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グリーンショア屋敷と阿房宮
(作者) Agatha Christie 2014年
(出版社) HaperCollinsPublishers Ltd. 2014年
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1954年11月、アガサ・クリスティーは、自分の生まれ故郷デヴォン(Devon)州のチャーストン フェラーズ(Churston Ferrers)にあるセントメアリー聖母教会(St. Mary the Virgin Church)に寄付をするため、ある中編を執筆して、その印税収入を充てようとした。そこで、彼女は自分の住まいがあるグリーンウェイ(Greenway)を小説の舞台にした。なお、この中編は、雑誌掲載には難しい長さであったため、残念ながら、未発表のままに終わっている。それが本作「エルキュール・ポワロとグリーンショア屋敷の阿房宮(Hercule Poirot and the Greenshore Folly)」で、60年の歳月を経て、今年初めて出版されたのである。殺人事件が発生する小説の舞台に実在の場所である「グリーンウェイ」をそのまま使用できないので、「グリーンショア」と変更したものと思われる。
上記の中編の代わりに、アガサ・クリスティーは、ミス・ジェイン・マープル(Miss Jane Marple)を主人公とした短編「グリーンショウ氏の阿房宮(Greenshaw's Folly)」を教会に寄付している。
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籐椅子に座るアガサ・クリスティー |
ある日、ロンドン市内にあるエルキュール・ポワロのオフィスで電話が鳴る。ポワロの秘書ミス・レモン(Miss Lemon)が受話器をとると、相手は人気推理作家で昔なじみのアリアドニ・オリヴァー夫人(Mrs. Ariadne Oliver)であった。電話はデヴォン州のラプトン(Lapton)からで、オリヴァー夫人はポワロにすぐこちらに来てほしいと頼み込む。そこで、ポワロは早速ロンドン発の列車でデヴォン州に向かう。
ラプトン駅からオリヴァー夫人が滞在しているグリーンショア屋敷(Greenshore House)へ迎えの車で向かう途中、ポワロは外国人旅行者の女性二人(オランダ人とイタリア人)を車に乗せて、近くのユースホステルまで送ってあげる。この辺り一帯は外国人ハイカー達に人気の場所で、後の場面では、彼女達はグリーンショア屋敷の地所を勝手に横切ろうとして、屋敷の主であるサー・ジョージ・スタッブス(Sir George Stubbs)から厳重な注意を受けている。屋敷に到着したポワロにオリヴァー夫人は、次のように説明する。屋敷で催される慈善パーティーのために、(殺人)犯人探しゲーム(Murder Hunt)の段取りをしているところだが、このゲーム自体に何かおかしな点があるものの、それが何なのか、よく判らない、と。オリヴァー夫人は、そんな不安を口にする。彼女は、それをポワロに明らかにしてほしいと頼む。
グリーンショア屋敷では、次の人達が慈善パーティーの準備をしていた。
(1)屋敷の主サー・ジョージ・スタッブス
(2)彼の年若い妻レデイー・スタッブス ハティー(Lady Stubbs, Hattie Stubbs)
(3)サー・ジョージ・スタッブスの秘書ミス・ブレウィス(Miss. Brewis)
(4)サー・ジョージ・スタッブスに雇われて阿房宮の修理を行っている、建築家マイケル・ウェイマン(Michael Weyman)
(5)近所のコテージに住むアレックとペギーのレッグ若夫婦(Alec Legge + Peggy Legge)
(6)慈善パーティー全体のとりまとめ役マスタートン夫人(Mrs. Masterton)
(7)彼女の手助けをしているウォーボロー大尉(Captain Warborough)
(8)ハティーの庇護者フォリアット夫人(Mrs. Folliat)- グリーンショア屋敷の前の持ち主でもある。フォリアット家は1598年から何代にもわたってこの地所を所有していたが、第二次世界大戦前に、彼女の夫が亡くなってしまった。また、彼女の長男は海軍で出征した後、乗っていた艦が沈められ、彼女の次男は陸軍に入隊したが、イタリアで戦死したようである。財政上の窮地に陥ったフォリアット夫人はサー・ジョージ・スタッブスに屋敷を売却し、その代わりに、園丁が住んでいたコテージを貸し与えられて住んでいる。
オリヴァー夫人によると、犯人探しゲームのアイデアを出したのはマスタートン夫人だが、何か腑に落ちないところがあると言う。ある誰かが何らかの意図をもって、他の人達の背後で彼らを操りながら、何かを計画しているような気がしてならない、と...。
犯人探しゲームの被害者は、原子科学者の先妻のユーゴスラビア人女性で、ボート小屋で殺される筋書きになっていた。当初、ペギー・レッグが被害者役を務める筈だったが、慈善パーティーで占い師の役を担当することになり、この村に住む少女マーリン・タッカー(Marlene Tucker)が被害者役を代わった。パーティー当日、ポワロとオリヴァー夫人がボート小屋へ様子を見に行くと、マーリンはスカーフで本当に絞殺されていたのであった!
