2020年12月27日日曜日

アンソロジー「非常に残忍なクリスマス」(A Very Murderous Christmas)- その1

英国の Profile Books Ltd. が2018年に出版した
「非常に残忍なクリスマス」のペーパーバック版の表紙
(Cover design by Ms. Sandra Cunningham / Arcangel)


「非常に残忍なクリスマス(A Very Murderous Christmas)」は、英国の出版社である Profile Books Ltd. が、クリスマスの時期に合わせて、クリスマスを題材にした短編10作品をまとめ、2018年に出版したアンソロジーである。


(1)「袋を持った男(The Man with the Sack)」

作者は、英国の推理作家であるマージェリー・ルイーズ・アンリガム(Margery Louise Allingham:1904年ー1966年)で、彼女の短編集である「アリンガムのミニバス(The Allingham Minibus)」(1973年)に収録されている。なお、同短編集は、「キャンピオン氏の幸運な日(Mr. Campion’s Lucky Day)」に改題されている。彼女の作品において、アルバート・キャンピオン(Albert Campion)が、主に探偵役を務める。


本短編は、アルバート・キャンピオンが招待されたサッフォーク州(Suffolk)にあるレディー・タレット(Lady Turrett)邸ファラオズコート(Pharaoh’s Court)において発生した高価なネックレスの盗難事件を扱っている。


(2)「赤後家の冒険(The Adventure of the Red Widow)」


作者は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の息子であるエイドリアン・コナン・ドイル(Adrian Conan Doyle:1910年ー1970年)と、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれている米国の推理作家で、コナン・ドイルの伝記作家でもあるジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)で、彼らの短編集である「シャーロック・ホームズの功績(The Exploits of Sherlock Holmes)」(1954年)に収録されている。


1887年12月24日、スコットランドヤードのグレッグスン警部(Inspector Gregson)からの依頼を受けて、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの二人は、ジョセリン・コープ卿(Lord Jocelyn Cope)が惨殺された事件を捜査すべく、セントパンクラス駅(St. Pancras Station)からダービーシャー州(Derbyshire)へと向かう。


(3)「キャンバーウェル クラッカー工場(Camberwell Crackers)」


作者は、英国の小説家で、推理ドラマ / サスペンスドラマの脚本家でもあるアンソニー・ホロヴィッツ(Anthony Horowitz:1955年ー)で、2018年に発表されている。


若くして、29歳で警部に昇進したスコットランドヤードのアンドリュー・フレッチャー警部(Inspector Andrew Fletcher)は、大富豪であるハーヴェー・オズボーン(Harvey Osborne)が殺害された事件を捜査するため、4-5週間前にハーヴェーが訪れたキャンバーウェル(Camberwell)にあるクリスマス用クラッカーを製造している工場の経営者であるフルブライト氏(Mr. Fulbright)の元を訪問する。


(4)「飛ぶ星(The Flying Stars)」


作者は、英国の作家、批評家、詩人で、随筆家でもあるギルバート・キース・チェスタトン(Gilbert Keith Chesterton:1874年ー1936年)で、彼の短編集である「ブラウン神父の童心(The Innocence of Father Brown)」(1911年)に収録されている。彼の作品において、ブラウン神父(Father Brown)が、主に探偵役を務める。


本短編は、怪盗フランボウ(Flambeau)が改心した時の事件を回顧するという形式で書かれている。


(5)「雪の問題(A Problem in White)」


作者は、アイルランド生まれの英国の詩人、作家で、推理作家でもあるセシル・デイ=ルイス(Cecil Day-Lewis:1904年ー1972年)で、彼は、別名のニコラス・ブレイク(Nicholas Blake)名で発表した「野獣死すべし(The Beast Must Die)」(1938年)等で有名である。


降雪のため、立ち往生したスコットランド行きの列車内で、乗客の一人が殺害された事件を取り扱っている。


2020年12月26日土曜日

クリスマス 2020(Christmas 2020)

The attached stamps issued by Royal Mail on 3rd November 2020 represent the Nativity story celebrated in stained-glass scenes.

Adoration of the Magi,
St. Andrew's Church, East Lexham

Virgin and Child,
St. Andrew's Church, Coln Rogers

Virgin and Child,
Church of St. James,  Hollowell

Virgin and Child,
All Saints' Church, Otley

The Holy Family,
St. Columba's Church, Topcliffe

Virgin and Child,
Christ Church, Coalville

Adoration of the Magi,
St. Andrew's Church, East Lexham

Virgin and Child,
St. Andrew's Church, Coln Rogers


2020年12月20日日曜日

P・D・ジェイムズ作「ヤドリギ殺人事件他」(The Mistletoe Murder and Other Stories by P. D. James) - その2

英国の Faber & Faber Ltd. が発行する
P・D・ジェイムズ作「ヤドリギ殺人事件他」のペーパーバック版の裏表紙
(Cover design by Faber Cover Illustration Ms. Angela Harding)

P・D・ジェイムズ(Phyllis Dorothy James:1920年ー2014年)作の短編集「ヤドリギ殺人事件他(The Mistletoe Murder and Other Stories)」には、4つの作品が収録されている。

前半の2作品はノンシリーズで、後半の2作品には、スコットランドヤードのアダム・ダリグリッシュシリーズに属している。


(3)「ボックスデールの相続(The Boxdale Inheritance)」(1979年)


