2022年4月15日金曜日

アンソニー・ホロヴィッツ作「モリアーティー」(Moriarty by Anthony Horowitz) - その3

英国のグラナダテレビから出ている
「シャーロック・ホームズの冒険」(上巻)の内表紙 -
画面左手前には、ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)が演じるホームズが、
また、画面右手奥には、スイスのマイリンゲンにある
ライヘンバッハの滝壺へと落ちていくホームズと
ジェイムズ・モリアーティー教授(演:Eric Porter)が載っている。

読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆半(3.5)


3年間(1891年5月ー1894年4月)の大空位時代を生み出したサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)作「最後の事件(The Final Problem)」直後のスイスのマイリンゲン(Meiringen)にあるライヘンバッハの滝(Reichenbach Falls)から、物語が始まる。

シャーロック・ホームズが居ないロンドンを舞台にして、米国のピンカートン探偵社(Pinkerton Detective Agency)に所属するフレデリック・チェイス(Frederick Chase)とスコットランドヤードのアセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones - コナン・ドイル作「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)」に登場)が、ホームズの宿敵で、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)と手を組もうとしていた米国の犯罪組織の首領で、正体不明のクラレンス・ドゥヴルー(Clarence Devereux)を捕らえるべく、二人での戦いを続ける設定。


(2)物語の展開について ☆☆☆☆(4.0)


フレデリック・チェイスが謎の少年につけ狙われたり、アセルニー・ジョーンズ警部の娘が誘拐されたり、また、スコットランドヤードが爆破されたりと、様々な困難に接するも、チェイスとジョーンズ警部の二人は、それらを乗り越えて、徐々にドゥヴルー一味に迫っていく。前作の「絹の家(The House of Silk → 2022年1月29日 / 2月5日 / 2月12日付ブログで紹介済)」(2011年)と同様に、テンポ良く話が進み、読みやすい。


(3)フレデリック・チェイス / アセルニー・ジョーンズ警部の活躍について ☆☆☆(3.0)


ホームズを敬い、ホームズの捜査方法を模倣するアセルニー・ジョーンズ警部であるが、ホームズ張りの推理が見られるのは、物語の初めの方だけで、米国の犯罪組織の首領を追いつめるという物語の性格上、話がややハードボイルド風になり過ぎている点は否めず、残念。

一方、本作品の主人公に該るフレデリック・チェイスは、部下の復讐に燃えているものの、自分のホームグラウンドではないロンドンという点は考慮するが、ジョーンズ警部に付き従っているだけのように感じられてしまい、惜しい。ただし、物語の結末における驚くべき仕掛けのためにはやむを得ない点はあるが…


(4)総合評価 ☆☆☆半(3.5)


物語の大部分は、ややハードボイルド風で展開していくが、物語の結末には、驚くべき仕掛けが用意されていて、これによって、最後、物語の様相が一変する。仕掛けとしては、非常に面白いが、コナン・ドイル作「最後の事件」におけるモリアーティー教授の人物設定を考えると、全員が納得できるかと言うと、少し疑問である。



2022年4月13日水曜日

チャールズ・キングストン作「ピカデリーの殺人」(Murder in Piccadilly by Charles Kingston)

大英図書館(British Library)から2015年に出版された
チャールズ・キングストン作「ピカデリーの殺人」の表紙
(Front cover : NRM / Pictorial Collection / Science Picture Library)


「ピカデリーの殺人(Murder in Piccadilly)は、アイルランドのコーク州(County Cork)ミッチェルズタウン(Mitchelstown)出身のジャーナリスト兼作家であるチャールズ・キングストン・オマホニー(Charles Kingston O’Mahony:1884年ー1944年)が1936年に発表した推理小説である。

チャールズ・キングストン・オマホニーは、1912年にチャールズ・オマホニー(Charles O’Mahony)名義で「アイルランドの総督達(The Viceroys of Ireland)」を発表した後、執筆名義をチャールズ・キングストン(Charles Kingston)に変えて、ノンフィクションの作品を数多く世に出した。

