英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、「Agatha Christie’s Poirot」の第20話(第2シリーズ)かつアガサ・クリスティー生誕100周年記念スペシャルとして、1990年9月16日に放映されたアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles → 2023年12月3日 / 12月6日付ブログで紹介済)」(1920年)の TV ドラマ版において、物語の冒頭、第一次世界大戦(1914年ー1918年)中に負傷したアーサー・ヘイスティングス中尉(Lieutenant Arthur Hastings - アガサ・クリスティーの原作では、大尉(Captain)となっている)が彼の旧友であるジョン・キャヴェンディッシュ(John Cavendish)と再会する場面が、セントバーソロミュー病院(St. Bartholomew's Hospital → 2014年6月14日付ブログで紹介済)の北翼(North Wing → 2025年12月15日 / 12月19日 / 12月21日 / 12月22日付ブログで紹介済)にある「ホガースの階段(Hogarth Staircase → 2025年12月15日付ブログで紹介済)」と呼ばれる吹き抜け階段において撮影されている。
| 下から「ホガースの階段」と呼ばれる吹き抜け階段を見上げたところ - アーサー・ヘイスティングス中尉と旧友のジョン・キャヴェンティッシュの2人が 上から降りて来る場面が、この角度で撮影されている。 <筆者撮影> |
(1)右側の壁:「善きサマリア人(The Good Samaritan)」(1737年)
サマリア人善意で救命行為を行なっている場面が描かれている。
| 吹き抜け階段の上から見たウィリアム・ホガース作「善きサマリア人」 <筆者撮影> |
(2)左側の壁:「ベテスダの池(The Pool of Bethesda)」(1736年)
万病を治す聖なる池において、病人が傷を癒している場面が描かれている。
| 吹き抜け階段の上から見たウィリアム・ホガース作「ベテスダの池」 <筆者撮影> |
これらの壁画を描いた18世紀の英国画壇を代表する国民的画家のウィリアム・ホガース(William Hogarth:1697年ー1764年)は、1697年11月10日、ラテン語学校の教師であるリチャード・ホガース(Richard Hogarth)と母アン・ギボンズ(Anne Gibbons)の長男として、ロンドンのセントバーソロミュー病院の直ぐ近くのバーソロミュークローズ(Bartholomew Close)に出生した後、銀細工師(engraver)の弟子、そして、版画家として生計を立てながら、絵画学校において本格的に絵画を学ぶ。
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| ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている ウィリアム・ホガース作「当世風結婚」(その2) <筆者撮影> |
ウィリアム・ホガースは、1725年からコヴェントガーデン(Covent Garden)の絵画学校で学んでいた際、同絵画学校を開いた英国の画家で、宮廷画家でもあったサー・ジェイムズ・ソーンヒル(Sir James Thornhill:1675年ー1734年)の娘であるジェーン・ソーンヒル(Jane Thornhill:1709年頃ー1789年)と駆け落ちをした後、サー・ジェイムズ・ソーンヒルの反対にもかかわらず、1729年3月23日に正式に結婚。
この頃から、彼は油彩画も手掛けるようになる。
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| ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている ウィリアム・ホガース作 右上:「エビ売りの少女 (The Shrimp Girl)」(1740年ー1745年頃) 右下:「自画像(Portrait of the Painter and his Pug)」(1745年) 中央:「当世風結婚」(1743年ー1745年:6枚の連作油彩画) <筆者撮影> |
ジェーン・ソーンヒルと結婚したウィリアム・ホガースは、
*「娼婦一代記」(1732年:銅版画)→ 油彩画は、1755年に焼失
*「放蕩者一代記(A Rake’s Progress)」(1732年ー1732年:8枚の連作油彩画 / 1735年:銅版画)→ 油彩画は、サー・ジョン・ソーンズ博物館(Sir John Soane’s Museum → 2025年5月22日 / 5月30日 / 6月3日 / 6月13日付ブログで紹介済)が所蔵。
*「当世風結婚(Marriage A-la-Mode)」(1743年ー1745年:6枚の連作油彩画/ 1745年:銅版画)→ 油彩画は、ナショナルギャラリー(National Gallery)が所蔵。
等の当時の世相を痛烈に風刺した作品を発表して、庶民に人気を博し、風刺画の父と呼ばれるようになった。
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| ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている ウィリアム・ホガース作「エビ売りの少女」、「自画像」、そして、「当世風結婚」(その2) <筆者撮影> |
ウィリアム・ホガースと妻ジェーンは、レスタースクエア(Leicester Square → 2014年6月21日付ブログで紹介済 / 当時は、レスターフィールズ(Leicester Fields)と呼ばれていた)に居を構えていたが、1749年にチジック地区(Chiswick → 2016年7月23日付ブログで紹介済)に家を購入して、退いた。
2人の間には、子供が居なかったため、ウィリアム・ホガースは、孤児向けの養育院の建設等のチャリティー活動に尽力し、セントバーソロミュー病院の理事も務めている。
また、王立芸術院(Royal Academy of Arts)の初代校長にもなっている。
ウィリアム・ホガースは、生涯を通して、パグ(Pug)を可愛がり、愛犬のトランプは、彼の自画像にも登場している。
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| ナショナルギャラリーにおいて所蔵 / 展示されている ウィリアム・ホガース作「自画像」(1745年) <筆者撮影> |
1764年10月25日に、ウィリアム・ホガースが死去した後、チジック地区内のセントニコラス教会(St. Nicholas Church)に埋葬された。
遺言書に基づき、妻ジェーンが彼の遺産を相続。彼女は、夫の版画を売却することで、生活費を賄ったが、あとは王立芸術院からの年金に頼った。
妻ジェーンは、1789年11月13日に80歳でなくなり、セントニコラス教会内の夫の隣りに埋葬された。





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