2020年3月29日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「魔女の隠れ家」(Hag’s Nook by John Dickson Carr)–その4

東京創元社から出版されている創元推理文庫「夜歩く」の表紙
      カバーイラスト: 森 美夏氏
        カバーデザイン: 折原 若緒氏
カバーフォーマット:   本山 木犀氏

「魔女の隠れ家(Hag’s Nook by John Dickson Carr)」は、ジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1933年に発表した長編で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第1作目であるが、彼の作品としては、6作目に該る。
「魔女の隠れ家」の前に、ジョン・ディクスン・カーは、以下の作品を発表している。

<アンリ・バンコラン(Henri Bencolin)シリーズ>
(1)「夜歩く(It Walks by Night)」(1930年)
(2)「絞首台の謎(The Lost Gallows)」(1931年)
(3)「髑髏城(The Castle Skull)」(1931年)
(4)「蠟人形館の殺人(The Corpse in the Waxworks)」(1932年)

<ノン・シリーズ>
(5)「毒のたわむれ(Poison in Jest)」(1932年)

東京創元社から出版されている創元推理文庫「絞首台の謎」の表紙
      カバーイラスト: 森 美夏氏
        カバーデザイン: 折原 若緒氏
カバーフォーマット: 本山 木犀氏

最初の4長編では、パリの予審判事であるアンリ・バンコランが探偵役として活躍するが、彼の冷笑的な性格が災いして、世間の人気をあまり得られなかったこと、作者であるジョン・ディクスン・カー自身も、パリを舞台にしたアンリ・バンコランシリーズに対して、次第にリアリティーを感じられなくなってきたこと、また、1932年に英国人のクラリス・クリーヴス(Clarice Cleaves)と結婚して、英国のブリストル(Bristol)に居を構えたこと等から、6作目に該る「魔女の隠れ家」より、英国を舞台にして、肥満した英国人であるギディオン・フェル博士を探偵役としてデビューさせたのではないかと思われる。

東京創元社から出版されている創元推理文庫「髑髏城」の表紙
      カバーイラスト: 森 美夏氏
        カバーデザイン: 折原 若緒氏
カバーフォーマット:   本山 木犀氏

なお、ギディオン・フェル博士は、英国の作家、批評家、詩で随筆家でもあるギルバート・キース・チェスタトン(Gilbert Keith Chesterton:1874年ー1936年 → 日本では、一般的に、G・K・チェスタトンと呼ばれている)がモデルと言われている。

東京創元社から出版されている創元推理文庫「蠟人形館の殺人」の表紙
       カバーイラスト:  森 美夏氏
        カバーデザイン:  本山 木犀氏

G・K・チェスタトンは、推理作家としても有名で、カトリック教会に属するブラウン神父(Father Brown)が活躍する短編53作品がある。

<ブラウン神父シリーズの短編集>
(1)「ブラウン神父の童心(The Innocence of Father Brown)」(1911年)
(2)「ブラウン神父の知恵(The Wisdom of Father Brown)」(1914年)
(3)「ブラウン神父の不信(The Incredulity of Father Brown)」(1926年)
(4)「ブラウン神父の秘密(The Secret of Father Brown)」(1927年)
(5)「ブラウン神父の醜聞The Scandal of Father Brown)」(1935年)

2020年3月28日土曜日

ロンドン 西インドドック(West India Docks)–その1

現在は、欧米系の銀行や企業等のオフィスビルが集中して建つカナリーワーフ(Canary Whard)として
再開発された西インドドック(旧造船所 / 修理ドック)

サー・アーサー・コナン・ドイル作「四つの署名(The Sign of the Four)」(1890年)では、若い女性メアリー・モースタン(Mary Morstan)がベーカーストリート221Bのシャーロック・ホームズの元を訪れて、風変わりな事件の調査依頼をする。