スコットランドヤードのアダム・ダリグリッシュ主任警視(Chief Superintendent Adam Dalgliesh)は、彼の父親の友人で、彼の名付け親でもあるヒュバート・ボックスデール司祭(Canon Hubert Boxdale)の元を訪れていた。


ボックスデール司祭は、ある件で頭を悩ませていた。

彼の大伯母に該るアリー(Great Aunt Allie)が、彼女の88歳の誕生日を祝うために、ある富豪がヨットで催したパーティーの席上、ヨットから転落して死亡した。彼女の死去に伴い、ボックスデール司祭は、彼女の遺産である5万ポンドを相続することになった。

ところが、彼の大伯母には、67年前に、年老いた夫を砒素で毒殺したのではないかという疑惑があったのである。



(4)「クリスマスの12の手掛かり(The Twelve Clues of Christmas)」(1996年)


雪が降り積もるクリスマスイヴ(12月24日)の夕方、巡査部長(Sergeant)に昇進したばかりのアダム・ダリグリッシュは、サフォーク州(Suffolk)にある叔母のコテージでクリスマスを過ごすべく、車を走らせていた。


そこへ、暗闇の中から、突然、彼の車のまでに、人が飛び出してきた。車を停めて、窓を下ろしたアダムに対して、ヘルムート・ハーカーヴィル(Helmut Harkerville)と名乗る男性は、「ハーカーヴィルホール(Harkerville Hall)で、叔父が自殺した。家の電話が故障中なので、警察に連絡をとるために、電話がある場所まで乗せて行ってほしい。」と頼み込む。

アダムは、5分程前に公衆電話ボックスを通り過ぎたばかりで、彼の叔母のコテージまでは、後10分程だった。叔母に迷惑をかけることを避けるため、アダムは、ヘルムートを乗せて、公衆電話ボックスのところまで戻ることにした。


警察への通報と叔母への連絡を受けたアダムは、ヘルムートを車でハーカーヴィルホールへ送って行くことになったが、それだけでは済まず、この事件に関わっていくことになる。


本短編集は、クリスマスの時期を舞台にした作品が多く、クリスマス用に出版社である Faber & Faber Ltd. が企画したものではないかと思う。

ノンシリーズ2作品とアダム・ダリグリッシュシリーズ2作品という組み合わせになっているが、特に、ノンシリーズ2作品については、著者であるP・D・ジェイムズが物語のラストに記した一文が、非常に印象深い。


2020年12月19日土曜日

P・D・ジェイムズ作「ヤドリギ殺人事件他」(The Mistletoe Murder and Other Stories by P. D. James) - その1

英国の Faber & Faber Ltd. が発行する
P・D・ジェイムズ作「ヤドリギ殺人事件他」のペーパーバック版の表紙
(Cover design by Faber Cover Illustration Ms. Angela Harding)

P・D・ジェイムズ作「ヤドリギ殺人事件他(The Mistletoe Murder and Other Stories)」は、2016年に英国の Faber & Faber Ltd. から出版された短編集で、2017年にペーパーバック版が刊行されている。

フィリス・ドロシー・ジェイムズ(Phyllis Dorothy James:1920年ー2014年)は、英国の女流推理作家で、一般に、「P・D・ジェイムズ(P. D. James)」と呼ばれている。

彼女は、1920年にオックスフォード(Oxford)に出生した後、ケンブリッジ女子高校(Cambridge High School for Girls)を卒業し、1949年から1968年まで国民保健サービス(National Health Service : NHS)に勤務。その後、内務省(Home Office)において、Police Department や Criminal Policy Department 等で働き、それらの経験が、彼女の小説に生かされている。

彼女は、それまでの功績が評価され、1991年に一代貴族として、「ホーランドパークのジェイムズ女男爵(Baroness James of Holland Park)」に叙された。


本作品のタイトルにもなっている「ヤドリギ(mistletoe)」とは、林檎(リンゴ)や樫(カシ)等の広葉樹に寄生する低木のことを指し、花言葉は「困難を克服する」で、不滅や豊饒を象徴する。また、英米では、クリスマスに、ヤドリギの小枝を家の戸に飾る習慣がある。


本短編集には、4つの作品が収録されている。


(1)「ヤドリギ殺人事件(The Mistletoe Murder)」(1995年)


結婚後2週間で、英国空軍のパイロットだった夫を亡くした18歳の主人公(女性)は、母方の祖母からの招待を受けて、1940年のクリスマスを、祖母の邸宅において過ごすことになり、クリスマスイヴ(12月24日)の夕方、現地へと向かった。

彼女は、亡くなった夫と同じく、英国空軍に所属している従兄弟(母の兄の息子で、6歳年上)であるポール(Paul)に初めて会えることを楽しみにしていた。ポールには、兄のチャールズ(Charles)が居たが、何年か前に亡くなっており、彼女にとって、ポールが生存する唯一の従兄弟だった。


現地に到着した彼女は、出迎えたポールから、彼の同僚であるロウランド・メイブリック(Rowland Maybrick)を紹介され、自分以外にゲストがあったことにやや驚くとともに、一目見て、ロウランドに対して、生理的な嫌悪感を抱いた。


翌日(12月25日)、クリスマスのイヴェントは何事もなく過ぎ、夕食後、彼女は、ポールと一緒に、ワグナーやベートヴェン等のドイツ音楽を鑑賞しながら、夜中の2時近くまで、カードゲームに興じた。


