|
ケンダルプレイス—
コナン・ドイルの原作に出てくる
カムデンハウスの裏口があると思われる |
シャーロック・ホームズが犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)と一緒に、スイスにあるライヘンバッハの滝壺にその姿を消してから、既に3年が経過していた。サー・アーサー・コナン・ドイル作「空き家の冒険(The Empty House)」は、そこから始まるのである。
1894年の春、メイヌース伯爵(Earkl of Maynooth)の次男である青年貴族ロナルド・アデア(Ronald Adair)がパークレーン427番地(427 Park Lane)の自宅で殺害された事件のニュースで、ロンドンは大騒ぎだった。彼は内側から扉に鍵がかけられた部屋で撃たれて亡くなっていたのだが、部屋の内には拳銃の類いは発見されなかったため、これが事件最大の謎であった。
ある晩、ケンジントン地区(Kensington)の自宅からハイドパーク(Hyde Park)へ散策に出かけたジョン・ワトスンは、そのついでに事件現場に立ち寄った。人混みの中で、ワトスンは本蒐集家と思われる背中の曲がった老人にうっかりぶつかってしまい、老人が持っていた本を数冊地面に落としてしまった。ぶつかったことを謝ろうとしたワトスンであったが、老人が不服そうな声を上げ、背を向けると、野次馬の中に姿を消してしまう。
ケンジントンの自宅に帰ったワトスンの元を、先程パークレーンでぶつかった本蒐集家の老人が訪ねて来た。その老人と本の話をしている間に、ワトスンが老人から少し目を離してから振り返ると、そこには老人の変装を解いたホームズその人が居た。生まれて初めて気を失うワトスンであったが、ホームズがライヘンバッハの滝壺から無事生還したことを喜ぶ。そんなワトスンに対して、ホームズは今夜危険な仕事が控えていると告げる。モリアーティー教授の右腕で、ライヘンバッハからホームズの命を付け狙っているセバスチャン・モーガン大佐(Colonel Sebastian Morgan)に罠を仕掛けて、捕えようと言うのだ。
|
ブランドフォードストリートから東方面を望む |
|
ブランドフォードストリートから西方面を望む—
奥に見える左右に延びる通りが、ベーカーストリート |
私達はベーカーストリートへ向かうのだと思っていたが、ホームズは辻馬車をキャヴェンディッシュスクエアの角で停めさせた。ホームズは辻馬車から外に出る際、非常に鋭い目付きを左右に向け、通りの角に着く度に、つけられていないことを確認するために最大限の努力を行った。私達の行程は確かに奇妙であった。ホームズはロンドンの裏道を驚く程熟知しており、今回、私がこれまでその存在すらも知らなかった路地や厩舎等、網目のようになった中を抜けて、素早く、そして、確信をもった足取りで進んで行った。私達は遂に古く、そして陰鬱な家が建ち並ぶ小さな道に出た。この道は、マンチェスターストリート、そして、ブランドフォードストリートへと通じていた。ここで、ホームズは急いで狭い小道へ入ると、木製の門を抜けて、荒びれた庭に入った。それから、ホームズはある家の裏扉を鍵を使って開け、私達が一緒にその家の内に入ると、彼はその扉を閉めた。
家の内は真っ暗だったが、この家が空き家であることは明白であった。
I had imagined that we were bound for Baker Street, but Holmes stopped the cab at the corner of Cavendish Square. I observed that as he stepped out he gave a most searching glance to right and left, and at every subsequent street corner he took the utmost pains to assure that he was not followed. Our route was certainly a singular one. Holmes's knowledge of the byways of London was extraordinary, and on this occasion he passed rapidly, and with an assured step, through a network of mews and stables the very existence of which I had never known. We emerged at last into a small road, lined with old, gloomy houses, which led us into Manchester Street, and so to Blandford Street. Here he turned swiftly down a narrow passage, passed through a wooden gate into a deserted yard, and then opened with a key the back door of a house. We entered together and he closed it behind us.
The place was pitch-dark, but it was evident to me that it was an empty house …
|
ブランドフォードストリートとケンダルプレイスの角にある建物—
左手奥にカムデンハウスの裏側がある |
「ワトスン、僕達がどこに居るか判るかい?」と、ホームズは私に囁いた。
「間違いなく、あれはベーカーストリートだ。」と、私は曇った窓越しに外を見つめながら答えた。
「その通りだ。僕達は、懐かしい家(ベーカーストリート221B)の真向かいに建っているカムデンハウスの内に居るのさ。」
「でも、何故ここに来たんだい?」
「ここからだと、あの絵のような建物群をうまい具合に見通すことができるからさ。」
|
ブランドフォードストリートから見たケンダルプレイス |
'Do you know where we are?' he whispered.
'Surely that is Baker Street,' I answered, stating through the dim window.
'Exactly. We are in Camden House, which stands opposite to our own old quarters.'
'But why are we here?'
'Because it commands so excellent a view of that picturesque pile. …'
|
カムデンハウスの裏口に該る候補地 |
マンチェスターストリート(Manchester Street)とブランドフォードストリート(Blandford Street)は、シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のマリルボーン地区(Marylebone)内にある。
マンチェスターストリートは、ホームズの祖母の兄に該るフランス人画家エミール・ジャン・オラース・ヴェルネ(Emile Jean-Horace Verne)の絵画が所蔵されているウォレスコレクション(Wallace Collection)が面しているマンチェスタースクエア(Manchester Square)から北側へ延びている通りで、この通りの中間辺りに東西に交差する通りがブランドフォードストリートである。マンチェスターストリートの両側の多くは住居となっているが、ブランドフォードストリートの両側には、近くにあるマリルボーンハイストリート(Marylebone High Street)からの流れで、パブ、レストランや美容室等の各種店舗やオフィスが建ち並んでいる。マンチェスターストリートを左(=西方面)へ曲がり、ブランドフォードストリートを少し進むと、ベーカーストリートに突き当たる。
ベーカーストリートの手前にあるケンダルプレイス(Kendall Place)という細い小道に入ったところが、コナン・ドイルの原作に出てくるカムデンハウス(Camden House)の裏口に該ると思われる。コナン・ドイルの原作上、狭い小道に入った後、ホームズとワトスンがカムデンハウスの裏口に至るまで、どの位進んだのかについては、明記されていないが、文脈的には、狭い小道に入ってすぐの場所に、カムデンハウスの裏口はあったのではないかと推測される。
|
ブランドフォードストリートと
ベーカーストリートの角にある建物 |
|
ベーカーストリート沿いに並ぶ建物—
真ん中にある黄土色の建物がベーカーストリート30番地で、
カムデンハウスの表側に該ると思われる |
現在、ケンダルプレイス沿いには裏庭があるところはないが、ブランドフォードストリートからケンダルプレイスへ曲がってすぐの場所にある建物に、裏口と駐車場が並んでいる。ということは、この建物がホームズとワトスンが人目につかないように入り込んだカムデンハウスの裏側に該るのではないだろうか?
ベーカーストリートに面するカムデンハウスの表側(=ベーカーストリート30番地)には、キッチンやバスルーム等の内装を施工するオフィスが1階に入居しているが、ホームズとワトスンがベーカーストリート221Bを見張った2階を含めた上階は、住居として使用されているのかもしれない。