その後、彼は推理作家へと転じて、1921年から亡くなる1944年までの約四半世紀の間に、20作を超える推理小説を発表している。


「ピカデリーの殺人」には、スコットランドヤードのハリー・ウェイク主任警部(Chief Inspector Harry Wake)が初登場し、以降、本作品を含めて、7作で活躍する。


大英図書館から2015年に出版された
チャールズ・キングストン作「ピカデリーの殺人」の裏表紙

若きロバート・チェルドン(Robert Cheldon  通称:ボビー(Bobbie))は、母親のルビー・チェルドン(Ruby Cheldon)と二人暮らしで、亡くなった父方の伯父である大富豪のマッシー・チェルドン(Massy Cheldon)から生活の援助を受けていた。


怠惰で、あまり聡明でもないボビーは、ソーホー地区(Soho)にある行きつけのナイトクラブ「Frosen Fang」のダンサーであるナンシー・カーゾン(Nancy Curzon)に首ったけとなり、生活の糧がないにもかかわらず、彼女との結婚を夢見るようになる。ナンシーも、ボビーに対して興味を示すが、彼女が本当に興味があったのは、ボビー本人ではなく、ボビーが伯父から相続する遺産の方だった。


ボビーからナンシーの話を聞いた伯父のマッシー・チェルドンは、ボビーとナンシーの結婚に、大反対の意を表明した。ボビーがナンシーと結婚するのであれば、「生活の援助を打ち切る上に、自分の遺産相続人からも外す。」と、マッシー・チェルドンは、ボビーに対して、通告する。

一方、ボビー経由、マッシー・シェルドンの話を聞いたナンシーとしては、伯父から遺産を相続できないボビーには、全く興味がなかった。

ナンシーと伯父のマッシー・シェルドンの間で、ボビーは膠着状態に陥ってしまった。

そんなボビーに対して、ナイトクラブ「Frosen Fang」を取り仕切る強欲なノーシー・ルスリン(Nosey Ruslin)は、自分の懐を肥やすべく、ある計画を吹き込むのであった。


そして、ある日、大富豪のマッシー・チェルドンが、地下鉄の構内において、心臓を刺されて死亡しているのが発見された。

捜査のため、スコットランドヤードのハリー・ウェイク主任警部が派遣される。


本作品は、全体で300ページ強であるが、ボビーの伯父で、大富豪であるマッシー・シェルドンが心臓を刺されて死亡するのが、半分を過ぎた辺りである。話自体は割合と読みやすいものの、前半の約150ページの間、ナンシーと伯父のマッシー・シェルドンの間で膠着状態に陥ってしまったボビーが、ナイトクラブ「Frosen Fang」のノーシー・ルスリンからある計画を吹き込まれ、どうするべきか迷う話がずーっと続く。物語のプロセスとして必要なことは分かるが、正直ベース、やや長過ぎるように感じた。


また、マッシー・チェルドンが心臓を刺されて死亡しているのが発見された後、スコットランドヤードのハリー・ウェイク主任警部が派遣され、捜査が始まるが、具体的な決め手に欠けて、捜査があまり進展しない。

物語の終盤、急転直下、事件は解決するが、事件の真相としては、こちらも、正直ベース、本格推理小説ファンには、今一つという感じである。


2022年4月10日日曜日

アンソニー・ホロヴィッツ作「モリアーティー」(Moriarty by Anthony Horowitz) - その2

英国の The Orion Publishing Group 社から2015年に出版された
アンソニー・ホロヴィッツ作「モリアーティー」の裏表紙(ペーパーバック版)
(Cover design and letterings by Mr. Patrick Knowles)

(1)英国からスイスまで、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)を追跡してきたスコットランドヤードのアセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones - サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)」に登場)と(2)米国から英国まで、米国の犯罪組織の首領であるクラレンス・ドゥヴルー(Clarence Devereux)を追ってきた米国のピンカートン探偵社(Pinkerton Detective Agency)に所属するフレデリック・チェイス(Frederick Chase)の二人は、情報交換の末、英国へと戻り、ロンドン内に潜伏しているドゥヴルー一味を捕らえるべく、共同戦線を張ることとなった。

ジェイムズ・モリアーティー教授亡き今、彼と手を結ぶために、ロンドンまで出向いてきたクラレンス・ドゥヴルーは、これからロンドンで何をしようと企んでいるのだろうか?


