2026年2月5日木曜日

ウィリアム・ホガース(William Hogarth)- その3

ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている
ウィリアム・ホガース作
「当世風結婚」(1743年ー1745年:6枚の連作油彩画)は、
欲得ずくの政略結婚とその不幸な結末を描いている。
画面上段:左側から「第1場面:婚約(The marriage contract)」、
「第2場面:結婚直後(Shortly after the marriage)」、そして、
「第3場面:偽医者への訪問(The visit to the quack doctor)」。
画面下段:左側から「第4場面:伯爵夫人の朝見の儀(The coutess's morning levee)」、
「第5場面:伯爵の死(The killing of the earl)」、そして、
「第6場面:伯爵夫人の自殺(The suicide of the countess)」。
<筆者撮影>


英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、「Agatha Christie’s Poirot」の第20話(第2シリーズ)かつアガサ・クリスティー生誕100周年記念スペシャルとして、1990年9月16日に放映されたアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「スタイルズ荘の怪事件The Mysterious Affair at Styles → 2023年12月3日 / 12月6日付ブログで紹介済)」(1920年)の TV ドラマ版において、物語の冒頭、第一次世界大戦(1914年ー1918年)中に負傷したアーサー・ヘイスティングス中尉(Lieutenant Arthur Hastings - アガサ・クリスティーの原作では、大尉(Captain)となっている)が彼の旧友であるジョン・キャヴェンディッシュ(John Cavendish)と再会する場面が、セントバーソロミュー病院(St. Bartholomew's Hospital → 2014年6月14日付ブログで紹介済)の北翼(North Wing → 2025年12月15日 / 12月19日 / 12月21日 / 12月22日付ブログで紹介済)にある「ホガースの階段(Hogarth Staircase → 2025年12月15日付ブログで紹介済)」と呼ばれる吹き抜け階段において撮影されている。


下から「ホガースの階段」と呼ばれる吹き抜け階段を見上げたところ -
アーサー・ヘイスティングス中尉と旧友のジョン・キャヴェンティッシュの2人が
上から降りて来る場面が、この角度で撮影されている。
<筆者撮影>


(1)右側の壁:「善きサマリア人(The Good Samaritan)」(1737年)

サマリア人善意で救命行為を行なっている場面が描かれている。


吹き抜け階段の上から見たウィリアム・ホガース作「善きサマリア人」
<筆者撮影>


(2)左側の壁:「ベテスダの池(The Pool of Bethesda)」(1736年)

万病を治す聖なる池において、病人が傷を癒している場面が描かれている。


吹き抜け階段の上から見たウィリアム・ホガース作「ベテスダの池」
<筆者撮影>


これらの壁画を描いた18世紀の英国画壇を代表する国民的画家のウィリアム・ホガース(William Hogarth:1697年ー1764年)は、1697年11月10日、ラテン語学校の教師であるリチャード・ホガース(Richard Hogarth)と母アン・ギボンズ(Anne Gibbons)の長男として、ロンドンのセントバーソロミュー病院の直ぐ近くのバーソロミュークローズ(Bartholomew Close)に出生した後、銀細工師(engraver)の弟子、そして、版画家として生計を立てながら、絵画学校において本格的に絵画を学ぶ。


ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている
ウィリアム・ホガース作
「当世風結婚」(その2)
<筆者撮影>


ウィリアム・ホガースは、1725年からコヴェントガーデン(Covent Garden)の絵画学校で学んでいた際、同絵画学校を開いた英国の画家で、宮廷画家でもあったサー・ジェイムズ・ソーンヒル(Sir James Thornhill:1675年ー1734年)の娘であるジェーン・ソーンヒル(Jane Thornhill:1709年頃ー1789年)と駆け落ちをした後、サー・ジェイムズ・ソーンヒルの反対にもかかわらず、1729年3月23日に正式に結婚。

この頃から、彼は油彩画も手掛けるようになる。


ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている
ウィリアム・ホガース作
右上:「エビ売りの少女 (The Shrimp Girl)
」(1740年ー1745年頃) 
右下:「自画像(
Portrait of the Painter and his Pug)」(1745年)
中央:「当世風結婚」(1743年ー1745年:6枚の連作油彩画)
<筆者撮影>


ジェーン・ソーンヒルと結婚したウィリアム・ホガースは、


*「娼婦一代記」(1732年:銅版画)→ 油彩画は、1755年に焼失

*「放蕩者一代記(A Rake’s Progress)」(1732年ー1732年:8枚の連作油彩画 / 1735年:銅版画)→ 油彩画は、サー・ジョン・ソーンズ博物館(Sir John Soane’s Museum → 2025年5月22日 / 5月30日 / 6月3日 / 6月13日付ブログで紹介済)が所蔵。

*「当世風結婚(Marriage A-la-Mode)」(1743年ー1745年:6枚の連作油彩画/ 1745年:銅版画)→ 油彩画は、ナショナルギャラリー(National Gallery)が所蔵。


等の当時の世相を痛烈に風刺した作品を発表して、庶民に人気を博し、風刺画の父と呼ばれるようになった。


ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている
ウィリアム・ホガース作「エビ売りの少女
」、「自画像
」、そして、「当世風結婚」(その2)
<筆者撮影>


ウィリアム・ホガースと妻ジェーンは、レスタースクエア(Leicester Square → 2014年6月21日付ブログで紹介済 / 当時は、レスターフィールズ(Leicester Fields)と呼ばれていた)に居を構えていたが、1749年にチジック地区(Chiswick → 2016年7月23日付ブログで紹介済)に家を購入して、退いた。

2人の間には、子供が居なかったため、ウィリアム・ホガースは、孤児向けの養育院の建設等のチャリティー活動に尽力し、セントバーソロミュー病院の理事も務めている。

また、王立芸術院(Royal Academy of Arts)の初代校長にもなっている。


ウィリアム・ホガースは、生涯を通して、パグ(Pug)を可愛がり、愛犬のトランプは、彼の自画像にも登場している。


ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている
ウィリアム・ホガース作「自画像」(1745年) 

<筆者撮影>


1764年10月25日に、ウィリアム・ホガースが死去した後、チジック地区内のセントニコラス教会(St. Nicholas Church)に埋葬された。

遺言書に基づき、妻ジェーンが彼の遺産を相続。彼女は、夫の版画を売却することで、生活費を賄ったが、あとは王立芸術院からの年金に頼った。

妻ジェーンは、1789年11月13日に80歳でなくなり、セントニコラス教会内の夫の隣りに埋葬された。


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