2016年6月4日土曜日

ロンドン ワンズワースコモン/クラッパムジャンクション駅(Wandsworth Common / Clapham Junction Station)

クラッパムジャンクション駅の入口正面

サー・アーサー・コナン・ドイル作「ギリシア語通訳(The Greek Interpreter)」において、ある水曜日の夕刻、シャーロック・ホームズとジョン・ワトスンの二人は、パル・マル通り(Pall Mallー2016年4月30日付ブログで紹介済)にある「ディオゲネスクラブ(Diogenes Club)」を訪れる。そこで兄のマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)に会ったシャーロックは、兄の隣人で、主にギリシア語通訳を生活の糧にしているメラス氏(Mr Melas)を紹介された。メラス氏によると、2日前、つまり、月曜日の夜に非常に恐ろしい体験をして、その件でシャーロックに捜査をお願いしたいと言う。


メラス氏の説明によると、当夜、彼は上流階級風の身なりをした青年ラティマー氏(Mr Latimer)から通訳の依頼を受け、ラティマー氏が戸口に待たせていた辻馬車に一緒に乗って、パル・マル通りからケンジントン(Kensington)へと出発した。ところが、辻馬車はチャリングクロス交差点(Charing Crossー2016年5月25日付ブログで紹介済)を抜けて、シャフツベリーアベニュー(Shaftesbury Avenueー2016年5月15日付ブログで紹介済)経由、オックスフォードストリート(Oxford Streetー2016年5月28日付ブログで紹介済)へと達する。これでは、ロンドンの西部に位置するケンジントンとは反対方向へ、辻馬車は進んでいることになってしまう。

奥に見えるのが、クラッパムジャンクション駅ー
左手には、セキュリティーゲートで囲まれたフラットが建っている

メラス氏が胸の内で生じた疑念を吐露すると、ラティマー氏は鉛の入った棍棒を急に取り出し、メラス氏を脅すのであった。そして、メラス氏は、2時間近く馬車に乗せられたまま、秘密の場所へ連れて行かれた。そこで、メラス氏は、やせ衰えて口に大きな絆創膏を貼られたギリシア人紳士に対して、何かの書類へのサインを強要する通訳をさせられることになった。その途中、ドアが開いて、背の高い黒髪の女性が部屋に入って来た。お互いをポール・クラティデス(Paul Kratides)とソフィー(Sophy)と呼ぶ二人は、謎の青年ラティマー氏達に誘拐されて、身柄を拘束されているようである。その直後、全く事情が判らないメラス氏は再度馬車に乗せられ、見知らぬ場所で降ろされたのであった。

クラッパムジャンクション駅へと至る道(その1)

「『メラスさん、ここで馬車から降りて下さい。』と、ラティマー氏が言いました。『あなたの御宅からこんなに離れたところで降ろして申し訳ないが、仕方がありません。念の為言っておきますが、この馬車の後をつけようとされるのは、御自分の身の為になりませんよ。』」
「ラティマー氏はそう言って、馬車の扉を開けました。私が馬車から飛び降りると直ぐに、御者は馬に鞭を打つと、馬車はガタガタと走り去りました。私は驚いて辺りを見回してみると、そこはハリエニシダの暗い茂みが斑にあり、ヒース(常緑低木)に覆われた荒れ地のような場所でした。上階の窓のそこかしこに明かりが灯った家並みが遠くに広がっていました。そして、反対側には、鉄道の赤い信号が見えました。」
「私を乗せてきた馬車は、私の視界からは既に居なくなっていました。私が辺りを見回しながら考えていると、暗闇の中を私の方へ向かって来る人が居たのです。彼が近づいて来ると、鉄道のポーター(赤帽)であることが判りました。」
「『一体、ここはどこなのですか?』と、私は尋ねました。」
「『ワンスワースコモンですよ。』と、赤帽が答えました。」
「『ロンドン市内へ行く列車に乗れますか?』」
「『クラッパムジャンクション駅まで1マイル程歩かれるのであれば、ヴィクトリア駅行きの最終列車にちょうど間に合うでしょう。』と、彼は言いました。」

クラッパムジャンク駅へと至る道(その2)

' "You will get down here, Mr Melas," said my companion. "I am sorry to leave you so far from your house, but there is no alternative, Any attempt upon your part to follow the carriage can only end in injury to yourself."
'He opened the door as he spoke, and I had hardly time to spring out when the coachman lashed the horse and the carriage rattled away. I looked around me in astonishment. I was on some sort of a heathy common mottled over with dark clumps of furze bushes. Far away stretched a line of houses, with a light here and there in the upper windows. On the other side I saw the red signal-lamps of a railway.
'The carriage which had brought me was already out of sight. I stood gaging round and wondering where on earth I might be, when I saw someone coming towards me in the darkness. As he came up to me I made out that he was a railway porter.
' "Can you tell me what place this is?" I asked.
' "Wandsworth Common," said he,
' "Can I get a train into town?"
' "If you walk on a mile or so to Clapham Junction," said he, "you'll just be in time for the last to Victoria."

クラッパムジャンクション駅前にあるバス停

謎の青年ラティマー氏によってメラス氏が馬車を降ろされたワンズワースコモン(Wandsworth Common)は、テムズ河(River Thames)の南側にあり、ロンドン・ワンズワース区(London Borough of Wandsworth)に属した公有地で、ワンズワース区議会(Wandsworth Council)が管理している。
ワンズワースコモン内には、多くの池や湖等が点在していて、野鳥等が保護されている。
ワンズワースコモンの南側にあるワンズワースコモン駅(Wandsworth Common Station)と北側にあるクラッパムジャンクション駅(Clapham Junction Station)の間を結ぶ鉄道の線路がワンズワースコモン内を南北に縦断していて、コモンを東西に分けている。メラス氏がワンズワースコモン内で鉄道の赤い信号を見たのは、そのためである。

クラッパムジャンクション駅の入口

ロンドン市内へ戻る為に、メラス氏が徒歩でワンズワースコモンから向かった先のクラッパムジャンクション駅も、ロンドン・ワンズワース区に属している。「クラッパム」という名前が付いているが、当駅はバタシー地区(Battersea)とワンズワース地区(Wandsworth)の中間辺りに位置していて、一般にクラッパム地区(Clapham)と呼ばれている地域からは北西へやや離れたところにある。
当駅の名前は、「丘(hill)」を意味する「clap」と「家(home)」を意味する「ham」が合わさってできた地名に、「分岐点」を意味する「junction」が付く形で呼ばれている。何故ならば、このクラッパムジャンクション駅は、ロンドン中心部にあるターミナル駅のうち、ヴィクトリア駅(Victoria Stationーテムズ河の北側に所在)とウォータールー駅(London Waterloo Stationーテムズ河の南側に所在)へと向かう二つの大幹線がX状に交差する交点に位置しているからである。

クラッパムジャンクション駅前の通り―
画面奥を右へ曲がり、鉄道高架を潜った先に繁華街がある

1838年5月21日にロンドンとサザンプトン(Southampton)の間を結ぶ鉄道が開通した時点では、クラッパムジャンクション駅はまだ存在していなかった。その後、1863年3月2日にクラッパムジャンクション駅は正式にオープンして、以降、ロンドンから英国南部(ブライトン(Brighton)等)と英国南西部(サザンプトン等)へと向かう鉄道網の重要な交点という役割を果たしており、英国内で「最も忙しい駅(busiest UK station)」と言われている。

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