そして、ボクシングデー(12月26日)の朝、密室となった図書室内において、ポールの同僚であるロウランドが頭を殴られて殺害されているのが発見される。

そして、地元のジョージ・ブランディー警部(Inspector George Blandy)が、現場に派遣される。


検死の結果、前夜の午後10時半頃が、ロウランドの死亡時刻と判定された。彼女は、ポールのことを少し疑うものの、前夜、カードゲームが終わるまでの間、ポールは彼女の元を3分と離れていなかったのである。


(2)「非常に平凡な殺人(A Very Commonplace Murder)」(1969年)


アーネスト・ガブリエル(Ernest Gabriel)は、入院中の年老いた伯母に会うために、16年ぶりにロンドンへと戻ってきた。病院へ向かう途中、カムデンタウン(Camden Town)において、見覚えのあるフラットが目に入った。そこは、16年前、彼が働いていたオフィスの向かいにあるフラットにおいて、ある金曜日の夜、そこに住む Mrs. Eileen Morrisey が刺殺されたのであった。


その後、彼女の元に逢い引きに通っていた肉屋のアシスタントの少年 Denis John Speller が、犯人として警察に逮捕されるが、アーネストには、彼が犯人でないことが判っていた。

しかし、彼が事件を目撃した金曜日の夜、オフィスに残っていたことを公にはできない事情があった。そのため、Denis John Speller は有罪になり、死刑が執行された。


そして、16年が経ち、66歳で仕事を引退したアーネストは、問題のフラットに空き家の表示が架かっているのを見て、興味を覚え、不動産エージェントからそのフラットの鍵を借り出して、内覧することにした。


2020年12月13日日曜日

アガサ・クリスティー作「ビッグ4」<グラフィックノベル版>(The Big Four by Agatha Christie

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「ビッグ4」のグラフィックノベル版の表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

戸口から延びる絵影が、「ビッグ4」を示す大きな4になっている。
また、画面左上には、ビッグ4のナンバーワンである
リー・チャン・エンの国である中国の龍が描かれている。


13番目に紹介するアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)によるグラフィックノベル版は、「ビッグ4(The Big Four)」(1927年)である。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第7作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズに属する長編のうち、第4作目に該っている。


HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「ビッグ4」のグラフィックノベル版の裏表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-
チェスのキングが描かれている。


本作品のグラフィックノベル版は、元々、フランス人のイラストレーターである Alan Paillou(1958年ー)が作画を担当して、2006年にフランスの Heupe SARL から「Les Quatre」というタイトルで出版された後、2007年に英国の HarperCollinsPublishers から英訳版が発行されている。



エルキュール・ポワロの友人で、相棒でもあるアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings)は、妻と一緒に暮らす牧場があるアルゼンチンから、一年半ぶりに英国へと戻って来た。突然の来訪でポワロを驚かせようと思っていたヘイスティングス大尉であったが、ポワロのフラットを訪れてみると、奇妙な偶然の一致と言うか、ポワロは南米へと出発しようとしていたところだった。


驚くヘイスティングス大尉に対して、ポワロは、「生涯で初めて、お金の誘惑に負けて、世界一の富豪で、「米国の石鹸王」と呼ばれるエイブ・ライランド(Abe Ryland)からの依頼を受け、ブラジルのリオへと向かうのだ。」と説明する。ポワロによると、南米における調査は、彼が最近興味を持つようになった「ビッグ4(Big Four)」と呼ばれる国際的な犯罪集団が関与しているらしい。



ポワロとヘイスティングス大尉がそんな会話をしているところへ、全身泥だらけの男性が突然転がり込んできて、意識を失ってしまう。

二人が男性にブランディーを少し飲ませると、男性は少し意識を取り戻すが、何らかのショックを受けているようで、ポワロの名前と住所を繰り返すだけだった。更に、二人が男性に紙と鉛筆を渡すと、男性は「4」という数字をいくつも書き始めると、次のようなことを早口で捲し立てた。

(1)リー・チャン・エン(Li Chang Yen)は、「ビッグ4」の頭脳で、ナンバーワンである。

(2)ナンバーツーは、米国人で、ドルのマークで表される。

(3)ナンバースリーは、フランス人女性であるが、それ以外は不明。

(4)そして、ナンバーフォーは、破壊者(Destroyer)である。

そう言うと、男性は、再度、意識を失ってしまった。



汽船連絡列車に乗って、南米へと向かわなければならないポワロは、意識を失った男性の世話を家政婦のピアスン夫人(Mrs. Pearson)に任せると、ヘイスティングス大尉を伴い、急いで駅へと出発する。

汽船連絡列車に乗車したものの、フラットに突然転がり込んできた男性のことが気になって落ち着かないポワロは、ヘイスティングス大尉を促して、一時停車した列車から飛び降りると、ロンドンへと急いで引き返した。

フラットへと戻って来た二人であったが、驚くべきことに、謎の訪問客である男性は、既に死亡していた。



こうして、ポワロとヘイスティングス大尉の二人にとって、「ビッグ4」との長い対決の幕が、切って落とされたのである。


「ビッグ4」が発表された1927年当時、アガサ・クリスティーは、母親が亡くなったことにショックを受け、ずーっと一語も書けない状況が続いていたが、一方で、この年に本を出す予定になっていた。

夫のアーチボルド・クリスティー(Archibald Christie:1889年ー1962年)の兄キャンベル・クリスティーが彼女のことを心配して提案された通り、アガサ・クリスティーは、「ザ・スケッチ」誌に掲載した12の短編を一つにまとめて、「4だった男(The Man Who Was No. 4)」というタイトルで出版した。それが、現在の「ビッグ4」で、かなりの成功を収めた、とのこと。