チェイスとジョーンズ警部の二人が行動を共にする中、シャーロック・ホームズを信奉して、ホームズの推理方式を自分の捜査方法に取り入れるジョーンズ警部の活躍もあって、二人はドゥヴルー一味を明らかにし、その背後に潜むクラレンス・ドゥヴルーの正体に徐々に迫っていくが、予想もできない結末が待ち受けていたのである。


ホームズとモリアーティー教授の二人がスイスのライヘンバッハの滝壺(Reichenbach Falls)に姿を消した「最後の事件(The Final Problem)」において、その背後で、一体、何が起きたのか?ライヘンバッハの滝壺から発見された溺死体は、本当にモリアーティー教授の死体だったのか?


また、ロンドンに戻ったフレデリック・チェイスとアセルニー・ジョーンズ警部の二人の前に姿を見せて、チェイスをつけ狙おうとする少年は、一体、何者なのか?クラレンス・ドゥヴルーがチェイスに向けて放った殺し屋なのか?


そして、チェイス / ジョーンズ警部とドゥヴルー一味との攻防、その中で発生するスコットランドヤードでの爆弾騒ぎ。ドゥヴルー一味は、遂にロンドンでのテロ活動に手を染めたのか?


物語の冒頭から、ジェイムズ・モリアーティー教授自身は、彼と思われる溺死体しか出てこないが、本作品のタイトルである「モリアーティー(Moriarty)」が、物語の結末において、非常に重要な意味を持ってくるのである。


2022年4月9日土曜日

<第800回> コナン・ドイル作「悪魔の足」<英国 TV 版>(The Devil’s Foot by Conan Doyle

英国の俳優であるジェレミー・ブレットが主人公のシャーロック・ホームズを演じた
英国のグラナダテレビ制作の「シャーロック・ホームズの冒険」の
「悪魔の足」における1場面(ホームズが「悪魔の足」の燃焼実験をする場面)  -
シャーロック・ホームズ博物館(Sherlock Holmes Museum)において、
絵葉書として販売されていた。
本作品は1988年に制作されているが、体調の問題等もあって、
ジェレミー・ブレットはホームズ役からの降板を考えており、
短髪なのは、そのためである。


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「悪魔の足(The Devil’s Foot → 2022年3月26日 / 4月3日付ブログで紹介済)」は、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、40番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1910年12月号に、また、米国では、「ストランドマガジン」米国版の1911年1月号と同年2月号に掲載された。また、同作品は、1917年に発行されたホームズシリーズの第4短編集「シャーロック・ホームズ最後の挨拶(His Last Bow)」に収録された。


本作品は、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、TV ドラマとして映像化された。具体的には、第4シリーズ(The Return of Sherlock Holmes)の第1エピソード(通算では第21話)として、1988年に制作されている。


配役は、以下の通り。


(1)シャーロック・ホームズ → ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett:1933年ー1995年)

(2)ジョン・ワトスン → エドワード・ハードウィック(Edward Hardwicke:1932年ー2011年)


