インペリアルホテルの入口を表示する立て看板 |
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(出版社によっては、「邪悪の家」という邦題を使用しているケースあり)は、コンウォール(Cornwall)州セントルー(St. Loo)が舞台となる。
ホテルの部屋に付随するベランダからトアベイを望む |
エルキュール・ポワロとアーサー・ヘイスティングス大尉は、マジェスティックホテル(Majestic Hotel)のテラスで優雅な休暇を楽しんでいた。テラスから庭へと通じる階段でポワロが足を踏み外したところ、丁度運良くそこに通りかかったニック・バックリー(Nick Buckley)に助けられ、事なきを得る。彼女は、ホテルの近くにある岬の突端に立つやや古びた屋敷エンドハウスの女主人であった。ニックがポワロを助けた直後、蜂か何かがニックの頭の方に飛んで来たようで、彼女はそれを追い払う仕草をする。ポワロ達と少し話をした後、ニックはエンドハウスへ帰ったが、彼女はそれまでかぶっていた帽子をテラスのテーブルの上に忘れて行った。ポワロが残された帽子を手に取ってみると、帽子のつばには穴があいており、その上、近くには弾丸が落ちていたのである。ということは、ニックが蜂による一刺しだと思ったのは実際には銃による狙撃だったのだ!
先程の会話の中で、ニックが「最近3回も命拾いをした。」と話していたことをポワロは思い出す。1回目は、彼女のベッドサイドに架けてあった絵が夜中に突然落ちてきて、彼女の頭を直撃しそうになったこと、2回目は、彼女がエンドハウス専用の小道を歩いていた際、石が突然彼女に向かって落ちてきたこと、更に、3回目は、彼女が運転していた車のブレーキが壊されていたことである。そして、4回目は、先程の銃による狙撃である。これまでの状況を考える限り、明らかに何者かがニックの命を狙っていると思われる。しかも、4回目は名探偵である自分の目前で!事態を重くみたポワロは、ニックの命を守るべく、ヘイスティングスを連れて、エンドハウスに赴く。
ポワロ達と再度面会したニックは、自分には命を狙われる覚えはないと楽観的に答えるが、ポワロは彼女に対して、誰か信頼できる人物をしばらくの間そばにおくよう、強く勧める。そこで、ニックは従姉妹のマギー・バックリー(Maggie Buckley)を呼ぶことにする。
マギーが到着した日の夜、エンドハウスではパーティーが開催され、ポワロとヘイスティングスもニックに招かれて出席する。海岸で行われる花火大会を皆が見物する最中、またもや新たな事件が発生するのであった。屋敷の庭で、マギーが何者かに銃で撃たれ、殺されてしまう。ニックの赤いショールを肩に羽織っていたために、マギーはニックと間違えられたのだろうか?これで5回目である。
翌日、世界的に有名な飛行家マイケル・シートン(Michael Seton)が飛行中の墜落事故により死亡したというニュースが飛び込んでくる。彼はある富豪の遺産相続人で、マグダラ・バックリー(Magdala Buckley)と密かに婚約していて、彼女に全財産を遺す遺言書を作成していた。そして、ニックはポワロに対して、「ニックは愛称で、自分の本名はマグダラ・バックリーだ。」と告げる。つまり、巨万の富が彼女に転がり込んでくるのだ。これが、彼女が何度も命を狙われる理由なのだろうか?
ポワロとヘイスティングスが宿泊したコンウォール州セントルーのマジェスティックホテルは架空の場所で、アガサ・クリスティーの生まれ故郷であるデヴォン(Devon)州トーキー(Torquay)にあるインペリアルホテル(Imperial Hotel)がそのモデルだと一般に言われている。トーキーは「英国のリヴィエラ(English Riviera)」と呼ばれる避暑地で、日本の熱海のような雰囲気が感じられる。インペリアルホテルはトアベイ(Torbay)という湾を見下ろす岬の中腹に建つ1866年創業の地中海スタイルのホテルである。ホテルからは、トアベイだけではなく、プリンセスピア(Princess Pier)と呼ばれる桟橋で囲まれたヨットハーバー等、湾の素晴らしい景色を望むことが可能。ホテルへは、トーキーの街中心部からトアベイを巡るトアベイロード(Torbay Road)とヴィクトリアパレード(Victoria Parade)の海岸通りを経て、ビーコンヒル(Beaconhill)、そして、パークヒルロード(Parkhill Road)と岬の斜面を上ると、徒歩15分程で着くことができる。
創業当時、インペリアルホテルはロンドン以外に建てられた初の5つ星ホテルで、今でもトーキー随一の豪華なホテルではあるが、現在の外観からは、かつて英国のロイヤルファミリーや海外の皇族等が滞在したことを彷彿させるような面影はなく、どこの海辺にでもありそうな(ただし、少しだけグレードが高い)普通のホテルといった感じである。というのも、創業当時の建物は、第二次世界大戦時(1939年ー1945年)に大きな被害を蒙り、その後改築工事はあったものの、昔の栄光を取り戻すことはできなかったのだ。
ホテルの玄関を入ると、玄関ホール奥の壁には、アガサ・クリスティーの肖像が架けられている。これは、「アガサ・クリスティー・マイル(Agatha Christie Mile)」と呼ばれているもので、トーキーにおけるクリスティーゆかりの場所に掲げられているプレートである。このプレート、日本の瓦のような形をしており、プレートの上方にある丸窓の中で、クリスティーが顎の辺りで両手を組み、じっとこちらを見つめているように感じられる。一歩ホテルの内に入ると、外観の印象とは違って、創業当時の古き良きヴィクトリア時代の雰囲気が残っている。
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