本作品のグラフィックノベル版には、前述の通り、12の短編が一つにまとめられていることもあり、ポワロ / ヘイスティングス大尉 対 ビッグ4の戦いがいくつか入っており、それらが非常にテンポ良く進み、うまく構成されていると思う。


深夜、アーサー・ヘイスティングス大尉は、
セントジャイルズ病院(St. Giles's Hospital)へ呼び出されたにもかかわらず、
何故か、セントジェイムズ病院(St. James's Hospital)を訪れている。


細かい点を言えば、物語の中盤、「ビッグ4」のナンバーフォーである「破壊者」の正体である俳優のクロード・ダレル(Claud Darrell)の写真を持っているモンロー嬢(Miss Monro)が車に轢き殺された際、ポワロとヘイスティングス大尉がセントジェイムズ病院(St. James’s Hospital)を訪れるシーンが登場する。次に、物語の後半、ポワロ亡き後、一人残されたヘイスティングス大尉は、中国の裏社会のことをよく知る退職公務員であるジョン・イングルス(John Ingles)の召使いの中国人がナイフで刺された際、セントジャイルズ病院(St. Giles’s Hospital)へと呼び出される。ところが、ヘイスティングス大尉が訪れる病院の建物には、「セントジェイムズ病院」と表示されている。うっかりミスだと思うが、作画上、もっと注意してもらいたい。


2020年12月12日土曜日

テッド・リッカルディ作「シャーロック・ホームズの東方事件簿」(The Oriental Casebook of Sherlock Holmes by Ted Riccardi)

米国ニューヨークにある Pegasus Books LLC が発行する
Pegasus Crime シリーズの一つに加えられている
テッド・リッカルディ作「シャーロック・ホームズの東方事件簿」の表紙
(Cover Design by Faceout Studio / Charles Brock)


「シャーロック・ホームズの東方事件簿(The Oriental Casebook of Sherlock Holmes)」は、テッド・リッカルディ(Ted Riccardi:1937年ー)が2003年に発表した短編集である。

テッド・リッカルディは、米国コロンビア大学(Columbia University)の中東・アジア言語文化学部(Department of Middle East and Asian Languages and Cultures)の名誉教授(professor emeritus)で、以前は、インドのニューデリーにある米国大使館(United States embassy in New Delhi)の上級館員 / 参事官(counsellor)として勤務していた。


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「最後の事件(The Final Problem)」(1893年)において、1891年5月、スイスのライヘンバッハの滝(Reichenbach Falls)で、シャーロック・ホームズは、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)と死闘を演じ、二人とも滝壺へと転落して、死亡したものと考えられていた。

ところが、「空き家の冒険(The Empty House)」(1903年)において、1894年4月、ホームズは、ロンドンへと生還し、ジョン・H・ワトスンと再会すると、モリアーティー教授の右腕で、自分をつけ狙っていたセバスチャン・モラン大佐(Colonel Sebastian Moran)に罠を仕掛けて、逮捕する。

ホームズがロンドンを不在にしていた1891年5月から1894年4月までの3年間は、「大空白時代」と呼ばれている。


米国ニューヨークにある Pegasus Books LLC が発行する
Pegasus Crime シリーズの一つに加えられている
テッド・リッカルディ作「シャーロック・ホームズの東方事件簿」の裏表紙
(Cover Design by Faceout Studio / Charles Brock)


テッド・リッカルディ作「シャーロック・ホームズの東方事件簿」には、この「大空白時代」中、ホームズが東方を旅している間に遭遇した9つの事件が収録されている。

(1)「The Viceroy’s Assistant」

(2)「The Case of Hodgson’s Ghost」

(3)「The Case of Anton Furer」

(4)「The Case of the French Servant」

(5)「An Envoy to Lhasa」

(6)「The Giant Rat of Sumatra」

(7)「Murder in the Thieves’ Bazaar」

(8)「The Singular Tragedy at Trincomalee」

(9)「The Mystery of Jaisalmer」


9つの事件の前には、ジョン・ワトスンによる序文(10ページ)が、また、9つの事件の後には、彼の後書き(8ページ)が付されている。

 これらの事件は、ネパール、インドやセイロン島等が舞台になっている。


6つ目の短編である「スマトラの大ネズミ」は、ホームズシリーズの「語られざる事件」で、コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼(The Sussex Vampire)」において言及されていて、「マティルダ・ブリッグス(Matilda Briggs)事件」に関連しているらしい。

テッド・リッカルディ作「シャーロック・ホームズの東方事件簿」では、1893年の春、船マティルダ・ブリッグス内で発生した事件となっていて、1893年7月、シンガポールに到着したホームズが、そこで事件をしたためた記録として語られている。


本作品のペーパーバック版の刊行時(2011年)、裏表紙の著者説明によると、リッカルディ夫妻は、ニューヨーク、ニューメキシコとネパールの3拠点で生活しているとのことなので、著者の勤務経験や生活・体験等をベースに、上記の事件の舞台が設定されていると言える。


2020年12月6日日曜日

アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」<グラフィックノベル版>(Peril at End House by Agatha Christie

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」のグラフィックノベル版の表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

ニック・バックリーの従姉妹であるマギー・バックリーが殺害された
花火の夜のエンドハウスが描かれている。
また、画面左上には、ホテル マジェスティックにおいて、
ポワロが拳銃の音だとは気付かなかった蜂も描かれている。


