2017年9月2日土曜日

ロンドン ヴィンセントスクエア(Vincent Square)

ヴィンセントスクエア内にある広場を望む

サー・アーサー・コナン・ドイル作「四つの署名(The Sign of the Four)」(1890年)では、若い女性メアリー・モースタン(Mary Morstan)がベーカーストリート221Bのシャーロック・ホームズの元を訪れて、風変わりな事件の調査依頼をする。


元英国陸軍インド派遣軍の大尉だった彼女の父親アーサー・モースタン(Captain Arthur Morstan)は、インドから英国に戻った10年前に、謎の失踪を遂げていた。彼はロンドンのランガムホテル(Langham Hotel→2014年7月6日付ブログで紹介済)に滞在していたが、娘のモースタン嬢が彼を訪ねると、身の回り品や荷物等を残したまま、姿を消しており、その後の消息が判らなかった。そして、6年前から年に1回、「未知の友」を名乗る正体不明の人物から彼女宛に大粒の真珠が送られてくるようになり、今回、その人物から面会を求める手紙が届いたのである。

ヴィンセントスクエア内にある広場を東側から見たところ(その1)
ヴィンセントスクエア内にある広場を東側から見たところ(その2)

彼女の依頼に応じて、ホームズとジョン・H・ワトスンの二人は彼女に同行して、待ち合わせ場所のライシアム劇場(Lyceum Theatreー2014年7月12日付ブログで紹介済)へ向かった。そして、ホームズ達一行は、そこで正体不明の人物によって手配された馬車に乗り込むのであった。

ヴィンセントスクエアの東側には、
ロチェスターホテルが建っている

奇妙な状況だった。私達は、知らない用件で知らない場所へと、馬車に乗って向かっていた。私達が受けたこの招待は、全くの悪ふざけかーこれはありえない仮説だがーそれとも、私達が向かう先に重要なことが待ち構えていると考えるに足る十分な根拠があるのだろうか。モースタン嬢の態度は、それまでと同じように、決意を固めた落ち着いたものだった。私はアフガニスタンへ従軍した思い出話をして、彼女を元気付けたり、そして楽しませようと努めたが、正直に言うと、私は自分自身がこの状況に非常に興奮して、私達の行き先に興味津々だったため、私の思い出話は少しばかり混乱していた。今でも、彼女は、私が動揺してこんな話をしたと言うのだ。ー真夜中に、マスケット銃(旧式歩兵銃)が私のテントの中を覗き込んだため、私がマスケット銃に向けて、二重銃身の虎の子を発砲した、と。最初は、私達が乗った馬車がどの方面へ向かっているのか、私もある程度判っていたが、馬車の速度、霧やロンドンの地理に不案内であることから、直ぐに私は方向を見失ってしまい、非常に長い距離を進んでいるようだということを除くと、全く何も判らなくなった。一方、シャーロック・ホームズは決して方向を見失っておらず、私達が乗った馬車が広場を走り抜け、曲がりくねった通りを出たり入ったりする度、彼は通りの名前を呟いたのである。
「ロチェスターロウだ。」と、彼は言った。「次は、ヴィンセントスクエアだ。ちょうど今、ヴォクスホールブリッジロードに出たな。見たところ、僕達はサリー州方面へ向かっているようだ。そうだ。そうだと思ったよ。今、ヴォクスホール橋を渡っている。少しばかり、テムズ河の川面が見えるぞ。」

ヴィンセントスクエア内にある広場を北側から見たところ(その1) 
ヴィンセントスクエア内にある広場を北側から見たところ(その2)−
奥に見えるのが、クリケット用クラブハウス

The situation was a curious one. We were driving to an unknown place, on an unknown errand. Yet our invitation was either a complete hoax - which was an inconceivable hypothesis - or else we had good reason to think that important issues might hang upon our journey. Miss Morstan’s demeanour was as resolute and collected as ever. I endeavoured to cheer and amuse her by reminiscences of my adventure in Afghanistan; but, to tell the truth, I was myself so excited at our situation, and so curious as to our destination, that my stories were slightly involved. To this day she declares that I told her one moving anecdote as to how a musket looked into my tent at the dead of night, and how I fired a double-barreled tiger cub at it. At first I had some idea as to the direction in which we were driving; but soon, what with our pace, the fog, and my own limited knowledge of London, I lost my bearings, and knew nothing, save that we seemed to be going a very long way. Sherlock Holmes never at fault, however, and he muttered the names as the cab rattled through squares and in and out by tortuous by-streets.
‘Rochester Row,’ said he. ‘Now Vincent Square. Now we come out on the Vauxhall Bridge Road. We are making for the Surrey side, apparently. Yes. I thought so. Now we are on the bridge. You can catch glimpses of the river.’

ヴィンセントスクエアの北側の建物には、
王立園芸協会が入居している
ヴィンセントスクエアの北側に建つフラット

ヴィンセントスクエア(Vincent Square)は、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のウェストミンスター地区(Westminster)内に所在している。

ヴィンセントスクエア内にある広場を西側から見たところ(その1)
ヴィンセントスクエア内にある広場を西側から見たところ(その2)

ヴィンセントスクエアの中心には、芝に被われた広大な広場があり、その中にはクリケット用のクラブハウス(cricket pavilion)、サッカー場やテニスコート等が整備されており、広場を所有するウェストミンスタースクール(Westminster School)の運動場として、日中は使用されている。

ヴィンセントスクエアの西側に建つフラット(その1)
ヴィンセントスクエアの西側に建つフラット(その2)
ヴィンセントスクエアの西側に建つフラット(その3)

広場を囲む北側の建物には、キングスウェイカレッジ(Kingsway College)や王立園芸協会(Royal Horticultural Society)等が入居している。西側の建物では、ウェリントンホテル(The Wellington Hotel)やロチェスターホテル(The Rochester Hotel)等が営業している。また、東側や南側の建物は、基本的に、住居やフラットとなっている。

ヴィンセントスクエアの南側に建つフラット

ヴィンセントスクエアの一本南側にあるヴォクスホールブリッジロード(Vauxhall Bridge)は、テムズ河(River Thames)に架かるヴォクスホール橋(Vauxhall Bridge)を通じて、テムズ河の北岸と南岸を結ぶ幹線道路で、平日は昼夜を問わず、交通渋滞が激しいが、一本北側に入ったヴィンセントスクエア内は、日中でも非常に静かで、ヴォクスホールブリッジロードの喧騒も届かない。

ヴィンセントスクエアの北側から南側を見たところ−
正面奥に見える通りが、ヴォクスホールブリッジロードで、
ホームズ、ワトスンとメアリー・モースタンの三人を乗せた馬車は、
ヴィンセントスクエアを走り抜けて、ヴォクスホールブリッジロードへと出る

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