元英国陸軍インド派遣軍の大尉だった彼女の父親アーサー・モースタン(Captain Arthur Morstan)は、インドから英国に戻った10年前に、謎の失踪を遂げていた。彼はロンドンのランガムホテル(Langham Hotel→2014年7月6日付ブログで紹介済)に滞在していたが、娘のモースタン嬢が彼を訪ねると、身の回り品や荷物等を残したまま、姿を消しており、その後の消息が判らなかった。そして、6年前から年に1回、「未知の友」を名乗る正体不明の人物から彼女宛に大粒の真珠が送られてくるようになり、今回、その人物から面会を求める手紙が届いたのである。
彼女の依頼に応じて、ホームズとジョン・H・ワトスンの二人は彼女に同行して、待ち合わせ場所のライシアム劇場(Lyceum Theatreー2014年7月12日付ブログで紹介済)へ向かった。そして、ホームズ達一行は、そこで正体不明の人物によって手配された馬車に乗り込むのであった。

ホームズ、ワトスンとモースタン嬢の三人は、ロンドン郊外のある邸宅へと連れて行かれ、そこでサディアス・ショルト(Thaddeus Sholto)という小男に出迎えられる。彼が手紙の差出人で、ホームズ達一行は、彼からモースタン嬢の父親であるアーサー・モースタン大尉と彼の父親であるジョン・ショルト少佐(Major John Sholto)との間に起きたインド駐留時代の因縁話を聞かされるのであった。
サディアス・ショルトによると、父親のジョン・ショルト少佐が亡くなる際、上記の事情を聞いて責任を感じた兄のバーソロミュー・ショルト(Bartholomew Sholto)と彼が、モースタン嬢宛に毎年真珠を送っていたのである。アッパーノーウッド(Upper Norwood)にある屋敷の屋根裏部屋にジョン・ショルト少佐が隠していた財宝を発見した彼ら兄弟は、モースタン嬢に財宝を分配しようと決めた。

しかし、ホームズ一行がサディアス・ショルトに連れられて、バーソロミュー・ショルトの屋敷を訪れると、バーソロミュー・ショルトはインド洋のアンダマン諸島の土着民が使う毒矢によって殺されているのを発見した。そして、問題の財宝は何者かによって奪い去られていたのである。

カナリーワーフ内に建つ高層ビルの一つ

ホームズの依頼に応じて、ワトスンは、ランベス地区(Lambeth)の水辺近くにあるピンチンレーン3番地(No. 3 Pinchin Lane→2017年10月28日付ブログで紹介済)に住む鳥の剥製屋シャーマン(Sherman)から、犬のトビー(Toby)を借り出す。そして、ホームズとワトスンの二人は、バーソロミュー・ショルトの殺害現場に残っていたクレオソートの臭いを手掛かりにして、トビーと一緒に、現場からロンドン市内を通り、犯人の逃走経路を追跡して行く。

ホームズとワトスンの二人が、犬のトビーと一緒に、ストリーサム地区(Streatham→2017年12月2日付ブログで紹介済)、ブリクストン地区(Brixton→2017年12月3日付ブログで紹介済)、キャンバーウェル地区(Camberwell→2017年12月9日付ブログで紹介済)、オヴァールクリケット場(Oval)を抜けて、ケニントンレーン(Kennington Lane→2017年12月16日付ブログで紹介済)へと達した。そして、彼らは更にボンドストリート(Bond Street→2017年12月23日付ブログで紹介済)、マイルズストリート(Miles Street→2017年12月23日付ブログで紹介済)やナイツプレイス(Knight’s Place→2017年12月23日付ブログで紹介済)を通って、ナインエルムズ地区(Nine Elms→2017年12月30日付ブログと2018年1月6日付ブログで紹介済)までやって来たが、ブロデリック&ネルソンの材木置き場という間違った場所に辿り着いてしまった。どうやら、犬のトビーは、どこかの地点から違うクレオソートの臭いを辿ってしまったようだ。

二人はトビーをクレオソートの臭いの跡が二つの方向に分かれていたナイツプレイスへと戻し、犯人達の跡を再度辿らせた。そして、彼らはベルモントプレイス(Belmon Place→2018年1月13日付ブログで紹介済)とプリンスズストリート(Prince’s Street→2018年1月13日付ブログで紹介済)を抜けて、ブロードストリート(Broad Street→2018年1月13日付ブログで紹介済)の終点で、テムズ河岸に出るが、そこは船着き場で、どうやら犯人達はここで船に乗って、警察の追跡をまこうとしたようだ。

