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| ジェローム・K・ジェロームが住んでいた チェルシーガーデンズの建物全景(その1) <筆者撮影> |
ジェローム・K・ジェロームは、1859年に、信徒伝道者である父親ジェローム・クラップ(Jerome Clapp)と母親マーガリート・ジョーンズ(Marguerite Jones)の4番目の子供として、ウェストミッドランズ(West Midlands - 当時は、スタッフォード州(Staffordshire))のウォルソール(Walsall)に出生。彼の上には、兄(幼くして死去)が1人と姉が2人。彼は、父親の改名に従い、ジェローム・クラップ・ジェロームと命名された。
ジェローム・K・ジェロームの父親が地方鉱工業への投資に失敗したため、一家は貧窮して、彼は貧窮の中で育った。
彼は、政治か、あるいは、文学の道へ進むことを望んでいたが、彼が13歳の時に、父親が、更に、15歳の時に、母親が亡くなったため、学校を辞めて、働かざるを得なくなり、ロンドン&ノースウェスタン鉄道に職を得た。
1877年、姉の演劇熱の影響を受けて、ジェローム・K・ジェロームは、役者を志して、ある移動劇団に加わった。それから3年間、彼は役者を続けたものの、うだつの上がらず、次は、ジャーナリストになるべく、随筆、風刺文や短編小説を書いたが、不採用の日々が続いた。その後、彼は、教師、梱包業者や事務弁護士の秘書等の職を転々とした。
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| ジェローム・K・ジェロームが住んでいた チェルシーガーデンズの建物全景(その2) <筆者撮影> |
1888年6月に、ジェローム・K・ジェロームは、離婚歴があり、娘が1人居るジョージーナ・エリザベス・ヘンリエッタ・スタンリー・マリス(Georgina Elizabeth Henrietta Stanley Marris)と結婚。
ジェローム・K・ジェロームは、テムズ河(Thames River)で過ごした新婚旅行をベースにして、ユーモア旅行小説「ボートの三人男(Three Men in a Boat)」を執筆し始め、登場人物としては、彼の妻の代わりに、彼の親友二人を使った。1889年に出版された「ボートの三人男」は、直ぐに大当たりをとり、その後、映画、テレビドラマ、ラジオドラマ、舞台劇やミュージカルとして採用されたのである。
経済的な安定を得たジェローム・K・ジェロームは、その後も、戯曲、随筆や小説を書き続けたものの、残念ながら、「ボートの三人男」の成功を超えることはできなかった。
1898年に、彼は、ドイツでの滞在経験をベースにして、「ボートの三人男」の続編に該る「Three Men on the Bummel」を執筆し、「ボートの三人男」と同じ登場人物で、外国での自転車旅行をテーマにしたが、あまり大きな成功とはならず、これらのことが、彼の気分を滅入らせた。
第一次世界大戦(1914年ー1918年)が勃発すると、56歳だったジェローム・K・ジェロームは、英国陸軍へ入隊しようとしたが、年齢を理由に拒否されたため、フランス陸軍の救急車運転手に志願した。ただ、この戦争体験と義理の娘の死去(1921年)が、彼を更に滅入らせることになった。
1926年に自伝「My Life and Times」を出版したジェローム・K・ジェロームは、1927年6月に、デヴォン州(Devon)からロンドン までの自動車旅行に出発したが、途中で麻痺的な発作と脳出血に襲われて、2週間後に死去したのである。
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| ジェローム・K・ジェロームが住んでいた チェルシーガーデンズの「91号室ー104号室」用入口(その1) <筆者撮影> |
ジェローム・K・ジェロームが住んでいた家のうち、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のセントパンクラス地区(St. Pancras)内にあるタヴィストックプレイス通り32番地(32 Tavistock Place)の建物については、2026年4月18日付ブログで紹介済であるが、もう一軒あるので、今回紹介したい。
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| ジェローム・K・ジェロームが住んでいた チェルシーガーデンズの「91号室ー104号室」用入口左脇の外壁に、 イングリッシュヘリテージのブループラークが掛けられている。 <筆者撮影> |
ジェローム・K・ジェロームが住んでいたもう一軒の家は、チェルシーガーデンズ(Chelsea Gardens)と言うフラットで、ロンドン中心部のケンジントン&チェルシー王立区(Royal Borough of Kensington and Chelsea)のチェルシー区(Chelsea)内に所在している。
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| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から チェルシーブリッジロード近辺の地図を抜粋。 |
地下鉄スローンスクエア駅(Sloane Square Tube Station)があるスローンスクエア(Sloane Square → 2025年5月25日付ブログで紹介済)からテムズ河(River Thames)方面へと向かって、ロウワースローンロード(Lower Sloane Road)を南下。
ロウワースローンロードは、ピムリコロードと交差した後、チェルシーブリッジロード(Chelsea Bridge Road)へと名前を変える。
チェルシーブリッジロードを更に南下して、テムズ河へと至る直前、左側から延びてくるエバリーブリッジロード(Ebury Bridge Road)と交差した南東の角に、チェルシーガーデンズと言うフラットが建っている。
ジェローム・K・ジェロームは、チェルシーガーデンズの104号室に住んでいた。
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| ジェローム・K・ジェロームが住んでいた チェルシーガーデンズの「91号室ー104号室」用入口(その2) <筆者撮影> |
チェルシーガーデンズの建物の「91号室ー104号室」用の入口左脇の外壁に、「ジェローム・K・ジェローム(1859年ー1927年)が、104号室に住んでいた時に、「ボートの三人男」を執筆した」ことを示すイングリッシュヘリテージ(English Heritage)のブループラークが掛けられている。
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| ジェローム・K・ジェロームがチェルシーガーデンズの104号室に住んでいた時に、 ユーモア旅行小説「ボートの三人男」を執筆した。 <筆者撮影> |
イングリッシュヘリテージによるブループラークは、原則として、1個人1枚と定められているため、ジェローム・K・ジェロームが代表作である「ボートの三人男」を執筆したチェルシーガーデンズ104号室を選んだものと思われる。








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