12番目に紹介するアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)によるグラフィックノベル版は、「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(1932年)である。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第12作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズに属する長編のうち、第6作目に該っている。


HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」のグラフィックノベル版の裏表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

エンドハウスにおいて、ニックの従姉妹であるマギーを殺害するのに
使用された拳銃が描かれている。


本作品のグラフィックノベル版は、元々、フランス人の作家である Didier Quella-Guyot(1955年ー)が構成を、そして、フランス人のイラストレーターである Thierry Jollet(1964年ー)が作画を担当して、2009年にフランスの Heupe SARL から「La Maison du peril」というタイトルで出版された後、2010年に英国の HarperCollinsPublishers から英訳版が発行されている。

物語の冒頭、ニックが運転する車のブレーキが効かなくなっている場面


「コーニッシュ リヴィエラ(Cornish Riviera)」と呼ばれるコンウォール州(Cornwall)のセントルー村(St. Loo)に近いホテル マジェスティック(Hotel Majestic)において、エルキュール・ポワロは、相棒で、友人でもあるアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings)と一緒に、休暇を楽しんでいた。一方、新聞では、世界一周飛行に挑戦中のパイロットであるマイケル・シートン(Michael Seton)が、太平洋上で行方不明になっていることを伝えていた。

画面右手前が、ポワロとヘイスティングス大尉が宿泊しているホテル マジェスティックで、
画面左手奥に、ニックが住むエンドハウスが建っている。


午後のお茶の際、ポワロは、ホテルの庭で蜂が羽音を立てて飛び回っているのを、少しうるさく感じていたところ、発射後の弾丸が庭に落ちているのを見つけた。蜂の羽音に混じって、何者かがホテルの庭において拳銃を発射したのだろうか?

ホテル マジェスティックにおいて出会ったニックから、
ポワロとヘイスティングス大尉は、彼女が3日間に3度も命拾いをしたことを聞く。


ちょうどそこへ、ニック・バックリー(Nick Buckley
  本名:マグダラ・バックリー(Magdala Buckley))という美しい女性が、角を曲がって姿を現した。彼女は、ホテルからほんの目と鼻の先にある別荘エンドハウス(End House)の若き女主人であった。

彼女によると、「3日間に3度も命拾いをした。」とのことだった。

<1度目>彼女が寝ているベッドの頭板の上に架かっている大きな油絵の額が、ある夜、額を支えている針金が切れて落下したが、ちょうど彼女が目を覚ましてベッドから離れていたため、間一髪のところだった。

<2度目>彼女が海水浴のためにエンドハウスから小道を下っていた際、丸石が崖から転がり落ちてきて、もう少しで当たるところだった。

<3度目>車のブレーキが突然効かなくなったが、近くの植え込みに突っ込むだけで、なんとか事無きを得た。

話を終えて、彼女が立ち去った際に忘れていった日よけ帽子の広いつばには、穴が開いており、狙撃によるものだと、ポワロは見抜く。つまり、ポワロが先程拾った弾丸は、何者かが彼女の命を狙って発射したことになる。更に言うと、彼女は、3度ではなく、4度も命を狙われたことになる。大胆にも、名探偵である自分の目前で、殺人を行おうとした犯人に、ポワロはプライドを大きく傷つけられたのである。

ポワロは、ヘイスティングス大尉を伴って、ニックが住むエンドハウスへと赴く。


エンドハウスを訪れたポワロとヘイスティングス大尉は、
ニックから、命拾いをした3件の出来事について、直接聞く(その1)


ニックには、一緒に食事をしたり、飲んだりする友人が、3人居た。

(1)フレディー・ライス(Freddie Rice):2、3年前に、アルコール中毒の夫と別れたものの、元夫は行方知らず。

(2)ジム・ラザラス(Jim Lazarus):美術商

(3)ジョージ・チャレンジャー(George Challenger):英国海軍中佐

ニックは、彼女の取り巻きの友人から、何か恨まれているのだろうか?エンドハウスが多額の抵当に入っていることから、金銭面が動機とは思われなかった。現時点において、ニックの命をつけ狙う犯人の動機が、ポワロには、ハッキリとしなかった。


エンドハウスを訪れたポワロとヘイスティングス大尉は、
ニックから、命拾いをした3件の出来事について、直接聞く(その2)


そのため、ポワロとしては、犯人の可能性がある人物を突き止めるまでの間、何としてでも、ニックの命を守る必要性があった。そこで、ポワロは、ニックに対して、ヨークシャー州(Yorkshire)の牧師の娘で、彼女の従姉妹でもあるマギー・バックリー(Maggie Buckley)を呼び寄せて、いつも彼女の側に居てもらうよう、説得する。

ポワロによる説得の結果、ニックは、
ヨークシャー州に住む彼女の従姉妹であるマギーを、エンドハウスへと呼び寄せた。



ところが、セントルー村で開催された花火の夜、ニックがヨークシャー州から呼び寄せたマギーが、何者かに殺害されてしまった。当夜、マギーは、ニックの真っ赤なチャイナシルクのショールを借りていたため、ニックと間違えられて、犯人に拳銃で撃たれたものと思われた。


何度も、自分の目前で犯行を繰り返す殺人犯の正体を暴くべく、ポワロは灰色の脳細胞をフル回転させるのだった。


セントルー村で開催された花火の夜、エンドハウスへと戻るポワロとヘイスティングス大尉は、
建物の前に、真っ赤なチャイナシルクのショールを羽織った女性が倒れているのを発見する。