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マーリン・タッカーが殺害されるボート小屋 |
一方、慈善パーティー会場に、(9)ハティーの従兄弟と称するポール・ロペス(Paul Lopez)が姿を現す。西インド諸島から到着したばかりで、ダートマス(Dartmouth)にヨットを係留し、ダート河(River Dart)をボートで上がって、屋敷にやって来たのである。そして、ハティー・スタッブスに久しぶりに会いたいと言う。ところが、従兄弟を忌み嫌うハティー・スタッブスは、ポール・ロペスの到着前に姿を消してしまい、その後、その行方が杳として知れない。
その後、また一人犠牲者が出る。この村に住むマーデル老人(Old Merdel)で、ある晩、乗っていた船から舟着き場に飛び移ろうとして、ダート河に落ちて溺死したのである。彼は、絞殺された少女の祖父だったことが判明する。警察当局は老人の死を事故死として処理しようとするが、ポワロは、以前マーデル老人に会った際、彼が発した思わせ振りな言葉が非常に気になった。「フォリアット家が、グリーンショア屋敷からは離れることはない。('Always be Folliats at Greenshore.')」と...
果たして、マーデル老人の溺死は事故死なのか?彼女の孫であるマーリン・タッカーを殺害したのは誰なのか?そして、その理由は?更に、ハティー・スタッブスは何処に行ってしまったのか?
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行方不明となったハティー・スタッブス |
アガサ・クリスティーは、この中編を長編にして、2年後に出版している。それが「死者のあやまち(Dead Man's Folly)」(1956年)である。中編と長編を比較すると、物語のメイン舞台となるのが、グリーンショア屋敷とナス屋敷(Nasse House)で名前が異なることや登場人物の名前の一部が変更されていること等を除くと、基本的なプロットは同じだ。
中編の場合、全体で約120ページの分量で、最初の殺人事件(=マーリン・タッカーの絞殺)が発生するのが、約80ページを過ぎた辺り。そこから、ポワロの本格的な捜査と推理が残りの約40ページで語られる。正直、この中編を読むと、物語の残り約1/3の部分が一気に進んでいく感じが強過ぎるように思える。残り40ページで、読者が事件と殺人犯を解明するのに十分なデータが開示されているとは言えない。それにもかかわらず、ポワロの推理だけがどんどん進んでいき、読者がやや置いてきぼりにされてしまう印象を否めない。物語の内容的には、中編でまとめきるには難しく、長編向きである。そういった意味では、アガサ・クリスティーが後に長編に変更したのは正解だったと思う。
最初の殺人事件が発生するまでの約80ページにおいて、ポワロがラプトン駅に到着した時を含め、非常に重要なシーンが何度か非常にさりげなく提示される。物語の主要な登場人物が紹介される前でもあり、読者がまだ警戒心を抱いていない時である。この辺りのクリスティーの手腕は、中編と言えども、見事である。
「Folly」を辞書で調べると、「あやまち」や「阿房宮」等、複数の意味がある。長編を読んだ方だと判ってもらえると思うが、物語の中で「阿房宮」はとても重要な役割を担っているし、また、「死者のあやまち」というのも、なかなか意味深な内容で、二重の意味をもつ「Folly」を使うアガサ・クリスティーのタイトルの付け方も素晴らしい。