ホームズは、ウィギンズ(Wiggins)を初めとするベーカーストリート不正規隊(Baker Street Irregulars)を使って、バーソロミュー・ショルトを殺害した犯人達が乗った船(オーロラ号)の隠れ場所を捜索させたものの、うまくいかなかった。独自の捜査により、犯人達の居場所を見つけ出したホームズは、ベーカーストリート221Bへスコットランドヤードのアセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones)を呼び出す。ホームズは、呼び出したアセルニー・ジョーンズ警部に対して、バーソロミュー・ショルトの殺害犯人達を捕えるべく、午後7時にウェストミンスター船着き場(Westminster Stairs / Wharf→2018年3月31日 / 4月7日付ブログで紹介済)に巡視艇を手配するよう、依頼するのであった。

巡視艇がウェストミンスター船着き場を離れると、ホームズはアセルニー・ジョーンズ警部に対して、巡視艇をロンドン塔(Tower of London→2018年4月8日 / 4月15日 / 4月22日付ブログで紹介済)方面へと向かわせ、テムズ河(River Thames)の南岸にあるジェイコブソン修理ドック(Jacobson’s Yard)の反対側に船を停泊するよう、指示した。ホームズによると、バーソロミュー・ショルトを殺害した犯人達は、オーロラ号をジェイコブソン修理ドック内に隠している、とのことだった。
ホームズ達を乗せた巡視艇が、ロンドン塔近くのハシケの列に隠れて、ジェイコブソン修理ドックの様子を見張っていると、捜していたオーロラ号が修理ドックの入口を抜けて、物凄い速度でテムズ河の下流へと向かった。そうして、巡視艇によるオーロラ号の追跡が始まったのである。

カナリーワーフ内に点在する彫刻 / オブジェ(その1)

「石炭をくべろ!おい、もっとくべるんだ!」と、巡視艇の機関室を覗き込みながら、ホームズが叫んだ。彼の必死で鷲のような顔を、石炭の炎が発する凄まじい光が下から照らしていた。「ありったけの蒸気を出すんだ!」
「少し差が縮まったようだ。」と、オーロラ号に目をやって、ジョーンズ警部は言った。
「間違いない。」と、私も言った。「もう少しで、オーロラ号に追い付くぞ。」
しかし、その瞬間、運が悪いことに、三艘のはしけを引いたタグボートが、私達の間に入り込んできた。舵を激しく下手に切って、巡視艇はなんとか衝突を回避したが、タグボートを回り込んで、元の航路に戻った時には、オーロラ号は既に200ヤードを稼いでいた。しかし、オーロラ号は、視界の中にまだ捉えることができた。そして、暗くて、ぼんやりとした夕暮れは、くっきりと星が光る夜空へと変わりつつあった。私達が乗った巡視艇のボイラーは、極限でフル回転で、脆い外殻は巡視艇を推進させる凄まじいエネルギーで振動して、軋んだ。巡視艇は、淀みを突っ切ると、西インドドックを過ぎ、長いデットフォード水域を下り、そして、ドッグ島を回り込んで、また、テムズ河を北上した。私達の前にあった不鮮明なものは、今や、優美なオーロラ号の姿へとハッキリと変わったのである。

カナリーワーフ内に点在する彫刻 / オブジェ(その2)

‘Pile it on, men, pile it on!’ cried Holmes, looking down into the engine-room, while the fierce glow from below beat upon his eager, aquiline face. ‘Get every pound of steam you can!’
‘I think we gain a little,’ said Jones, with his eyes on the Aurora.
‘I am sure of it,’ said I. ‘We shall be up with her in a very few minutes.’
At that moment, however, as our evil fate would have it, a tug with three barges in tow blundered in between us. It was only by putting our helm hard down that we avoided a collision and before we would round them and recover our way the Aurora had gained a good two hundred yards. She was still, however, well in view, and the murky, uncertain twilight was setting into a clear starlit night. Our boilers were strained to their utmost, and the frail shell vibrated and creaked with the fierce energy which was driving us along. We had shot through the Pool, past the West India Docks, down the long Deptford Reach, and up again after rounding the Isle of Dogs, The dull blur in front of us resolved itself now clearly enough into the dainty Aurora.