(3)レオン・スターンデイル博士(Dr. Leon Sterndale:有名なライオン狩りの名手 / アフリカ探検家)→ Denis Quilley

(4)モーティマー・トレゲニス(Mortimer Tregennis)→ Damien Thomas

(5)ラウンドヘイ牧師(Revend Roundhay)→ Michael Aitkens

(6)ポーター夫人(Mrs. Porter:トレゲニス家の家政婦)→ Freda Dowie

(7)オーウェン・トレゲニス(Owen Tregennis)→ Norman Bowler

(8)ジョージ・トレゲニス(George Tregennis)→ Peter Shaw

(9)ブレンダ・トレゲニス(Brenda Tregennis)→ Christine Collins

(10)リチャーズ医師(Dr. Richards)→ John Saunders

(11)地元警察の警部(Police Inspector)→ Frank Moorey


コナン・ドイルの原作では、ラウンドヘイ牧師の名前について言及されていないが、グラナダテレビ版では、フランシス(Francis)という名前が与えられている。

コナン・ドイルの原作では、トレダニックウォーサ(Tredannick Wartha)村に住むオーウェン、ジョージとブレンダのトレゲニス一家について、モーティマー・トレゲニスの「his two brothers, Owen and George, and his sister Brenda」という表現しか使われていないが、グラナダテレビ版では、映像的に、オーウェンとジョージの二人は、モーティマーの兄のようである。特に、ジョージに関して、モーティマーは、「Elder brother」というセリフを発していた。また、映像的に、ブレンダは、モーティマーの妹のようである。


グラナダテレビ版のストーリーは、概ね、コナン・ドイルの原作と同様であるが、以下のような相違点がある。


(1)

グラナダテレビ版の冒頭、何者かが誰かの家に侵入して、戸棚から薬のようなもの(後に、「悪魔の足(radix pedis diaboli / Devil’s foot root)」と判明)を盗む場面から始まるが、コナン・ドイルの原作には、そのような場面はない。


(2)

グラナダテレビ版では、ワトスンは、心身ともに疲労したホームズを連れて、ロンドンを離れ、コンウォール州(Cornwall)のトレダニックウォラス(Tredannick Wollas)村の近くにあるコテージにおいて、療養の日々を過ごしていた際、同村のラウンドヘイ牧師がコテージを訪れて来て、ホームズとワトスンの二人と知り合いになる場面が、キチンと追加されている。また、ラウンドヘイ牧師が、考古学(archaeology)に興味を持っているという設定も付け加えられている。

コナン・ドイルの原作では、ラウンドヘイ牧師がホームズとワトスンの二人と知り合いになっていることは言及されているものの、ラウンドヘイ牧師が初めて登場するのは、モーティマー・トレゲニスと一緒に、事件のことをホームズとワトスンの二人に相談にやって来る場面である。


(3)

グラナダテレビ版では、海岸を散歩するホームズが、薬のアンプルを砂浜に埋めて、薬と決別する場面が描かれているが、コナン・ドイルの原作には、そのような場面はない。


(4)

コナン・ドイルの原作では、3月16日(火)、朝食をすませて、ホームズとワトスンの二人が居間(sitting room)に居るところへ、ラウンドヘイ牧師が、モーティマー・トレゲニスと一緒に、事件のことを相談にやって来る。

一方、グラナダテレビ版の場合、ラウンドヘイ牧師が、モーティマー・トレゲニスと一緒に、事件のことを相談にやって来た際、コテージに居たのは、ワトスンだけで、ホームズは海岸を散歩していて、不在だった。また、ラウンドヘイ牧師とモーティマー・トレゲニスが入って来たのは、コテージの玄関に面した食堂(dining room)だった。


(5)

コナン・ドイルの原作では、ラウンドヘイ牧師とモーティマー・トレゲニスから事件の話を聞いたホームズとワトスンは、即、トレダニックウォーサ村の現場へと向かう。その際、「our」や「we」という表現が使われているが、ホームズとワトスンの二人に、誰が同行しているのか、明確ではない。ただし、途中、発狂したオーウェンとジョージの二人を病院へと運ぶ馬車とすれ違った際、モーティマー・トレゲニスが言葉を発しているので、彼が同行しているのは間違いないが、ラウンドヘイ牧師が同行しているかについては、ハッキリしていない。

一方、グラナダテレビ版の場合、ホームズが、モーティマー・トレゲニスと一緒に、現場へと向かおうとした際、療養を理由に、ワトスンは、ホームズが事件に関わることに反対して、一旦、コテージに残るが、後から、ホームズとモーティマーの二人を追いかけて来る。従って、現場へと向かったのは、ホームズ、ワトスンとモーティマーの3人で、ラウンドヘイ牧師は、後から現場へと駆けつけて来た。