前回もコメントした通り、本作品は、アガサ・クリスティーの小説の中で、最も好きな作品の一つである。それ故に、このグラフィックノベル版には、以下の点で、個人的には、不満が残る。

<構成面>ニックの従姉妹であるマギーが殺害されるまでに、全体のページ数の約 2/3 弱を費やしてしまい、物語の後半および終盤が、かなり駆け足の展開となっている。特に、ポワロが殺人犯の正体を暴く場面が、最後の2ページだけとなっていて、正直ベース、ポワロのセリフだけで処理している傾向が、非常に強い。

<作画面>残念ながら、他の作品のイラストレーター達と比べると、本作品の作画は、少しばかり劣っているように感じられる。個人的に非常に好きな作品なだけに、本作品の作画は、イメージにうまく合致していない。


2020年12月5日土曜日

ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョン作「7人の死体」(Seven Dead by Joseph Jefferson Farjeon)

大英図書館(British Library)が発行する
British Library Crime Classics の一つに加えられている
ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョン作「7人の死体」の表紙

「7人の死体(Seven Dead)」は、英国の推理作家で、戯曲家 / 脚本家でもあったジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョン(Joseph Jefferson Farjeon:1883年ー1955年)が1939年に発表した推理小説である。

ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョンは、1883年6月4日、ロンドンのハムステッド地区(Hampstead→2018年8月26日付ブログで紹介済)内に出生。彼は、母方の祖父に該る米国人の俳優であるジョーゼフ・ジェファーソン(Joseph Jefferson)から、名前をもらっている。彼の父親であるベンジャミン・レオポルド・ファージョン(Benjamin Leopold Farjeon:1838年ー1903年)は、ロンドンのホワイトチャペル地区(Whitechapel)出身の小説家、戯曲家、画家、ジャーナリストで、俳優でもあった。

ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョンは、新聞社 / 出版社に10年程勤務した後、フリーになり、1920年代から1950年代にかけて、60作を超える推理小説を発表している。

彼の作品のうち、特に有名なのは、戯曲「ナンバー17(Number 17)」(1925年)で、1932年に、英国の映画監督 / プロデューサーであるサー・アルフレッド・ジョーゼフ・ヒッチコック(Sir Alfred Joseph Hitchcock:1899年ー1980年)により、「Number Seventeen」として映画化されている。


大英図書館(British Library)が発行する
British Library Crime Classics の一つに加えられている
ジョーゼフ・ジェファーソン・ファージョン作「7人の死体」の裏表紙

ある土曜日の朝、コソ泥やスリを生業にしているテッド・ライト(Ted Lyte)は、ベンウィック(Benwick)という町の近くにあるヘイヴンフォードクリーク(Havenford Creek)界隈をうろついていた。最近、彼はついていなかったが、邸宅ヘイヴンハウス(Haven House)が、彼の目にとまった。ある窓には、シャッターが下りており、邸宅は無人か、あるいは、長期間の留守であることに間違いなかった。テッドは、コソ泥人生で初の押し込み強盗をするべく、裏窓から邸宅内へと侵入する。邸宅内に置いて、金目となる銀食器等を漁っていたテッドであったが、鍵がかかったドアを見つける。どうやら、外から見た際、シャッターが下りた窓がある部屋のようだった。ドアにささっていた鍵を開けて、その部屋の中に入ったテッドは、更なる戦利品を得るどころか、非常に恐ろしい出来事に遭遇する。


なんと、シャッターが下りた窓がある部屋の中には、7人の死体(男性:6人+女性:1人)があった。男性の死体のうち、2人は水夫のような格好をして下り、女性の死体は男性の服装をしていた。

7人の死体を見て、恐怖に襲われたテッドは、銀食器の戦利品を抱えたまま、慌てて邸宅内から外へと逃げ出した。ところが、ちょうどそこに通りかかったヨット乗りの青年トマス・ヘイゼルディーン(Thomas Hazeldean)によって捕えられるのであった。


その場に居合わせた地元の警察官からの通報を受けて、スコットランドヤードのケンダル警部(Inspector Kendall)とワード巡査部長(Sergeant Wade)が、事件現場へと派遣される。

地元警察によると、ヘイヴンハウスには、ジョン・フェナー(John Fenner)という男性が、姪のドーラ・フェナー(Dora Fenner)と2人で住んでいるとのことだったが、現在、二人の行方は不明だった。また、7人は、前夜の午後8時半から午後9時の間に死亡したようだが、彼らの死因はハッキリとしない上に、彼らの身元を示すものは何もなかった。更に、ある死体の下から「WITH APOLOGIES FROM THE SUICIDE CLUB」と大文字で書かれた紙片が見つかる。その紙片の裏側には、Particulars at address「59・16S  4・6E  G」という意味不明の文字が、鉛筆で書かれていた。謎は深まるばかりだった。

食堂の壁には、白いドレスを着た11歳位の少女が描かれた絵が架けられていたが、白いドレスの上には、絵を描いた画家が予定していないものが加えられていた。少女の心臓に該る白いドレスの箇所を、銃弾が貫いていたのである。


スコットランドヤードが捜査を進めた結果、以下のことが判明する。

(1)姪のフェナー嬢が、前日の朝、ヘイヴンハウスを出て、午前9時50分発の列車で、ベンウィックからロンドンのリヴァプールストリート駅(Liverpool Street Station)へと向かった。