カナリーワーフ内に建つオフィスビルの一つ

ホームズ、ワトスンとスコットランドヤードのジョーンズ警部達が乗った巡視艇が、バーソロミュー・ショルトを殺害した犯人達が乗ったオーロラ号を追跡して通り過ぎた西インドドック(West India Docks)は、ロンドンの経済活動の中心地シティー・オブ・ロンドン(City of London→2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)の東隣りの特別区の一つであるロンドン・タワー・ハムレッツ区(London Borough of Tower Hamlets)内に所在し、テムズ河(River Thames)に西側、南側と東側を囲まれた半島のようなドッグ島(Isle of Dogs)内に三つある造船所 / 修理ドックの一つである。


2020年3月22日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「魔女の隠れ家」(Hag’s Nook by John Dickson Carr)–その3


東京創元社から出版された創元推理文庫「魔女の隠れ家」の表紙
(現在は在庫なし)

万が一の場合が起きた際に備えて、辞書編纂家(lexicographer)のギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)、米国人の青年タッド・ランポール(Tad Rampole)と村の牧師トマス・サンダース(Thomas Sanders)の三人が、フェル博士の自宅である「水松荘(いちいそうーYew Cottage)」から、米国から帰国したスタバース家(Starberth)の当主となるマーティン・スタバース(Martin Starberth)がチャターハム監獄(Chatterham Prison)の長官室(Governor’s Room)において一夜を過ごすのを監視することになった。
後10分程で12時になろうとした時、チャターハム監獄の長官室から見えていた明かりが消えたため、マーティン・スタバースの身に何か異変が起きたのではないかと心配したタッド・ランポールは、早く走れないギディオン・フェル博士とトマス・スタバースを後に残して、チャターハム監獄へと駆け付ける。残念なことに、タッド・ランポールの不安は的中し、「魔女の隠れ家(Hag’s Nook)」と呼ばれる絞首台の近くの崖下で、マーティン・スタバースが首の骨を折って死んでいたのである。

スタバース家の屋敷に居るドロシー・スタバース(Dorothy Starberth)の元に、マーティン・スタバース怪死の連絡が入る。スタバース家の執事であるバッジ(Mr. Budge)がふと見ると、ホールにある時計が、何故か、10分程進んでいるのに気付いた。スタバース家の家政婦であるバンドル夫人(Mrs. Bundle)によると、マーティン・スタバースとドロシー・スタバースの従兄弟で、マーティン・スタバースの渡米中、2年間にわたって、ドロシー・スタバースと一緒に、屋敷を管理してきたハーバート・スタバース(Herbert Starberth)が、自分の時計を見ながら、ホールの時計を自分の時計に合わせるように頼んだ、とのこと。オートバイを愛用しているハーバート・スタバースは、その夜、オートバイで何処かへ出かけたようであったが、何故か、そのまま失踪してしまった。

Polygon Books 社から2019年に出版された「魔女の隠れ家」の表紙
(イラスト:  Abigail Salvesen)

地元の警察長(Chief Constable)であるベンジャミン・アーノルド卿(Sir Benjamin Arnold)が、スタバース家の屋敷へとやって来る。
マーティン・スタバースが転落したと思われるバルコニーがあるチャターハム監獄の長官室は、内側から施錠され、バルコニーへと出るドアは開いてはいたものの、地上からはかなりの高さがあり、外部から第三者が入り込む余地のない「密室」状態だった。
その上、長官室の金庫内に保管されていて、同室へと行った証拠として、マーティン・スタバースが持ち帰ることになっていた書類が、何故か、金庫内から消え失せていたのである。