(6)

コナン・ドイルの原作では、現場の調査を終えて、ホームズとワトスンの二人が、その日の午後、コテージに戻って来ると、そこには、近所の住人で、有名なライオン狩りの名手 / アフリカ探検家であるレオン・スターンデイル博士が待っていた。

一方、グラナダテレビ版の場合、ホームズとワトスンの二人がレオン・スターンデイル博士と出会うのは、現場の調査を終えて、コテージへ一旦戻る途中、海岸の崖の上に座っている場面で、博士が突然姿を現わすのである。


(7)

グラナダテレビ版において、ホームズが「悪魔の足」の燃焼実験を行った際、ホームズが見た幻覚の中に、(1)ジェイムズ・モリアーティー教授(James Moriarty)と(2)英国の詩人、画家で、銅版画職人でもあるウィリアム・ブレイク(William Blake:1757年ー1827年)が描いた「巨大な赤い龍(Great Red Dragon)」が出てくる。


(8)

物語の最後、愛するブレンダ・トレゲニスを殺害したモーティマー・トレゲニスに罰を与えたレオン・スターンデイル博士を見逃したホームズがワトスンに対して発した非常に重要なセリフに、若干の違いがある。


(コナン・ドイルの原作)

‘I have never loved, Watson, but if I did and if the woman I loved had met such an end, I might act even as our lawless lion-hunter has done, Who knows?’


(グラナダテレビ版)

‘I have never loved. But if I did, and if the woman I had loved had met with such an end, I might act even as our lawless lion-hunter has done, Wouldn’t you?’


個人的には、ホームズのセリフは、コナン・ドイルの原作では、「自分への問い掛け」で、グラナダテレビ版では、「ワトスンへの問い掛け」になっているように思われる。

ただし、これは、グラナダテレビ版の場合、コナン・ドイルの原作にはない「Not for the first time, Holmes, you presume to take the law into your own hands.」というセリフを、ワトスンがホームズに対して投げ掛けているからである。


2022年4月6日水曜日

アラン・メルヴィル作「アントンの死」(Death of Anton by Alan Melville)

大英図書館(British Library)から2015年に出版された
アラン・メルヴィル作「アントンの死」の表紙
(Front cover illustration : Mr. Chris Andrews)


「アントンの死(Death of Anton)」は、英国の推理作家で、プロデューサー、劇作家や脚本家でもあったアラン・メルヴィル(Alan Merville:1910年-1983年)が、1936年に発表した推理小説である。

アラン・メルヴィル(本名:ウィリアム・メルヴィル・カヴァーヒル(William Merville Caverhile))は、イングランド北部のノーサンバーランド州(Northumberland)内を流れるツイード川(River Tweed)の河口に位置するベリック・アポン・ツイード(Berwick-upon-Tweed)に出生。

学校を出た後、彼は家族が経営する材木会社に入るが、仕事が合わなかったため、独立するべく、自宅を出ると、ベリック・アポン・ツイード内のホテルに居を構えた。そして、彼は、材木会社で勤務する一方、夜間、タイプライターを使って、小説を書き続けた。

まもなく、子供向けの短編が BBC によって採用され、その後、詩や小説等も続き、1934年に発表した「スラックリーでの週末(Weekend at Thrackley → 2022年2月20日付ブログで紹介済)」(1934年)が商業的な成功を収めたので、彼は、材木会社を辞めて、作家業に専念することになった。


大英図書館から2015年に出版された
アラン・メルヴィル作「アントンの死」の裏表紙


ジョーゼフ・キャリー(Joseph Carey)が団長を務めるキャリーサーカス団(Carey’s Circus)では、7匹のベンガル虎(Bengal Tiger)とそれらの調教師であるアントン(Anton)が花形で、断トツの人気を誇っていた。

