトンが、彼の先祖の復讐のために、ランバリー村にやって来たのではないかと疑っていたのである。



英国 TV ドラマ版の人物設定は、概ね、コナン・ドイルによる原作をベースにしているが、以下のような相違点がある。


・作家ジョン・ストックトンとオーガスタス・メリデュー牧師は、英国 TV ドラマ版用の新キャラクターである。

・モリスン、モリスン&ドッド法律事務所経由、ホームズに対して、事件の調査依頼をしてきたのは、コナン・ドイルによる原作では、ロバート・ファーガスンであるが、英国 TV ドラマ版では、メリデュー牧師に変更されている。

・コナン・ドイルによる原作では、ロバート・ファーガスンの後妻は、ファーガスン夫人(Mrs. Ferguson)としか呼ばれていないが、英国 TV ドラマ版では、「カルロッタ」という名前が与えられている。

・メースン夫人は、コナン・ドイルによる原作では、ロバート・ファーガスンの次男の赤ん坊の乳母となっているが、英国 TV ドラマ版では、ファーガスン家の家政婦という設定に変更されている。

・ファーガスン家の廐務員であるマイケルについて、コナン・ドイルによる原作では、メースン夫人との関係は全く言及されていないが、英国 TV ドラマ版では、メースン夫人の息子という設定になっている。

・ロバート・ファーガスンの次男の赤ん坊について、コナン・ドイルによる原作では、性別や名前は全く言及されていないが、英国 TV ドラマ版では、次男で、「リカルド(Ricardo)」という名前も与えられている。また、コナン・ドイルによる原作では、赤ん坊は亡くならないが、英国 TV ドラマ版では、検死上、肺炎が原因で亡くなってしまう。



グラナダテレビとしては、コナン・ドイルの原作を忠実に映像化した場合、退屈な内容になってしまうであろうと考えて、かなりの改変を加えたものと思われるが、


(1)短編だった内容を2時間近い長編に引き伸ばしていること

(2)人物設定は、概ね、コナン・ドイルによる原作をベースにしているものの、物語自体は、コナン・ドイルによる原作から大幅に改変されていること

(3)全編を通じて、ホームズが受動的 / 非活動的であること

(4)物語は、オカルトめいた内容のまま進み、最後もハッキリとしない結論のままであること

(5)そのため、ホームズによる推理の冴えが全く見られないこと


等から、視聴しているうちに、途中から非常な退屈感を覚えてしまう。正直ベース、二度三度と繰り返して視聴するには適さない作品であり、グラナダテレビによる原作改変は、逆に、失敗だったのではないかと、個人的には考える。


2021年9月5日日曜日

バリー・ロバーツ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 地獄から来た男」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Man from Hell by Barrie Roberts) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から2010年に出版された
バリー・ロバーツ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 地獄から来た男」の表紙


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆半(4.5)

本作品では、「吸血鬼ドラキュラ伯爵(Count Dracula)」や「ジキル博士 / ハイド氏(Dr. Jekyll / Mr. Hyde)」等のような他作品の登場人物や「切り裂きジャック(Jack the Ripper)」等のような実在の人物がシャーロック・ホームズの敵役として関与することはなく、純粋な意味でのホームズシリーズの続編と言うか、ホームズシリーズの一編となっている。この場合、他の要素には一切頼らないで、ストーリーを面白く構築する必要があるが、本作品は、事件や背景の設定について、ホームズシリーズを十二分に研究した上で創作されており、ある意味、聖典であるホームズシリーズよりも重厚な感じがして、本当のホームズシリーズよりも、ホームズ作品らしい。


(2)物語の展開について ☆☆☆☆☆(5.0)

物語の冒頭は、「バスカヴィル家の犬(The Hound of the Baskervilles)」(1901年-1902年)によく似た展開で始まった後、物語は徐々に、「緋色の研究(A Study in Scarlet)」(1887年)や「四つの署名(The Sign of the Four)」(1890年)等のように、過去における因縁話を根底にして進み、非常に本当のホームズ作品らしい展開をする。本作品の場合、「緋色の研究」や「四つの署名」とは異なり、過去における因縁話は、物語の後半 / 最後に別箇独立した長い話のように展開されるのではなく、物語の中盤に程よい短さで挿入されており、物語の雰囲気を壊さないままで、物語の冒頭から最後まで、常にホームズを主役たらしめている。過去における因縁話が、物語の後半 / 最後に別箇独立した長い話として展開される場合、残念ながら、蛇足めいた感じとなり、往々にして、読者の興味を削いでしまう傾向が強い。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆☆☆☆(5.0)

本作品に登場するホームズは、物語の冒頭から最後まで、推理主体のホームズであって、全くブレがない。他の作品に出てくるホームズの場合、冒険活劇風のホームズであったり、あるいは、事件ものであっても、あまり推理の要素が出てこない等、読者としては、やや不満を感じるが、本作品のホームズは、推理に推理を積み重ねて、事件を解決に導く。前述の繰り返しになるが、ある意味、本当のホームズシリーズよりも、ホームズらしい活躍をする。本当のホームズシリーズを超えたと言っても、過言ではないと思う。