この奇怪な謎に対して、ギディオン・フェル博士が挑み、マーティン・スタバースと先代当主であるティモシー・スタバース(Timothy Starberth)の死の真相を明らかにするのであった。

2020年3月21日土曜日

ロンドン ハノーヴァーテラス13番地(13 Hanover Terrace)

リージェンツパークを外周する環状道路であるアウターサークルから見た
ハノーヴァーテラス

「タイムマシン(The Time Machine)」(1896年)、「モロー博士の島(The Island of Dr. Moreau)」(1896年)、「透明人間(The Invisible Man)」(1897年)、「宇宙戦争(The War of the Worlds)」(1898年)や「月世界旅行(The First Man in the Moon)」(1901年)等を執筆した英国の作家であるハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells:1866年ー1946年→彼の場合、日本において、フルネームではなく、H・G・ウェルズと表記されることが多い。)が晩年に住んでいた建物が、リージェンツパーク(Regent’s Park→2016年11月19日付ブログで紹介済)の近くにある。

パークロードからアウターサークルへと向かう
徒歩道ケントパッセージ(Kent Passage)

ハノーヴァーテラスの入口から見た
アウターサークルとリージェンツパーク

その建物は、ハノーヴァーテラス13番地(13 Hanover Terrace)の家で、ロンドン中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のマリルボーン地区(Marylebone)内に所在している。

ハノーヴァーテラスの外壁(その1)
ハノーヴァーテラスの外壁(その2)

リージェンツパークを外周する環状道路であるアウターサークル(Outer Circle)と地下鉄ベーカーストリート駅(Baker Street Station)から北上して、高級住宅街の一つであるセントジョンズウッド地区(St. John’s Wood→2014年8月17日付ブログで紹介済)へと向かうパークロード(Park Road)に挟まれた一帯内にあり、アウターサークルを間にして、リージェンツパークと向かい合うハノーヴァーテラス(Hanover Terrace)沿いに建つ13番地の建物で、H・G・ウェルズは晩年を過ごした。

ハノーヴァーテラス13番地(その1)
ハノーヴァーテラス13番地(その2)
ハノーヴァーテラス13番地の外壁に架けられている
イングリッシュヘリテージ管理のブループラーク

ハノーヴァーテラス13番地の建物の外壁には、H・G・ウェルズがここに住み、そして、ここで亡くなったことを示すイングリッシュヘリテージ(English Heritage)管理のブループラーク(Blue Plaque)が架けられている。

ハノーヴァーテラスの外壁(その3)
ハノーヴァーテラスから
リージェンツパークを望む

アウターサークルを間にして、ハノーヴァーテラスの反対側(北側)には、リージェンツパークがあり、地下鉄ベーカーストリート駅からセントジョンズウッド地区へと北上するパークロードからも離れていることもあり、日中でも非常に閑静な場所で、ここも高級住宅街の該る。

2020年3月15日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「魔女の隠れ家」(Hag’s Nook by John Dickson Carr)–その2

Polygon Books 社から2019年に出版された「魔女の隠れ家」の表紙
(イラスト:  Abigail Salvesen)

万が一の場合に備えて、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)、タッド・ランポール(Tad Rampole)と村の牧師であるトマス・サンダース(Thomas Saunders)の三人が、「水松荘(いちいそうーYew Cottage)」から、マーティン・スタバース(Martin Starberth)一人で一夜を過ごすチャターハム監獄(Chatterham)の長官室(Governor’s Room)を監視することになった。
チャターハムへとやって来る列車の中で、マーティン・スタバースの妹であるドロシー・スタバース(Dorothy Starberth)と知り合ったタッド・ランポールは、「自分達がしっかりと監視するから、大丈夫だ。」と、彼女を元気付けるのだった。

