2025年3月3日月曜日

ロンドン エンバシー劇場(Embassy Theatre)- その2

画面左手奥に、エンバシー劇場が建っている。
昼間、画面手前の広場には、各国の屋台が出店しており、
多くの人達が昼食を買っている。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)による戯曲「ブラックコーヒー(Black Coffee → 2025年2月27日 / 2月28日付ブログで紹介済)」が1930年12月8日から同年12月20日にかけて初演されたエンバシー劇場(Embassy Theatre)は、ロンドンの中心部にあるロンドン特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のスイスコテージ地区(Swiss Cottage)内にあるイートンアベニュー64番地(64 Eton Avenue)に建っている。



エンバシー劇場は、英国の舞台 / 映画女優である Sybil Arundale(1879年ー1965年)と Herbert Jay により、1928年9月にオープン。


エンバシー劇場は、現在、Royal Central School of Speech and Drama として使用されている。

その後、エンバシー劇場の舞台監督は、


<1930年ー1932年>

Alec L. Rea / A. R. Whatmore(英国の俳優 / 脚本家 / 演劇プロデューサー:1889年ー1960年)

<1932年ー1939年>

Ronald George Hinings Adams(英国の舞台 / 映画俳優で、劇場監督:1896年ー1979年)


を経る。


Ronald George Hinings Adams が舞台監督を務めていた際、150を超える作品が生み出され、30を超える作品がウェストエンド(West End)の劇場でも上演された。

また、1932年に、劇場内に演劇学校(Embassy school of acting)も開設された。


エンバシー劇場の右側の建物は、
Royal Central School of Speech and Drama の増築部分に該る。


エンバシー劇場は、第二次世界大戦(1939年ー1945年)中に被害を蒙ったが、1945年に再オープン。

英国の俳優 / 舞台監督である Anthony John Hawtrey(1909年ー1954年)が、1945年から1954年にかけて、舞台監督を務めた。


広場を挟んで、エンバシー劇場の反対側には、
ハムステッド劇場(Hampstead Theatre)が建っている。


1953年に、エンバシー劇場は、英国の実業家である Sidney Lewis Bernstein(1899年ー1993年)に売却され、英国の作家 / 脚本家である Cyril Wolf Mankowitz(1924年ー1998年)が劇場を運営した。

なお、Sidney Lewis Bernstein は、「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)を制作した英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)を1954年に設立している。


ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)がシャーロック・ホームズとして主演した
英国のグラナダテレビ制作「シャーロック・ホームズの冒険」の
DVD コンプリートボックス1巻目の表紙


エンバシー劇場は、1956年に売却され、同劇場は改装された後、現在、Royal Central School of Speech and Drama が使用している。


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