(4)総合評価 ☆☆☆☆☆(5.0)

他作品の登場人物や実在の人物、更に言えば、本来のホームズシリーズの登場人物(例えば、ジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)等)にも一切頼らないで、純粋な意味でのホームズシリーズの続編と言うか、ホームズシリーズの一編を創作している。また、本作品は、本当のホームズシリーズよりも、ホームズ作品らしい仕上がりとなっている。事件は、「バスカヴィル家の犬」風の雰囲気で始まり、「緋色の研究」や「四つの署名」等のように、過去における因縁話を根底にして進み、ホームズによる推理によって、「本格推理小説」として見事に完結するので、文句の言いようがない。



2021年9月4日土曜日

バリー・ロバーツ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 地獄から来た男」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Man from Hell by Barrie Roberts) - その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2010年に出版された
バリー・ロバーツ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 地獄から来た男」の裏表紙


シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンは、バックウォーター子爵(Viscount Backwater)のパトリック・バックウォーター氏(Patrick Backwater)と彼の弁護士であるプレッジ氏(Mr Predge)と一緒に、パディントン駅(Paddington Station)から昼12時発の列車で現地へと赴くことになった。

バックウォーター子爵とプレッジ氏の二人がベーカーストリート221Bを去った後、ワトスンは各新聞記事から前バックウォーター卿(Lord Backwater)のジェイムズ・ライル・バックウォーター氏(James Lisle Backwater)の経歴を調べ上げて、ホームズに話して聞かせる。


前バックウォーター卿であるジェイムズ・ライル・バックウォーター氏は、貧しい家庭環境に生まれ、幼い頃に孤児となった。長じると、船員となって、アメリカ大陸を巡った。鉱山業 / 採掘業に手を広げ、大成功をおさめると、25年前に英国へと戻り、バックウォーター(Backwater)で隠遁生活を送る。チャリティー団体への多額な寄付が評価され、バックウォーター子爵に叙せられる。その後、レディー・フェリシア・イーグルストーン(Lady Felicia Eaglestone)と結婚し、現バックウォーター子爵であるパトリックと娘のパトリシア(Patricia)の二人を設ける。妻のレディー・フェリシア・バックウォーターが10年前に亡くなった後、前バックウォーター卿は再婚せず、パトリックとパトリシアの二人と一緒に、バックウォーターで静かな生活を送っていた。

前バックウォーター卿の経歴の中に、今回の殺人事件を解明する要素はあるのだろうか?ワトスンの説明を聞いたホームズは、「前バックウォーター卿とオーストラリア / ニュージーランド(The Antipodes)の繋がりが、何かある筈だ。」と告げるのであった。


現地に到着したホームズ達は、スコット警部(Inspector Scott)の出迎えを受ける。スコット警部を見たホームズの顔が、喜びに輝く。彼がロンドンのモンタギューストリート(Montague Street)において諮問探偵業を始めた頃、ちょっとした事件で、当時、スコットランドヤードの巡査(Constable)だったスコット警部の手助けをしたことがあったのである。


ホームズとワトスンは、スコット警部と一緒に、前バックウォーター卿の遺体が安置されている警察署へと向かう一方、バックウォーター子爵とプレッジ氏は、バックウォーターホール(Backwater Hall)へと戻り、ホームズとワトスンによる捜査結果を待つことになった。


安置所に到着したホームズとワトスンは、前バックウォーター卿の遺体を検死する。彼の遺体は、50代にしては、体格がよく健康体で、肥満の徴候はなかった。彼の上半身と両腕には、棍棒で何度も殴打された痕がハッキリと残っていて、直接の死因は後頭部への一撃で、複数の襲撃者による犯行のようであった。

スコット警部達が彼の遺体をうつ伏せにした時、背中に残る数多くの傷痕が露わになった。ホームズに頼まれて、それらの傷痕を調べたワトスンは、前バックウォーター卿が若い頃に負ったものだと答える。

更に、前バックウォーター卿の両腕の内側には、「NEVER」と「EVER」の二つの文字がタトゥーとして施されていた。ホームズによると、学生時代のタトゥーであれば、インクによるものが、また、軍隊時代のタトゥーであれば、火薬によるものが主体で、両方とも時間の経過とともに薄くなるが、これだけ鮮明に残っている場合、ランプブラック(青みがかった黒色の極めて純度の高い炭素)によるものと考えられるとのことだった。


前バックウォーター卿が船員としてアメリカ大陸へ向かった後、鉱山業 / 採掘業で大成功をおさめて、英国に戻って来るまでの間に、一体、何があったのだろうか?「NEVER」と「EVER」の二つのタトゥーは、一体、何を意味するのか?更に、前バックウォーター卿が受け取った手紙に書かれていた「地獄の門(The Gates of Hell)」とは、一体、何で、彼とどのような繋がりがあるのだろうか?