ところが、ある朝、ベンガル虎の檻の中で、アントンが死んでいるのが見つかった。当初、ベンガル虎の檻の中に入ったアントンが、何かの手違いがあって、ベンガル虎に襲われたのではないかと思われた。

念の為、スコットランドヤードのミント警部(Detective-Inspector Minto)が派遣され、現場検証が行われる。


ミント警部による現場検証の結果、アントンは、ベンガル虎に襲われたのではなく、拳銃で殺害されたことが判明する。犯人は、拳銃でアントンを殺害した後、アントンの死体をベンガル虎の檻の中に入れたのである。犯人は、ベンガル虎がアントンの死体を食べてしまうことを期待して、殺人の証拠隠滅を図ろうとしていた訳だが、犯人の期待に反して、ベンガル虎とアントンの絆は強く、そうはならなかったのだ。


早速、ミント警部は、サーカス団のメンバーのことを調べ始めるものの、残念ながら、誰もが、疑惑の域を出なかった。


(1)ジョーゼフ・キャリー: 団長 / 何かを隠しているように思われる。

(2)ドードー(Dodo): 道化役者 / 彼の衣裳には、動物の爪のようなもので引っ掻かれた跡があった。

(3)ロリマー(Lorimer): ブランコ乗り / 同じブランコ乗りで、浮気癖のある妻ロレッタ(Loretta)に激しい嫉妬を抱いていた。

(4)ミラー(Miller): 調教師 / アントンが亡くなった後、彼の後任に抜擢された。


ミント警部としては、檻の中に居た7匹のベンガル虎は、アントンを殺害した犯人を知っているに違いないと確信するとともに、アントンの仇を取るべく、真犯人の逮捕を誓うのであった。


英国の探偵小説における「黄金時代(Golden Age)」(第一次世界大戦と第二次世界大戦の間)に発表された作品の中で、本作品は、サーカス団を舞台にしており、非常に珍しい設定となっている。


作者のアラン・メルヴィルは、劇作家や脚本家でもあったので、とても読みやすいが、物語の結末まで、あまり大きな波乱もないまま、進んでしまうのが、残念なところである。

また、犯人の動機についても、通常の刑事ドラマにおいて取り扱われるようなもので、本格探偵小説のファンとしては、今一つと言った感じである。


2022年4月3日日曜日

コナン・ドイル作「悪魔の足」<小説版>(The Devil’s Foot by Conan Doyle ) - その2

英国で出版された「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」
1910年12月号に掲載された挿絵(その5)-
トレダニックウォーサ村に住む二人の兄弟(オーウェンとジョージ)と妹(ブレンダ)に続いて、
モーティマー・トレゲニスも、間借りしている牧師館の自室において、
謎の死を迎えたのである。

挿絵:ギルバート・ホリデイ(Gilbert Holiday 1879年 - 1937年)


1897年の春、過労と不摂生により健康を害していたシャーロック・ホームズのことを心配したジョン・H・ワトスンは、彼を連れて、コンウォール州(Cornwall)へ転地療養に来ていた。


3月16日(火)の朝、ホームズとワトスンが朝食を終えたところ、コテージ近くのトレダニックウォラス村のラウンドヘイ牧師(Mr Roundhay)と牧師館に間借りしているモーティマー・トレゲニス(Mr Mortimer Tregennis)の二人が、突然、訪ねてくる。


モーティマー・トレゲニスによると、昨晩、彼は、トレダニックウォーサ(Tredannick Wartha)村に住む二人の兄弟(オーウェン(Owen)とジョージ(George))と妹(ブレンダ(Brenda))が住む家を訪ねた、とのこと。彼ら4人は、一緒に夕食をとった後、そのままトランプゲームを楽しんだ。午後10時過ぎに、モーティマーは、上機嫌で食堂のテーブルを囲んでいる3人を残して、自分が住む牧師館へと帰って来た。


