2015年1月24日土曜日

シャーロック・ホームズの更なる冒険 / オペラ座の天使 (The Angel of the Opera)


シャーロック・ホームズの更なる冒険 / オペラ座の天使
(The further adventures of Sherlock Holmes / The Angel of the Opera)
(著者) Sam Siciliano 1994年
(出版) Titan Books    2011年

本作品は、ミュージカルや映画等の原作となっている、フランスの作家ガストン・ルルー(Gaston Leroux:1868年ー1927年)による小説「オペラ座の怪人(The Phantom of the Operaー原題:Le Fantome de L'Opera)」(1909年ー1910年)をベースにしている。
他の物語のようにワトスンの未発表原稿という形式は採らず、ホームズの従兄弟でかつ友人であるヘンリー・ヴェルニール医師(Dr. Henrry Vernier)によって話が進められていく。彼は「ワトスンがストランド誌に発表しているホームズではなく、真のホームズを世間に知らせる目的で筆をとった。」とコメントしている。

19世紀末(1890年代)の1月、ホームズはヘンリーと一緒に英国のウェールズ(Wales)に居て、ある事件の捜査をしていた。ホームズはその事件を解決するのだが、犯人のローウェル少佐(Major Lowell)は自殺し、彼の娘で盲目のピアニストであるスーザン・ローウェル(Susan Lowell)が一人後に残される。この20ページ程のプロローグが、本作品のエピローグへの重要な伏線となる。

ウェールズでホームズはロンドンから転送されたパリ・オペラ座(Paris Opera House)からの手紙を受け取る。それはオペラ座(ガルニエ宮:Le Palais Garnier)の支配人であるフェルミン・リチャード(Firmin Richard)と アルマン・モンシャルミン(Armand Moncharmin)からのもので、オペラ座に出没するゴースト(Opera Ghost)の調査を依頼するものであった。同年2月、ホームズとヘンリーはドーバー海峡(Strait of Dover)を渡る。パリ・オペラ座では、「オペラ座の怪人(Le Fantome de l'Opera)」からの手紙がホームズ達を待っていた。手紙は、毎月の支払の2ヶ月遅延と、それを仲介していたマダム・ジリー(Madame Giry)の解雇についてのクレームであった。
(1)マダム・ジリーの復職
(2)月給2万フランの支払と5番ボックス席の常時確保
(3)次の演目「ファウスト(Faust)」のマルグリット(Marguerite)への若手女優クリスティーヌ・ダーエ(Christine Daae)の抜擢、つまり、マダム・カルロッタ(Madame Carlotta)からの変更
を要求していた。

早速ホームズ達は調査を開始し、クリスティーヌ、彼女の恋人ラウル・ド・シャニー(Raul De Chagny)子爵、マダム・ジリーやマダム・カルロッタに会う。
クリスティーヌは自分の楽屋裏から聞こえる「天使の声」の指導を受けて歌唱力を付け、オペラ座内で頭角をあらわすが、恋人のラウルは彼女が謎の声に魅了されている様子を見て悩み苦しんでいた。物語の中盤、クリスティーヌは謎の声に導かれ、オペラ座の地下に広がる広大な水路空間に誘われる。ホームズ、ヘンリーとラウルはその後を追う。そして、ついに、オペラ座の怪人エリック(Erik)がその姿を現すのである。

本作品では、クリスティーヌとラウルは、実際若いのだから仕方ないのだが、子供っぽいと言うか、身勝手な人物として描かれている。これが、報われぬ恋に悩むエリックの悲惨さを強調するとともに、エピローグに向けて、エリックの救いになっているのだが、この時点でエリックはまだそのことを知らない。物語の終盤、「緋色の研究(A Study in Scarlet)」事件にも登場した捜査犬トビー(Toby)がロンドンから到着し、ホームズ達を助け活躍する。ホームズファンの心理をくすぐるところである。最後、エリックは最終手段としてパリ・オペラ座を爆破しようとするのだが、果たしてホームズ達はこれを阻止出来るのか?

物語のエピローグの舞台は、またウェールズに戻る。ホームズ達は、父親を亡くした盲目のピアニストであるスーザンのために、とても素敵なプレゼントを携えてきた。そこには、外見の美醜によって判断されない、真の人間性によってのみ構築される世界が出現する。それは、子供っぽく身勝手なクリスティーヌやラウルには到達できない世界。
確か、原作とは異なり、本作品において、エリックは最後までマダム・カルロッタ達を殺害しておらず、本作品を読みながら、何故原作と異なるようにしているのか?と疑問を感じていたが、エピローグに至って、初めて本作品の作者の意図が判った。原作のように、エリックが殺人を犯していた場合、彼はスーザンの救いにはなれなかったし、また、スーザンも彼の救いにはならなかったと言える。原作のように、オペラ座の地下への潜入場面はあって、それなりに盛り上がるシーンはあるものの、マダム・カルロッタの殺害に至る有名なシャンデリアの落下シーン等の見せ場にはやや欠けるが、エピローグまで読み通すと、本作品は原作とは違う意味ですばらしく、とてもすてきな結末だったと思う。原作はクリスティーヌとラウルにとってのハッピーエンディングで、本作はエリックにとってのハッピーエンディングという訳である。


読後の私的評価(満点=5.0)

1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆半(4.5)
言わずと知れたパリ・オペラ座の怪人とホームズの対決で、ドラキュラやジキル博士/ハイド氏等と比肩する闘いである。ホームズファンとしては、是非とも実現してほしい対決の一つである。ガストン・ルルーの小説は1909年から1910年にかけて発表されているが、時代設定が19世紀末となっており、本作品とうまくリンクしている。

2)物語の展開について ☆☆☆☆(4.0)
プロローグとして、ウェールズでの事件捜査があったりして、なかなか本筋に入らなかったり、マダム・カルロッタの殺害に至る有名なシャンデリアの落下シーンがなく、やや見せ場に欠けるきらいはあるものの、全て最後のシーン(=オペラ座の怪人であるエリックによってのハッピーエンディング)に向けて計算された展開であり、原作通りではないが、とても素敵な結末だったので、良しとしたい。

3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆☆☆(4.0)
サー・アーサー・コナン・ドイルの聖典で描写されるやや冷徹とも言えるホームズ像とは異なり、最終手段としてパリ・オペラ座そのものを爆破しようとするエリックに対して、平和的な解決を模索するホームズ像が示され、記録者であるヘンリー・ヴェルニエ医師がコメントした通り、真のホームズ像を世間に知らしめる目的は達成できたかと思う。ホームズは、エリックだけではなく、ウェールズの盲目のピアニストであるスーザンをも救うというヒューマンな解決をしている点を高く評価したい。

4)総合 ☆☆☆☆(4.0)
ガストン・ルルーの原作を小説、ミュージカルや映画等で知っていたので、本作品はなかなか面白く読めた。原作とは筋がやや異なっていたり、途中話の盛り上がりにやや欠けたりする点はあるものの、物語の最後にとても素敵な結末が提示され、満足である。うまく着地してくれたので良かった。クリスティーヌやラウルが子供っぽく、身勝手な描写になっている分、報われぬ恋に悩むエリックの悲惨さとエピローグにおけるエリックの救いがとても強調されている。

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