午後10時半過ぎ、「水松荘」の電話がなった。フェル夫人(Mrs. Fell)からタッド・ランポールが受話器を受け取ると、電話の相手はドロシー・スタバースだった。「兄のマーティンが、屋敷からチャターハム監獄へと歩いて向かった。」と言う。スタバース家の屋敷からチャターハム監獄までの距離は、約500mだった。
ドロシー・スタバースからの電話連絡があって間もなく、ランプを手にし、チャターハム監獄へと向かって坂を登っていく人影が遠方に見えた。そして、チャターハム監獄の長官室に、明かりが灯った。生憎と、雷鳴が轟き、雨が降り始めた。
マーティン・スタバースは、長官室へ行った証拠として、同室の金庫内に保管してある書類を持って返る必要があった。

ギディオン・フェル博士とトマス・サンダースの二人は、「水松荘」の庭にある椅子に座り、ビールを飲みながら、チャターハム監獄の長官室の監視に付いた。一方、タッド・ランポールは、落ち着かないため、「水松荘」の二階にある自室へと戻り、チャターハム監獄の代々の長官が記した記録を読みながら、雨に濡れる窓越しに、チャターハム監獄の長官室へと何度も視線を向けた。

後10分程で12時になろうとした時、タッド・ランポールが、読んでいた記録からふと目を上げると、チャターハム監獄の長官室から見えていた明かりが消えていることに気付く。階下の庭に居たギディオン・フェル博士とトマス・サンダースの二人も、明かりが消えたことに気付いたようだった。
マーティン・スタバースの身に何か異変が起きたのではないかと心配になったタッド・ランポールは、直ぐに階下へと駆け下りた。早く走れないギディオン・フェル博士とトマス・サンダースの二人を後に残して、タッド・ランポールはチャターハム監獄へと走り出す。

雷雨の最中、チャターハム監獄へと駆け付けたタッド・ランポールであったが、彼の不安は的中した。「魔女の隠れ家(Hag’s Nook)」と呼ばれる絞首台の近くの崖下で、首の骨を折って死んでいるマーティン・スタバースを発見したのである。

2020年3月14日土曜日

「新しい生き方をする人 シャーロック・ホームズ」(alt.sherlock.holmes)

2016年に Abaddon Books から刊行された
「新しい生き方をする人 シャーロック・ホームズ(alt.sherlock.holmes)」の
表紙(Cover Art : Sam Gretton)

Abaddon Books(Rebellion Publishing Ltd.ーオックスフォード(Oxford)に所在)から、「新しい生き方をする人 シャーロック・ホームズ(alt.sherlock.holmes)」という短編集が、2016年に刊行されている。
当短編集には、以下の通り、3名の作家による作品が収録されている。作家によって、時代設定、場所設定及びシャーロック・ホームズの人物設定(性別を含む)が、全く異なっている。

<1>
作家: Jamie Wyman
作品: (1)「A Scandal in Hobohemia」(2014年)
    (2)「The Case of the Tattooed Bride」(2015年)

これらの作品において、時代 / 場所設定は、1930年代の米国で、シャーロック・ホームズは、米国各地を巡業するサーカス団のオーナーで、かつ、占い師という人物設定になっている。

なお、上記(1)における「hobo」とは、「渡り労働者」のことを意味する。
また、上記(1)のタイトルは、「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録されている「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia)」に合わせている。

<2>
作家: Gini Koch
作品: (3)「All the Single Ladies」(2014年)
    (4)「A Study in Starlets」(2015年)

これらの作品において、時代 / 場所設定は、現代の米国カリファルニア州ハリウッドで、シャーロック・ホームズは、女性の探偵という人物設定となっている。

なお、上記(4)における「Starlet」とは、「売り出し中の若手女優」のことを意味する。
また、上記(4)のタイトルは、記念すべきシャーロック・ホームズシリーズの第1作目「緋色の研究(A Study in Scarlet)」(1887年)に合わせている。

<3>
作家: Glen Mean
作品: (5)「Half There / All There」(2014年)
    (6)「The Power of Media」(2016年)

これらの作品において、時代 / 場所設定は、1960年代の米国ニューヨーク市で、シャーロック・ホームズは、麻薬中毒の変人という人物設定となっている。

2020年3月8日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「魔女の隠れ家」(Hag’s Nook by John Dickson Carr)–その1

東京創元社から出版された創元推理文庫「魔女の隠れ家」の表紙
(現在は在庫なし)