今朝、モーティマーが、再度、3人を訪問してみると、食堂の椅子に座ったまま、オーウェンとジョージの2人は発狂しており、そして、ブレンダは息絶えていたのである。更に、3人とも、顔に恐怖の表情を浮かべていた。

モーティマーによると、彼は、以前、他の3人との間で財産上の争いがあったため、彼らとは別居したが、現在は良好な関係だと語ると、ホームズ達に対して、「これは、悪魔の所業ではないか?」と主張するのであった。


モーティマーが帰った後、オーウェン、ジョージとブレンダの3人に、一体、何が起きたのであろうか?モーティマーから事件のことを聞かされたホームズは、ワトスンとともに、調査に乗り出す。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1910年12月号に掲載された挿絵(その6)-
謎の死を遂げたモーティマー・トレゲニスの部屋にあるランプから採取した
灰を燃やして、幻覚症状に陥ったホームズを、
ワトスンがなんとか助け出して、
コテージ外の芝の上に身を投げ出した。

挿絵:ギルバート・ホリデイ(Gilbert Holiday 1879年 - 1937年)


現場の調査を終えて、ホームズとワトスンの二人が、その日の午後、コテージに戻って来ると、そこには、近所の住人で、有名なライオン狩りの名手 / アフリカ探検家であるレオン・スターンデイル博士(Dr Leon Sterndale)が待っていた。

スターンデイル博士は、再びアフリカへ向かうため、プリマス(Plymouth)まで行ったが、そこで事件のことを知らせる電報を受け取ったので、アフリカ行きを遅らせ、急いで戻って来たのである。

スターンデイル博士は、トレゲニス一家とは親戚筋に該り、事件を解決する手助けをしたいので、捜査の状況を聞きたいと頼む。ところが、ホームズは、スターンデイル博士に対して、具体的なことは何も話さなかったため、スターンデイル博士は、気分を害して、立ち去ってしまう。スターンデイル博士が立ち去ると直ぐに、ホームズは彼を尾行するために出かけて、晩まで戻って来なかった。


その翌朝、ワトスンが窓辺で髭を剃っていると、ラウンドヘイ牧師が狂乱の体で駆け込んで来た。「ホームズさん、わしらには、悪魔がついとるんじゃ!哀れなわしの教区には、悪魔がついとるんじゃ!(We are devil-ridden, Mr Holmes! My poor parish is devil-ridden!)」と、彼は叫んだ。


今度は、モーティマー・トレゲニスが、間借りしている牧師館の自室において、妹のブレンダと同じような状態で死んでいるのが見つかったのである。彼も、顔に恐怖の表情を浮かべていた。

モーティマーの自室では、ランプが燻っているためか、空気が非常に淀んでいた。現場を調査したホームズは、ランプから灰を採取する。この採取された灰に、恐るべき真実が隠されていたのである。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1910年12月号に掲載された挿絵(その7)-
謎の死を遂げたモーティマー・トレゲニスの殺害犯として、
ホームズは、有名なアフリカ探検家である
レオン・スターンデイル博士を名指しする。

挿絵:ギルバート・ホリデイ(Gilbert Holiday 1879年 - 1937年)

この事件では、アフリカだけに存在する毒物である「悪魔の足の根(Radix pedis diaboli)」が使用され、燃焼させると、幻覚症状を引き起こすとともに、致死性の有毒ガスを発生させるという設定になっている。しかも、サンプルがないため、欧州では検出すらできないという。

「悪魔の足の根」については、現代でも明らかにされていないため、それが如何なるものなのかが、未だに、シャーロキアン達の間では、研究のテーマの一つになっている。


「悪魔の足」事件の舞台は、コーンウォール州である。1909年2月に、作者のサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)は、療養のため、コンウォール州に滞在して、コンウォール語の研究をしたことがあったので、その時の滞在経験がベースとなり、事件の舞台として、コーンウォール州を選んだものと思われる。

実際、事件を解決した後、ホームズは、ワトスンに対して、「カルデア語のルーツを研究する生活に戻ろう。(And now, my dear Watson, I think we may dismiss the matter from our minds and go back with a clear conscience to the study of those Chaldean roots which are surely to be traced in the Cornish branch of the great Celtic speech.)」と促している。