(2)フェナー嬢と思われる女性が、ロンドンのヴィクトリア駅(Victoria Station)において、午後4時15分過ぎに、フランスのブーローニュ(Boulogne - ドーヴァー海峡を臨むフランス北部の町)との往復の三等切符を購入。午後4時半発の列車に乗車する予定だったのではないかと推測。

(3)午後4時42分に、ヴィクトリア駅からヘイヴンハウス宛に、若い女性による電話が取り次がれたが、誰も応答しなかった。

(4)フェナー嬢は、午後4時半初の列車には乗らず、ヴィクトリア駅からリヴァプールストリート駅へと戻り、午後5時57分発の列車でベンウィックへと向かった。

(5)フェナー嬢は、午後8時16分にベンウィック駅に着くと、ヘイヴンハウスへと急いだ。

(6)フェナー嬢は、ベンウィック駅に戻って来ると、午後9時12分発の最終列車で、ロンドンへと再度向かった。

(7)フェナー嬢は、午後11時15分にロンドンに着くと、当日、リヴァプールストリート駅ホテル(Liverpool Street Station Hotel)に宿泊。

(8)翌朝、フェナー嬢は、ホテルを出ると、午前9時発のフォークストン(Folkestone)行き列車に乗車。

(9)そして、フェナー嬢は、フランスに入国。


事件の内容に興味を覚えたトマス・ヘイゼルディーンは、スコットランドヤードのケンダル警部に対して、自ら協力を申し出ると、フェナー嬢の行方を捜索するべく、自分のヨットに乗り、フランスのブーローニュへと向かうのであった。


非常に魅力的な事件で始まった「7人の死体」であったが、フランスのブーローニュにおいて、トマス・ヘイゼルディーンがフェナー嬢と出会った後、彼女が滞在しているペンションで、

(1)フェナー嬢

(2)ポーラ夫人(Madame Paula - ペンションの経営者)

(3)フェナー氏

(4)マリー(Marie - ペンションのメイド)

(5)ピエール(Pierre - ペンションの使用人)

とのやりとりが、第7章から第15章までの約70ページ以上にわたって、延々と続くものの、話が全くと言って良い程、遅々として進まない。70ページ以上と言うと、物語全体の約 1/3 に該当し、果たして、これだけのページ数を割く必要があったのか、甚だ疑問である。これだけのページ数が割かれているとは言え、スリルやサスペンス感が増す訳では、全然ないのである。もっと少ないページ数で、簡潔にした方が、遥かに良かったと思う。


また、事件の真相についても、論理的な推理で突き止められるものではない。物語の後半から、スコットランドヤードのケンダル警部による本格的な捜査が始まるが、残念ながら、探偵役としての活躍と言うところまでには至っていない。

ケンダル警部が、事件の跡を追って、ペンションまで辿り着き、捕らわれていたトマス・ヘイゼルディーンとフェナー嬢の二人を救出するところまでが、物語の醍醐味のようで、事件の真相は、残り30ページ弱で、やや唐突に示される。


言い方はあまり良くないが、ケンダル警部と民間人であるトマス・ヘイゼルディーンの二人による事件捜査が、うまくシンクロしておらず、物語の展開がバラバラに見えて、あまり印象が良くない。


本作者の場合、ケンダル警部シリーズにおいて、このような展開が、前回の13人の招待客(Thirteen Guests)」(1936年)を含めて、見受けられるが、正直ベース、どれもあまりうまくいっていない感じがする。


2020年11月29日日曜日

アガサ・クリスティー作「無実はさいなむ」<グラフィックノベル版>(Ordeal by Innocence by Agatha Christie

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「無実はさいなむ」のグラフィックノベル版の表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

義母レイチェル・アージル殺害の容疑で無期懲役を宣告され、
肺炎のため、獄中死したジャッコ・アージルが描かれている。


11番目に紹介するアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)によるグラフィックノベル版は、「無実はさいなむ(Ordeal by Innocence)」(1958年)である。本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第50作目に該る。

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「無実はさいなむ」のグラフィックノベル版の裏表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

レイチェル・アージル殴殺に使用された火搔き棒が描かれている。


本作品のグラフィックノベル版は、イラストレーターであるシャンドレ(Chandre)が作画を担当して、2006年にフランスの Heupe SARL から「Temoin indesirable」というタイトルで出版された後、2008年に英国の HarperCollinsPublishers から英訳版が発行されている。

サニーポイント邸を
地理学者のアーサー・キャルガリ博士が訪れる。


195X年11月9日の午後7時から午後7時半の間に、サニーポイント邸(Sunny Point)の書斎において、資産家のレイチェル・アージル(Rachel Argyle)が、火搔き棒で後頭部を殴られて、殺害された。

間もなく、彼女の養子の一人であるジャッコ・アージル(Jacko Argyle)が、義母殺害の容疑で、警察に逮捕される。ジャッコは、その晩、義母のレイチェルを訪ねており、金の無心を断われると、彼女を脅しているのを、他の家族に聞かれていたのである。義母殺害の動機は、金の無心を断られた腹いせだと考えられた。

更に、ジャッコが警察に逮捕された際、彼のポケットから、義母のレイチェルが金庫にしまってあった印の付いた紙幣が出てきたのである。義母殺害の容疑としては、十分な程だった。