「魔女の隠れ家(Hag’s Nook by John Dickson Carr)」は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1933年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第1作目に該る。

大学を卒業したばかりの米国人の青年であるタッド・ランポール(Tad Rampole)は、恩師のメルソン教授(Professor Melson)に紹介され、英国リンカンシャー州(Lincolinshire)の片田舎チャターハム(Chatterhamー架空の村であるが、ロンドンから約120マイルのところに所在)にある「水松荘(いちいそうーYew Cottage)」に住む辞書編纂家(lexicographer)のギディオン・フェル博士の元を訪れる。

「水松荘」に到着したタッド・ランポールは、そこでギディオン・フェル博士から非常に不気味な伝説を聞かされるのであった。
ギディオン・フェル博士が住む「水松荘」の近くには、「魔女の隠れ家(Hag’s Nook)」と呼ばれる絞首台とチャターハム監獄(Chatterham Prison)が建っていた。チャターハム監獄は、今は住む人もなく、荒れ果てた状態だった。
チャターハムの名士であるスタバース家(Starberth)の当主は、チャターハム監獄の長官(Governor)を代々務めてきたが、初代長官(1797年ー1820年)のアンソニー・スタバース(Anthony Starberth)も、2代目長官(1821年ー1837年)のマーティン・スタバース(Martin Starberth)も、深夜、チャターハム監獄の長官室(Governor’s Room)から転落し、首の骨を折って亡くなるという事故が続いていた。
1837年以降、そういった事故は起きていなかったが、先代の当主であるティモシー・スタバース(Timothy Starberth)は、馬に乗っている際、落馬し、首の骨を折って亡くなるという事故が起きていたのである。

ティモシー・スタバースの息子(長男)であるマーティン・スタバース(Martin Starberthーチャターハム監獄の2代目長官だった人物とは別人)は、スタバース家の家督を継ぐことになり、米国から帰国して、スタバース家に代々伝わる相続の儀式のため、25歳の誕生日の夜を、たった一人でスタバース監獄の長官室で過ごすことになった。
マーティン・スタバースは、この儀式に対して、非常に神経質となり、酒や煙草等で不安をごまかしていた。

兄マーティン・スタバースの渡米中、彼に代わって、従兄弟のハーバート・スタバース(Herbert Starberth)と一緒に、スタバース家の屋敷を管理してきた妹のドロシー・スタバース(Dorothy Starberth)は、そんな兄の言動を心配していた。

2020年3月7日土曜日

ロンドン チルターンコート(Chiltern Court)

ベーカーストリート越しに、「チルターンコート」を見上げたところ

「タイムマシン(The Time Machine)」(1896年)、「モロー博士の島(The Island of Dr. Moreau)」(1896年)、「透明人間(The Invisible Man)」(1897年)、「宇宙戦争(The War of the Worlds)」(1898年)や「月世界旅行(The First Man in the Moon)」(1901年)等を執筆した英国の作家であるハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells:1866年ー1946年→彼の場合、日本において、フルネームではなく、H・G・ウェルズと表記されることが多い。)が住んでいた建物が、地下鉄ベーカーストリート駅(Baker Street Tube Station)の近くにある。

ハーバート・ジョージ・ウェルズが発表した SF 小説の作品群
(「タイムマシーン」、「モロー博士の島」、「月世界旅行」や「透明人間」等)

その建物は、現在、「チルターンコート(Chiltern Court, Baker Street, Marylebone, London NW1 5SR)」と呼ばれており、ロンドンの中心部であるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のマリルボーン地区(Marylebone)内に所在している。