「悪魔の足」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、40番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1910年12月号に、英国の画家であるギルバート・ホリデイ(Gilbert Holiday:1879年-1937年)による7枚の挿絵と一緒に、掲載された。

米国では、「ストランドマガジン」米国版の1911年1月号と同年2月号に掲載されたが、2回分に分ける関係上、7枚の挿絵では足らなかったため、挿絵が1枚追加されて、全部で8枚の挿絵となっている。 


密室状態の中で、化学反応を起こさせて、殺人を行うという筋書きについて、発表当時、新鮮さがあったようで、読者には非常に好評だった。そのため、コナン・ドイル自身も、気に入ったようで、「ストランドマガジン」の1927年3月号において、自選の短編ベスト12の中で、本作品を第9位に推している。


2022年4月2日土曜日

アンソニー・ホロヴィッツ作「モリアーティー」(Moriarty by Anthony Horowitz) - その1

英国の The Orion Publishing Group 社から2015年に出版された
アンソニー・ホロヴィッツ作「モリアーティー」の表紙(ペーパーバック版)
(Cover design and letterings by Mr. Patrick Knowles)


本作品「モリアーティー(Moriarty)」は、英国の小説家で、推理 / サスペンスドラマの脚本家でもあるアンソニー・ホロヴィッツ(Anthony Horowitz:1955年ー)が、コナン・ドイル財団(Conan Doyle Estate Ltd.)による公認(公式認定)の下、シャーロック・ホームズシリーズの正統な続編として執筆の上、2014年に発表された。アンソニー・ホロヴィッツによるシャーロック・ホームズシリーズの正統な続編としては、2011年に発表された「絹の家(The House of Silk → 2022年1月29日 / 2月5日 / 2月12日付ブログで紹介済)」に続く第2作に該る。


シャーロック・ホームズと彼の宿敵で、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)の二人がスイスのマイリンゲン(Meiringen)にあるライヘンバッハの滝(Reichenbach Falls)にその姿を消した1891年5月4日から、物語の幕があがる。その出来事の5日後、米国のピンカートン探偵社(Pinkerton Detective Agency)に所属するフレデリック・チェイス(Frederick Chase)は、ある任務を帯びて、現地を訪れた。そして、マイリンゲンのセントマイケル教会の地下聖堂に、3人の男性が一同に会した。


1人目は、フレデリック・チェイス。

2人目は、スコットランドヤードのアセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones - サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)」に登場)

3人目は、ライヘンバッハの滝壺から発見された溺死体で、現地の警察によって、彼の手首に付されたラベル(札)には、ジェイムズ・モリアーティーの名前が書かれていた。

ライヘンバッハの滝壺から、ホームズの死体は発見されず、彼の生死は不明であった。


フレデリック・チェイスは、ジョーンズ警部に対して、彼がわざわざ米国から欧州までやって来た理由を説明する。


「米国の犯罪組織の首領であるクラレンス・ドゥヴルー(Clarence Devereux)が、モリアーティー教授と手を組み、裏社会から世界を支配しようと考え、部下を引き連れて、ロンドンへとやって来ている筈であるが、彼の正体は一切不明のままである」と。

クラレンス・ドゥヴルーの正体を突き止めるべく、フレデリック・チェイスは、ピンカートン探偵社の部下であるジョナサン・ピルグリム(Jonathan Pilgrim)をドゥヴルーが率いる犯罪組織内に潜入させ、ロンドンまで派遣させたが、ロンドンの北部ハイゲート地区(Highgate)において、頭を銃で撃たれた彼の死体が発見したされたという記事が、1891年4月24日付の新聞に載ったのだ。


フレデリック・チェイスは、当初の目的であるクラレンス・ドゥヴルーが率いる犯罪組織の壊滅に加えて、自分の部下であったジョナサン・ピルグリムの復讐に燃えていたのである。