ところが、ジャッコは、問題の30分間のアリバイを主張した。彼によると、サニーポイント邸からドライマス(Drymouth)へと戻る途中、ヒッチハイクをして、中年の男性が運転する黒い車に乗せてもらった、と言うのだ。しかし、警察による度重なる呼びかけにもかかわらず、ジャッコが言い張る男性や車は、全く見つからなかった。子供の頃から嘘つきだったジャッコは、義母殺害の容疑を免れるために、またしても嘘をついたのだ、と世間一般は理解した。


地理学者のアーサー・キャルガリ博士は、
アージル家の弁護士であるアンドリュー・マーシャル(Andrew Marshall)からの手紙を持参していた。


その結果、ジャッコの裁判は、形ばかりのものとなった。彼は無期懲役を宣告され、そして、刑務所に入って僅か6ヶ月後に、肺炎が元で獄中で世を去った。
ジャッコの獄中死を経て、残されたアージル家の人々は、元通りの生活を取り戻そうとしていた。


事件の2年後、地理学者のアーサー・キャルガリ(Dr. Arthur Calgary)が、サニーポイント邸を訪れる。キャルガリ博士は、アージル家の人々に対して、問題の晩の7時少し前に、ジャッコ・アージルを車に乗せて、ドライマスまで送って行ったことを告げるのであった。

地理学者のアーサー・キャルガリ博士は、アージル家の人々に対して、
2年前に自分が遭った交通事故について話す。


彼によると、ドライマスでジャッコを車から降ろした後、交通事故に遭って、脳震盪を起こし、数日間入院していた。その際、彼は部分的な記憶喪失になってしまい、問題の晩のことを忘れてしまったのである。そして、病院から退院すると、彼はそのまま南極探検に出かけてしまったため、事件のことについては、全く知らなかった。彼は、最近、南極から戻ったばかりで、自分の部屋で古新聞等を整理していた際に、ジャッコの写真を見かけ、部分的な記憶喪失からふいに回復して、問題の晩にかかる記憶が戻ってきた、と話すのであった。


画面左から、カーステン・リンツトロム、アーサー・キャルガリ博士、
へスター・アージル、グエンダ・ヴォーン、そして、リオ・アージル


キャルガリ博士の話が本当だとすると、嘘つきで、レイチェル・アージルを殺害した犯人だと皆が思っていたジャッコは、結局のところ、彼が出張していた通り、無実だった訳である。

ところが、ジャッコの汚名は回復されたにもかかわらず、アージル家の人々は喜んではいないように見えた。寧ろ、キャルガリ博士の話を聞きたくなかったと言わんばかりだった。アージル家の人々の反応に、キャルガリ博士は非常に困惑する。

それは、つまり、ジャッコが無実であるということは、残ったアージル家の人々の誰かが真犯人だということになるからであった。問題の晩、サニーポイント邸の玄関には、鍵がかかっていた。レイチェル・アージルを殺害した犯人は、彼女に邸宅内に入れてもらったか、あるいは、自分の鍵で中に入ったかのどちらかだった。いずれにしても、アージル家の関係者が真犯人ということになる。



キャルガリ博士が言う通り、ジャッコが無実だとすると、問題の晩、レイチェル・アージルを殺害した真犯人は、以下の人物のうちの誰なのか?

(1)リオ・アージル(Leo Argyle):レイチェル・アージルの夫

(2)メアリー・デュラント(Mary Durrant):アージル家の養子

(3)マイケル・アージル(Michael Argyle):アージル家の養子で、愛称はミッキー(Mickey)

(4)へスター・アージル(Hester Argyle):アージル家の養子

(5)クリスティーナ・アージル(Christina Argyle):アージル家の養子で、名称はティナ(Tina)

(6)フィリップ・デュラント(Philip Durrant):メアリーの夫

(7)グエンダ・ヴォーン(Gwenda Vaughan):リオ・アージルの秘書

(8)カーステン・リンツトロム(Kirsten Lindstrom):アージル家の家政婦


画面左から、アージル家の弁護士アンドリュー・マーシャル、リオ・アージル、へスター・アージル、
グエンダ・ヴォーン、カーステン・リンツトロム、クリスティーナ・アージル、
メアリー・デュラント、フィリップ・デュラント、そして、マイケル・アージル


アガサ・クリスティーは、自伝において、本作品を自作の推理小説の中で最も満足している2作のうちの1作として挙げている。ちなみに、もう1作は、「ねじれた家(Crooked House)」(1949年)である。

私にとっても、本作品は、アガサ・クリスティーの推理小説の中で、最も好きな作品の一つである。個人的な理解ではあるが、作者であるアガサ・クリスティーの「悪い種は、永久に悪い種のままで、更正させることはできない。」と言う信念みたいなものが、「ねじれた家」と「無実はさいなむ」の2作品に共通して、色濃く反映されていると思う。


無実がさいなみ、眠れない夜を過ごすアージル家の人々 - 
上段:マイケル・アージル、カーステン・リンツトロム、フィリップ・デュラント、メアリー・デュラント
中段:リオ・アージル、グエンダ・ヴォーン、へスター・アージル
下段:クリスティーナ・アージル


私の好きな作品を他に挙げると、
(1)「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(1932年)

(2)「ABC 殺人事件(The ABC Murders)」(1935年)

(3)「復讐の女神(The Nemesis)」(1971年)

(4)「象は忘れない(Elephants Can Remember)」(1972年)

である。


イラストレーターのシャンドレによる作画は、本作品の暗く、かつ、重い雰囲気によくマッチしており、47ページの分量の中で、非常にうまくまとめられている。