現在の「シンプソンズ」入口 |
サー・アーサー・コナン・ドイル作「高名な依頼人(The Illustrious Client)」において、匿名の依頼人の指示を受けて、サー・ジェイムズ・デマリー大佐(Colonel Sir James Demery)がベーカーストリート221Bに住むシャーロック・ホームズを訪問する。それは、1902年9月3日の午後4時半のことであった。
デマリー大佐の話によると、ド・メルヴィル将軍(General de Merville)の令嬢ヴァイオレット・ド・メルヴィル(Violet de Merville)がオーストリアのアデルバート・グルーナー男爵(Baron Adelbert Grunner:現在、英国のキングストン(Kingston)近くのヴァーノンロッジ(Vernon Lodge)に居住)と親密になり、彼と婚約するに至っていた。グルーナー男爵はハンサムであるが、実際には、非常に残虐な男である。本人曰く、彼が当時結婚していた妻は事故で死亡したと弁明して、プラハでの裁判では罪を免れたが、本当は彼が自分の妻を自ら殺害したものと一般には考えられていたのである。
ド・メルヴィル将軍をはじめ、ド・メルヴィル嬢の周りの者は彼女にグルーナー男爵との結婚を思いとどまるよう言い含めるものの、残念ながら、彼女の態度は非常に頑なで、どんな説得にも耳を貸そうとはしなかった。「ド・メルヴィル嬢とグルーナー男爵の結婚をなんとか阻止してほしい。」というデマリー大佐の依頼を受けたホームズは、早速行動を開始すると約束する。昔は危険極まりない悪党として鳴らしていたが、今は前非を悔い改めてホームズに協力的な情報屋シンウエル・ジョンソン(Shinwell Johnson)に、ホームズはまず手助けを求めたのである。
私の友人(=ホームズ)が即座にどういった行動に出たのかについて、私(=ジョン・ワトスン)には判らなかった。というのも、私は本業の医師として急ぎの仕事があったからであるが、その晩、シンプソンズでホームズと会う約束になっていた。正面窓のところに置かれた小さなテーブルに座り、ストランド通りを行き交う慌ただしい雑踏の流れを見下ろしながら、ホームズは私にデマリー大佐との会見以降の経過を話してくれた。
(It was not possible for me to follow the immediate steps taken by my friend, for I had some pressing professional business of my own, but I met him by appointment that evening at Simpson's, where, sitting at a small table in the front window, and looking down at the rushing stream of life in the Strand, he told me something of what had passed.)
夕闇が迫るサヴォイホテルの入口 |
「シンプソンズ・イン・ザ・ストランド(Simpson's in the Strand)」は、ローストビーフとヨークシャープディングが非常に美味しいので有名なレストランで、トラファルガースクエア(Trafalgar Square)からシティー・オブ・ロンドン(City of London)方面に延びるストランド通り(Strand)沿いにある。住所は、「100 Strand, London WC2R 0EW」。1828年創業で、現在はサヴォイホテルグループのレストランになっている。ここのメインダイニングルームは昔女人禁制という格式の店であったが、現在は女性の入店も可能である。
ちなみに、ホームズはワトスンと連れ立って、シンプソンズには数回訪れている。「高名な依頼人」事件以外で、具体的にシンプソンズが出てくるのは、「瀕死の探偵(The Dying Detective)」事件である。
なお、ドイルの原作では、ホームズとワトスンはシンプソンズの正面窓近くにあるテーブルからストランド通りを行き交う人々を眺めているが、現時点ではこの記述は当てはまらない。何故ならば、現在、シンプソンズにはストランド通りに面した窓は存在していないからである。実際、シンプソンズ内の客から外がよく見える反面、外からも中に居る客が丸見えだったため、1904年に改装されたとのこと。ドイルの原作によると、「高名な依頼人」事件の発生年月は1902年9月となっており、シンプソンズの改装前なので、ホームズとワトスンが同レストランの正面窓に近いテーブルに座っていたとしてもおかしくない訳である。
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