「チルターンコート」の入口–
入口右側の外壁に、H・G・ウェルズがここに住んでいたことを示す
プレートが架けられている

「チルターンコート」は、東西に延びるマリルボーンロード(Marylebone Road)と南北に延びるベーカーストリート(Baker Street→2016年10月1日付ブログで紹介済)が交差する北東の角に建つ大きなフラットで、地上階(Ground Floor)には、レストラン、カフェや小売店等の商業施設が多く営業している。
また、地上階の一部と地下は、地下鉄ベーカーストリート駅として使用されている。現在、地下鉄ベーカーストリート駅には、サークルライン(Circle Line)、ハマースミス・アンド・シティーライン(Hammersmith and City Lineーサークルラインと同じホームを使用)、メトロポリタンライン(Metropolitan Line)、ジュビリーライン(Jubilee Line)とベーカールーライン(Bakerloo Line)が乗り入れており、「チルターンコート」に住む住民にとっては、非常に交通の便が良い場所である。

H・G・ウェルズは、1930年から1936年までの間、
「チルターンコート」に住んでいた

「チルターンコート」の入口は、マリルボーンロードとベーカーストリートが交差した北東の角からベーカーストリートを10m程北上したところにあり、ベーカーストリートに面している。
この入口の右側の外壁に、H・G・ウェルズがここに住んでいたことを示すプレートが架けられている。このプレートによると、H・G・ウェルズがここに住んでいたのは、彼の60歳代後半に該る1930年から1936年にかけてである。

2020年3月1日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「連続殺人事件」(The Case of the Constant Suicides by John Dickson Carr)–その3

英国のエディンバラにある
Polygon Books 社から2018年に出版された「連続殺人事件」の裏表紙
(イラスト:  Danny Grogan)

シャイラ城(Castle of Shira)の尖塔の最上階にある寝室(内側から施錠された「完全な密室状態」)から、アンガス・キャンベル(Angus Campbell)が転落死したのが、果たして、自殺なのか、それとも、他殺なのか、全く判らない状況下、その謎を解明すべく、アンガス・キャンベルの弟であるコリン・キャンベル(Colin Campbell)に呼ばれて、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)がシャイラ城へと乗り込んで来た。

ギディオン・フェル博士がアンガス・キャンベル転落死の謎にかかる調査を進めている最中、今度は、コリン・キャンベルがアンガス・キャンベルの寝室内で一夜を過ごした翌朝、アンガス・キャンベルと全く同じように、コリン・キャンベルが尖塔の最上階にある寝室から転落して、尖塔の真下の地上に倒れているのが発見された。また、寝室内のベッドの下には、またもや、空の犬のケースが置かれていたのである。

謎の事件はさらに続き、投資話でアンガス・キャンベルと不仲になっていたアレック・フォーベス(Alec Forbes)が自殺と思われる状況で縊死しているのが見つかった。

果たして、ギディオン・フェル博士は、アンガス・キャンベルとコリン・キャンベルの銭湯からの転落、そして、アレック・フォーベスの縊死について、どのような解決を行うのであろうか?

第一の事件(アンガス・キャンベルの転落死)と第二の事件(コリン・キャンベルの転落)に関するトリックについては、現代の科学に基づくと、かなり荒唐無稽なものではあるが、著者のジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が本作品である「連続殺人事件(The Case of the Constant Suicides)」を発表したのが1941年であることを考えると、彼の発想というか、彼の着眼点には驚くばかりである。また、このトリックの真相へと至るために、ジョン・ディクスン・カーは、キチンと巧妙に伏線を張っていたのである。

本作品の邦題は「連続殺人事件」となっているが、原題は「連続自殺事件」となっている。本作品において、合計で3つの事件が発生するが、その何れもが内側から施錠された密室状況の中で起きており、自殺としか思えないものの、自殺なのか、それとも、他殺なのかの判断が、非常に困難な事件ばかりである。そう考えると、タイトルは、「連続殺人事件」ではなく、原題通り、「連続自殺事件」とした方が良かったのではないだろうか?ただし、原題通りのタイトルにした場合、翻訳版の売れ行き予想としては、あまり良くないと考え、当時、「連続殺人事件」としたのかもしれない。

東京創元社から出ている創元推理文庫版(残念ながら、現在、在庫なし)の内容紹介として、「妖気漂う…」と記されているが、本作品の内容的には、ジョン・ディクスン・カーが得意とする「怪奇性」について、個人的には、あまり強調されていないものと感じられるので、この内容紹介は若干誇張し過ぎのような気がする。